巫術師の栄転
■title:<繊一号>の陸港にて
■from:星屑隊隊長
「実験部隊隊員は全員、久常中佐直轄部隊へ編入となる」
何だその辞令は。
辞令と銃を持ってやってきた兵士達に対し、問いかける。
どういう事情か説明してほしいと問う。
「どういう事情、と言われましても……。我々はこの件を伝え、特別行動兵達を中佐のところまで連行するよう言われた身なので……」
「それは軍事委員会の決定か? 久常中佐の命令か?」
「我々に聞かないでください。……おい! こっちに来い、特別行動兵共!」
巫術師という存在を警戒しているのか、迎えの兵士達は銃に手をかけている。特別行動兵に対し、表情を強ばらせている。
特別行動兵達は迎えの兵士と、我々の両方を交互に見つつ、戸惑っている。
「レンズちゃ……」
グローニャ特別行動兵が小声でそう言うと、レンズ軍曹が抱き寄せた。
迎えの兵士達から庇う形で、グローニャ特別行動兵を抱き寄せた。
フェルグス特別行動兵も表情を強ばらせつつ、仲間達を守ろうと立ちはだかる。
ラート軍曹はそれより前に立ち、「ちょっと待ってくださいよ……」と声を漏らした。……迎えの兵士達は明らかに苛立っている。
「ラート軍曹。レンズ軍曹。第8巫術師実験部隊から離れろ」
「で、でも隊長……! コイツらは俺らの仲間ですよっ!?」
「そうっスよ! 何で急に第8が解体されるんですか? 納得できねえですよ!」
「我々は軍人だ。上の命令は絶対。忘れたか?」
いいからさっさと離れろ――と命じていると、苛立った様子の迎えが詰め寄ってきた。特別行動兵達に銃を突きつけ、「来い!」と叫んだ。
私に対し、第8が助けを求めるような視線を向けてくる。
星屑隊の隊員達も身構え、直ぐにでも割ってはいりそうな状態だ。隊員達を手で制していると、迎えの車からもう1人下りてきた。
見覚えのある人物。
そいつが――その女が、嫌らしい笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「これは久常中佐の命令よ。大人しく従いなさい!」
「技術少尉……。これはどういう事だ?」
「アンタらに説明する必要、ある? アタシは中佐の命令で動いているのよ?」
技術少尉は笑みを浮かべつつ、第8に視線を送り、「さっさとそいつらを連行しなさい」と命じた。迎えの兵士達が動き始め――。
「早く来いっ!」
「やだっ! やぁだっ!!」
グローニャ特別行動兵は首根っこを引っ張られても、レンズ軍曹にしがみついた。レンズ軍曹も少女を庇おうとしているが、迎えの兵士達は止まらない。
ついには銃床が少女に向けて振るわれたが――。
「っ…………!」
「レンズちゃ……!?」
「貴様ッ! 特別行動兵を庇うつもりか!?」
「アホかテメエらッ! ガキ相手に何を……!!」
レンズ軍曹が銃床を腕で受け、グローニャ特別行動兵を庇った。
兵士達の銃口がレンズ軍曹と特別行動兵に向けられる。ラート軍曹が素早く動き、ヴァイオレット特別行動兵と子供達を抱き寄せ、庇い始めた。
「やめろ。軍曹」
「隊長! でも――」
レンズ軍曹を拳で殴り、気絶させる。
悲鳴を上げるグローニャ特別行動兵から引き剥がし、副長に預ける。
「レンズちゃんっ! レンズちゃんっ!?」
「第8巫術師実験部隊。命令に従ってくれ。……これは私個人の頼みだ」
「…………」
レンズ軍曹もラート軍曹も、特別行動兵に肩入れしすぎている。
このままでは、何が起こるかわからん。
特別行動兵の方から離れてもらうよう頼む。そうすると、目に大粒の涙を浮かべたグローニャ特別行動兵が半歩下がってくれた。
後ずさったグローニャ特別行動兵の首根っこが兵士に思い切り引っ張られ、うめき声が聞こえた。
「おいっ!?」
「ちょっ……! 子供相手に、そこまですることねえだろ!?」
星屑隊隊員から抗議の声が飛んだが、兵士達は耳を貸さなかった。
全員、余計なことは言わず、淡々と動いている。
例外はいるが――。
「まあ、安心なさい。このガキ共は栄転するのよ」
笑みを浮かべた技術少尉が、車に身を預けつつそう言った。
「久常中佐は巫術師の有用性に気づき、巫術師で構成された部隊を作ることにしたの! アタシはそこの責任者になったってワケ!」
「実験部隊と何が違う」
「アレは術式研究所が主導権握っているけど、今度は久常中佐が管理するのよ! 玉帝の子供である久常中佐が直接ねっ!」
虎の威を借りた狐が笑っている。
虎は虎でも張り子の虎だと思うが、やけに自信たっぷりだ。
「まあ、ガキ共は今まで以上に戦闘に投入するけど……アンタら星屑隊には関係ない話でしょ?」
「ふ…………ふざけんなっ!」
「そいつらは私達の戦友だぞっ!」
「そーだそーだっ!」
「ヒステリックブス!」
「だまらっしゃいッ! 抵抗するならアンタら軍法会議送りにしてやるっ!」
張り子とはいえ、中佐は中佐。
その命令で動いている技術少尉相手に逆らうことは出来ない。声を上げたウチの隊員達も、さすがにそれはわかっているようで黙ってくれた。
特別行動兵達が連行されていく。
その姿は、とても「栄転」には見えなかった。
■title:<繊一号>の陸港にて
■from:死にたがりのラート
「お前らっ……!」
「ラートさん!?」
「バカッ! くんなっ!」
連れて行かれる皆に対し、諦めきれず駆け寄る。
血相を変えたヴィオラとフェルグスが叫ぶ中、兵士達の銃口が俺に向く。
「ラート軍曹ッ!」
「っ…………!」
隊長の鋭い声が耳朶を打ち、思わず止まってしまう。
絶対、守るって誓ったのに。
俺は……俺はっ……!
「来ないでください! 私達は大丈夫……大丈夫ですからっ……!」
怯えた様子のヴィオラがそう言いつつ、迎えの車に押し込められた。
何が栄転だ! 全員、犯罪者みたいな扱いじゃねえか……!
「技術少尉、アンタ……!!」
「じゃあね。役立たずのバカ軍曹」
最後に技術少尉が車に乗り込み、全員を連れて行った。
守ると誓った全員が、連れて行かれちまった。
……よりにもよって、久常中佐のところに……。
■title:<繊一号>の陸港にて
■from:憲兵
どういう事なんだ……?
第8巫術師実験部隊の件は、まあいい。
いや……良くはないけど、ああいう事もあるだろう。
納得は出来ないけど……。
彼らは特別行動兵だから、ああいう扱いをされる事もある。
よくない事だけど、巫術師に対する風評を信じる人達や、特別行動兵というだけで蔑視を向ける人達の対応としては「よくあるもの」だ。
それでも……何かがおかしい。
いま一番おかしいのは久常中佐だ。
あの人は、何でここまで更迭されないんだ?
玉帝の子供だから? いや、それは有り得ない。
ここまで看過されるなんて、いつもの軍事委員会らしくない。
いや、そもそも前から久常中佐関連は対応がおかしかった。
「…………」
少し、調べてみる必要があるようだ。
彼女の監視業務に戻る前に、上官に接触しないと。
上手くいけば、子供達を連れ戻せるかも……。




