黒司天
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
「来た来た来たっ……!!」
上空を飛んでいる方舟から誰かが飛び降りてくる。
数は9。落下傘をつけている様子はない。
あんな無茶やる相手、決まってる! やっぱ来たか近衛兵!
豆粒より小さく見える標的に向け、対空射撃を行わせる。
敵から奪った兵器も使わせたけど、当たる気がしねーっ!!
「何とか着陸される前に――」
「社長。手遅れです」
上空にいた近衛兵の姿がかき消えている。
拘置所に到着した9体の近衛兵が、即座に戦闘開始。
ウチの夜行は精鋭部隊。
不真面目に社長やってるあたしだけど、夜行は切り札として精鋭を揃えている。
けど、相手が悪い。
数で勝っていても、玉帝の近衛兵相手は――権能持ち相手はキツい!
それでも――。
「何とか持ちこたえよう! しぶとさは泥縄商事の売りだもんねっ!」
何とかカトー君は逃がさないと、彼に怒られちゃう~!
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:夜行隊員
白い外套を着た人間が拘置所に降り立ち、迫ってくる。
近衛兵。玉帝の側近であり、交国最高峰の工作員。
それが小鳥に似た小型飛行ドローンを放ちつつ、こちらに迫ってくる。
発砲し、先にドローンを撃ち落としにかかる。この場で近衛兵を止めきれないとしても、相手の武装は削っておきたい。私は死ぬだろうが問題ない。
「――――」
ドローンを2機撃ち落としたが、まだ飛び回っている。
群体が近衛兵の周囲を飛び回り、チカチカと光を発している。
近衛兵の姿がブレる。
ホログラムの映像が乱れるようにブレている。
だが、奴は確かに存在する。幻などではない。
敵の射撃を遮蔽物で凌ぎつつ、移動開始。
移動中も周囲の味方が援護してくれているが――その援護が減りつつある。
敵の射撃が味方の頭部を正確に抉り、次々と屠っていく。半包囲状態なのにいいようにやられている。舌を巻く暇もなく、敵が迫ってくる。
「「――――」」
仲間が投げて寄越した散弾銃を受け取り、曲がり角で待ち受ける。
敵が来る。
敵の影が我々に向け、伸びてくる。
まず先に私が発砲した。曲がり角から現れた敵に向け、発砲した。
しかし、敵の姿がかき消えた。
散弾は虚しく大気を抉り、拘置所の外へ飛んでいった。
回避されるのはわかっていた。
敵の権能は知っている。
ゆえに、一拍置いて仲間に射撃してもらう。
「――――」
姿を消した敵が、別の場所へ――自身の影があった場所に顕現する。
敵の権能は一種の「転移能力」だ。
私の射撃で転移回避を使わせ、仲間には転移先を読んで待ち構えてもらう。
仲間の散弾が放たれる。
空気を抉り、回避不能の弾群が近衛兵を襲う。
襲うはずだった。
「っ…………!」
閃光が辺りを照らす。
敵の背後に隠れていた小型ドローンが、カメラの閃光を発した。
ストロボの如き光。
敵の影が変形する。
強い光に押され、一瞬で形を変える。
人間より弾丸の方が速い。
しかし、弾丸より光の方が速い。
「排除完了」
再び姿を消した敵の声が、背後から聞こえた。
私も仲間も、一瞬で急所を抉られた。
崩れ落ちつつ、無傷の近衛兵を見上げる。
もっと戦いたかった。ああ、だが、ドローンは削った。
他の夜行が上手くやってくれるはずだ。
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
権能・エウクレイデス。
源の魔神が世界を鋳つぶして造った権能の1つ。
その正体も性能も弱点もわかっているけど――。
「勝てるかなぁ……!」
近衛兵達が振るう権能は、真のエウクレイデスより弱い。
大幅に弱体化している。だけど、勝てるとは限らない。権能無しでも強い精鋭達が使ってくるから、いくら夜行でも勝てるとは限らない。
「社長。やるしかないかと」
「わかってるよぅ! キミらも死ぬ気で頑張ってね!?」
「実際死にます」
「ガンバレ!」
夜行を応援しつつ、頑張って近衛兵を引きつける。
彼らが使う権能は「影」と「光」を使った転移権能だ。
権能使用者の「影」が転移可能領域として展開。
彼らは「影の上」に転移できる。
例えば10メートル先まで影が伸びているなら、一瞬で10メートル先まで移動できる。100メートル先だろうが同じ事ができる。
要は「自分の影」が存在していればいい。
ただ、彼らの転移は「点と点」ではなく「線」で行われる。
彼らは移動先を決めると、そこまで光速で移動する。弾丸や斬撃よりも速く移動し、しかも移動中は光と化すため通常兵器ではダメージを与えられない。
実体化中は拳銃でも殺せるけど、当てるのが至難の業。
相手の影をよく見ておけば、転移先の目星はある程度つく。
「影をよく見て行動してね。初弾はまず間違いなく回避されると思って」
遮蔽物や光を使い、敵の影をコントロールしたら転移先を操る事も可能。
ただ、その弱点は敵の方が理解している。
彼らは「照明」「ドローンの放つ閃光」「銃のマズルフラッシュ」で影の位置を操作し、小刻みに光速移動してくる。弾丸と弾丸の間を縫って回避してくる。
周囲をまとめて爆撃してしまえばダメージを与えやすいけど……カトー君達がまだ逃げ切ってないから、無茶は出来ないんだよなぁ……。
カトー君達を殺さない程度に、ファイアスターター君に支援砲撃を頼むけどね。
単なる爆弾罠だと、爆発の光に乗って逃げたりするし……マジ厄介! こっちの発砲の光を使ってスルリと逃げる事もある。
それでも、何とか止めなくちゃ。
最終的に夜行皆殺しになっても、カトー君は逃がさないとねっ……!
「彼らは、自分以外も転移できるインチキ野郎だから気をつけてね」
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:夜行隊員
仲間に注意を引いてもらっている隙に、側面から近衛兵に仕掛ける。
仕掛けておいた閃光手榴弾で敵の影をコントロールする。
影を壁に張り付けにし、自爆覚悟の擲弾を放つ。
影の範囲が狭まれば、爆発に巻き込んで殺害可能――。
「――――」
敵が踏み込み、擲弾を拳で迎撃した。
通常では有り得ない速度。
足下の影を起点とした転移短縮の迎撃。
拳で迎撃された擲弾は拘置所の外に飛び出していき、爆発。
その爆発が起きている間も仲間の銃撃が近衛兵を狙ったが――狭い影の中でも――踊るような足さばきで銃弾の隙間を縫ってきた。
回避動作を行う敵の背後。
そこを飛んでいた飛行ドローンが閃光を放った。
目くらましも兼ねた光により、こちらの目が焼かれていく。
焼かれた視界の中、一瞬で形を変えた影がこちらの足下に飛び込んできた。
咄嗟に銃からナイフに持ち替え、横薙ぎに振るった。
敵の斬撃と鍔迫り合いを起こす。斬撃は何とか防いだ。
「――――」
防いだ瞬間、敵が足下に向けて発砲した。
跳弾でもしない限り、こちらに当たらないはずの弾丸。
だが、その弾丸が当たったような衝撃が、頭部に走った。
「っ、グ…………?!」
自分が撃った弾丸の衝撃を転移させてきた。
発砲の瞬間、権能を使いやがった。
奴らの権能の効果範囲は「自分自身」に限らない。
自分の装備にも――弾丸にも影響する。
弾丸が起こす事象すら、奴らの手のひらの上にある。
「――――」
衝撃でバランスを崩す中、敵のナイフがこちらの喉を切り裂いてきた。
吹き出した血すら、敵に当たらない。
影を経由し、こちらの背後に立っている。
俺を盾にしつつ、他の夜行に向けて発砲している。
「インチキ、野郎が…………!」
敵のドローンが再び閃光を発する。
敵の影が一気に伸び、他の夜行に向かって伸びた。
弾丸以上の速さで衝撃だけが飛ぶ。光速で味方の脳天を撃ち抜いた。
「排除完了。だがキミ達も大概インチキだぞ。夜行」
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:夜行隊員
「足止めします。お先にどうぞ」
囮を務める社長達を先に行かせ、簡易バリケードから機関銃を構える。
敵の間合いは把握済み。
光で影の形をこねくり回そうと、範囲は限られる。
長い廊下に陣取って待ち構えれば、いくら近衛兵でも突破は困難。
問題は第7艦隊からの支援砲撃だ。
近衛兵が砲撃支援要請を行えば、第7艦隊からピンポイントで砲撃が飛んできてもおかしくない。そしたらさすがに死ぬ。
どうあれ死ぬので、1秒でも長く時間を稼げばいいだろう。
この機関銃が私の墓標――。
「――――ッ!」
曲がり角から飛び出してきたものを撃つ。
火花を飛び散らせ、その「何か」が粉砕された。
近衛兵の周囲を飛び回っている小型ドローンだ。
アレにはカメラもついているから、偵察に出していたんだろう。
今ので待ち伏せがバレたな。迂回するか、支援砲撃が来そうだ。
ただ、他ルートにも夜行が待ち伏せを行っている。即時突破は不可能――。
「…………!?」
微かに羽音がした。
機関銃を固定したまま拳銃を抜き放ち、羽音の主を撃ち落とす。
小型ドローンが傍まで来ていた。
通気口を通って来ていたのか? 接近に気づくのが遅れた。
だが、たったいま撃ち落とした。
ドローンだけ接近されたところで、何の問題も――。
「排除完了」
背後から衝撃。4発の弾丸が飛んできて、全て命中した。
頭部と関節を砕かれ、行動不能に追い込まれる。
拳銃も機関銃も蹴り飛ばされ、直ぐ使える武装がなくなる。
「なぜ…………?」
背後に近衛兵がいた。
こいつらが接近出来るルートは、全て待ち伏せがいたはず。
秘密の地下通路でも無い限り、突破に時間がかかったはず。
どうやって、ここに……?
「…………」
自分の血が作った血だまりに倒れる。
視線の先に、砕かれ壊れたドローンが見えた。
接近を許したものの、さっき破壊した小型ドローン……。
その背部に、小さなディスプレイがついていた。
カメラではなく、ディスプレイがついている。
小型ドローンに……? なぜ、わざわざそんなものを。
…………。
…………まさか、こいつら、そこまで出来るのか。
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:玉帝・近衛隊隊員
「排除完了」
自爆した敵から離れる。
掴みかかり、零距離で自爆したのは悪くない手だ。
ただ、我らの権能は影さえあれば一瞬で拘束から抜け出せる。
拘束と自爆までのタイムラグを即死水準まで詰めるべきだ。
我々は死なない限り止まらない。
「誰か、標的を目視確認しているか?」
『泥縄商事社長、確認済み。カトーと行動を共にしています』
「映像を寄越せ」
後方支援要員に要請する。
他の近衛兵に随伴しているドローン越しの映像を見る。
泥縄商事の社長と、担架で運ばれているカトーがいる。
ただ、カトーらしきものにファイアスターターの部下が随伴していない。発信器の発信源は確かにあそこだが――。
「泥縄が用意した偽者の可能性がある。他の経路探索に手を割いてくれ」
ドローンを追加発注。
第7艦隊から砲撃で飛んできたドローン群に拘置所内をさらに調べさせる。
泥縄商事の動きが怪しい。奴らは、カトーの体内に隠していた発信器に気づき摘出し、それを囮に使っている可能性がある。
泥縄商事の社長は確かに追い込めている。
奴はもう逃げられないはずだが、アレすら偽者の可能性もある。
他の仲間に追跡中の相手を任せ、別経路の探索を――。
「む……」
拘置所の壁が砕かれ、何かがやってきた。
壁の残骸を権能で回避しつつ、見上げる。
「交国軍の<逆鱗>か」
奪取された機兵が、こちらを襲ってくる。
夜行が操作しているようだ。
歩兵同士の争いに勝てないなら、機兵をブツける。
着眼点は悪くない。
だから、もっとこちらを見ろ。
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:夜行隊員
「――――」
交国軍から奪った機兵を駆り、近衛兵を襲う。
相手は権能使いとはいえ、効果範囲は「影の上」に限る。
そして、転移可能なのは自分が関わっているもの。
こちらが操る機兵を転移させる事はできない。
機兵という暴力装置相手に、歩兵が勝てるはずがない。
「避けたか……!」
壁ごと潰すつもりだったが、敵は権能で回避してきた。
回避先を踏みつけたものの、手応えがない。
乗り移られないよう機兵を激しく動かしつつ、敵の姿を探す。
銃を軽く掲げ、「ここだぞ」と言うように佇んでいる。
良いマトだ。お望み通り、機銃を横薙ぎに掃射していやる。
敵の影は、こちらとは反対の方向に伸びている。
敵の姿がかき消える。
掃射を権能で回避してきた。
「それなら――――」
ころん、と音がした。
握りこぶし大の何かが、操縦席内に現れた。
これは――。
「手榴弾ッ…………!?」
敵が操縦席内部に手榴弾を送り込んできた。
そんな、バカな。
影は無かったはず。
奴らの影は、遮蔽物を貫通するものじゃない。
機兵内部に、近衛兵の影が届くはずが――。
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:玉帝・近衛隊隊員
「排除完了」
敵に奪われた機兵が転倒する。
操縦席に送り込んだ手榴弾が、敵を屠った。
奴はこう思ったかもしれない。「操縦席内部に敵の影はない」と。
その考えは正しいが、正しくない。
影はある。
どこにでもある。
機兵が影を見た。
要は「影」の拡大解釈だ。
権能は使いこなせば、強力な力を引き出せる。
機兵の眼球が俺を捉えた。
機兵のディスプレイに俺が映った。
俺と「俺の影」が映った。
ならば、影が映ったディスプレイ経由で転移すればいい。
「近衛兵の影は、交国の領土だ」
【TIPS:エウクレイデス】
■概要
プレーローマの<黒司天>が源の魔神に与えられ、振るっていた権能。プレーローマの混乱期に失われた権能の1つ。
黒司天は<死司天>と同じく源の魔神の近衛兵として働いていた天使で、近衛兵時代は源の魔神の身辺警護や使者として動いていた。
源の魔神死後はプレーローマ内部の権力闘争に身を投じ、三大天と対立。最終的に<武司天>との戦闘に敗れ、所属する派閥の天使達と共にプレーローマを去った。その後の消息は不明とされている。
交国で近衛兵等が使っている「権能・エウクレイデス」は、黒司天が使っていたエウクレイデスより「大幅に劣化している」と言われている。だがそれでも常人相手には十分な戦闘能力を発揮している。
■黒司天の力
黒司天は「源の魔神の近衛兵」を任されるだけの実力があった。
源の魔神の死を皮切りに始まった「プレーローマの混乱期」で権力闘争に参加し、武司天に負けたとはいえ、プレーローマでも上位の力を持っていた。
黒司天がエウクレイデスを振るうと、「相手の瞳に映った自分の影経由で力を振るい、敵対者の眼や脳を潰す」という芸当も可能だった。ただ、これは黒司天の力の一端に過ぎない。




