博打
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:死にたがりのラート
黒水守と交渉して、ヴィオラと子供達を逃がす。
普通なら無茶だが、一応……突破口はある。
黒水守の屋敷には巫術師がいる。どういう状態かによって話は変わってくるが、俺の考えている通りなら、そこが突破口になるはず。
もし仮にダメだったとしても、屋敷に入るのが俺だけなら問題ないはず。
「じゃあ、アル。お前は車の中に隠れているんだぞ」
「は、はいっ……。ラートさん、お気をつけて……」
屋敷の近所に車を停め、アルに携帯端末を渡しておく。
俺が帰ってこれそうになければ、隊長達に連絡して迎えに来てもらう。アルはそれで大丈夫だと思うが、後は――。
「ラートさん、これ」
「おっ。ありがとな」
釣り糸の先端を手に取る。
それを引っ張って伸ばしつつ、黒水守の屋敷へと向かっていく。
アルに指示された場所に釣り糸を結んでおき、屋敷の門を叩く。
取り次いでもらえるかが最初の難関だったが……ヴィオラの誘拐未遂事件で出来た縁もあり、突然の訪問でも何とか通してもらえた。
使用人に不審げな顔で見られたものの、愛想笑いを浮かべつつ、屋敷の中へ通されていく。そして、その中の一室で待っているように言われた。
黒水守が来るから、それまで待つよう言われた。
言われた通り、大人しく待っていると――。
『ラートさん――』
アルからの通信。内容を聞く。
交渉の前に事前に調べておいて欲しい事があった。
それを聞く。聞いて、驚く事になった。
「お前の巫術って、こういう事も出来るんだな……」
『カラクリがあるんですけど……。そ、それ言うと説明できないので……』
「…………?」
その説明がよくわからんが、アルの言葉を信じよう。
ちょうど誰か来る気配が近づいてきたので、通信を切って待つ。
護衛を伴い、部屋に入ってきた黒水守は「やあ、ラート軍曹」と声をかけてきた。柔らかい笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「お久しぶりです。黒水守。突然、訪問しちまって……すみません」
「先日の誘拐未遂事件の話かな? あの件なら……まだ完全には解決していなくてね。ただ、あれはもう黒水と余所との問題だからキミ達は大丈夫だよ」
「…………」
「おや。どうやらその話じゃないみたいだね?」
最悪、適当に誘拐未遂事件の話をして帰るつもりだった。
けど、アルから聞けた情報を信じるなら、ここで交渉に持ち込むしかない。
「星屑隊としてのお話かな?」
「オズワルド・ラート個人として、お願いしたい事があります」
頭を下げた後、黒水守の目をよく見て告げる。
「黒水守は、政府に無断で巫術師を匿ってますね? あるいは、部下にしている」
黒水守の表情が変わる。
きょとん、とした表情になった。
しらばっくれようとしているな――。
「ふじゅつし? あぁ、キミ達と一緒にいた子供達のような術式使いかい?」
「はい。貴方の屋敷には、巫術師がいますよね?」
「…………?」
黒水守は護衛に視線を向け、問いかける仕草を見せた。
視線を向けられた護衛も「わかりません」と言いたげにしている。
まあ、そういう反応になるよな。
非公式に匿っているとしたら、そうなる。
むしろ、そうであってくれた方が助かる。
一応、事前にヴィオラにも調べてもらった。巫術師の所在を。
ヴィオラが調べられる範囲だと、ネウロン人の巫術師達は「ネウロン」もしくは「交国術式研究所の施設」にいるらしい。黒水にいる情報はなかった。
「ウチにそんな人、いないはずだけど……?」
「俺は巫術師と一緒にいるうちに、どこに巫術師がいるかが何となくわかるようになったんです。匂いとかで判断つくんです」
「ほう……? まるで捜索犬のようだね……」
黒水守は楽しげな様子で身を乗り出してきた。
「それって、私にも出来るかなっ……? やり方を教えてくれないかな?」
「秘密です。でも、この屋敷には確かに巫術師がいる」
俺にはわからない。
だが、アル達はわかっている。
俺に見えないものだろうと、アル達が観えるものを信じる。
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:黒水守の石守
あの子のイタズラの所為でバレたかな?
まったく、もう……まあ、まだ大丈夫。
しらばっくれるのも偽装も可能だ。
ラート軍曹はウソをついている。
この子に巫術師がいるか否かの判断はできない。
匂いでわかるとか、面白い冗談だからもうちょっと聞きたいな。
巫術師の子達の力を借りれば、ウチに巫術師がいる「推測」はできる。
けど、それ以上の情報は手に入らない。
巫術師に出来るのは「憑依」と「魂の位置を観測すること」の2つ。
あのイタズラっ子の魂を見たとしても、読み取れる情報は少ない。
「実は俺、透視能力も持っているんですよ」
「えっ! ホント!? スゴイな……」
「えっ、いや……そこはちょっと疑ってくださいよ……」
「うわっ、悪い子だな~……! 私は一応、領主なのに騙そうとするなんて」
「黒水守。捕らえて警備隊に引き渡しましょうか?」
護衛の子に「まあまあまあ」と落ち着いてもらう。
ラート軍曹の話、もっと聞きたいな。
どうせ、ただ推測に推測を重ねた話だろうけど――。
「で、透視能力がなんだって?」
ラート軍曹に続きを促すと、変な動きをされた。
手をワサワサと動かし、目をつむって、「俺は今まさに透視能力を使ってますよっ!」と言いたげな不審な動作をしてきた。
反応した護衛の子を止めつつ、やりたいようにやらせてあげる。
どうせ何も見えな――――。
「黒水守の書斎……の、隣の部屋ですかね? そこに子供部屋がある」
「…………」
「その部屋に、緑がかった黒髪の女の子がいる。目は碧眼ですね」
「――――」
「部屋で拘束されているわけじゃない……。玩具を買い与えられて、ふかふかのベッドもある……。大切にされている……。歳は10歳ぐらいかな~? けど、貴方や使用人の娘じゃなさそうですね」
わかるはずがない。
それなのに、何故わかる。
何故、知っている。何故、見えている。
あのイタズラっ子がラート軍曹達と連絡を取った? いや、違うはずだ。
あの子だって、そこまではしないはずだ。
自分と同じ巫術師は気になるだろうが……そこまでは――。
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:死にたがりのラート
黒水守の表情は、大きな変化はしていない。
相変わらず、キョトンとしている。……くそっ、役者だなぁ……。
けど、ズバリ当たっているはずだ。
「女の子の巫術師がいますよね? ここに、確かに」
「…………」
どうやってズバリ当てたか、わからないでしょ?
実は俺もわかってない!!
マジでどうやって突き止めたんだ!?
俺はただ、アルの言葉を信じただけ。
アルは、屋敷の中にいる巫術師の容姿をドンピシャで当てたはずだ……!
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:贋作英雄
「ラートさん、大丈夫かなぁ……」
『今は彼に任せるしかない。信じて待とう』
言いつけ通り、車の中で隠れているスアルタウが不安げにしている。
巫術でラート軍曹のところに行こうとしたが、止めておく。向こうにも巫術師がいる以上、あまり軍曹の周りをウロウロしていたから、軍曹の決意が無駄になる。
『交渉材料はお前が用意した。彼は上手く立ち回ってくれるはずだ』
「ボクが用意したものじゃないよ。エレインさんでしょ?」
『細かい事は気にしなくていい。兄弟の頑張りだよ』
屋敷の中にいる巫術師。
あの子の容姿や場所、置かれている環境は私が偵察してきた。
マクロイヒ兄弟の意識に寄生している私は、自由に出歩く事が出来ない。
ただ、兄弟の魂の周囲なら、多少はウロウロできる。
それを活かし、偵察を行った。
まず、ラート軍曹がスアルタウと繋がった釣り糸を運ぶ。
その釣り糸を屋敷に結ぶ事で、有線で屋敷との接続を確立。
釣り糸を介し、スアルタウが屋敷に憑依する。有線接続によってヤドリギ無しでもスアルタウの遠距離憑依を成立させる。
だが、これだけでは何の意味もない。
巫術師は基本、人工物に憑依できるだけ。
屋敷の壁や柱に耳目を生やす事は出来ない。
ドローンや機兵なら搭載されているカメラで周囲を見る事が出来るが、流体装甲すらない屋敷に目を作る事は不可能だ。
普通の巫術師なら、真っ暗闇の中、壁や柱に沿って当てもなくウロウロする事しかできない。いや、ウロウロすることすら困難だろう。
しかし、マクロイヒ兄弟は「普通の巫術師」ではない。
私がいる。
私が彼らの魂に付き添い、案内できる。周囲の状況がわからずとも、私の視界が使えるため、私の指示で進んでもらえばいい。
あとは巫術師と思しき子を見つける。
ちょうど玩具に憑依中で、抜け殻となっている身体があったので発見は容易だった。そこで私の耳目を使って彼女の――少女巫術師の容姿と場所を割り出す。
それをラート軍曹に伝え、交渉の手札に加えてもらう。
『屋敷の中にいた巫術師は、植毛こそ切られている様子だったが……拘束・監禁はされていない。手厚く匿われている様子だった』
「じゃあ……ラートさんの予想通り?」
『だろうな』
ラート軍曹は、黒水守が巫術師を「匿っている」と予想していた。
屋敷の床下や天井には、巫術師が憑依するためのワイヤーが仕掛けられていた。
スアルタウが観たのは、そのワイヤーに憑依して遊んでいた巫術師だ。
わざわざそんなもの用意していた以上、黒水守は匿った巫術師を気遣っている。私が偵察に行って見た結果も踏まえて考えれば――。
『監禁ではなく、匿っているなら勝機はあるはずだ』
勝機といっても、黒水守に勝つ必要はない。
勝つべきは、兄弟達が置かれた「状況」だ。
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:死にたがりのラート
「この部屋の天井に2本。床下に3本のワイヤーが張られている。巫術師の女の子は、部屋からそのワイヤーに憑依してウロウロしているんですよね?」
直ぐに調べれば、ワイヤーの有無は調べられますよ。
そう告げる。まあ、調べさせてくれないだろうし、ワイヤーが見つかったところでしらばっくれる事も不可能じゃない。
けど、巫術師の容姿と場所をドンピシャリで当てられた事は、さすがに動揺しているはずだ。普通の巫術師ならそんなことわかりっこ無いからな……!
アルがそんな事わかるのも、正直知らなかった!
アルは「カラクリ」があるって言ってたが……ともかく、アルが自信を持って教えてくれた以上、アイツの情報は大正解のはず。
「黒水守の屋敷に巫術師の子が匿われているのは……非公式の事ですよね?」
「…………」
「交国政府は全ての巫術師を『危険』と言って特別行動兵にして――」
「そうだね。全て、キミの言う通りだよ」
「…………!」
白状してくれた。
俺が思っていたよりも、ずっとアッサリと教えてくれた。
けど、早すぎる。……黒水守にとって、俺は信用できる相手じゃないはず。
巫術師を手厚く匿っている以上、俺は黒水守の事を「信用できる」と考えていたけど……向こうは俺を信用できないはず……。
「確かに、私は交国政府に内緒で巫術師を匿っている」
「――――」
黒水守の護衛が身構えている。
俺に対して圧をかけてくる。
護衛も、当然知っていたんだろう。
つーか……それ以外にも圧を感じる。
黒水守はやんわりとした雰囲気のままだが、部屋の外から人の気配がする。
ここでしくじったら……俺は消されるかもだが――。
「黒水守! 俺は、貴方を脅迫しにきたわけじゃありません!」
「ふむ?」
両手をつき、さっさとこっちの意志を伝える。
口封じに俺を処分されたら、ちょっとマズい。
俺は一応カトー特佐と通じていたわけだし、「実はラート軍曹はカトー特佐の協力者でした」「黒水守を暗殺しようとしたので返り討ちにしました」とか言われたら面倒な事になる。
「貴方に、助けて欲しい奴らがいるんです……!」
「…………」
黒水守が護衛に視線を向け、「退出してくれるかな?」と言った。
護衛は僅かに躊躇ったものの、俺を睨みながら退出していった。
部屋の外にあった圧も消えた――気がする。
黒水守は少し前のめりになり、口を開いた。
「キミが『助けてほしい』と言っているのは、第8巫術師実験部隊の特別行動兵の子達だね? 彼らを交国から逃がしてほしい……という事かな?」
「……はい。け、けど、これはあくまで俺が勝手に言ってるだけで……!」
第8や星屑隊に罪はない。
もし、俺が処分されるとしても、俺だけの問題にしてほしい。
焦らず、ネウロンに戻ってから策を考えるのも1つの手だ。
フェルグスが言っていたように、焦って動けば失敗する可能性もある。
けど、時間をかけていたら何もかも成功するとは限らない。
行動を起こす必要があるんだ。
「俺が勝手に、アイツらを助けたいと思っているだけですっ!」
「…………」
「今のまま戦っていたら、アイツらはどうなるかわからないんですっ!」
黒水守は巫術師を匿っている。
監禁とかせず、手厚く匿っている。
この人はきっと、話がわかる人だ。
事情はわからないが、巫術師を守っている。
そう信じて、博打を打つしかねえ。
ここで賭けるのは俺の命だけ。
しくじったら俺はもう、ヴィオラ達を助けられないが――。
「腹を割って話したいところだけど……とりあえずそういう事にしておこう」
黒水守は苦笑しつつ、「キミの主張を信じよう」と言ってきた。
「心配だよね。子供達のことが」
「は、はいっ……。けど、アイツらを交国軍に置いたままだと――」
「鎮痛剤の影響で廃人になる危険もある。ネウロンにはタルタリカという魔物もいるから、それに食われる危険もある。そして何より――」
黒水守は床を指さし、「交国に殺される可能性がある」と言った。
交国の領主でありながら、大胆な事を言った。
「わかるよ。キミの懸念は。……交国政府は明らかにやり過ぎている」
「…………」
「巫術師というだけで、特別行動兵にされたのは明らかにおかしい。それもあんな子供達が戦場に投入されているのは異常な事だ」
やっぱり、黒水守はネウロンの現状を把握している。
巫術師の子を手厚く匿っている以上、そうだと思っていたが……。
「ひ、ひとつ質問してもいいですか……?」
「うん。どうぞ。何でも聞いてくれ」
「そもそも何で、黒水守は巫術師の子を匿っているんですか……?」
「見過ごせないからだよ。強者の横暴と、それに虐げられる弱者をね」
黒水守曰く、巫術師の子を保護出来たのは偶然の話らしい。
黒水守は以前から流民や行き場の無い異世界人を黒水で受け入れ、保護している。その保護した人間の中にはネウロン人もいた。
「ウチで保護している巫術師の少女は、『巫術師である』という事を隠せた子でね。親御さんが上手く誤魔化して隠してくれていたんだ」
「そ、そんなこと可能なんですか……?」
「交国政府は『巫術師か否か』を簡単に見分ける方法を持っていない。非人道的な手段を使えばあぶり出しも可能だが――」
黒水守が保護した子は、巫術師として覚醒して間もないらしい。
だから、交国政府も一般人だと勘違いした。
少女の親御さんは我が子が巫術師だと気づいたものの、バレたら交国政府に連れて行かれるとわかっていた。だから必死に隠していたらしい。
「残念ながら……親御さんは、その子を庇って……ね」
「あぁ……」
何とか隠そうとしたものの、「何か隠している」とバレた。
子供だけは逃がせたものの、親御さんの方はもう――。
「私は……自分自身が流民として苦労していたから……そういう子を見過ごせなくってね……。部下の手を借りて、何とかあの子を黒水に連れてきたんだ」
ただ、巫術師としての才能は消せない。
流民達に紛れさせ、「故郷がどこかわからない子供」として保護出来ても、「死を感じ取ると酷い頭痛がする」という特徴は消せない。
「だから屋敷で保護しているんだ。ここならウチで雇っている医者がいつでも診てくれるからね……。ホントはもうちょっと人里離れたところがいいけど、私の自由になる場所は黒水だけだから……」
「な、なるほど……」
「交国の国外に逃がす手もある。流民時代に築いたツテがあるから、国外に頼れる人もいるんだけど……国外の情勢も荒れているからここで保護しているんだ」
交国政府には内緒で、こっそりと保護している。
政府にバレたら子供はもちろん、黒水守もただでは済まないだろう。
まあ、単に「子供が可哀想だから」という理由だから、領主である黒水守はそこまで重い罪にはならないかもしれないが――。
「あの子の正体がバレてしまえば、あの子は酷い目にあう。最悪……人体実験に参加させられるかもしれない。……キミも、この件は秘密にしておいてくれ」
「も、もちろんですっ……!」
「メイヴの話してるぅっ!?」
部屋の扉が勢いよく開き、舌っ足らずな声が響いた。
アルに聞いた通りの特徴の女の子がやってきた。




