術式保菌者
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:弟が大好きなフェルグス
「ラートさん達の様子、なんか変だった」
「そりゃ、変だろ。あの2人、オレのことを『幻覚見える痛い子』扱いしてんだぜ? イヤになるぜ、まったくぅ~……」
「いや、そういう変じゃなくて……」
『彼らは、何者かに認識操作されている』
「ハァ? 何言ってんだよ、お前」
エレインが、妙なことを言いだした。
認識操作ぁ……? なんだそれ?
エレインの顔を見たが、えらく真面目な表情をしている。
悪ふざけを言ってる様子はない。
『お前達だけが私を認識しているのが、そもそもおかしいのだ』
「いや、だってそれは……お前がオレ達の意識に寄生……だっけ? 寄生しているから、オレ達だけに見えるって理屈なんだろ?」
その理屈はその理屈でワケわからんけど。
「皆にアンタの姿が見えないのは、前からわかりきってた事じゃん。紹介してもオレらが痛い子扱いされるだけ」
『ヴィオラ嬢とラート軍曹は、お前達の味方だ』
「うん、まあ、そうだな? それがどうしたよ」
『彼らはお前達の両親の話も、否定せずに聞いてくれた』
それなのに、エレインの件は受け止めてくれない。
取り合ってくれない。
あたふたと誤魔化すだけ。
まるで、幻覚を見ているオレ達を慰めるように――。
『私絡みの話だけだ。彼らがお前達の話を聞かないのは』
「そういやぁ……そうかも……? え、どういうこと?」
「皆はエレインさんが見えない。声も聞こえない」
アルが口を開き、言葉を紡いでいく。
「そのうえ、ボクらが説明しても認識してくれない仕組みになってる?」
『おそらくな。これは何らかの認識操作術式が走っている』
「ひょっとして、ボクらの所為……? ボクらが巫術で皆を操ってる……?」
『いや、巫術にそんな力はない。これはまったく別の異常だ』
エレインはそう言いつつ、さらに言葉を続けてきた。
繊三号での戦いを思い出してみろ、と言ってきた。
『繊三号で羊飼いと戦った時、お前達は卓越した剣技を使ってみせた。私が持っている技術を部分的に継承する事で、戦慣れした相手と戦う事が出来た』
「自画自賛か……?」
『それもある。ただ、その件を誰かに疑問視されたりしなかったか?』
「…………? あれっ……? そういや、誰もそんな気にしてないか……?」
羊飼いとの戦いの途中、エレインが手を貸してくれた。
おかげでボロクソにやられずに済んだし、敵の雷も跳ね返す事が出来た。
よくよく考えてみりゃ……オレ達、結構スゴいことしてないか?
「羊飼いに勝てたのは巫術師のおかげって褒めてもらったりしたけど……でも、お前から貰ってる技に関しては……」
「別に言われてないね……? あの剣の技、なに……とか」
アルと顔を見合わせ、意見をすりあわせる。
言われてみりゃそうだ。オレら、あの技のことは大して褒められてねえ。
元々はエレインの技だとしても、皆はエレインのこと知らないのに――。
『私とお前達が会話可能になる前から、技術の継承は始まっていた』
だから素人でも羊飼いと戦う事が出来た。
その時点では、エレインの技はまだ上手く使えなかったし……そもそも、オレすらエレインの存在に気づけてなかったけど――。
『戦争を経験して来ず、まともな戦闘訓練を積んで来なかった兄弟が剣技を振るっている。羊飼いはそれに気づいた様子があった』
「ああ、そういや『師匠は誰だ?』とか聞かれたっけ?」
『そう。聞かれたが、奴は直ぐに気にしなくなった』
あの時点からおかしかった。
『羊飼いも、先程のラート軍曹達も同じだ。贋作絡みの疑問を持ったものの、その疑問が直ぐに雲散霧消する。直ぐ気にしなくなる』
だから、あれ以上、深く聞いてこなかった。
だから、ラートとヴィオラ姉の態度も急によそよそしくなった。
「オレ達以外の全員、誰かに認識をイジられてる……?」
『おそらくな』
「オレとアル以外の誰かだとしたら、そりゃお前じゃねえ……のか?」
違うだろうな、と思いつつエレインに聞く。
当然、「違う」と言われた。
コイツが何かやってるとしたら、わざわざオレ達に異常を説明する理由がねえ。
『私は認識操作の魔術は苦手だ。その手のモノで遊ぶ時は専門技術を持っている魔術師に頼っていた。妻の中にもその手の術が得意な者もいたが、専門の娼館もあってだな――』
「クソみたいな知識を流し込んでくるのヤメロ」
多分、聞かない方がいい話だ。
アルの耳をサッと塞ぎ、聞かせないようにする。
アルの脳が腐ったらどうするんだ、この色ボケオークめ……。
『実は先程、何とか……術式らしきモノの発動が確認できた』
「ほう? じゃあ、その術使ってるヤツがこの近くに潜んで――」
『それがいないのだ』
誰もいない。
単に「何らかの術式らしきモノ」の発動がわかっただけ。
それも……かなり注意して見ないとわからないような、小さな反応。
『兄弟が私の話をした瞬間、兄弟から術式が発動した』
「じゃ、じゃあ、オレ達がなんかしてるってこと……!?」
『いや、おそらくお前は単なる保菌者だ』
オレとアルの身体に、周りの認識をイジる術式が仕掛けられている。
エレイン絡みの話が引き金になり、皆の認識をイジる。
オレ達の意志なんて関係なく、無差別に発動する。
『兄弟達は認識操作の影響を受けない無症状者というだけで、他の者達は無差別に認識操作される。認識操作によって操作された自覚すら持てない。私に関する認識が「些細でどうでもいい話」として有耶無耶にされるのだ』
「そ、それって……ヴィオラ姉ちゃん達大丈夫なの……!?」
アルの心配は正しい。そこはオレも気になる。
人の頭を勝手にイジる術式。
その中心にいるオレ達が無事でも、周りの人はヤバいだろ……。
『何の健康被害もあるまい。限定的な物忘れが発生する程度だ』
「ホントかぁ……?」
『例えばお前達が何らかのアイデアを思いついたとしよう。その瞬間、誰かに話しかけられ、そのアイデアが何だったか忘れる。その程度の症状だ』
「で、その結果……オレらは『見えないものが見えてる痛い子』扱いになると」
『痛い子扱いすら、些細なものとして薄れていく。そこは気にするな』
ラートはともかく、ヴィオラ姉にそんな目で見られるのイヤだな~……。
まあ、でも……皆の頭がおかしくなるよりはマシか……。
『この術式の効果範囲がどの程度のものか、私はわからん。少なくともお前達の半径数メートル圏内では、私を認識できない』
下手したらもっと広い。
エレインの存在は、オレ達以外の誰も認識できていない。
ここは交国の本土。しっかり警備されている場所で、そんな場所でもエレインの存在を機械越しに確認すら出来ていないなら――。
『効果範囲は多次元世界規模かもしれん』
「まさかぁ……。巫術でもそんなこと出来ねえぞ」
『いや、世の中にはそれほどの術式や異能も存在する。ただ……存在するというだけで、どこにでもあるモノではない』
効果は限定的。
相手の認識をちょっとイジって、オレらが痛い子になるだけ。
ただ、オレら以外の誰も発動に気づけていない。
『仮に気づいたところで、その認識すら操作されるだろう。操作対象は人体に限らず、機械等も含まれているはずだ』
「意味がわからねえけど、ショボいくせにスゴいって事?」
『ショボくはない。並みの術師に出来るモノではない』
「けど……こんなの、何の役にも立たないじゃん」
むしろジャマだ。
エレインが幽霊だろうが何だろうが、実体が無いだけ。
確かに存在するはずなのに、オレら以外には教えられない。
せめてヴィオラ姉とラートには伝えたいけど、それすら出来ないのは不便だ。
エレインも……皆に『いない子扱い』されるの、イヤだろ?
『私が察知したパイプ軍曹の事は、伝達に成功した。「エレインが教えた」と言わなければ情報共有は可能だ。問題あるまい』
「うーん…………」
『それに、この異常は戦闘にも活かせる』
どこがだよ、と聞く。
エレインは実体を持っていない。
敵にエレインが見えなくても、エレインは戦力として数える必要ねえのに……。
力を貰えるだけで頼りになるけどよ。
『術式発動の引き金になっているのは私だ。皆、私の「技術」に関しても正しく認識できていない。ゆえに、全ての者達が兄弟達を過小評価する』
「わかりやすく言ってくれ……」
『そうだな……。例えば……』
エレインが背中の大剣を抜いた。
その大剣を指さしつつ、「これを私だと思え」と言ってきた。
『敵はこの剣を認識出来なくなる。確かにここにあろうと、「何かあるけど、脳が理解を拒む」という状態になる』
「それは……面倒くさそうだな」
透明な剣を振るわれるようなものか?
いや、もっとおかしな事が起きるか。
剣は確かに存在する。エレインの技術は確かにある。
だからこそ、オレ達は羊飼いとやり合えた。
「認識イジれるって事は、オレ達が『強い剣技』を使える事が相手に伝わらない」
『そうだ。敵はお前達が振るう剣技を、正しく理解できない』
戦う前から「アイツは剣を使うのが得意だ」という情報が抜け落ちる。
いくら情報を集めても、最終的には抜け落ちる。
オレ達と戦った時点で、ド忘れし始める。
多分、それは……結構デカい隙になるんだろう。
『敵はお前達の間合いが、どの程度のものかわからなくなる。常に戦闘能力に弱体化が入っている状態だな』
「そう考えると便利かもな……? 痛い子扱いされてもお釣りが来る」
『ただ、羊飼いのように「よくわからんが、まとめて吹き飛ばす」という大火力相手だと、そこまで効果が無いかもしれんな。認識操作も完璧でない可能性もあるし……過信は禁物だ』
クセのある術式だから、上手く使うのも難しそうだ。
まあ、変に凝った使い方をせず、フツーに戦えばいいのかな。
エレインは「ひょっとしたら、お前達と相対する前から認識操作が始まっているかもしれない」なんて言ってきた。
『効果範囲を調べたいところだな。界外との通信を行って、相手に私の事を話した際も相手の反応が胡乱になるなら効く事になる』
「で、結局、これは誰の仕業なんだ?」
『それがわからんから、私も戸惑っている』
エレインは異常に気づいた。
認識操作の対象外だから、「あれっ? なんかおかしいな……?」という疑問が消えなかった。だから何とか気づく事が出来た。
おかしいと思ってもなお、詳しいことはわからんらしい。
『私も――というか、贋作の原典は色んな魔術を見てきたが……私の知る術式とはまるで違う』
「ちょっと気味悪くなってきたな……」
「ねっ……」
アルと手を繋いで、顔を見合わせる。
オレらの知らん間に、そんなものがオレらにかかってたとは。
オレら、ずっと昔から痛い子扱いだったのか……?
「……つーか、そもそもお前が言ってる事がウソって可能性もあるよな?」
『おっ。良い着眼点だな』
エレインは嬉しそうに笑い、「慎重なのは良いことだ」と言った。
『私が嘘を混ぜ込んでいる可能性もある。認識操作は確かに発生しているが、その真を隠れ蓑にした嘘があるかもな?』
「カンベンしてくれ……。ただでさえ意味わかんねー話なのに……」
『信じる信じないは勝手だが、私は嘘をついていない。私もこの異常は気になる』
異常の中心はオレ達。
けど、オレ達は何かやってる自覚無し。
巫術でこんな真似はできない。
エレインの見立てだと「誰か」が「何らかの目的」でオレ達に術を仕込んだ。
引き金となる言葉や疑問に反応し、自動発動する術式。発動した事実すら認識操作してくるから、対象外のエレインじゃないと発動に気づけない。
『そもそも、これが術式なのかもわからん』
「謎を追加するのやめてくれ~……!」
『ひょっとしたら、まったく別の権能かもしれんな』
あるいは神器か――と興味深そうに呟き、アゴをさすっていたエレインが、オレ達に視線を戻してきた。そして問いかけてきた。
『逆に聞くが、何か心当たりは無いか?』
「コレ仕掛けた奴の心当たり?」
『そうだ。どこかで異常な存在に……例えば魔神に会わなかったか?』
「「…………?」」
また、アルと顔を見合わせる。
オレもアルも覚えが無い。
お互い、困惑顔を交わすしか出来ねえ。
「魔神とか……実際に会ったことねえな」
「無いよねぇ……? 会った覚えないもん」
『ネウロンには<叡智神>なる存在がいたのだろう? それと会ってないか?』
「無い。シオン教の教会とか、ちょくちょく行ってたぐらい」
「でも、それはボクら以外もフツーに通ってたよね……?」
「だなぁ」
オレ達は何も特別なことをしていない。
オレらの認識すらイジられてたら……わかんねーけど。
とりあえず、妙なモノがオレらにかかってる。
それはわかった。
けど、「誰」が「何のために」かけたものかわからない。
「確か……『誰か』がお前を作ったんだよな? 過去に死んだ人をモデルにして、その幻を……お前を作った」
『おそらくな』
「そいつじゃねえの? コレも」
『その可能性もある。むしろそう考える方が自然かもしれんが……どちらにせよ正体不明だ。同一人物なのかすらわからん』
謎が解決してないのに、謎が増えやがった。
嫌な感じだ。
「これ、何とか出来ねえの? 呪いっぽくて不気味なんだけど」
『本当に呪いの類いかもしれんな』
「オォォォイ……!! 心配になること言うなよ」
『仮に呪いだとしても、使い方次第では祝福になるだろう』
実際、エレインが考えている通りなら「1つの武器」になる。
使い方を検証して行こう、と言われた。
『少なくとも私には解呪不可能だ。先程、術らしきモノの発動は確かに観測できたが……それだけでは解呪できん』
「変なのー……」
誰だよ~……! そんな妙なもの仕掛けたヤツ!
仕掛けるなら仕掛けるで、せめて説明しとけよ……!
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
術をかけた「誰か」に対し、にいちゃんがプンスコ怒ってる。
それを何とかなだめる。
変なものがあるのがわかっただけでも、前進だと思う。
それに、他にもわかった事あるし――。
「……パイプさんのこと、どうしよう?」
『そうだな。目下最大の懸念はそこかもしれんな』
パイプさんは、にいちゃんの事を見張っている。
エレインさんの見立てだと、カトー特佐さんの事件以降から見張っている。
『ただ、あまり過敏に反応するのは勧められん。盗聴器を仕掛けていたという事は、お前達が怪しい証拠を掴もうとしていた……という事だろう』
逆に言えば、まだ証拠がない。
怪しんでいるだけで、ボクらを捕まえる根拠を持ってない。
交国なら「証拠なんて知らね-」ってムチャしてくる可能性もありそうだけど。
『盗聴器はヴィオラ嬢にイジってもらって、上手く録音できてなくてもおかしくない偽装もしてもらった。念のため先程の術式も絡めた。それによる欺瞞が上手くいってなくとも……向こうには何の証拠も握らせていない』
「こっちが慌てて動いていたら、それ自体が証拠になっちゃう?」
『かもしれん。警戒は私に任せて、普段通り過ごしなさい』
エレインさんはボクらの頭を撫で、微笑みかけてきた。
実体が無いから、撫でられる感触はない。
けど……ちょっとだけ安心できた。
……お父さんにナデナデしてもらった時と、似た気分だった。
「でも、何で師匠の事件の後、急にオレらを見張り始めたんだ……?」
『さてな。最初は、お前達を見張るつもりは無かったはずだ』
「パイプさん、ボクらと会う前から星屑隊にいたもんね」
エレインさんが「そうだ」と頷いた。
パイプさんはボクらと一緒に星屑隊に来たわけじゃない。
ボクらが星屑隊と行動し始めたのは、明星隊がタルタリカにやられちゃうという「事故」の影響で、偶然のこと。
あの事故の裏にはタルタリカを操る羊飼いがいただろうから……事故というより事件だろうけど……。ボクらと出会ったのは本当に偶然のはず。
「パイプさん、軍事委員会の憲兵さんなのかな……?」
『その可能性が高いな』
「ヴィオラ姉ちゃんが心配してた通りだったのかー……」
「あん? なんの話だ?」
そういえば、にいちゃんはこの話を知らないんだ。
軽く説明しておく。
ボクが、ラートさんとヴィオラ姉ちゃんに秘密を明かした時。
お父さんとお母さんのこと……繊三号で明かした時。
ヴィオラ姉ちゃんは「ネウロン旅団の軍人さん達を見張るために、各部隊に憲兵が紛れ込んでいるかも?」なんて話をしていた。
あの時は、その証拠がなかった。
けど、ヴィオラ姉ちゃんの予想が当たってたのかも。
「パイプさんは憲兵で、星屑隊の皆を見張っていたのかも。良い軍人さんと、悪い軍人さんを分けるために……」
「いや、そういう奴は明星隊にこそ入れておけよ……」
にいちゃんが明星隊の人達を思い出したらしく、「うげぇ」って顔してる。
確かにその通りかも。
もしくは、明星隊にも憲兵さんが紛れてたのかもね……?
『おそらく、なのだが……』
エレインさんが軽く右手を挙げつつ、口を挟んできた。
『彼が元々見張っていたのは、星屑隊ではない。特定の個人だ』
「誰?」
『整備班長だ』
何で? 何で整備班長を見張っていたんだろう?
エレインさんは「改めて考えてみると――」と言いつつ、パイプさんが整備班長の言動を見張っている様子があったと教えてくれた。
『私も彼女の事は見ていた。美しいエルフだからな。抱きたいと思っていた』
「エレインさんってスケベだよね……」
「パイプもお前と同じなんじゃねーの?」
にいちゃんが小馬鹿にするような笑みを浮かべつつ、「整備班長、歳と態度以外はキレーなお姉さんだしな」と言った。
『私もそう思っていたのだ。一発ヤりたいから狙っているのだと』
「にいちゃん、お願いだからこんな大人にならないでね……」
「なるわけねえだろ……!?」
『だが、彼が推定憲兵であると考えると、目つきがおかしかった。私は整備班長の顔や胸や腰つき、尻や煙草を吸う所作を見て「良い女性だ……」と思っていたが、彼は事務的な目つきだったからな。私の同志ではないようだ』
「エレインさん……まさか、女の人なら誰でもいいの?」
『フッ……。否定はせん。14歳以上はガンガン口説くぞ、私は!』
「お、お願いだからヴィオラ姉ちゃんをエッチな目で見ないでね……!?」
そう言うと、エレインさんはムッとした様子で「失礼な。さすがに彼女に手を出すほど分別知らずではないぞ!」とエラそうに言ってきた。
まるで信用できないけど……まあ、実体なければ手の出しようがないよね?
ともかく、パイプさんは色ボケじゃない。
エレインさんみたいなダメ大人じゃない。
でも、何で憲兵らしき人が、整備班長を見張る必要あるんだろ?
整備班長さん、確かに年齢的に星屑隊で浮いてたけど……エルフはそこまで珍しい存在じゃないはず。交国は広くて大きいから、エルフさんもそれなりの数がいるらしい。
実は特別なエルフなのかな……?
煙草をスパスパ吸って、ゲラゲラ笑っている整備班長さんからは……神秘的なイメージはまるで無い。それにフツーに良い人だったけどな~……。
「とにかく、パイプはあんまり信用しない方がいいな」
「……けど、パイプさんも良い人だったよ?」
星屑隊で最初にボクらに歩み寄ってくれたのは、ラートさんだった。
でも、パイプさんも優しかった。
優しくて、怯えているボクらに程々の距離感で接してくれていた。
仲良くなった後は、ボクらの面倒を色々見てくれた。パイプさんが大好きな<犬塚伝>を見る時は、すごく熱心に説明してくれてたし――。
「パイプさんは、あくまでお仕事で見張ってたんだと思う」
本当は悪い人じゃないと思う。
だから、必要以上に「悪者扱い」するのは……ちょっと、イヤだなぁ。
ボクの考えを伝えると、にいちゃんは少し考え込んだ後、「確かに。お前の言う通りかもなぁ……」と言ってくれた。
「実際、世話になってたもんな」
「うん……」
『今まで通り接していればよろしい。急に態度がギクシャクし始めると、逆効果だ。向こうも強硬手段に出るかもしれない』
エレインさんの言う通り、いつも通りに振る舞う事にした。
パイプさんは、ボクらが「カトー特佐さんの事件」に関係していると疑っているかもしれない。そこは本当に関係していないから、堂々としていればいい。
脱走の件は……知られないようにしないとダメだけど。
「この話、ラートさんとヴィオラ姉ちゃんにどう伝えよう?」
『私の名前を伏せれば、2人とも情報共有可能だ』
だから実際、ラートさんもヴィオラ姉ちゃんも対応してくれた。
パイプさんの魂の位置を見るのも協力してくれた。
そこはいいけど――。
「エレインさんが頑張ってくれてるの……皆に伝わらないの、ちょっとイヤかも」
「確かにな。実際、コイツいないとヤバかったかもだし」
2人でそう言うと、エレインさんは微笑んだ。
微笑んで、「そう言って貰えるのが一番嬉しいよ」と言った。
『さて……ラート軍曹達も戻ってきた。私は一度消えるぞ』
エレインさんはそう言って消えていった。
空気に溶けていくように、シュワシュワと消えていった。
「にゃぁ~ん」
「あっ、マーリン」
ムズかしいお話が終わったと察したのか、消えていくエレインさんを突き抜け、マーリンがやってきた。
ボクの胸に飛び込んで来たから、抱っこしてヨシヨシしてあげる。
とりあえず……ラートさん達とも、よく話をしないと。
……これからどうしよう?
答えがわかった謎もあるけど、謎は増えた。
それに……交国は「交国」のままだ。
今まで通り過ごしていても、多分きっと……ボクらはいつか――。




