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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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復讐者:アダム・ボルト



■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて

■from:星屑隊隊長「サイラス・ネジ」の皮を被った男


 ラート軍曹の言動には呆れる。


 釘を刺したのに余計な調べ事を継続し、こちらを妨害して計画を狂わせる。


 果てには黒水守の懐に飛び込み、交渉を行ってきた。


 交渉の様子は密かに見せてもらったが、黒水守の言うことを鵜呑みにし、無垢な瞳を向けながら信じ込んでいるのは……心底呆れた。


 奴は自分の交渉が「成功した」と無邪気に信じているようだが――。


「私の部下の言動で振り回してしまい、申し訳ありません」


「いやいや、ラート軍曹のおかげで助かったよ~。彼女の確保、どうするか迷っていたしね。ネウロンで失敗。黒水で誘拐に見せかけた確保も失敗したからね」


誘拐未遂(それ)も含め、申し訳ありませんでした」


 本来、「彼女」の確保はネウロンで行う予定だった。


 だが、ネウロン解放戦線が暴れた事でカトー特佐がやってきて、奴が星屑隊と第8巫術師実験部隊に長期休暇を与えてしまい、ネウロンでの確保に失敗。


 黒水で黒水警備隊と連携し、彼女を――ヴァイオレット特別行動兵を確保しようとしたが、ラート軍曹達の横槍で失敗した。


 副長に連絡して注意を引くだけで誘拐が成功する――と判断した私の落ち度だ。その件も含め、黒水守に謝罪する。


「いやぁ、キミの所為じゃないよ。私の計画が杜撰だった。警備隊長(タツミ)の能力を使えば確実に確保できたんだけどねぇ……」


「巽も、特佐長官の目が向いていたのでしょう?」


 奴を動かせなかったのは仕方がない。


 ヴァイオレット特別行動兵の確保でこちらの正体を特佐長官に掴まれてしまえば、今までの工作活動が全て破綻しかねない。


 落ち度は私にある。実家に送り出すだけでラート軍曹達への警戒を解いてしまった私が悪い。……まさか直ぐに戻ってくるとは……。


「けど、何とかなりそうかな? まさかラート軍曹が彼女を……ヴァイオレットさんを我々に差し出して(・・・・・)くれるなんてね」


「何とか、確保出来そうですか? 交国政府に掴まれない形で」


 黒水で「誘拐」に失敗した以上、黒水でまた行動を起こすのはマズい。


 二度も類似事件が起こると、さすがに怪しまれる。一応、誘拐にあった被害者の記録は警備隊に改ざんしてもらっているが、事件が起こったことは政府に対しても隠し立てできない。


「時間はかかるけど……キミ達の休暇が終わるまでには何とかする」


「方法は――」


「混沌の海で、キミ達が乗った方舟を『海賊』に襲わせる」


 黒水守が穏やかな笑みを浮かべつつ、「交国の支配地域でロレンスによる事件が頻発しているからね」と言った。


伯鯨ロロ(おやっさん)の――ロレンス首領の仇討ちに燃える彼ら、交国軍に叩かれてさすがに元気をなくしているけど……罪をなすりつけるには都合がいい。バレたら両方から怒られるだろうけど、利用させてもらう」


「なるほど……」


「ラート軍曹も『共犯者』になってくれれば、上手く事を進められるはずだ」


 ヴァイオレット特別行動兵の確保には、黒水守も警備隊隊長も動かせない。


 2人共、交国政府の監視下にある。多少は動きを誤魔化すことができるが、黒水から姿を消したらさすがに気づかれる。


 別の人員や方舟。そして逃走経路を確保してもらわなければ。首領代理(ジュリエッタ)の言う事も聞かず、「仇討ち」に燃えているロレンス構成員なら使っても構わんだろう。


 やつらを焚きつけ、交国本土侵入を手引きし、ヴァイオレット特別行動兵を誘拐させようとして一度失敗したが……。今度は名義だけ借り、「海賊の皮を被った工作員」を使う。


 何も知らないロレンス構成員は喜ぶかもしれんな。


 首領の仇が所属する交国への嫌がらせに成功した――と無邪気に喜ぶかもしれん。やった覚えもないのに、喧伝してくれるかもしれん。


 奴らがしらばっくれたところで、どうとでもなるが――。


「ラート軍曹だけではなく、巫術師の子供達やヴァイオレットさん自身が脱走に協力してくれるなら一層スムーズに進むだろう。……ヴァイオレットさん自身は脱走に肯定的でいいんだよね?」


「そのようです。奴らは交国の欺瞞工作に気づきました」


 ロッカ特別行動兵とグローニャ特別行動兵はともかく、他は脱走に向けて肯定的に動いている節がある。逃げ道を用意してやれば間違いなく逃げるだろう。


「合図をいただければ、私も星屑隊内部から支援します」


「優秀な副長君と、軍事委員会のもう1人の憲兵は――」


「殺します。必要であれば」


 軍事委員会の憲兵――ギルバート・パイプ軍曹は、私を怪しんでいる節がある。副長はともかく、奴は最悪、処分しなければならないだろう。


 黒水守の伝手と私の権限で、パイプ軍曹が上げている報告は出来る限り握りつぶしている。ただ、それだけで足りる相手ではない。


 奴は特別行動兵の脱走に感づきかねない相手だ。


「まあ、押さえてくれる程度でいいよ。無理に殺す必要はない」


「しかし、憲兵が私を怪しんでいるのも私の落ち度です。ケジメは自分でつけます。ただ、殺害の偽装工作支援をお願いします」


 繊三号で権能(ちから)を使い過ぎた。


 私を信用しきっている副長はともかく、パイプ軍曹は少々厄介だ。


 軍事委員会と特佐達は犬猿の仲だが、だからといって「敵の敵は味方」と我々と委員会が組めるわけではない。本来、交国の全組織が我々を敵視するはずだ。


 我々は交国の敵(・・・・)だ。


 外部から入り込んだ工作員達など、奴らが認めるはずがない。


 交国内にも派閥争いは存在しているが、所詮は「玉帝の手中」で行われる争いだ。プレーローマの甘言にも揺るがない玉帝の部下達に、我々の正体が知られれば四方八方が敵に回るだろう。


 実際、既に特佐長官は黒水守や巽を怪しみ、マークしている。


 さすがに尻尾は掴まれていないようだが――。


「本当にどうしようか頭を抱えていたから助かったよ~……。ラート軍曹には感謝してもしきれないね……」


「…………」


 そもそも奴が動かなければ誘拐の時点で片がついていたのだが……ご機嫌の黒水守にこれ以上、水を差すのはやめておこう。


 実際、ラート軍曹の動きは都合がいい。


 上官としては「愚か者め」と言いたくなるが、工作員としては助かる。


「ラート軍曹は、カトー特佐に陳情を頼んでいた節があります。そのカトー特佐が捕まったうえに交国の欺瞞に気づいたことで、焦って飛び込んで来たのでしょう」


「キミは誘導しなかったの? 彼、巫術師の存在に気づいていたのはともかく……メイヴの容姿や置かれた環境まで気づいていたけど……」


「いえ? 私は何も……。メイヴの件を教えてもいません」


 奴が何故、メイヴを知っていたのかわからん。


 屋敷から少し離れたところに停めていた車中にスアルタウ特別行動兵を待機させ、釣り糸経由で屋敷に憑依を仕掛けていたようだが……あれでは何もできまい。


 巫術師の能力だけで、解決できた事とは思えん。


 黒水守が私を「情報を漏らしたのでは?」と疑うのもわかる。


「メイヴの近辺にいた者の携帯端末に憑依されたというのは――」


「端末のカメラから見たって事? それは無いと思うけどなぁ……」


 黒水守は困り顔でアゴをさすりつつ、「ラート軍曹は屋敷に来た時点から、交渉材料のアテがあるようだった」と言った。


「おそらく、何らかの方法でメイヴの姿をバッチリ見たんだろうね。ひょっとして、ヴァイオレットさんがまたまた妙な発明をしたのかな?」


「その可能性は……ありますね」


 何かを作った様子はなかった。


 だが、ヤドリギなんて物を作った女だ。


 さらに都合の良い発明品を作っていても、おかしくはない。


 巫術の眼を警戒し、強めの監視をしないようにしていたのは失敗だったか?


「まあ、その件はまた後日聞けばいいだろう。確保したらいくらでも聞ける」


 黒水守は笑顔のまま手を叩き、「そういえば面白い事がわかったよ」と言った。


「港で取らせてもらった彼女の細胞から、面白いものが見つかった」


「ああ、検疫の時の――」


「彼女は神器の因子を持っている」


「…………神器使い(・・・・)、という事ですか……?」


「そうかもしれない。ただ、その身にはもう神器が無いようだけどね」


 どういう事だ。


 あの女が神器使いだった(・・・)可能性がある?


 元々正体不明だったが、ますますわからなくなった。


「繊三号にいた叡智神の使徒の反応を見るに……あの女は使徒の関係者だろうと思っていたのですが……。本当に、何者なのか……」


「面白いよね。彼女自身が本当に記憶喪失なら聞いても教えてくれないだろうけど、確保出来れば色々調べる事ができる」


「…………」


「素子も見てビックリしてたけど……本当にそっくりなのかい? 彼女は」


「はい。私も、初めてあの女の顔を見た時は絶句しました」


 本人ではないのか、と疑ったぐらいだ。


 だが、そうではないはずだ。


 奴は今も公の舞台に姿を現している。


 ヴァイオレット特別行動兵と奴は別人だ。


 それならそれで「何故そっくりなんだ」という謎が浮上する。


 単なる偶然とは思えん。


「軍事委員会は、あの女の事を把握していないんですか……? 交国術式研究所だって気づいてもおかしくないはずですが――」


「幸い、気づいていないみたいだね。まあ、委員会にしろ研究所にしろ、大半が彼女の顔なんて知らないだろう? 犬塚特佐はさすがに知ってるだろうけど」


「間違いなく、そうでしょうね」


 黒水の港で犬塚特佐と出くわした時は、かなり危なかった。


 犬塚特佐は奴の顔をよく知っている。


 特佐がラート軍曹に夢中だった事と、巽が特佐を追い払ってくれた事で何とか顔を見られずに済んだが……。交国の中枢があの女を意図的に泳がしていない限り、あそこで発覚してしまうところだった。


 発覚したところで、我々の計画に大きな支障があるわけではない。


 ただ、交国政府に確保されるぐらいなら、こちらの手で――。


「色々とすまないね……。キミには苦労をかけっぱなしだ」


「大したことはしていません」


「軍内部での諜報活動や巫術師誘拐(・・・・・)の手引き。そのうえヴァイオレットさんの件で色々と疲れているだろう?」


「それが私の復讐(しごと)です。お気遣いなく」


 やりたくてやっている事だ。


 黒水守のために、嫌々やっているわけではない。


「そうそう、キミが横流ししてくれた例のもの、上手く使えてるよ」


「ヤドリギですか」


 ヴァイオレット特別行動兵は、ヤドリギを作成した。


 特別な部品を使っているわけではないが、「巫術師の憑依可能距離延長」なんて事は交国もプレーローマも不可能だった。


 出来たのはあの女と、叡智神の使徒だけのはずだった。


 繊三号での戦いに乗じ、星屑隊のヤドリギを「戦闘による紛失」という事にして横流ししておいたのだが――。


「何とか量産出来そうだ。どうやって動いているのか、エンジニアの皆もわからないらしいけど……コピー品は何とか作成できた」


「素晴らしい」


「ただ、性能はちょっと落ちているみたいでね」


「ヴァイオレット特別行動兵も作成に参加させれば、その問題も解決するかと」


 こちらで確保している巫術師の戦力を、大幅に強化できる。


 魔物事件によって生まれたネウロンの混乱。それに乗じて巫術師の死を偽装し、ある程度は確保しておいたのだが……苦労した甲斐があったな。


 ヤドリギさえあれば、巫術師が「対兵器戦闘」で強力なのは星屑隊で実証済み。データは私の権限で差し止め、肝心なものは交国術式研究所にも渡っていない。


 最終的に技術少尉が渡してしまうだろうが、ヴァイオレット特別行動兵さえ確保してしまえば、あの技術少尉はもう何も出来ん。


 ヤドリギの存在がバレても、作成方法や構造がわからなければ生産できまい。


「ヴァイオレット特別行動兵のついでに確保予定の巫術師達は、優秀な者もいます。……奴らを計画の要にするのも手かと」


「協力してくれるかな?」


「奴らは交国を憎んでいます。共犯者にするのも不可能ではありません」


 巫術師達は、星屑隊との馴れ合い(・・・・)で多少は態度を軟化させている。


 だが、未だ交国を恨んでいる。手駒として使える可能性は高い。


「要として使えずとも、奴らに機兵を与えれば――」


 武器に手をかける。


 誰かが来る気配。


 ただ、振るう必要はなかった。


 書斎の闇からずるり(・・・)と黒い影が立ち上がってきた。


 その影は黒髪長躯の人間の姿となった。


 人外(・・)ゆえ、本当の姿ではないが――。


「旦那様~、火急の知らせ――っと、アダム、お前も来てたのかよ」


「アダムではない。サイラスだ。力を使わず、普通に入ってこい、巽」


「へいへい、反省してま~す」


 ヘラヘラと笑う男――表向きは警備隊長と家令を務めている男が、馴れ馴れしい振る舞いで黒水守に近づいていく。


 そして、「玉帝からの招集だ」と言って言葉を続けた。


「カトーがいる拘置所に急行しろってさ」


「え? 何かあったの?」


「交国本土でファイアスターター(・・・・・・・・)が目撃されたらしい」


「「――――」」


「目的不明。けど、カトーのいる拘置所が狙われる可能性が高いから、お前は拘置所の応援に来いってさ」


 カトーが収容されている拘置所は、交国本土にある。


 奴はそこで死刑を待つ身だったが――。


「エデン残党のファイアスターターか」


「みたいだぜ? 本土の部隊はいま大慌てだよ。カトーの処刑前なのに、カトーが所属していたエデンの残党が目撃されたとなると――」


 処刑前に助け出すつもりか?


 だが、交国本土でカトーの救出など上手くいくはずがない。


 あるいは、救出関係なく報復のテロ行為を行うつもりか?


 どちらにせよ無謀だ。交国本土への侵入成功しただけでも大したものだが――。


「奴はカトーと心中するつもりか?」


「どうだろうなぁ。ともかく、今は交国軍が対応に動いている。カトーもさっさと処刑しちまえばいいのに、何故か延期(・・・・・)するからこんな事になるんだ」


 巽はおかしそうに笑いつつ、「人間同士の争いだ」と呟いた。


人類(おまえら)争い(ケンカ)大好きだよなぁ。人類同士で内輪もめしてる場合か?」


「…………」


「で、どうする? 『黒水守も来い』って話だが、仮病でも使うかぁ?」


「直ぐに行くよ。巽、出立の準備を」


「そう言うと思った。準備済みだよ」


「サイラス、すまないが今日のところは――」


「お気をつけて」


 黒水守は立ち上がり、急いで部屋を出て行った。


 出て行く間際、巽に対して「黒水を頼むよ」と言い残して出て行った。


 巽は笑みを浮かべながらそれを見送った後、私を見てきた。


「アダムぅ~。しばらく黒水にいるんだろ? ちゃぁんと素子様に会いに来いよ? いま留守にしているが、近日中に戻って――」


「必要ない」


「あのお嬢様の機嫌取りに来いって言ってんだよ、ボケ! 俺の仕事増やすな」


「私はアダム・ボルトではない」


 別の顔もあるが――今は星屑隊の隊長、サイラス・ネジだ。


 その死体(かわ)を被った偽者だが、今の私はくだらん復讐者だ。


 物言いたげな巽を無視し、書斎を出る。


 復讐(しごと)を続けよう。






【TIPS:エデン構成員の名前】

■概要

 多次元世界の弱者救済を目指していた<エデン>は、人類連盟からテロ組織として認定されていた事もあり、構成員達はコードネームを使っている。


 エデンのナンバー2と広く知られていた<ファイアスターター>の名前もコードネームであり、本名は異なる。


 プレーローマに捕まり、実験体となっていたファイアスターターはエデンに救出され、その構成員になった際に本名を捨てた。


 本当の名前は自分にとって「何も出来なかった弱さの象徴」であり、「ファイアスターター」のコードネームを名乗ることで新しい自分に生まれ変わろうとした。


 本来の名を失ったものの、ファイアスターターは人類連盟どころかプレーローマからも強く警戒される神器使いとして成長した。だが、それでもなお、彼は本当に守りたかったものを守る事が出来なかった。


 守れなかったからこそ、交国相手に立ち向かう事を決めた。



■カトーの名前

 元エデン構成員であり、交国軍の特佐として活動していた「カトー」の名も本名ではない。エデン時代のコードネームを交国での名前として使っているだけである。


 コードネームの由来は、昔世話になった人物の名前。本来の名前は別にあり、姓に関してはマーレハイト共和国の戦いで死亡したエデン総長と同じものだった。




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