運命の剪定者 後編
■title:交国首都<白元>にて
■from:二等権限者・肆號玉帝
「…………」
「おや? どうかなさいましたか? 表情が険しいような?」
「だから……仮面が邪魔で見えていないでしょう」
覗き込んでくる占星術師が鬱陶しい。
近衛兵に命じ、少し遠ざけさせる。
占星術師は大仰な動作で「暴力反対!」と言っている。
「……あなたの目的は何なのですか?」
「それはもちろん世界平和! 人類の勝利ですよぅ!」
決まり文句が返ってくる。
富や名声、あるいは利権と言われた方が、まだ納得できる。
「つまり、あなた様と同じ目的なのです!」
「…………」
「交国なら人類の勝利に辿り着ける! 人類が神罰機構に勝ってくれないと、人類の一員であるボクも枕を高くして眠れませんからね!」
男は卑屈な笑みを浮かべ、「まあ倒しても眠れないのですが」とこぼした。
「つまり、平和を願う平凡な占星術師でござぁい!」
「平凡な占い師が『確率操作』の異能を持っているはずが無いでしょう」
「ほう……! いやはや、異能にお気づきでしたか」
さすがに何度も似たような不法侵入を経験したら、気づきます。
この男は普通の人間ではない。
特別な力を持っている。
占星術師はいつもフラリとやってくる。私の近辺は常にしっかりと警備が固められていますが、この男は誰にも見つからずフラリとやってくる。
最初、姿を消す力を持っているのかと思った。
だが違った。
この男は『確率』に干渉し、警備の穴を意図的に作っている。
偶然、監視カメラが故障する。
偶然、警備の者が視線を逸らす。
偶然、鳥や書類が視界を遮る。
そんな異常な偶然で彩られた道を、この男は当たり前のように歩いてくる。
「いやぁ、お見事。しかし、ボクの力は『確率』なんてチンケなものじゃない」
そこはこだわりがあるのか、占星術師はニンマリ笑って言葉を続けた。
「これは『運命操作』と言うのですよ」
「運命。大きく出ましたね」
「実際、ボクの予言はよく当たるでしょう? それはボクの力で世界の運命を操り、『予言通りの世界』を作っているおかげなのですよぅ」
「あなたの力は、そこまで強くない」
否定する。
この男とは長い付き合いで、それなりに情報が溜まっている。
その情報を元に、男の言葉を否定する。
「あなたの力は……1に満たない可能性だろうと、それが0でなければ成功を手繰り寄せる異能。ただ、完璧ではない。干渉可能範囲は狭い」
研究室で私の銃が偶然不良を起こすのが1つの限界。
ただ、私が「占星術師を信じる」可能性は手繰り寄せていない。
それはゼロですからね。
この男は、最初から可能の無いものはイジれない。それが1つの限界。
そして、範囲に関しても「世界規模」では無いはずです。
「精々、『自分』に関わる確率を操作できる程度でしょう?」
「…………」
「世界規模の確率操作なら、『予言』などという世迷い言をちらつかせて私達を動かす必要がない。あなた1人で全てをコントロールできるはず」
「…………」
「あなたの『予言』と、『確率操作』は異なる力でしょう。どちらも弱点がある」
この男は強く、吐く予言に耳を傾ける価値がある。
しかし、無敵ではない。
源の魔神のような超越者ではない。
おそらく、源の魔神の影で縮こまっていた程度の存在でしょう。
嘘を指摘すると、占星術師は苦笑いを浮かべ始めた。
「お察しの通りです。よくわかりましたね」
「一応、長い付き合いですからね」
客間に向け、再び歩き始める。
占星術師は揉み手しつつ、駆けて追いかけてきた。
歩幅が違うので直ぐ追いつかれてしまう。……不快です。
「ええ、ええ、ボクはその程度の力しか持ってませんよ!」
「十分有用でしょう。自身の関わる賭博なら、簡単に勝てるでしょう?」
「たまには頼りますが……。荒稼ぎしていたら目立つのでやりませんよ……」
確かに限界がありますよ、と男は認めた。
だからこそ頑張っているのですよぅ、と甘えた声を囁いてきた。不快です。
「限界があるから自分で奔走して、運命の枝葉を剪定して回っているのです!」
「そうする事により、『予言』通りの歴史を作る」
「ハァイ! そうでございまァす!」
「例えば、エデンを煽って、泥縄商事とセットで交国を襲撃するとか?」
「そんなことはしてませんよぅ!」
「…………。まあ、いいでしょう」
泥縄商事の資金の流れを調べておきましょう。
面白いことがわかりそうです。
「あなたの情報は有用なので、多少の悪戯は構いません」
「ええっと、多少を超えた場合はどうなるのですか……?」
「夢葬の魔神に突き出します。プレイヤー」
彼の魔神の名を口にすると、占星術師の表情が明らかに引きつった。
ぎこちない笑みを浮かべ、「それはさすがにご勘弁を」と口にした。
「それが怖いからアポ無しで来ているんですよ!」
「私に対する信用が無いようですね」
「ははは…………。まあ、仮に奴にチクられたところで、運命操作で楽々逃げますけどね? 正面からやり合うのはマズいですが、夢葬の魔神の使徒程度は簡単に振り切ることができますからねぇ!」
「…………」
「ボクを突き出した場合、あなたは優秀な予言者を失う事になります。だから、よぉ~く考えて対応してくださいねぇ?」
「あなたの情報に、価値があるのは認めます」
今はこの男を使った方が効率的。
夢葬の魔神に貸しを作るのは良いことですが、この男の首程度では……大した見返りは得られない。最終的に突き出すとしても、それは今ではない。
「今後も良き協力関係を続けましょう! ボクは予言を用意し、その実現に奔走するっ! あなたは人類を勝利に導く! Win-Winの関係です!」
そんな話をしていると、客間に辿り着いた。
運ばれてきたアップルパイと紅茶を勧めると、占星術師は頬張り始めた。
「うぅん、相変わらずウマイ! しかし、未だ太母様の味には及びませんねぇ」
「当然です。私如きがあの御方に敵うはずがない」
全てにおいて、太母は私達の上を行っている。
どう足掻いても敵うはずがない。
ただ、その足下に近づくぐらいは許されるはず――。
「ところで、今日はアップルパイを食べに来た以外にも用事がございまして」
占星術師はようやく本題を切り出してきた。
「1つ。雄牛計画は予定より半年早く動かす必要があります。奴らはもう直ぐ、公の場に這い出てきますよ」
「そのようですね」
やはり、あの計画を把握していますか。
まあ、あれぐらいなら別に――。
「2つ。あなたは金枝計画の要の確保に失敗しています」
「…………なんですって?」
「3つ。交国計画はあなたの敵が成功に導くでしょう。あなたは日々の政務をこなしつつ、静観していればよろしい」
「1つ目に関してはいい。……2つ目はどういう事ですか?」
問うと、占星術師はニンマリ笑って「察しはついているでしょう?」と言った。
「あなたはデコイを掴まされたようです。してやられましたねぇ?」
「……誰が用意したものですか?」
「さあ? まあ、それは真白の魔神では?」
「…………」
「あなたは『真白の魔神の遺産』を確保するため、ネウロン侵略を行った」
そう。
どうしてもアレが必要だった。
「ネウロンを侵略し、1つの死体を確保した。アレを使おうとしたようですが……無理ですよ。あなた達は贋物を掴まされた。アレは『器』にはならない」
ネウロンで確保させた死体は、復旧作業を進めていた。
しかし、この男の話が確かなら、それがそもそも無駄な作業で――。
「本物は、どこにあるのですか?」
「さあ~……? さすがにそこまでは……」
占星術師はヘラヘラと笑い、「ボクの予言は完璧ではないのです」と言った。
信用できない。言っている事は正しかろうと、信用できない。
「ですが安心してください! あなたは何もしなくても良いのです! 最終的にあなたのところに死体が転がり込んできます! それが3つ目の予言――」
「――――」
私の合図に従い、近衛兵達が動く。
占星術師を射程内に収め、構える。
あとは引き金を引く事で、権能を使った攻撃が占星術師を抉る。
「その脅しは無駄ですよ」
占星術師はアップルパイで汚れた口元を拭いつつ、余裕の表情を浮かべている。
余裕の理由はわかる。この男には確率操作能力がある。
意図的に「失敗」を引き当てさせるかもしれない。
あるいは、「予言」でどうなるか知っているか……。
「あなたの近衛兵達では、ボクに勝てない」
「…………」
「神器使いを連れてきても同じ事です。ボクは彼らよりずっと強い」
「…………」
「良き協力関係を続けたいなら、予言通り……大人しくしててくださいな」
■title:交国首都<白元>にて
■from:【占星術師】
俺には未来が視える。
運命操作の異能とは別に、未来を知る方法を持っている。
未来について書かれた書物を閲覧できる。
予言の書。
俺達はそれを持っている。多次元世界の可能性について書かれた「最高のカンニングペーパー」により、未来を知っている。
ただ、何もかも知っているわけじゃない。
予言の書を持たない労働者達より圧倒的に優位に立っているが、それでも俺の「予言」は完璧じゃない。
何故なら、俺と同じ立場の遊者達が邪魔してくる。
俺達は、それぞれ違う予言の書を保有している。
そして、それぞれが自分勝手に「自分の望む未来」を作ろうとする。予言の書を使って未来を知り、自分の知る未来に世界をねじ曲げようとする。
源の魔神の活躍も死も、俺達のおかげであり、俺達の所為だ!
俺達は神すら支配できる。
予言の書を持っている者だけが、この世界の行く末を決める事が出来る。
プレイヤー同士でエゴをブツけあう影響で、未来を確定させるのが大変だが……上手くやれば望む未来を掴む事が出来る。俺にはその資格と力がある。
「ボクを信じてください。ボクは必ず交国を勝利に導いてみせます」
それは本当。
俺に賭ければ交国を勝たせてやる。
交国の真の建国者<太母>の望みを叶えてやる!
「玉帝。ボクは交国の理解者であり、信奉者だ!」
「…………」
「人類を救えるのは交国だけだ!」
「…………」
「ボクも人類の一員です。あなたの味方ですよぅ」
「ならば、あの死体を……<真白の遺産>を確保しなさい」
仮面で表情を隠している玉帝が、生意気にも命令してきた。
太母の忠犬め。キャンキャンと吠えやがって。
まあ、吠えるよなぁ!? 真白の魔神の遺産が欲しいよなぁ!?
あの遺産がなけりゃ、太母の望みを叶えられないもんなぁ……!!
「全ての情報を吐いて、あの死体がいまどこにあるか教えなさい」
「言ったでしょう? ボクも全てを知っているわけではないのです……。未来なら話は別ですが、いま現在の正確な場所は知らないのですよ」
本当は知っている。
間抜けな玉帝達は見逃している。
見逃すよう、交国のデータベースも密かに改ざんしている。
その工作も長くは持たないが――。
「あなたが持っている情報を全て吐けば、絞り込めるはずです。交国には組織力があります。人を使って絞り込めばいい」
「素人が運命に干渉しないでいただきたい」
「…………」
「余計な行動をすれば、運命が……未来が変わってしまう! 波風を立てず、石も投じず、大人しく待つのも大事なのですよ?」
運命に干渉できるのは、選ばれた存在だけ。
俺達だけが世界を変えられるんだ。
貴様ら労働者は何にも出来ないんだよ。
お前らが余計なことをした所為で、世界が妙な方向に転がることもある。
というか、そもそも……俺が今も苦労しているのは、お前の主の所為だろうが……! アイツが「やるなよ? 絶対にやるなよ!?」ってことをやるから、お前らが襲撃されたんだろうが……!
「ボクは運命剪定の玄人です。素人が下手に突いて、金枝計画や交国計画が失敗したらどうするんですか!? 大人しくボクに任せてくださいよぅ」
「…………」
貴様らは言われた通りに動けばいいんだ。
阿呆のように口を開き、運命の流れを見守っていればいい。
良い子にしていたら餌を与えてやるよ。
俺の活躍のおこぼれという餌をな。
……交国は便利だから、今は媚びておいてやるが……。
「交国計画は必ず成功します。予言者である私が保証します」
「…………」
「信じて待っていてください。では、本日のところはこれで――」
玉帝も近衛兵も動けない。
プレイヤーには勝てない。
俺に勝てるのは、同じ存在だけだ。
ただ、俺は慎重に事を進めている。
他のプレイヤーは、俺の計画に気づいていない。
予言の書は、人それぞれ内容が違う。
だから気づけない。
他のプレイヤー達は、俺と違って交国計画を知らないんだ……!
「…………。次はどこに行くつもりなのですか?」
「運命の剪定……害虫駆除に向かう予定です」
「害虫……?」
席を立ちつつ、教えてやる。
「交国計画を脅かす害虫がいるのです」
【認識操作開始:考察妨害】
奴らが計画の邪魔になることは、予言の書に記されている。
だから排除しなければならないが――。
【認識操作休眠状態移行】
……大した脅威じゃない。
奴らは所詮、虫だ。
俺が直接手を下せば、簡単に殺せる。
しかし、俺が直に動くと……他のプレイヤーに感づかれる可能性がある。
それはマズい。非常にマズい。
……あの時みたいな惨めな暮らしには戻りたくない。
俺はもう、1人なんだ。……弟はもういないんだ。
慎重を期して、直接殺したりはしない。
既に奴らの殺害計画は準備済み。あとは馬鹿共を扇動するだけだ。
「その害虫とは何者ですか?」
「あなた様の耳を汚す必要はない。ボクに任せてくださいな」
マクロイヒ兄弟。
奴らは交国計画の邪魔だ。
だが、所詮は虫だ。
簡単に殺せる。……前回は失敗したが、次は何とかなるさ。
全て上手くいく。
何故なら、予言の書に【占星術師】の敗北は記されていないからな。




