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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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運命の剪定者 前編



■title:交国首都<白元(びゃくがん)>にて

■from:二等権限者・肆號玉帝


「これを保管しておきなさい」


「はっ……」


 焼いたアップルパイの保管を部下に任せ、研究室に向かう。


 ファイアスターターの死体から神器の抽出作業が終わった――と連絡を受けている。研究室に運び込んでいるとの事なので、一目見ておく。


「…………」


 泥縄商事の手引きで逃げたカトーの行方は、まだわかっていない。


 体面上、奴を逃したのは良いことではありませんが……カトーにはもう何の価値もない。神器を失い、エデンも「組織」としては死んでいる。


 再起を図るのは不可能ではないが、神器無しの生ゴミと化したカトーが組織を再興したところで、そこらのテロ組織と大差はない。


 奴は諸々の罪に関し、「冤罪」と言い張るでしょうが、こちらも「証拠」を用意している。奴が国際社会に何か言ったところで、大した波風は立たない。


 罪人を逃がした事実で交国の体面が少し傷ついただけ。


 その傷も、ファイアスターターの神器で十分補える。


 交国の軍や政府への批判も、各種工作で概ねコントロール出来ている。


 それに――。


「皆の反応も……悪くないようですね」


 研究室に移動しつつ、端末で報告書を見る。


 拘置所周辺の戦いで、私はカトーの神器を使ってみせた。


 本来、神器は特定人物しか使えない。カトーの神器はカトーあるいはその血縁者等でなければ使えないものだ。それなのに交国(わたし)は使えた。


 今回の戦いは、その良い宣伝になった。


 人類連盟加盟国達が「カトーを取り逃した件への問い合わせ」という口実を使い、「交国の神器利用」に関して探りを入れてきている。


 彼らも気になるのでしょう。


 正規の「神器使い」無しでも、神器を振るう方法が気になるのでしょう。


 そしてこれは、神器使いへの(・・・・・・)躾にもなる。


 交国政府(われわれ)神器使い(おまえたち)無しでも神器を使える。最悪、お前達無しでも神器だけ没収できればそれでいいのですよ――と脅せる。


 神器使いの中には、神器を笠に着る者達もいる。


 自分達は神器使いだから多少は規律を乱しても、強く裁けないだろう――と命令を無視する者もいる。残念ながら交国内部にもそんな不良品がいる。


 最近の代表例は「カトー」でしたが、奴以外にも不良品はいる。


 今回の「非正規の神器使用」で、彼らが襟を正してくれるのを祈ります。


 非正規神器使用(これ)はこれで、運用に問題がありますからね。利点もあるのですが、今のところは神器は神器使いで運用した方が都合がいい。


「…………」


 研究室に入り、神器を眺めながら担当者の話を聞く。


 十分に話を聞かせてもらった後、しばし神器を鑑賞する。


 ファイアスターターの神器も近日中に使用して、さらなる統制を行いましょう。


 交国は人類の盾である。


 交国は人類の矛である。


 交国は「兵器」である。


 臣民(パーツ)が好き勝手動かないよう、時にはネジを締めなければ――。


「珍しく浮かれているのですかぁ? 玉帝ぃ……」


「――――」


 振り返りつつ、懐から拳銃を抜き放ち、撃つ。


 しかし、弾丸は出なかった。銃が不良(・・)を起こした。


 人払いを行った研究室内に、異物が入り込んでいる。


 その異物――私の銃口の先にいる男が、胡散臭い笑みを浮かべている。


「あなたですか。占星術師(・・・・)


「こうして直接会うのは久しぶりでございますねぇ」


 丸いサングラスをかけた長身の男が手揉みしつつ、媚びた笑みを浮かべている。


 正直、不快感を覚える。


 弾丸を一発ぐらい当ててやりたいが――。


「――――」


 異変を察知して部屋に入ってきた近衛兵達を手で制する。


 この男は一応、交国の食客です。


 個人的には嫌悪感を抱くものの、この男の力は役に立ちますからね。


 交国のためには、こういう男も上手く使わないと……。


「近衛兵の皆さんはたるんでますねぇ。ボク如きの侵入に気づけないとは!」


「煽るのはやめなさい。占星術師。見苦しい」


 私が近衛兵を止めたのを見るや、占星術師はふんぞり返り始めた。


 相手を見て対応を変える男です。……私の事すら本心では舐めているでしょう。


「ただ、あなたが優れていたのは確かです。皆、良い勉強になったでしょう」


「玉帝は、ボクを高く評価している! お目が高い!」


「この男の品性は、反面教師になさい」


「えぇ~っ! そんなことを言わないでくださいよぅ」


 道化のように大仰な仕草をする男を、冷めた目で見つめる。


 あらかた動作して満足したであろう頃を見計らい、手で示しながら聞く。


「それで? 今日の用件は何ですか?」


「玉帝様とお話がしたくて! ボクの言う通りだったでしょう?」


 占星術師が馴れ馴れしい振る舞いをしつつ、近づいてくる。


 生理的に嫌いなので、あまり近づかないでください――という意思表示のため、銃を突きつけておく。


「ボクの予言(・・)通り、ファイアスターターが現れた。カトーの処刑を延期(・・)した甲斐あって、奴らの神器を全て奪えたでしょう?」


「しかし、正確な情報では無かった。泥縄商事の件は聞いてませんよ」


 先日、占星術師が不意に連絡してきた。


 この男はいつもどこにいるかわからず、連絡も一方的に取ってくる。


 ただ、参考にする価値のある情報……この男の言うところの「予言」を吐くので、この男用のホットラインも用意している。


『カトーの処刑を遅らせてください。奴を餌にすれば、エデン残党のファイアスターターが釣れます。奴の神器を手に入れる好機ですよっ!』


 占星術師はそう「予言」してきた。


 カトーは神器を抽出した生ゴミなので、いつ殺してもいい。


 だから拘置所に放置しておき――念のため拘置所以外も警戒しつつ――ファイアスターターの襲来に備えていた。


 ファイアスターターだけなら、交国本土内に踏み入った時点で捕まえられる自信がありましたが……泥縄商事の手引きで突破されてしまった。


 泥縄商事はそれ以外にも様々な陽動を行い、交国本土の交国軍を攪乱してきた。首都内でも戦闘が発生し、銀はその対応で拘置所到着が遅れてしまった。


 その件を責めると、占星術師は長躯を屈ませ、揉み手しながら「ボクの予言もカンペキではありませんから……」と愛想笑いを浮かべてきた。


「あの泥縄商事(クズ)共はゴキブリです。どこでも湧くから動きなんて読めませんよ! そもそもエデンと泥縄は敵対組織ですしぃ~……」


「意図的に伏せたのでは? 泥縄の関与を」


「まさか! そんな事して、ボクに何の得があるのですか!?」


 大仰な動作で否定してくるのが鬱陶しい。


 声もうるさい。……この男と話していると通常の3倍疲れます。


「…………」


「そんな胡散臭いものを見る目で見ないでください~!」


「私の目など見えていないでしょう」


 お互い、目を隠している。


 私の場合は仮面なので、顔全体ですが。


 指摘すると、サングラスをかけた占星術師は笑って「見えますよ」と言った。


「私の眼は未来を見通す。あなた様の隠れた表情もお見通しですとも」


「見通せるなら、泥縄商事の情報も意図的に伏せたのですね」


「ですからぁ、予言も完璧ではないのですっ! 取りこぼしだってあります。ファイアスターターの神器を確保し、奴も死んだ。それでいいじゃありませんか!」


 ファイアスターターの神器は、前々から確保したかった。


 カトーの神器(アイオーン)ほどではありませんが、アレはアレで有用ですからね。……壊れていなければ、計画の要に使えたのに……。


「カトー達を取り逃した件は良くないのですが、神器確保出来たのはあなたの情報のおかげかもしれませんね。褒美を取らせましょう」


 何が欲しいか問う。


 すると、占星術師は笑って言った。


「では、いつものアップルパイを一切れくださいな」


「…………」


「おや! いけませんか!?」


「……用意しています」


 交国において私の作ったアップルパイは、一種の勲章になっている。


 材料には拘っていますが、所詮はアップルパイ。そこまで高価なものではない。それでも「私が作った」という付加価値が生まれている。


 ただ、この男にとって付加価値(それ)は何の意味もない。


 交国の食客とはいえ、存在が公になっているわけではない。


 それなのに毎回のようにアップルパイを要求してくる。気味が悪い。


 部下に連絡を取り、「先程のアップルパイを持ってきなさい」と命じておく。


 馳走するため、研究室を出て地下の客間に案内する。


 この占星術師(おとこ)は交国内でもほんの一部の人間しか知らない。光や銀達ですら紹介しないようにしている。教育に悪い男ですからね。


 光は繊細ですし、銀はこういう男が私以上に嫌いでしょうし……。


「ここも立派になりましたねぇ……。今では<黒水>と呼ばれる地に首都があった頃は、今と比べるとこぢんまりとしていましたが――」


「…………」


 余計なことを言うな、と告げる形に軽く睨んでおく。


 この胡乱な男との付き合いも、随分長くなってしまった。


 話をしていて気分の良い男ではない。犬塚銀のような気っ風の良さが欠片もない。……媚びてくるのが気持ち悪くてならない。


 付き合いは長いとはいえ、この男には謎が多い。


 有用な予言(じょうほう)を寄越すので、よく参考にしていますが……まともな対価を求めないので信用できない。そもそもどうやって「未来の情報」を手に入れているかも、不確かなところが多い。


「占星術師」


「なんでございましょうか!?」


「あなたは何者なのですか。いい加減、それを教えなさい」


「ただの占星術師でございますよ。あなた様お抱えの予言者でございます」


「…………」


 この男は、昔からこうだ。


 交国の「真の建国者」から紹介された、胡散臭い男。


 この男は昔から調子の良いことを言い、「ボクはあなた様達の忠実な(しもべ)です!」と語っていた。今と同じ媚びる笑みを浮かべながら言っていた。


 しかし、あの時は来なかった。


 新暦757年。


 真白の魔神の使徒(・・・・・・・・)が交国を襲撃した時は、助けに来なかった。そもそも予言も寄越さなかった。襲撃を教えてくれなかった。


 そのくせ、あの事件の後もやってきた。


 数年に一度、ふらりとやってきて「情報(よげん)」を置いていく。


 対価として私のアップルパイを求め、食べてフラリと帰って行く。


 その繰り返し。


 本当に予言が必要だった時には、何も言ってくれなかった。


 ですが、この男の予言(ことば)は確かに有用だった。


 新興国家だった交国が侵略戦争を繰り返し、人類連盟との戦争を始める時も有用だった。この男の情報は正確で、プレーローマの動きがわかったことで一部の人類連盟強国を封殺できた。


 プレーローマの侵攻に合わせて動くことで、彼らを封殺できた。


 この男がいなくても、難所を乗り越える自信はある。


 私には回路(かいじ)がいた。……今はいないが、いた。


 他にも優秀な部下と臣民がいた。


 私達はきっと、この男の言葉がなくても難所を乗り越える事が出来た。


 ただ、予言を参考に策を練る事で、効率よく事が進んだのは認めるべきだ。余計な犠牲と出費を支払わずに済んだのは、この男の功績と言っていいだろう。


 あまり認めたくないが――。


「私は、あなたの名前すら知りませんよ」


「…………。名前など不要ですよぅ! 我々の間には確かな信頼関係がある!」


「は……? ありませんが……?」


「あるって言ってくださいよ!?」


「無いから聞いているのです。あなたは何者なのですか?」


 どうやって情報を得ている。


 どうやって未来を見通している。


 何年も問いただしてきた。


 時には銃口を向けつつ、質問してきた。


 機兵を差し向けたことさえあった。


 ただ、いつも答えは決まっている。


「ボクはただの占星術師ですよぉ。正確には【占星術師】ですが」


 名無しの男は笑い、決まり文句を口にする。


「あなた様の一番の味方です。ハイ」


「…………」


 嘘つきの言葉だ。信用できる要素など1つもない。


『リンゴ』


 あの男も、嘘を吐いた。


 占星術師と違い、真摯な目つきをしていたのに。


 あの襲撃事件の後も、私を守ってくれたのに――。


『俺は、お前の味方だ』


 ……嘘つき。





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