過去:糞溜の中で
■title:
■from:エデンの轟二郎
エデンは弱い。
オレ達がいくら頑張っても、誰も救えない事もある。
理不尽な嵐が、命の灯火を全て消していく事もある。
だが、それでも――。
■title:
■from:エデンの轟二郎
「ひっ……!」
「く、来るなぁ~……!」
安心しろ。そのナイフを下ろせ。
助けに来たんだ、オレは。お前達を。
「う、うそだ……! また、おれたちをどっかに売り飛ばそうと……」
「み、みんなみたいに……」
ほ、ホントに助けに来たんだ……。信じてくれ!
「わっ…………わぁ~~~~んっ!」
「やだぁ~~~~っ!!」
うぅ…………。
子供は苦手だ…………。
人類連盟の軍人の方が、よっぽど楽な相手だ。
……っと、お前ら、隠れてろ。
それと、他にも売り飛ばされた奴がいるんだな? 後で話を聞かせろ。
「な、なにするの……」
「いたいことしないでぇ……」
直ぐ終わる。
……なんだ、お前ら。
「なんだぁ、テメェ」
「ここが俺らの縄張りだってわかってんのか?」
ここの子供達が目当てか?
「そうだよ。だから退――――ぶへっ?!」
手間が省けた!
テメエらみたいなクソ共の方が、子供相手より楽でいい……!!
■title:
■from:エデンの轟二郎
「あっ……! オジちゃん!」
オジちゃんじゃない。お兄さんだ。
オレはまだ若いんだぞっ!
「オジちゃん、皆のこと助けてくれてありがとう」
「「「ありがとーっ!」」」
へへっ……。まあ、弱者を助けるのがオレ達の役目だからなっ!
「「「「じゃくしゃ?」」」」
お前らみたいに、まだ自分の力で戦えないやつらの事だ。
「むっ……。そなことないもんっ」
「おれら、チビぐらいなら守れるしっ」
「守れるしっ」
「ぼ、ぼくだって、にいちゃんたちみたいに、たたかえるもんっ」
良い根性してるじゃねえか。お前らには戦士の才能があるかもな!
よし! 今日はお兄さんが『戦士の教材』を見せてやろう。
「わっ!? 板の中で、人が動いてるよ……?」
「こ、こわいやつ……?」
怖くない!
こいつはアニメだ。面白いぞ。
これでも見て、暇つぶししてな。遊び道具少なくてごめんな。
「おおお、うごいてるっ」
「なんかの、おはなし……?」
そうそう。
こいつはオレの好きなアニメでな。
ファイアスターターっていう正義のヒーローが、悪と戦う物語なんだ。
実は……オレのコードネームの由来はこれなんだ!
「「「「…………」」」」
ありゃりゃ……オレの自分語りより、アニメに夢中かぁ?
「オジさん、うるさいっ!」
「いまイイとこっ!」
ハァ~イ。スミマセンでしたぁ~。
■title:
■from:エデンの轟二郎
「「「「オジちゃ~ん!」」」」
誰がオジちゃんだ。
せめて、お兄ちゃんと呼べ。
「オジちゃん、『ファイアスターターごっこ』やろっ!」
「やろっ! やろっ!」
「オジちゃんが『ファイアスターター』やってね!」
おいおい、また美味しい役をくれるのか……。
普通さ……そういう花形は自分でやりたがるものだろ?
そうだ! お兄ちゃんは敵役やってやるよ。
あっ、お前ら全員がファイアスターターにしよう!
「え~、やだぁ」
「敵はもう、カトーのオジちゃんにやらせることになったし……」
「オジちゃんは『ファイアスターター』でしょ? やくめでしょ?」
「ファイアスターターは、オジちゃんがいいの~~~~っ!」
いやぁ、しかし……。
「オジちゃん、ファイアスターターみたいにオレらを助けたじゃんっ!」
「悪い奴らをブッ飛ばして、みんなを助けてくれたじゃんっ!」
「あの時みたいに助けてっ!」
「たすけて~っ!」
あの時はエデンの構成員として戦っていたからな。
今は遊びの時間だし……なっ? オレがやらなくても……。
「ボクらこと、もう助けてくれないの……?」
そんなことはない! 何度だって助けてやるさ!
必ず! どんな敵が待ち受けていようとな!
「オジちゃんカッコイイ!」
「「「かっこいい!!」」」
ホントにそう思うなら、オジちゃん呼びはやめなさい。
おい、カトー! 何を笑って見てる! お前も何か言ってやれ!
「いいじゃねえか。ガキ共がそれでいいって言ってんだから」
「オジちゃ~ん!」
「オジちゃん、早くファイアスターターになって!」
「ファイアスターターは『ワガハイ』って言うんだよっ!」
「アニメで言ってた!」
うぅ……。そこが恥ずかしいんだよな。
いい年の大人が、そんな一人称とか……。
「オジさんじゃ無いんだろ? そいつらにノってやれよー」
うるさいっ! くそっ! 悪役カトーめ! こらしめてやる!
「ケッ! 来やがれ! ナンバー2の立場をイヤってほど教えてやるっ!」
■title:
■from:エデンの轟二郎
「オジちゃん! オジちゃん! オジちゃ~んっ!」
「オレら、今日からここで住んでいいのっ!?」
「お船の中じゃなくて、この世界で暮らしていいのっ!?」
「いいのっ!?」
おう! 今日からここがお前達の町で、遊び場だ。
方舟と違って、広々と暮らせるぞ! そこらでウンチしてもいい!
「ウンチしないよぅ!」
「ばっちぃ!」
「ウンチはトイレ!」
「うんち!」
ははっ! とにかく、ここならノビノビ暮らせる。
今まで……窮屈な想いをさせて、ごめんな。
けど、町から出ないようにしような? あの柵から向こうはダメだ。
ここは方舟の中じゃない。広い大地だから危険な獣がうろついている時もある。
「えっ! オジちゃん、キケンな時、助けてくれないの?」
もちろん助ける! けど、まず危険な目にあわないよう頑張ろうな。
ファイアスターターと約束だ。
正義は必ず約束を守る。
お前らも、約束……守れるな?
「「「「守れるっ!」」」」
よし。
なら、オレもお前達を守る。
必ず、全力で。
「オレじゃない! ワガハイっ!」
「ファイアスターターは、『オレ』なんて言わないのっ!」
おいおい、今はごっこ中じゃないだろ~っ!?
■title:
■from:エデンの轟二郎
ニュクス、ちょっといいか。
「ああ、ファイアスターター。お疲れ」
「子供達とたくさん遊んでたみたいだね」
悪かったよ。エデンの仕事サボって。
「いいや。子供達と遊ぶのも大事な事だよ」
へへっ……。子供達は、エデンの希望だからなっ!
「その通り。で、話って?」
ええっと…………。
ここは……本当に安全なのか?
界内とはいえ、混沌の海より安全とは限らん。
「ここは人連の手が及んでいない後進世界」
「それに、ここの領主とはもう話をつけた」
「ここに暮らす人達は、領主が別の場所から来た難民を受け入れた事になっている。あくまでこの世界の難民としてね」
その話は聞いたが……。
その領主、本当に信用に足る人物なのか?
「彼に大した野心はない。けど、領主としての責務を果たそうとしている」
「人手を欲しがっているから、流民だろうが受け入れてくれる」
「私達は彼に情報を売り、その対価により多くの流民をこっそり受け入れてもらう。この世界の住民として帰化させてもらう」
領主が信用出来ても、他の奴らが……。
「もちろん、余所から侵略者が来る危険性はある」
「領主の首がすげ替わる可能性もある」
「そうならないよう、エデンが裏で動く。影で暗躍してこの領地を守ってあげるのも『流民受け入れ』の対価だよ」
機兵等の兵器を渡すのは――。
「それはマズい。人連に見つかったら一発アウトだ」
「あくまで、こっそりやる。技術に関しても過剰には渡さない」
「多少はサポートやヒントを与えるけど……過剰な支援は『異常』として外部に感づかれかねない。それは彼もわかってくれている」
理屈はわかるんだが……。
「ファイアスターター。エデンは戦ってばかりじゃダメなんだ」
「戦って救って終わるほど、この世界は優しくない」
「悪役を退治してハッピーエンドに至れるほど、楽じゃないんだ」
「私達は弱者を救った後、彼らに新しい人生を用意してあげなきゃダメだ」
「生き残った後も、人生は続く。けど、彼らは1人で歩いて行けるほど強くない」
「だから、1人で歩いていけるまで付き添ってあげなきゃいけないんだ」
「人類連盟に見つからないよう、こっそりとね」
そうしなければ、エデンが弱体化する。
「そう」
オレ達は少数精鋭。
神器使いがいるため、個の力は強い。
しかし、組織力が弱い。
ゆえに多数の流民を抱えてしまえば、身動きが取れなくなる……。
「正解」
総長が口酸っぱく言ってる事だからな。
バカ戦闘員のオレでも、いい加減覚えるさ。
「私達は組織力が弱い。密かに協力者を増やす必要がある」
「助けた流民に、第二の人生を用意してくれる協力者をね」
その協力者がここの領主……という事か。
「お互いにとって良い話なんだよ」
わかった。総長の判断を信じる。
つまらん事を聞いてスマン。
「いいよ。私はイエスマンが欲しいわけじゃない」
「思っていることは、どんどん意見して」
「その代わり、どんどん頼らせてもらうからね」
……おう。
まあ、任せておけ!
オレは総長みたいに頭は回らないが、戦闘なら任せてくれ。
あ、いや、吾輩って言わねえと……。
「なにそれ?」
子供達と『ファイアスターターごっこ』中なのだ。
吾輩と言わないと、あの子達が怒るのだ。原作信者だからなぁ~……。
おい、笑うな。吾輩は真剣にやっているんだぞっ!
「ファイアスターターの配給会社に、『テロリストがファイアスターターの名前をコードネームにしてる』と苦言を呈されているキミがねぇ……」
あ、あくまで……配給会社だしっ……!
し、資本家共が、なんと言おうが……別に気にしてないしっ……!
「総長! ニュクス総長! 大変ですっ!」
「何かあったの?」
「別行動中のカトー隊長が……人連の常任理事国の軍隊と、1人でやり合い始めたみたいで……! あ、あの人、1人で戦争やるつもりですよ!?」
「あぁ…………もぅ……あの子は、まったく……」
またか。
さすがは我らの狂犬。
「ファイアスターター。さっそく頼らせてもらっていい?」
わかってる。
カトーを連れ戻せばいいんだな?
「うん。今はちょっと目立ちたくない。ウチの愚弟が暴れている場所は、ここから遠く離れているとはいえ……恨みを買って付け狙われるのは困る」
「今は地盤作りに集中したい。エデンの組織力を強化しなきゃ」
承知した。
第2実働! 出番だ、出るぞッ!!
「「「「オジちゃ~~~~んっ!」」」」
あっ、お前ら!
悪い…………ちょっと、仕事が入ってな。
帰ったらたっぷり遊んでやるから、良い子で留守番しててくれ。
「オレらもついてく!」
「第2じつどー隊に、入れてっ!」
「「いれて~っ!」」
お前達はまだ子供だ! 最低限、大人になってからだな。
「「「「むぅ!!」」」」
大人になったら、前向きに検討してやろう!
……その時に、争いなんて無くなっているのがベストだけどなぁ。
■title:
■from:エデンの轟二郎
「オジちゃん! おかえり~っ!」
「「「おかえり~っ!!」」」
おう! ただいま!
4人共、良い子にしてたか!
「してたっ!」
「3人でチビ守ってた!」
「守ってた! 守ってたからもう大人っ!」
「ぼ、ぼくも……約束、まもってたっ!」
でかした! さすがは我らの希望だ。
「そういや、どこ行ってたの?」
「また、カトーオジちゃん迎えにいってたの?」
「カトーオジちゃん、方向ウンチなんだっ!」
ウンチじゃなくて、音痴な。
いや、そもそも方向音痴ではないが……。まあ、困った奴ではある。
奴は戦闘バカだからな。虐げられている弱者を見つけると、カッとなって強者に挑みかかる狂犬なんだ。ま、そこが長所でもあるんだが……。
アイツがムチャばかりやる所為で、総長が苦労しているのだ。
エデン最強の神器使いだろうが、何でもかんでも許されるわけではない。姉を困らせれば説教される。……ほら、ちょうど説教されてるっ!
「「「「ホントだ! だっさ~い!」」」」
ふふっ……。お前らは、あのバカみたいになるなよ。
……頭はともかく、性格は悪い奴ではないんだけどなぁ~……。
「……ねえねえ、オジちゃん」
ん? どうした? 早速遊ぶか?
「オジちゃん、ニュクス総長見るとき、ちょっとうれしそう」
は?
「ひょっとして、総長のこと……好きなのっ?」
なっ……!
そっ……!
んっ……!
そ……そんなことは、ないっ……。
フツーだ!
「好きなんだっ!」
「照れてるっ!」
「顔、あかいっ!」
「リンゴみたいっ!」
ちがっ……!
こ、これは違うっ……!
「そうちょ~! オジちゃんがね~! そうちょのこと~!」
わ~~~~っ! ばかばかばかっ!
行くなっ! 言うな~っ!!
■title:
■from:エデンの轟二郎
火の臭い。
炭の臭い。
……鉄の匂い。
皆…………皆は? 皆はどこに行った?
な……なんで、オレ達の町が燃えている?
上手く隠していたはずだ。
あの領主は信用できる奴だった。ニュクスの言う通り。
だから、ここはきっと安全で……オレ達の第二の故郷になるはずで……。
いや、そんなことはどうでもいい。
皆さえ無事なら、どうでもいい!
アイツらは……オレ達が助けたアイツらはどこに行った!?
「ファイアスターター! ファイアスターター!」
「隊長、ここはもう……」
待て。待ってくれ。
あぁ、そうだ……あそこ…………!
まだあそこが……!
秘密基地を作ってやったんだ。
子供達のために。
危険がないよう、工夫して……アイツらがノビノビ遊べるように。
まだ、あそこがある。
あそこは、町から少し離れているし……まだ無事な可能性が……!
「隊長!」
「危険です! もう火が――――」
いた。
いたっ! ああっ、やっぱりここにいたんだな!?
大丈夫か! やっぱり、4人でここに隠れていたんだな!?
大人が、逃がしてくれたのか?
怖かったよな。
ごめんな。
オレ、お前らのこと……助けるって、言ったのに。
肝心な時、傍にいてやれなくて……。
一緒に逃げよう。大丈夫だ。
「……隊長」
4人で身を寄せ合って、震えていたのか。
いや、違う。
守ってたのか。
3人で、チビを……。
立派だ。
スゴいぞ、お前ら。
お前ら全員、戦士の才能が――。
「隊長。その子達は……もう……」
…………。
…………。
…………。
…………。
……よく、がんばったな。
えらいぞ。
…………。
くそ。
あぁぁぁあぁあああああ…………!!
なんで、なんでっ…………!
なんで、オレは…………!!
なんで、この世界は……!!
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■from:エデンの轟二郎
『こちら交国軍第19艦隊っ……! だ、誰かっ! 聞こえてないのか!?』
『なんで、第18艦隊とすら連絡が取れないんだ!?』
『ま、まさか、コイツ1人に――』
『来るなッ! 来るなッ!!』
『る、流民のテロリスト風情が……!!』
『貴様、誰に喧嘩を売ったかわかっているのか!?』
先に戦争を売ってきたのは貴様らだ。
あの子達が何をした。
あそこに暮らしていた者達は、何の罪も犯していない一般人だった。
貴様らが差別するから、世界の片隅で細々と暮らしていただけだ。
オレ達と違って、血で汚れていない……無辜の民だったんだ。
未来の希望に満ちあふれた子供達もいたんだ。
あの子達が、オレ達の希望だったんだ。
よくもよくもよくもよくも……!!
殺してやるっ……! 復讐してやるッ!!
■title:
■from:エデンの轟二郎
「…………」
…………! 目が、目が覚めたのか!?
「…………?」
オレだ、わかるか!?
「ぉ……オジ、ちゃん……? ファイアスターター、オジちゃん……?」
そうだ! オレ――いや、吾輩だ!
わかるな? わかるだろっ!?
あぁ……! 良かった……良かった……!!
よくがんばったぞっ! よく頑張ったな、チビ助……!
「…………」
もう大丈夫だ。お前は、助かったんだ。
ここはエデンの方舟だ。医務室で……お前の治療を、ちゃんと……!
「オジちゃ……。み、みんなは……?」
…………。
「お、おにいちゃんたち、は……?」
…………。
「みんなの、町に…………悪い……おとなのひと、いっぱい、来て……」
…………。
「ぼく、おにいちゃんたちに……連れられて、にげて……」
…………。
「基地で……おにいちゃんたち……ぼくに、おおいかぶさってきて……」
…………。
「いっぱい、てっぽうのおと、きこえて……」
…………。
「…………みんな、どこ……いったの……?」
…………。
「オジちゃん……どこ……?」
…………え?
「く……くらい、よぅ……」
――――。
「こわいよぅ…………」
■title:
■from:エデンの轟二郎
オレ達は糞溜の中で生きている。
ここ以外の、どこにも行けない。
生きることさえ、許されない時もある。
糞溜の中で、くだらない争いが延々と続いている。
……何の罪もない子供達を、その争いに巻き込み続けている。
このクソみたいな世界に、オレ達の居場所はない。
ないのに、生まれてくるしかなくて――。
■title:
■from:エデンの轟二郎
なんとかならないのか。
なんとか、あの子を治せないのか?
「エデンの設備じゃ……」
奪ってくればいいんだな。
まかせろ。そういうのはとくいだ。
プレーローマでも、人類連盟でも、交国でも……。
どこからでも。
「落ち着いて。ファイアスターター」
ニュクス。我らが総長。
吾輩に命令してくれ。
誰を殺せばいい?
誰を憎めばいい?
「…………落ち着いて」
教えてくれ。
頼む。
頼むっ……。
吾輩は、もう……頭が……どうにか、なりそうでっ……。
なにを、どうしたら、あの子達を救えたんだ……!?
どうしたら、この世界は変わるんだっ……!?
教えてくれ! 頼むっ! 教えてくれっ!!
「…………、…………」
■title:
■from:エデンの轟二郎
「彼らなら、あの子の身体を治せる」
…………。
「…………」
背後組織に、明らかにカヴンがいる。
「けど、もう……あそこしか頼れるところはない」
「カヴンは犯罪組織だけど、私達にとっては人類連盟も立派な犯罪組織だよ」
「カヴンは、私達に近い存在と言ってもいい」
「これまでだって、カヴンの傘下組織との取引はあったでしょ?」
だが、今回は完全に別口だ。
いつもの奴らじゃない。
ピートの情報によると、背後に奴がいる。
加藤睦月。……奴の罠かもしれん。
「子供を助けるためにすがって、エデンが壊滅に追いやられるとでも?」
奴はエデン脱走後、ロレンスに拾われた。
表には出てこないが、ロレンスどころかカヴン内部でも強い影響力を持ちつつある。奴にはオレ達を罠にハメるだけの実力がある。
仮に混沌の海で襲われたら――。
「考え過ぎ――」
そんなことない。
お前だって、よく知っているだろう……!?
「…………」
奴は、エデンを恨む正当な理由がある!
オレ達に、復讐する理由がある!
「けど、他に打つ手がない。直ぐにでも連れて行って――」
またダメだったらどうする!?
あの子に、これ以上のものを失えと言うのか!?
「…………」
あっ…………すっ、すまん……。
お前を責めても、何の意味もないのに……。
「責めていいんだよ。あの町に交国軍が来たのは、私の落ち度」
あんなの、誰もわかるはずがない。
偶然だった。誰も悪くなかった。
悪くなかったのに……子供達も、みんなっ……!
「…………」
頼む、考えさせてくれ……。
あの子にもう、なにひとつ失わせたくないんだ……。
「…………。わかった、彼にもう少し……裏取りしてもらおう」
■title:
■from:エデンの轟二郎
…………。
…………よしっ。
……おうっ! ファイアスターターオジさんが来たぞっ!
お腹減ってないか? 喉かわいてないかっ!?
「…………」
なんでも言ってくれ。
吾輩が、なんでも叶えてやるっ!
なんでもいいんだ。
元気になってほしいんだ。
幸せになってほしいんだ。
「…………ごめんなさい」
■title:
■from:エデンの轟二郎
「罠の可能性はゼロじゃない。けど――」
覚悟を決めた。
話を進めてくれ。
吾輩が、あの子と2人で行ってくる。
「ファイアスターター……」
今度こそ守る。
必ず。
■title:
■from:エデンの轟二郎
なんで医務室にいないんだ……!?
どこに行った!?
あの子は、どこに行ったんだ!?
「たっ……隊長……」
いたか!?
どこにいた!?
し、心配させて……! 1人で出歩ける身体じゃないんだぞっ!?
そもそも、歩くことすら……。
「――残っている痕跡はこれだけで」
「隔壁が開いていました。あの子は、おそらく……」
「船外も、探せる範囲で探してみたんですが……」
ここは混沌の海だぞ。
混沌以外、何もない真っ暗な海なんだぞ。
危ない場所って、よく教えていたんだ。
海に飛び込めば、死ぬって。
ちゃんと、教えて……。
…………。
教え…………。
「…………」
…………。
船内に……いるはずだ。
よ……よく探そう。
ぜったい、いる。
「痕跡が……残っているんです」
隔壁に向け、何かが這った跡が残っている。
微かなアンモニア臭がする。
何かが垂れ流した小便の匂い。
違う。
垂れ流さざるを得ない身体だった。
自分1人で、処理も……。
でも、そんな…………こんな、ひどいことが…………。
あ…………ありえて、いいはずが…………。
ちがう。吾輩は、ほんとうに……守ろうと。
吾輩が、もっと早く、覚悟を……。
覚悟を……決めて、いれば…………。
あああぁぁぁぁぁぁぁ…………。
「た……隊長……」
■title:
■from:エデンの轟二郎
「捜索打ち切りだ。気持ちはわかるが……」
…………。
「お前、ひでえ顔してる自覚あるか?」
…………。
「わかるよ」
貴様に……何がわかる。カトー。
貴様に、なにが…………。
あの子を、見つけないと。
吾輩は、ファイアスターターなのだ。
吾輩は、あの子達の、ヒーローなのだ。
あの子達は、吾輩の希望なんだ。
あの子達にとって……吾輩が、希望の火で……。
「いい加減にしろ!」
「お前は、エデン第2実働部隊隊長のファイアスターターだ!」
「お前は、アニメやコミックの主人公じゃねえ!」
「人類連盟に睨まれ、大衆にも『テロリスト』と後ろ指を指される男だ!」
「オレの同類だ!!」
「過去ばっか追ってんじゃねえよ! 現実と戦え!」
「蔑まれようが、後悔しようが、それでも前を向いて戦えよ」
「お前が戦ってくれないと、助けられる命が助けられなくなるだろ……!?」
…………。
■title:
■from:エデンの轟二郎
……カトーは……。
「また戦いに行った」
「最近、物資が厳しいからね。横暴な強国に押し込み強盗に行った」
物資が厳しいのはいつもの事だ。
……だからこそ、アイツのように戦わねばならん。
「正直、もうちょっと後先考えてほしいけどね。ウチの愚弟には……」
カトーは、アレでいいのだと思う。
奴はエデン最強の神器使い。
その恐ろしさを、多くの者に理解してもらう必要がある。
エデンを恐れる者が増えれば、多くの者を救えるようになる。
「…………そうかもね」
だが、奴にも首輪が必要だ。
迎えに行ってくる。ついでに援護をしてくる。
「ごめんね」
……こういう事しかできん。
「……ファイアスターター」
ん?
「ウチの愚弟を、よろしくね」
「貴方なら……きっと、あの子を守れる」
…………。
ああ。
任せろ。
必ず守る。
今度こそ……必ず。
■title:
■from:エデンの轟二郎
オレ達は弱い。
糞溜の中で藻掻き苦しみ、糞塗れで生きていく事しか出来ない。
必死に戦っても、必死に守っても、いつか負ける。
可能性に満ちた小さな光すら、守ることが出来なかった。
理不尽な暴風が、全てを吹き消していく。
…………。
吾輩達は弱い。
吾輩達のしていることは、何もかも無駄なのかもしれない。
だがそれは、いま諦めて良い理由にはならない。
吾輩自身がそれを許せない。
この世に因果応報の理がなくても、関係ない。
火を絶やすな。
火を、絶やすな……!




