隠密盗聴
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:憲兵
「…………さて」
高く昇った太陽の下から、保養所の闇へと踏み入っていく。
星屑隊の皆も第8の子達も遊びに行って、出払っている。保養所にいるのは保養所の職員ぐらいで、誰もボクの事を気にしていない。
「…………」
フェルグス君と副長の部屋に向かう。
昨夜、副長がロビーで深酒をしてグースカと寝込んでいるうちに、フェルグス君達は密談をしている様子だった。
密談の参加者はフェルグス君、スアルタウ君、ヴァイオレットさん……そしてラート。あの4人が何か話している様子だった。
フェルグス君はカトー特佐の事を「師匠」と呼び、慕っていた。
それ自体はまあいい。子供らしい事だと思う。
だが、カトー特佐が重大事件に関与している以上、フェルグス君もその関係者の1人だ。念のため調べておくべきだろう。
前々からラート達はちょっと……怪しいと思っていた。単に仲が良いにしてはコソコソと動いているし……前から何らかの密談をしている様子はあった。
今までは証拠らしい証拠を押さえられなかったし、こっちも本来の仕事があったし、そこまで気にしていなかったけど――。
「交国で騒乱を起こすつもりなら、容赦はしない」
交国本土には僕の家族がいる。
国と家族を守るためにも、テロリストに関与している者達は徹底的に叩くべきだ。相手は子供だから他の人員は割いてもらえなかったけど、僕だけで十分。
今回で、証拠は押さえた。
上手くいけば、これで特佐達から委員会に捜査権を取り戻せるかもしれない。
その証拠を回収しにいく。
「…………」
フェルグス君と副長の部屋に忍び込み、仕掛けておいた盗聴器を回収する。
盗聴器といっても、あくまで録音式の盗聴器。
リアルタイムで話が聞けるわけじゃない。ただ、これはこれで「電波を飛ばさない」という利点がある。つまり、普通より見つかりにくい。
回収しなければならないという不便な点もあるけど、それを阻まれたら彼らは完全に「黒」と見ていいだろう。そこまで大きなデメリットではない。
「…………」
部屋から抜け出し、自分の部屋に向かう。
録音式盗聴器の回収は無事完了。
あとは、録音内容を聞いて判断するだけ。
「頼むから……ただの世間話をしててくれよ、ラート……!」
盗聴器を前に、少しだけ祈る。
ラートの事は友達だと思っている。星屑隊における監視任務が終われば、彼やレンズ、バレットとの関係が切れるのを……惜しいと思っている。
けど、僕は友人より、家族と国家の方が大事なんだ。
キミがカトー特佐に加担していたら、迷わず捕まえるよ。
フェルグス君は交国に対して悪感情を持っているようだし、彼が特佐に加担している可能性はそれなりにある。ラートは……どうなんだろうね。
「…………」
録音内容を1人静かに耳にする。
扉を叩く音。部屋に誰かがやってきた時点から聞いていく。
やってきたのはスアルタウ君だろう。最初に部屋に来たのは彼だった。
衣擦れの音と、フェルグス君が応対する音が聞こえる。
『はぁ……?』
変な声を漏らしているのも聞こえたけど……まだ会話は始まっている様子がない。……なかなかスアルタウ君と話を始める様子がないな。
まあ……兄弟喧嘩もしている様子だし、ギクシャク――。
『えーっと…………今から言う話は、本当の話だ』
フェルグス君が喋り出した。
フェルグス君から喋り出した。
何故か、微妙に棒読みで――。
『実は、オレの師匠はカトー特佐だけじゃない。もう1人いる』
「…………!!」
もしかして、カトー特佐のテロには真の黒幕がいるのか?
その黒幕こそが「もう1人の師匠」で――。
『そいつの名前は「エレイン」っていうオークなんだけど――』
【認識操作開始:考察妨害】
エレ……なんだって?
よく、聞こえない。
いや、録音状態は悪くない。
相手も、こっちによく聞こえる位置で喋っていて……。
『エレインは大剣を背負ったオークなんだ』
何の話だ?
『星屑隊のオークとは違って、半透明なんだよ』
この子は、何語で喋っているんだ?
『幽霊? みたいな変なオークがオレ達の傍にいるんだよ』
「――――、――――」
急に、目眩がしてきた。
え……? なんだ、これ……?
『で、まあ、ともかく……エレインもオレの師匠なわけ。カトー特佐より長く一緒にいて~……。ええっと……わりと信頼して――――してるわけねえだろ!? なんだよコレぇ……。お前、オレに何言わせたいんだよ!?』
誰かと会話している?
スアルタウ君? いや、違う…………なん……だ……?
『褒めてほしいのか? は? 続けろって…………。ハァ…………ええっと、師匠として優秀で? 特に剣技はスゴ――――』
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:憲兵
【認識操作休眠状態移行】
「ハァ…………」
子供らしい中身のない話しか残っていない録音だった。
わざわざ仕掛けたのに、完全に無駄足か。
「けど、まあ……これで良かったのかな……」
ホッと胸をなで下ろすと、素直な感想が口から出てきた。
フェルグス君達は「白」だ。
完全な「白」とは言い切れない。フェルグス君は交国に対する敵意を隠さないこと多いしね……。まあ、ただ、境遇を考えるとそれは仕方ない事だ。
相手は子供だし、交国の正義など簡単には理解できないだろう。
交国側も……色々と無茶をしているしね。
「無意味な音声記録だし……消しておこう」
カトー特佐の事件後。
軍事委員会の上の人達とした会話を思い出す。
あの人達は、フェルグス君がカトー特佐を「師匠」と呼んでいた件を――。
『子供がそう言っていたのか』
『はい。とても慕っている様子でした』
『ふむぅ……。とはいえ、所詮は子供の言葉だろう?』
『問題児のカトー特佐が、1ヶ月そこらの付き合いの子供を自分の計画に加担させられるとは思えん。カトー特佐の立場に立って考えれば、子供などわざわざ仲間に引き込んだところで……足手まといだろう?』
『一応、見張っておいてくれ。さすがに何も出てこないと思うが――』
あの人達の認識が正しかった……って事か。
特佐が起こした重大事件に目がくらみ、僕の判断能力は低下していたらしい。
「ハァ……。やれやれ、キチンとした休暇が必要かなぁ……」
一応、フェルグス君のことはマークしておこう。適度にね。
他の星屑隊隊員と一緒に、護衛する程度でいっか……。
僕も、少しは休もう。せっかくの休暇だし、ノビノビと――。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:弟が大好きなフェルグス
ヴィオラ姉と一緒に広場で待っていると、ラートとアルが戻ってきた。
バタバタと戻ってきて、「マジだった……!」と言ってきた。
「お前の言う通りだった。パイプが部屋に来てた……!」
「ぼ、ボクが巫術の眼で観た。ま、間違いなく、にいちゃんの部屋入ってたよ!」
「わかったわかった。ちょっと……声を小さくしろっ、バカ共……!」
それだけ驚いているんだろうけど、目立つ行動はやめろ!
星屑隊の奴らが傍で遊んでいるんだ。今日は皆で町に遊びに来たから――。
けど、パイプはいない。
夜通し見張りをしていたから眠いので、今日は大人しく寝てます――と言い、1人で保養所に残った。
パイプが怪しいのはわかっていた。
まあ、オレも昨日教えてもらったんだけど……。
ともかく怪しいから、パイプの動きを警戒する事になった。
オレと副長の部屋に「盗聴器」って機械が仕掛けられているのを見つけて、それをヴィオラ姉にこっそりと見てもらった。
あと、オレ達の密談も相手に伝わらないよう、処置してもらった。
ヴィオラ姉の話だと、仕掛けられていた盗聴器は録音式というものらしい。だから、いつか回収に来るのはわかっていた。
星屑隊もオレ達も保養所から出払うタイミングが、回収の好機。
そこでパイプが動くのは予想できたから、パイプが「盗聴器を仕掛けた犯人」だと確定させるために一芝居打った。
ラートがアルと一緒にバイクで別行動し、巫術の眼で保養所にいるパイプの魂を監視。パイプの魂がオレの部屋に入るのを確認したら、合流してもらった。
「部屋に戻って盗聴器が回収されてたら、パイプが仕掛けたって事で間違いねえ」
「仕掛け直す可能性もあるけど……その時はわかるようにしてるから大丈夫」
「けど、よくわかったな? パイプがお前を見張っているって……」
「オレも教えてもらったんだよ」
オレの隣の空間を指さす。
そこにいる。
オレに色々教えてくれた奴……半透明のオークを紹介する。
「こいつ……エレインが教えてくれたんだ。パイプが監視してきてるって」
と言っても……伝わらないか。
エレインは、アルとオレ以外には見えないらしいからな。
でも、パイプの動きに感づいたのはコイツだ。
パイプが実際おかしな動きしている以上、助言くれたコイツは幻覚じゃねえ。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:贋作英雄
パイプ軍曹は諜報員。
そう気づけたのは、ほんの数日前の事だ。
私も、兄弟が注視されるまでは怪しいと気づけなかった。
一度怪しみ始めると、「そういえば今までも――」と思うところはあった。
パイプ軍曹は、兄弟を――フェルグスを注視していた。
それもカトー特佐が事件を起こした後。彼も他の隊員と共に実家での休暇を切り上げ、黒水にやってきて……フェルグスの言動を見張っている様子だった。
フェルグス本人は気づいていない。パイプ軍曹はそこまで迂闊じゃない。
ただ、フェルグスがパイプ軍曹を見ていない時でも、私は見ている。
私の姿は兄弟達以外には見えないため、パイプ軍曹が兄弟をこっそり見ているつもりでも、不可視の私にはバレていた。
彼がフェルグスの「護衛」という名目で部屋の前に待機している時、中の様子を探ろうとしているのも見えていた。
私は兄弟達の傍を離れられんとはいえ、多少はうろつける。
部屋の壁を通り抜け、外のパイプ軍曹を監視するのは容易い。
一度「怪しい」と気づくと、後は楽だった。ただ、私は実体がないため盗聴器への対処は苦慮する事になった。ヴィオラ嬢がいないとそこは詰んでいたな!
「こいつ。エレインが教えてくれたんだ」
フェルグスが私を指さしつつ、ラート軍曹とヴィオラ嬢に紹介してくれた。
だが、おそらく無駄だ。
彼らは私の姿が見えない。
見えないうえに、認識できない。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:死にたがりのラート
「こいつ。エレインが教えてくれたんだ」
【認識操作開始:考察妨害】
…………?
フェルグスは、何を言ってんだ?
【認識操作休眠状態移行】
あぁ……な、なるほど……いつもの幻覚か。
可哀想に……。やっぱ、ネウロンでの事件が心に爪痕を――。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「こいつ。エレインが教えてくれたんだ」
【認識操作開始:考察妨害】
フェルグス君……?
何を言って――――。
【認識操作休眠状態移行】
やっぱり、まだ幻覚が見えるんだ。
そりゃ……ショックだよね。
ロイさんとマウさんの事もショックだろうし……魔物事件や特別行動兵として酷使されていたショックが、心に深い傷を負わせている。
空想の仲間に縋りたくなる事も、あるよね……。
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:弟が大好きなフェルグス
「そ、そっかー。エレ……エレなんとかさんが助けてくれたのかぁ~……」
「あ、ありがとうございます~……。あっ、それよりお腹すかない?」
「あっ、あっ……! お、俺ら何か買ってくるから、お前らここで待っとけ!」
「は? あっ、ちょっ……! まだ話の途中……!」
ラートとヴィオラ姉が、急によそよそしくなった。
んで、バタバタと買い物に行っちまった。
「やっぱ、お前のこと紹介できねえや。オレ、ここまで信用ねえのか?」
「に、にいちゃんっ! ボクにもエレインさん見えてるよっ……!?」
「だよなぁ!? まあ、見えてるのオレ達だけなんだよなぁ~……」
半透明とはいえ、エレインは図体のデカいオークだぞ。
しかも、街中で大剣背負ってる! 見るからに危険人物だよ!
ヴィオラ姉もロッカもグローニャも、星屑隊にもエレインは見えない。
師匠や他の人達も、エレインがまったく見えてないみたいだ。
けど、幻覚じゃねえんだよなぁ……? 幻覚がパイプの怪しい動きを教えてくれるはずねえもん……。まあ、一応パイプが怪しいって確定したわけじゃねえが。
「ラートさん達の様子、なんか変だった」
「そりゃ、変だろ。あの2人、オレのことを『幻覚見える痛い子』扱いしてんだぜ? イヤになるぜ、まったくぅ~……」
「いや、そういう変じゃなくて……」
『彼らは、何者かに認識操作されている』
「ハァ? 何言ってんだよ、お前」
エレインが、妙なことを言いだした。
認識操作ぁ……? なんだそれ?




