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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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マジュツの「蛇口」



■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて

■from:弟が大好きなフェルグス


 保養所内をウロウロしつつ、パイプの魂の位置をよく観ておく。


「……大丈夫っぽいか……?」


 盗聴器の一件以来、パイプが積極的にオレを見張らなくなったみたいだ。


 盗聴器にこれといって情報残ってなかったり、エレインに促されてやった「エレインを師匠として紹介する声」が上手い感じにパイプの意識を変えたのかも。


 あの程度でパイプがオレを過小評価し、「別にカトー特佐と関係ないかも~」って考え始めたとしたら……それはそれで怖いな。


 エレインの言う「認識操作」がちょっとした言葉だけで出来るなら、使い方次第で皆の頭をイジれるってわけだ。言葉だけで簡単に人の意識が変わるのは怖い。


 怖いけど、今回は都合がいい。


 都合がいいけど――。


「心配しすぎだったか。オレもついていけば良かった……」


 今日はラートとアルだけで出かけていった。


 ラートの「黒水守と交渉する(・・・・・・・・)」って案を実行に移すために。


 ヴィオラ姉は「ラートさんが危険です」って言ってたが、ラートは「このまま動かないと、後で手詰まりになる可能性もある」と押し切っていた。


『今のうちに出来ることはやっておきたい。行動を起こすべきなんだ』


 そう言い、ラートはアルと出かけていった。


 オレは囮。憲兵(パイプ)の目がラートに向いて、今回の計画が失敗しないよう、引きつける。そのつもりだったけど……そこまでしなくて良かったかもな。


「あれっ? フェルグス、今日はアルと遊ばないのか?」


「今日は別行動気分なんだよー」


 廊下ですれ違った星屑隊のヤツと話しつつ、保養所の庭に出る。


 どこかから、ロッカやグローニャが星屑隊の奴らと遊んでいる声が聞こえる。


 暇だし、そっちに参加しようかな~……と迷ったけど――。


「おっ……。いいものみっけ」


 庭にちょうどいい棒きれがあったから、それ使って時間潰す事にした。


「そりゃっ! うりゃっ……!」


 棒きれを剣に見立てて振る。


 脱走する時も、脱走した後も「強さ」が必要になる。


 アルとヴィオラ姉を守れるよう、もっと強くならねえと。


 オレ自身を鍛えねえと。


 ……脱走した後は、もうラートには頼れないんだ。


 交国は悪い国だけど、ラートの故郷は交国だ。家族も故郷にいる。正直ついてきてくれると心強いけど……ラートから家族を奪うのはなー……。


「はっ……!!」


 いやいや、ラートがいない分、オレが強くなりゃいいんだ!


 もっと強くなるためにも、棒きれを振って稽古する。


 エレインの技を思い出しつつ、剣を振ってみたが――。


「ん~……? あんまりしっくり来ないかも……?」


 羊飼いと戦った時は、もっと動けた記憶がある。


 エレインの話だと、「技の継承」はもっと前から始まっていたらしいけど……本格的に始まったのは羊飼いと戦っていた時だ。


 あの時は、殆どぶっつけ本番だったのに上手く戦えた。


 けど、今はそんなに上手く動けてる気がしないなー……? 何でだ?


「露とめっせよ~……! からどぼるぐっ!」


 エレインの技を使ってみる。カッコつけて叫びつつ。


 やってみたが、いまいちパッとしない出来だった。


 羊飼いの時は、これで剣先から流体(ビーム)飛ばせたんだけどなー……!


「何が違うんだぁ……?」


蛇口(・・)が無い所為だ』


「ギャッ!? な、ななっ……!!」


 急に近くで声がしたから、ビビって尻餅ついちまった。


 声の方向を見ると、そこにエレインがいた。


 大剣を背負ったまま腕組みをし、オレの事を見ていたらしい。


「おっ、おまっ……! いるならもっと早く声をかけろよっ!」


『スマン。兄弟の素振りに魅入っていた』


「うぅぅっ~……!!」


 エレインの真似してたの、本人に見られちまった!


 は、恥ずかしい――と思って赤面していると、エレインが話しかけてきた。


『稽古するのは素晴らしい事だ。誇らしいぞ、兄弟』


「お、お世辞なんかいらねえっつーの……!」


『世辞ではない。兄弟達は自動的に技の継承が行われているが、馴染ませるためには実際に振るうのも大事だ。自発的にやるのは偉いぞ!』


「ガキを無理矢理褒める父親みたいなこと、しなくていいっつーの……!」


 余計に恥ずかしいわっ!


 つーか、なんでお前がオレのとこいるんだよ。


「お前は今日、アルと一緒にいるはずだろっ? まさかついていくの忘れたのか? そ、それなら急いで追いかけないと……!」


『心配するな。私はいつでもスアルタウのところに行ける。兄弟達の位置が離れていようが、反復横跳び感覚で向こうに行けるぞ』


「あっ、そうなのか……」


 通信機代わりにもなるんだな、お前。


 オレとアル専用の通信機だけど……。いや、伝書鳩か?


 どうせならもっと可愛い姿が良かったな。マーリンみたいに……。


 大剣背負ったオークが伝言を運んでくれるとか、ムサ苦しすぎる……。


『向こうは現在移動中。事が始まれば馳せ参じるから、安心してくれ』


「そうか。じゃあ今から向こう行け。オレは稽古してるから……」


『いやいやいや、せっかくだから私が稽古をつけよう! 私はお前の師匠だ!』


「オレの師匠はお前じゃねーよっ……!!」


 カトー師匠の名前を出そうとしたが、一応控える。


 パイプとか、他のヤツが聞いてるかもだし……。


 まあ、エレインとの話なら記憶に残らないかもだけど――。


「ま、まあ……いいや。じゃあ、ちょっと疑問あるんだけど」


『なんだ? 何でも聞くといい! 兄弟にして弟子よ!』


「ウザ……。ええっと、お前の技、ちゃんとオレに受け継がれてんの?」


 羊飼いと戦った時と現在(いま)


 今の方が弱くなってる気がするんだよな。


 そう話すと、エレインは「それは当然だろう」と言ってきた。


『羊飼いと戦った時は機兵があった。今は機兵が無い』


「あ。そういやそうか……」


『私の剣術は生身で振るうモノだが、兄弟向きではないのだ』


「はあ? どういう事?」


 エレインは「良い機会だから説明しておこう」と言葉を続けてきた。


『私の剣術は<魔術>という術式使用を前提としたものだ。兄弟達で言うところの<巫術(イド)>に似たものだな』


「ほう……?」


『私は身体強化魔術という魔術を使い、身体能力を強化する。強化された私は車程度の重量物なら片手で投擲できる超人と化す』


「マジかよ。オレもそうなりてえ」


『そうさせてやりたいが、兄弟には魔術を出力するための「蛇口」が無いからな』


 オレにはエレインの真似事は出来ないらしい。


 なんだ、その蛇口って……。


「蛇口って、ひねったら水が出てくる蛇口だろ?」


『そう。あくまで比喩表現だが、魔術とは想像で編んで体外に出力する術式だ。兄弟も想像(・・)は可能だが、想像の成果物たる魔術を出力(・・)する蛇口がない』


「あぁん……?」


『兄弟。頭の中で昨夜の夕飯を思い出すといい』


 言われた通り、思い浮かべる。


 昨日は星屑隊の奴らが「ばーべきゅう」というヤツをやってくれた。


 金網の上で肉を焼いて、それをタレにつけて食べる……。アレ、美味かったなぁ……。食べ過ぎて動くのつらくなって、皆に笑われたんだよなぁ~。


「昨日の肉、メッチャうまかった。ケモノ臭くなくて、クセもなくて」


『いま、頭の中に想像上の「肉」があるだろう?』


「うん」


『それが出力前の魔術だ。体外に出力すると、その肉が目の前に現れる』


「食べ過ぎてゲロなら出そうになったけど……」


『それは魔術とは言えん。肉そのものを生成しなければ』


 エレインは「この例えはあまり正しく無いのだがな」と言った。


 魔術は何でも作り出せるわけではないらしい。


 エレインも肉を実際に作ることはできないらしいが――。


『虹式煌剣のように、攻撃を飛ばす事は出来る』


「流体をズバァ~! と飛ばす攻撃方法だよな?」


『そう、アレだ。兄弟はああいう攻撃の出力方法を持っていないのだ』


「じゃあ使えないはず……。それなのに繊三号で使えたのは何でだ?」


『アレは機兵の流体装甲が「蛇口」の代用品となったのだ』


「あっ、なるほど」


 あの時、オレとアルは流体を練って飛ばした。


 機兵の流体装甲が代わりになったんだな。


 エレインの魔術(わざ)を出すための蛇口に――。


『流体装甲を介した出力は、私の本来の戦い方ではない。しかし、擬似的な再現で近しい結果が得られるなら問題あるまい?』


「確かに。でも、機兵ないとお前の技を活かせないってことかぁ……?」


『いや、生身でもある程度は役に立つはずだが――』


 エレインがオレの頭上に手を置いてきた。


 オレの背が小さい、と言いたいらしい。


『お前はまだ幼い。子供の身体だ』


「む……」


『対して、私は成熟した大人だ。子供の身体では私の剣術を再現しきれない。魔術出力のための蛇口もないと、余計にな』


「お、大きくなったら多少は使えるようになるのか……!?」


『現状でも、体捌きはよくなっている。同年代の子供と比べればな』


 ただ、生身で機兵に勝てるモノじゃない。


 機兵が無いと、蛇口のないオレは「エレインの技」を活かしきれない。


『ちなみに原典(オリジナル)の私は、交国軍の<逆鱗>程度であれば生身でも戦えるぐらいには強かった』


「マジかよ……」


『まあ、それぐらいは戦えないとな。もっとバカデカい魔物(あいて)と戦うのが日常だったからな。複数の機兵が組織的な動きで襲いかかってきたら、さすがに手こずるが……3、4機ぐらいなら正面から押し切ってみせよう』


「お前、マジで人間離れした強さなのか……」


『魔術が使えて、なおかつ実体があればな』


 エレインは少し笑い、「私など、他の魔術師と比べればひよっこだったよ」と言った。……実際にコイツの活躍見たことないから、ちょっと眉唾だけど。


 ただ、コイツの技が羊飼いに通用したのは確かだ。


 どうせならオレも、生身でエレイン並みに強くなりたいけど――。


「オレ達は常に機兵持ってるわけじゃないからなぁ……。今も無いし」


 出来れば機兵無しでも強くなりたい。


 脱走したら……多分、機兵に触る機会も減るだろう。


 機兵持って逃げたら交国に目をつけられるだろうし……。


「オレにも『蛇口』をつける方法、無いのか?」


『わからん。私は学者では無いからな……。私が暮らしていた国では、異世界人でも魔術の才に目覚める方法があったが――』


「ホントか……! じゃ、じゃあ、アンタの故郷に行けば――」


 オレも「マジュツ」ってヤツを使えるのか。


 期待して聞いたが、エレインは黙りこくった。


 待っていると、「行く方法はない」と言った。


「……ひょっとして、お前の故郷も滅んで――」


『うぅむ……。まあ……そのようなものだと思ってくれていい』


「ごめん……。嫌なこと聞いちまって……」


『いや、気にするな。説明が難しいだけで、そう悲観する事じゃない』


 エレインは手をヒラヒラ振りつつ、笑ってそう言った。


『私自身、私が暮らしていた国がどうなっているのかわからんだけだ。そもそも、私は古に存在していた戦士の贋作。本物ではない』


「じゃあ、なおのこと気にならないのか? 希望があるなら――」


『帰還は考えていない。私はお前達に技を継承し、守り、いずれ消える』


 エレインは自分の進む道を決めているらしい。


 けど、それって……オレ達のために死ぬって話じゃないのか?


 それはどうなんだ――と思ったけど、エレインは「この話はこれ以上したくない」とばかりに強引に話を戻してきた。


『それより蛇口の件だが、兄弟にも生える可能性がある』


「えっ、は……生えるものなのか……!?」


『あくまで比喩表現だ。目に見える器官として生えるものではない』


 エレインは「兄弟は巫術が使えるだろう?」と言った。


『巫術も術式の一種。私の使う魔術と同じ、術式の一種だ』


 巫術を使って、エレインの魔術(ちから)を使っていれば、2つが融合する。


 そうなる可能性もある――とエレインは言った。


『私は専門家ではないから、絶対にそうなると保障できん。しかし、術式使いである兄弟達には魔術の才に目覚める可能性もあるはずだ』


「お前の技と巫術、両方を使っていればそうなる可能性が高まる……?」


『そういう事だ。意識して稽古に励むといい』


 あくまで可能性。


 オレが今のままの可能性の方が、多分高い。


 それでも可能性がゼロじゃないなら……頑張る理由にはなるな。


 生身を動かして鍛えるだけでも、力はつくはずだ。


 ラートの代わりに、皆を守る力が……。


「あっ、でも……待てよ……?」


『ん?』


「流体甲冑じゃダメなのか? 蛇口の代わり」


 流体装甲と流体甲冑は似てる。


 どっちも流体を編んで、装甲や身体を作る技術だ。


 実際、流体甲冑で「身体を編む」感覚を身につけた事で、「混沌機関から機兵を作る」って荒技が上手くいった。アルの手伝いありきだけど。


「流体甲冑なら、機兵みたいにデカくなくて……持ち運びもできる」


『混沌機関が無いと、流体(エネルギー)は兄弟達の体内に貯蓄されているものに頼る事になるが……流体甲冑でも「蛇口」の代用品になる可能性は高い』


「おおっ! そいつはいいなっ……!」


 機兵はともかく、流体甲冑なら盗めるかも!


 機兵並みに強くなくても、それなりに戦えるなら悪くない!


 早速試したいけど……流体甲冑はネウロンに置いてきたからな~。


 まあ、そこはネウロンに帰った時に試――――。


「あっ、いや、そりゃムリか……?」


 今日、ラートがやってる計画が上手くいったら、ネウロンに戻る事はない……かもしれない。戻るとしても直ぐには戻れないかもしれない。


 どこかで流体甲冑が盗めればな~……。


 まあ、お手軽に「蛇口」を何とかする方法が見つかったっぽいだけでも、まだ良かったか。流体甲冑はネウロンにしか無いものじゃないし――。


 そろそろ時間だ――って事で、アルのところに向かったエレインに「ありがとな」と言って見送る。


 とりあえず、今は身体を鍛えよう。


「フェルグス、お前棒きれ片手になにやってんだ?」


「あっ! 副長! ちょうどいいところに……!」


 あくびしながら建物から出てきた副長に駆け寄る。


 身体の鍛え方、教えてもらおう。


 身体も鍛えて大人に近づいていけば……オレも強くなれるはずだ!


 アレコレ考えるのは苦手だし、オレは戦闘担当として強くなってやる!


 考えるのは他のヤツに任せればいい。役割分担、ってヤツだ!





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