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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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過去:死にたがり



■title:

■from:死にたがりの死に損ない


 破鳩隊が切り拓いてくれた道で、俺達は逃げる事が出来た。


 敵の包囲網を抜け、追跡も何とか撒いて……潜伏中の方舟を目指した。


 方舟に辿り着きさせすれば、久常中佐を逃がす任務は一段落。


 そこから先、俺はいらない。


 中佐を方舟(ふね)に預け、破鳩隊に戻れる。


 皆を……グラフェン中尉達を、助けに戻れる。


 皆、きっと、まだ生きている。


 そう思っていた。その時は――。


『は、方舟が……』


『ど、どういう事だ? おいっ! きさまっ! ボクを騙したのか!?』


『いや、敵部隊が――』


 頼りの方舟は、もう破壊されていた。


 俺達が辿り着く直前に破壊された。


『さて、キミが最後のようだ。お疲れ様。……まさか我々(プレーローマ)が交国如きの目論見を把握していないと本当に思っていたのか?』


 方舟は、とっくの昔に見つかっていた。


 だが、あえて見逃されていた。


 エミュオン攻略戦に参加した交国軍にとっての「退路(きぼう)」としてある程度は残し、監視だけつけていた。


 交国軍の動きをコントロールしやすいように――。


『ここまで突破されるのは予想外だったが、ここまでだ。キミのお仲間達はもう死んだ。エミュオンで抵抗している交国軍人は、もうキミだけだ』


『おい……おいっ……! お前ぇっ!! どうするんだ!? お前の所為だぞッ!! ぼ、ボクを無事に逃がすって話で選んでやったんだぞ!? なんとかしろ! なんとかしろっ!! なんとかしろッ!!』


『っ…………』


『ボクが死んだら、お前の破鳩隊(ぶたい)の遺族全員、ろくな目にあわないからなっ!? 貴様の所為でぜんぶっ! 全部台無しになるんだっ!』


 それが嫌だったら、何とかしろ。


 久常中佐はそう叫んでいた。


 俺は抵抗した。


 皆の努力を無駄にしないために戦った。


 敵の方舟を奪おう。そして中佐を逃がそう。


 逃がした後、戦場に戻れば……まだ、中尉達が生きているかもしれない。


 まだ、捕虜になったばかりかもしれない。


 そんな希望を抱いて戦って――。


『こ……ここまで手こずるとは……。やっと、混沌(エネルギー)切れか……』


『おい、何機やられた……!?』


『くそっ、ちくしょう……。聞いてねえぞ……こんなヤツ……!』


『殺せ! 殺せっ……!! 交国の機兵乗りを、殺せッ!!』


『ま、待て……。上が、生け捕りにしろと――』


『やめろっ! ぼっ、ボクは、玉帝の子だぞっ! おい、おまえっ! なんとかしろ!! 気絶してる場合かっ! 起きろっ! 戦えェッ!』


『――――』


 俺は負けた。


 グラフェン中尉達がいないと、ダメだった。


 ダメな俺は負けて、死ぬはずだった。


 けど、プレーローマに捕まった。


 尋問を受けた後、処刑されるはずで――。


『特佐! 生存者がいます!』


『よしっ! よく頑張った! もう大丈夫だ! 行くぞ!!』


 死に損なった。


 犬塚特佐達が助けに来てくれた。


『み…………みんな、を……。たす、…………』


『悪いが、この状況で助けられるのは……お前達だけだ。行くぞ』


『ま……まっ、て…………。待って……』


 俺達はエミュオンから脱出した。


 中尉達を見捨て、逃げた。


 犬塚特佐達は敵の追撃を止めるための作戦行動を開始。俺と久常中佐は他の救援部隊に預けられ、交国本土に向かう予定だった。


 自分で歩く事もままならない俺は、病院船のベッドに寝かされていた。


 身体がまともに動かなくて、頭もまともに回らない。


 やってきた軍事委員会の憲兵とも、まともに話が出来ない状態だった。


『お前はよくやった。あぁ、意外とよくやった。十分……十分だ』


 久常中佐がニヤニヤと笑って、ベッドの俺を見下ろしてきていた。


『後は、わたしが全て上手くやってやる。……安心して寝てろ』


 しばらく後、久常中佐は憲兵を伴ってやってきた。


 なぜか、とても、怒った顔で――。


『コイツだぁ!! コイツが、わたしを無理矢理(・・・・)連れて逃げたのだ!!』


『――――?』


 何で急にあんな事になったのか、いまだにわからない。


 わかりたくない。


 脳が理解を拒んでいる。


『コイツさえいなければ、わたしは今もエミュオンで戦っていた! 部隊を統率し、ひょっとしたらエミュオンを落とせていたかもしれない!!』


『――――?』


『だが、コイツはわたしを無理矢理連れ出したのだ! わたしを拘束して機兵の操縦席に押し込み、「玉帝の子を逃がす」という名目で逃げたのだ! 自分が死にたくなかったから、わたしを口実に使ったのだ!!』


 意味がわからない。


 頭はボンヤリしていて、口も上手く動かなかった。


 中佐に……なにか、注射も打たれていた……記憶が……。


『わたしはエミュオンで死んでも良かった! 死など怖くなかった! だが、コイツの所為でエミュオンを後にしてしまった! コイツさえいなければ……多くの部下達を助けられたのにぃっ……!!』


 何とか、声を絞り出そうとした。


 妙な音の吐息しか出なかった。


 けど、中佐はそれを俺の言葉だと思ったらしく、「黙れぇッ!!」と言って殴ってきた。顔面を、喉を、ボコボコと殴ってきた。


 俺は気絶した。


 数日後、目を覚ました時には別の場所に移送されていた。


 軍法会議に出席するために――。


『あっ、くそぅ……。まだ生きてやがる、コイツ……』


『……ちゅうさ……?』


『チッ……。口裏を合わせろ……! 悪いようにはしないっ……!』


 俺に付き添ってくれた久常中佐は、そう言っていた。


 意識を取り戻した俺に対し、必死の形相でそう言ってきた。


『貴様はわたしを無理矢理戦場から連れ出したんだ……! ぜんぶぜんぶ、お前の所為なんだ? わかるな? わかるよなっ?』


『…………?』


『わたしにはなぁ、お前みたいな末端の兵士と違って、輝かしい未来が待っているんだ! わたしは、もっと大きな功績を上げて、交国と人類を救う義務があるんだよっ! そんなわたしを助けられるんだから、それはとても名誉な事なんだぞっ』


 違う。


 話が違う。


 俺は何とか声を絞り出し、そう訴えた。


 中佐は俺の頬を叩き、躾けでもするように言葉を続けた。


 自分自身にも、言い聞かせるように――。


玉帝の子(ボク)の権力を舐めるなよ? お前が()を言いふらしたら、ボクの権力を使ってねじ伏せてやる……!』


『…………』


『言葉に気をつけろよっ? お前が嘘をついたら、ぜったいに後悔させてやるっ……! お前だけじゃなくて、お前の家族もっ……! お前の部隊もっ、全部……ぜんぶっ……ボクの力で潰してやるっ!!』


『…………』


『そしたら破鳩隊(やつら)は完全な犬死だ。奴らの家族が恩給を受け取れないよう圧力をかけるなんて、ボクならヨユーだっ。ボクはエライんだぞっ』


『…………』


『そっ、そもそも、誰がお前の言葉を信じるんだよっ。ボクは中佐様なんだぞっ。佐官のボクの証言が信用されるに決まってるだろぉっ……!?』


 わからない。


 何かを考えるのが、ひどく苦痛だった。


『…………』


 中尉達のところに行きたかった。


 そのためには、中佐の言う事を聞けばいい。


 そしたら……楽になれる。


『安心しろ。楽にしなせてやる。そ、そして、お前の家族もボクが養ってやるっ……! 脱走兵の家族だから恩給を受け取れないかもしれないが、ボクが恩給以上の金を出してやるからっ。なっ? なっ!? 悪くない取引だろ?』


『…………』


 疲れた。


 もうずっと、目をつむっていたかった。


 耳も塞ぎたかった。


 もう、全てが嫌でたまらなかった。


 俺は……なんのために、誰のために……。


 


■title:

■from:死にたがりの死に損ない


 ベッドの上で、軍法会議が開かれる日を待った。


 自分が土の中にいる気分だった。


 静かな日々だった。


 ちょくちょく中佐が「説得」に来た時は、とてもうるさかった。


 けど、中佐も段々と大人しくなっていった。


 俺を軽蔑した様子で、「本当に大変なことをしてくれたな」と言っていた。


 自分が口にしている物語(はなし)が、本当のことみたいに振る舞っていた。


 ひょっとしたら、久常中佐は壊れてしまったのかもしれない。


 自分の創作(はなし)を自分で信じないと、完全に壊れてしまう。


 玉帝の子として生まれ、玉帝の子らしい活躍を望まれる日々。


 それが出来なければ周囲にも、家族にも落胆される日々。


 それがつらくてたまらない。自分は被害者。


 そんな雰囲気を感じた。……とてもかわいそうだな、と思った。


 大丈夫。


 もうすぐ、本当になる。判決(しんじつ)が確定する。


 俺がこのまま、中佐の書いた物語通りに動けば……皆、救われる。


 そう思って、大人しくしていた時だった。


 犬塚特佐がやってきた。


 顔面に青あざを作った久常中佐を引きずり、俺のところにやってきた。


『すまんっ……! 本当にすまなかった!』


 特佐は俺なんかに向けて、土下座をしてきた。


 久常中佐の顔面を床に押しつけながら、何故か土下座をしてきた。


『まさか、こんなことになってるとは……。愚弟に問いただした。この……バカはッ! お前に全ての罪を押しつけるつもりで……! 本当にすまんッ!!』


 プレーローマ戦線から帰ってきた犬塚特佐は、久常中佐の物語を否定した。


 そんなはずがない――と早急に調べ上げ、中佐を締め上げたらしい。


 薄氷の物語は、あっさりと砕け散った。


 でも、それでも、何も変わらない。


 俺達の周りには、冷たい海が広がっているだけ。


 そこに……たくさんの兵士が沈んでいる事実は、何も変わらない。


 もう救えない。もう会えない。


 俺も、同じところに行くしか――。


『特佐……。俺は、別に……。どうなっても……』


『…………! なっ! なっ!? 銀兄さんっ、コイツも納得してるんだよぉ……! これでいいんだ! 全部、コイツが悪いんだッ!!』


『中佐の仰る、とおりです』


『こんな木っ端の兵士と違って、ボクには玉帝の子という立場があるっ! もう公表しちゃったんだっ! ボクが罪を被る事になったらさぁ、お母様の顔に泥を塗る結果に繋がるんだよっ? そっ、それは、兄さんだって都合が悪――――』


『――――!!』


 べきっ、と音がした。


 久常中佐の顔面が、勢いよく床にたたきつけられる音だった。


『恥を知れッ!! 交国の面汚しがッ!!』


 犬塚特佐は、憤怒の形相を浮かべていた。


『貴様も玉帝も、どうでもいいッ! この子(ラート)や、散っていった破鳩隊……! あの戦場にいた全ての交国軍人あってこその交国だ! 臣民いてこその我らだ……! 俺達こそが替えの効く部品だッ! その立場をわきまえろ!!』


『あ……ぎゃ……ぎぃ、にゃァ…………』


『貴様はいつまで経っても……! 自分の無能を棚に上げて……周りが悪いとばかりいって……! 今回に至っては、こんな若い兵士を犠牲に……!! そもそも、なんでお前如きが玉帝の子だと公表されたか、理解(・・)していないのか……!?』


『ぼ……ぼきゅが、かあさまに、愛され……証拠……』


『ヤツはお前を愛していない!! お前も俺も(・・・・・)、ただの部品(・・)だッ!!』


 犬塚特佐は、とても怒っていた。


 怒られた久常中佐は、鼻血を垂らしながら子供のように泣いていた。


『……本当にすまなかった。愚弟も……軍の作戦も……本当に……』


 犬塚特佐は色んな感情が入り交じった顔をしながら、俺に謝ってきた。


 拳を握りしめながら、何度も俺なんかに頭を下げていた。


 犬塚特佐は、俺を助けてくれたんだと思う。……多分。


 軍法会議は開かれなかった。何もかも有耶無耶のまま終わった。


 おかげで、俺は、宙ぶらりんの状態になった。


 療養後も腫れ物扱いになって――。


『なあ、あいつ……』


『例の脱走兵って噂――』


『アイツの所為で、エミュオン攻略戦は失敗したって――』


 周りでは、色んな噂が流れているみたいだった。


 どうでもいい。


 俺は痛みを感じないし、舌も死んでいるから何されても問題なかった。


 犬塚特佐は俺なんかを気遣ってくれて、何故かちょくちょく様子を見に来てくれた。そのたび、犬塚特佐は俺の周りの人を締め上げていた。


 何故くだらん噂を信じる……とか、くだらん風評を頭に入れるな! って怒ってた。よくわからなかったし、わかりたくなかった。


『再度療養に入れ。また休め。俺が手配しておいたから……』


『なんか……すみません……?』


『お前に関する根拠のない噂が流れている。何とか対処しようとしているんだが……すまん、上手くいっていない』


『久常中佐は、お元気ですか?』


 そう聞くと、犬塚特佐は表情を歪めていた。


 相変わらずだよ。いや、もっと酷くなった……と漏らしていた。


『あの馬鹿は、現実逃避をしている……。自分で作った夢物語(うそ)を信じ込み、自分が正義の使者だと……思い込んで……』


『…………』


『大人しく軍を出て行くよう、本人を説得しているんだが……聞き入れる様子がない。玉帝(うえ)にも何とかしろと言っているんだが……』


『そう、なんですか……?』


『いや、アイツの話はどうでもいい。お前のことを話そう』


 久常中佐と犬塚特佐は、「弟」と「兄」だ。


 俺にも弟がいる。俺も兄貴だ。


 兄弟で喧嘩するのは、よくないな……嫌だな……と思った。


『噂の発生源の1つは、ウチの愚弟だ。奴が流した嘘は……既に国内外に広まってしまっている。もう消しきれないほどで……すまん……』


『…………』


『あくまで嘘で、噂だ。あんなもので軍事委員会が動くわけではない。委員会の奴らはそこまで馬鹿じゃない。だが……噂は、多分、簡単には消せない』


『はあ……』


『だから、別の対応方法を考えた』


 犬塚特佐は、俺の前にやってきた。


 椅子に腰掛けた俺の前にしゃがみ、俺の手を取って語りかけてきた。


『俺の部隊に来い。ラート』


『え……? どう、いう……』


『根拠のない噂は雑草みたいに厄介だが、脆い存在だ。だから真実で焼き払ってやろう。お前は優秀な機兵乗りだ! その腕を使って活躍すればいいんだ!』


『…………』


『心を十分休めたら、ウチに来てくれ。俺と一緒に戦おう! お前ならウチの部隊にもついてこれるし……実績を積む事でくだらん噂を上書きしていける!』


 犬塚特佐はよくわからないことを言っていた。


 ただ、とても真摯な瞳をしていた。


 けど――。


『そういうのは、いいんです。俺、部隊はどこでも……』


『だが、ラート――』


『機兵に乗れるなら、どこでも……。いや、違うな……』


 違う違う違う違う。


 どこでもいいわけじゃない。


 俺には、やることがあるんだ。


『戦場に戻りたいんです』


 破鳩隊の皆が立っていた場所に行きたい。


『中尉達みたいに、戦いたいんです。たくさんの人を、守りたいんです』


 みんなのところにいきたい。


 あそこに逝きたい。


 それだけが俺の救い。


 それだけが、俺のやりたいこと。


 グラフェン中尉達みたいに戦って、今度は俺が守るんだ。


 守って、そんで……みんなのところに……。


 先輩達に、褒めてもらいたいんだ。


 お前はもう、ひよっこじゃない。


 俺達ほどじゃないが、なかなか頑張ったじゃないか――って。


 先輩達が、恥ずかしくない後輩に……軍人に……なりたいんだ。


『お願いします。戦場を……死に場所を、ください……』


『…………』


『おねがいします。おねがいします……おねがいします、おねがいします――』


 俺は何も出来なかった。


 守られただけ。皆の足を引っ張っただけ。


 ひよっこの俺じゃなくて、皆が生き残るべきだったんだ。


 俺が残るべきだったんだ。


 あの戦場に。


 でも、あの戦場はもう存在しない。


 破鳩隊も、グラフェン中尉も、もういない。


 だからせめて、出来るだけ多くの命を救って……償って、それから――。






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