規格外×規格外
■title:交国本土の拘置所内にて
■from:泥縄商事のドーラ
「楽しいねぇ! 血みどろの戦場!」
瀕死の交国軍兵士にトドメを刺してあげつつ、屍肉を踏み越えて進む。
敵味方の肉片があちこちを汚している。
泥縄商事らしい戦場になってきた!
もっともっと守備隊鏖殺していこうねぇっ!
「社長。目的を忘れないようにしてください」
「おっとそうだった」
『社長。こちらに応援を頼みます』
「アイヨォ~!」
指定地点の密室に人員手配を行う。
拘置所内だけじゃなくて、第7艦隊にも大量の兵士を送り込んでいるから……そろそろ夜行に関しては打ち止めかなぁ。
上手く奇襲したつもりだったけど、さすがは交国軍。上手く対応している。こっちの本命である拘置所は何とかなりそうだけど――。
『社長。第7艦隊旗艦内部に近衛兵がいます』
「ゲッ!? マジッ!? 玉帝の近衛はさすがに無理だよ!?」
奴らはバケモノだ。奇襲かけてもおそらく勝てない。
他の第7艦隊艦艇内にも近衛兵の目撃情報が上がってきた。
艦艇内に送り込んだ夜行達で敵を引っかき回し、ファイアスターター君の援護をしてあげるつもりだったけど……長くは持たないな~。
「破壊工作から籠城作戦にシフトして。近衛兵を出来るだけ釘付けにしといて」
『了解』
持って10分ほどかな?
第7艦隊に送り込んだ夜行は、近衛兵達に鏖殺されるだろう。
これほどの数の近衛兵がいるって事は……玉帝が近衛兵を引き連れてこの戦場に来ているのかな? いるとしたら旗艦かな? まあ殺すのは無理だろうなぁ。
「ちょっとマズくなってきた! お客様~、急ぐよ~!」
夜行に守らせているファイアスターターの部下達を連れ、拘置所の奥に急ぐ。
先行させた部下達がカトー君を確保しようとしているけど、まだ合流できてない。エデンとの契約は「カトー総長代行」と「エデン第2実働部隊・隊員」を交国から逃がす事だ。
ファイアスターター君の命まで保証できないけど、契約は守らないとね。
その契約以外に、彼からも「最低限、カトーは生かせ」って言われてるしね。
「やっぱ交国相手はキッツイなぁ~ん……!!」
追加料金貰わないとやってらんないよ! まったくぅ……!!
ちょっと愚痴りつつ走っていると、近くに砲弾が飛んできた。
窓ガラスが一斉に割れる直前、夜行の隊員が床に押し倒してくれたおかげで助かった。助けてくれた隊員は飛んできた破片で死んだけど、社長が生きているならセ~~~~フっ!!
「い、いまの砲撃、交国軍から飛んできてなかったか……!?」
「どうだろね。まあ、まだ本格的に撃って来ないと思うよ」
交国軍は、やろうと思えば拘置所を吹っ飛ばせる。
第7艦隊の全力砲撃なら、この島も吹っ飛ばせるかもねん。
けど、敵さんもそこまであからさまな手は打てない。
先の「舐めプ」が響いている。
「まだ報道のドローンが飛んでる。大衆にこの戦闘をお送りしている以上、交国軍兵士もいる拘置所への全力砲撃はまだ出来ないはずだよん」
報道入れた理由は「卑劣なテロリストを交国軍が粉砕した!」という絵を大々的に喧伝したかった――ってものだろう。
実際、第7艦隊+αでファイアスターターは倒せるだろう。
あたし達込みでも、最終的に交国軍が勝利する。
けど、ちょっと舐めプしすぎだよ~……。「テロリスト粉砕」の絵を撮るために手段を選ばざるを得なくなっている。
まあ、報道の立ち入り許可していなくても、友軍のいる拘置所への砲撃は現場の軍人が躊躇うだろうけど……より一層撃ちづらくなった方がこっちは助かる。
助かるけど……近衛兵までこっちに来たら、さすがに逃げ切れないよ~……!
「突撃突撃っ! 巻いていこう! 時間はあたし達の敵だよっ!」
今ならまだ、カトー君奪還出来る。
けど、近衛兵以外の+αも来るだろうし……そうなる前に逃げる手筈を整えないと、交国軍の予定通りになっちゃ~う。そうなるのは癪だから頑張ろう。
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:死にたがりのラート
拘置所を中心に、交国軍と敵艦隊が激突し続けている。
最初、敵は1隻だけだったのに……今では拘置所周辺にいる第7艦隊と同程度の方舟が揃い、砲撃戦を行っている。
「あんな近距離でバカスカ撃ち合う艦隊戦なんて、そうそうお目にかかれないな」
「敵地に無理矢理乗り込んだ時は、あれぐらいの砲火に晒されながら撃ち合う事もあるけどな……」
方舟も流体装甲を装備している。
機兵より上等な混沌機関を積んでいるため、機兵より上等な流体装甲を展開できる。機兵でもタダじゃ済まない砲撃を受けても、方舟なら耐えられる。
ただ、あそこまで至近距離の撃ち合いになると、方舟の流体装甲でも耐えきるのは難しい。
両陣営、徐々に脱落していく艦艇が見えているが――。
「おわっ……!? なんだぁ? 敵の方舟が大爆発起こしたが――」
「<星の涙>だ! 第7艦隊、用意してやがったな……!」
中継を見ているレンズが叫ぶ。
艦艇の数はほぼ同等だが、敵艦隊の方がダメージを受けている様子だ。
どうやら、第7艦隊は宇宙にも展開しているらしい。
「星の涙って……ネウロンの世界に穴ぼこあけてるアレだろ?」
「ああ、その運動弾爆撃だ。普通は対拠点用に使うが、精密誘導式の<涙>を使えば……艦隊戦に使うのも不可能じゃねえ」
通常の<星の涙>より高価だが、そういうものもある。
普通は巨大な流体装甲を打ち出すだけだが、精密誘導式は遠隔操作用のスラスターもつけている。それで微調整し、精密爆撃を行う事も出来る。
精密誘導でも航行中の方舟ならそうそう当たらないが、相手は拘置所に向かって移動中。進路は読みやすく、第7艦隊に足止めされて動きも鈍い。
交国軍は艦隊戦になるのを睨み、複数の方舟を宇宙に待機させておいたんだろう。そして必要に応じて爆撃を行っている。
友軍による爆撃だから、交国軍側はどこに<涙>が落ちてくるか把握している。敵はもっと距離を詰めない限り、良いマトになる。
「敵の方舟は神器で作った特別製みたいだが、さすがに<涙>なら一撃で大ダメージが入る。超高速で飛来する方舟に体当たりされるようなモンだからな」
レンズの解説通り、敵艦隊に大きなダメージが入り始めた。
拘置所周辺の撃ち合いは互角だが、第7艦隊はそれ以外で敵を上回っている。
ここは交国本土。交国のホームグラウンドだ。
テロリストが奇襲を成功させたとしても、そう簡単に勝てるはずがない。
敵艦隊は次々と脱落…………していってるように、見えるんだが……。
「あ、あれっ? 気のせいか? 敵艦隊、そこまで減ってなくないか?」
「んなバカな。星の涙は確かにブチ当たってんぞ」
星の涙も百発百中じゃない。
精密誘導してもなお、さすがに直撃弾はポンポンとは入らない。
それでも数を放ち、確かに当てているように見える。
実際、敵の方舟も大爆発を起こし、海上に落ちていっている。
それなのに……敵が減ってないように見える。
「どういうカラクリだ……?」
「ファイアスターターが神器を使い、方舟を呼び出し続けているためだ」
「あっ、隊長っ!」
どこかに行っていたらしい隊長が、ロビーにやってきた。
隊員に勧められた椅子を断り、立ったまま中継を見つつ説明してくれた。
「エデンのファイアスターターの神器は、『方舟を造る神器』だ。それはお前達も察していると思うが――」
隊長は中継の一部分を指さし、「よく見ろ」と言った。
砲撃や星の涙により、大きな爆発が起こっている箇所。そこをよく見る。
見ると、爆発の奥から真新しい方舟の姿が見えた。
「奴は神器に貯蔵した混沌がある限り、方舟を造り続ける。フェルグス特別行動兵が混沌機関を使って機兵を作ったように、混沌さえあれば方舟を補充し続ける事が可能なのだ。即座にな」
「じゃあ、交国軍が火力で勝っていても――」
「ファイアスターターは方舟を補充し、強引に対抗してくる」
敵も同時に呼び出せる方舟の数には限りがあるらしい。
おそらく、何十隻もまとめて操作できないのだろう――と隊長は言った。
「敵もノーガードで砲撃を続ける事で、拘置所周辺の第7艦隊は削っている。砲撃合戦が続けば……最終的にファイアスターターが押し勝つだろうな」
今はまだ、交国軍が押している。
ただ、隊長の想像通りならジリ貧だ。
「じゃあ拘置所にいる交国軍、勝ち目ないんですか?」
「勝ち目はある。敵の展開能力は神器ありきのものだ。神器を破壊するか、神器使いのファイアスターターを無力化してしまえば、敵艦隊は一気に崩壊する」
ファイアスターター本人に一発当たればいい。
その一発で一気に逆転できる。
隊長は「それが敵の弱点」だと言ったが――。
「倒しそうな気配、無いんですけど……」
「敵も自分の弱点は理解している。だから方舟の装甲を上手く使い、砲撃から身を守っている。多少の攻撃なら生身でも通らんはずだ」
「じゃ、じゃあ、敵艦隊に白兵戦仕掛けてファイアスターターを倒せば――」
「それも1つの手だ。白兵戦に持ち込めるならな」
戦場では砲弾が飛び交っている。
星の涙も落ちてきている。
あれをかいくぐって白兵戦を仕掛けるのはキツそうだ。敵の船に乗り込んだところで、味方からの砲撃で吹き飛んで死ぬかもな……。
白兵戦で勝つつもりなら、砲撃や星の涙を程々にすればいいが――。
「仮に白兵戦に持ち込めても、ファイアスターターは潜伏中の方舟を捨て、別の方舟に乗り移ればいい。新しいのを作って、乗り込まれた方舟を消せば――」
「乗り込んだ奴らは、海に落ちていく……?」
「そうなるだろうな」
白兵戦は現実的じゃなさそうだ。
でも、それなら――。
「神器に貯蔵した混沌が切れると方舟の生成も出来なくなるなら、エネルギー切れ狙えばいいのでは……!? アレだけバカスカ撃って、ドンドコ生産していたら……さすがにもうエネルギー切れ起こすでしょ!?」
「おそらく、この調子で戦っていても敵は1~2時間は持たせる」
過去のファイアスターターの戦闘記録を見ると、それぐらいは余裕で持つらしい。これほどの艦隊決戦をそこまでブッ続けられるとか……化け物だ。
さすがは神器使い、と言うべきなんだろうか。
規格外すぎる……。
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:星屑隊隊長
大火力をぶつけ合う消耗戦はファイアスターターに分がある。
単騎で第7艦隊と打ち合える艦隊を即時展開。敵が火力で勝っていようと、艦隊を再展開する事でしぶとく敵を削っていく。
敵はその手の奇襲と力業が得意なテロリストだ。
さらに厄介なのが、「復帰の早さ」だ。
通常、大打撃を受けた艦隊を立て直すには時間がかかる。数ヶ月、あるいは年単位で時間が必要になる。それ相応にコストもかかる。
ファイアスターターの場合、混沌さえ補充できれば艦隊が復活する。
壊滅的打撃を与えたところで、ファイアスターターさえ無事なら……奴は数日でケロリと万全の状態に戻る。インチキにも程がある神器の持ち主だ。
神器が破損し弱る前のカトーは「エデン最強の神器使い」と言って間違いないが、今のカトー相手ならファイアスターターの方が圧倒的に強い。
人類連盟どころかプレーローマですら、ファイアスターターには大きな損害を与えられてきた。奴が破壊した基地と方舟の総額は、人連の強国すら傾かせるものだが、奴自身は何度もしぶとく復活し、破壊の限りを尽くす。
ただ厄介なだけではなく、火力も間違いなくトップクラスの神器使い。
それが奴だ。
「常任理事国の精鋭艦隊を引っ張ってきてやっと、ファイアスターター1人と釣り合うって……とんでもないですね」
「隊長、他に弱点無いんですか?」
「しいて挙げるなら、ファイアスターター自身はそれほど強くないという事だ」
生身のファイアスターター自身はそこまで強くない――と言われている。
玉帝の近衛兵が10人ほどいれば殺せるだろう。
ただ、一瞬で終わらせなければ奴は艦隊を展開する。玉帝の近衛兵と言えど、圧倒的な火力に晒されれば一瞬で消し飛ぶ。
ゆえにファイアスターターは「暗殺するしかない」と言われてきた。
奴が大暴れしていた時代は、弱点をカバーする神器使いが護衛していた事もあった。少数精鋭を活かせていた頃のエデンは、本当にとんでもない強さだった。
あの当時のカトーも、手がつけられない強さを誇っていた。
「ファイアスターターは確かに強い」
今でも、特別に警戒すべきテロリストだろう。
奇襲に徹されると、通常戦力では太刀打ち出来ん。
「だが、規格外の存在は交国にもいる」
交国も、ファイアスターターの厄介さは認識している。
ゆえに黒水守を招集した。
彼だけではなく、あの御方も呼んでいるはずだ。
……そろそろ戦場に現れる頃合いだろう。




