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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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オズワルド・ラートの罪



■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて

■from:死にたがりのラート


 アルとフェルグスは1つのベッドで眠り始めた。


 暖を取る猫のように身を寄せ、眠り始めた。


 そんな2人を起こさないようにしつつ、ヴィオラと共に部屋を出る。


 部屋を出て、少し外を歩く事になった。


「ラートさん。改めてありがとうございます」


「俺は何もしてねえよ。これからだろ」


 歩きつつ、笑顔で礼を言ってきたヴィオラに苦笑を返す。


 フェルグスとアルの仲は元通り――いや、前より深くなった。


 カトー特佐という希望は消えたが、まだ希望は残っている。


 子供達という希望が、まだ確かに光り続けている。


「アイツらはスゴいよ。俺がフェルグス達の立場なら……もっと酷くなってた」


 俺がアルの立場なら、ずっと言えず終いだったはずだ。


 フェルグスの立場なら、あんな風にアルを救えなかったかもしれない。


 ウジウジ悩んだり、怒ったりして、何も出来ず破滅していたかもしれない。


 アイツらはそうならなかった。あれは本当にスゴい事だ。


「俺は、あいつらみたいになれない」


「そんな事ありませんよ」


 保養所の外に出ると、木の葉を揺らす夜風が俺達のところにもやってきた。


 その風の櫛に晒されたヴィオラの髪が、ふわりと舞う。


 ヴィオラは髪を押さえつつ、微笑みながら俺に語りかけてきた。


「ラートさんも強い方です。今までも私達の事、助けてきてくれたでしょ?」


「俺は……ちゃんとした当事者じゃない。横からちょっかい出してるだけだよ」


 ヴィオラより少し先を歩き、保養所の庭の端に向かっていく。


「俺は本当に弱い奴なんだ。『面白くなってきた』とか『全然怖くねえ』って念じて、自分を騙して……虚勢を張っているだけで……」


「虚勢なんかじゃありません。ラートさんは強い人ですよ」


「んなこたぁねえよ」


「…………。そんな風に考えるのは、星屑隊に来る前の事が原因なんですか?」


 ヴィオラの言葉にドキリとする。


 振り返ってヴィオラを見て、「知ってんのか?」と聞く。


 ヴィオラは心苦しそうに表情を歪め、「すみません……」と呟いた。


「……気になって、少し調べました。大したことはわからなかったんですけど」


「俺が、どこで戦っていたかも?」


「プレーローマとの最前線……それよりもさらに先、ですよね?」


 頷く。


「…………」


 少し、迷ったが――。


「……話しておくべきだよな」


 詳しく言うべきだ。


 アルは隠していることを全部話した。フェルグスにも勇気を出して言った。


 そんなアルの行動に背中を押された。


 ヴィオラ達にも白状しなきゃいけねえ。……見損なわれても言うべきだ。


「俺は<エミュオン>という世界の攻略戦に参加していたんだ」


 そこはプレーローマの支配地域だった。


 交国軍はそこに攻め入り、プレーローマの力を削ろうと試みた。守ってばっかりじゃ、戦いは終わらないからな。


「当時の俺は、<破鳩(はきゅう)隊>っていう機兵部隊に所属していた」


 破鳩隊はエミュオン攻略戦に参加した部隊の1つだった。


 俺は新人機兵乗りで……部隊の先輩達にしごかれ、世話になって一人前の機兵乗りを目指していた。皆と一緒に攻略戦に参加出来るのが誇らしかった。


 先輩達は、微妙な笑みを浮かべて「お前も貧乏くじ引かされたなぁ……」なんて言ってたけど、俺はそうは思わなかった。


 兵士である以上、いつか死ぬ。


 人類の敵(プレーローマ)は手強い。交国を含む複数の人類国家が協力して挑んでも、今までずっと倒せていない。一進一退の攻防しか出来ていない。


 プレーローマは本当に強いから、そんな奴らと戦っていればいつか死ぬ。その覚悟は……していたつもりだった。


 俺が死んでも、誰かが俺の死体を踏み越えて行ってくれる。


 いつかプレーローマに勝てる。


 俺が死んだところで、交国政府が家族に恩給を出してくれる。俺が死んでも家族は大丈夫だから……安心して死地に向かう事が出来た。


 そのはずだった。


「でも、俺は逃げたんだ。所属していた部隊の皆を……破鳩隊の皆を見捨てて」


「…………」


「エミュオン攻略戦は失敗した。プレーローマの激しい抵抗にあって……エミュオン内部に侵入した部隊は、殆どが壊滅的な被害を受けた。大勢死んだ」


「…………」


「俺は……それにビビって、逃げたんだ」


 口では「恩給があるから安心」「死ぬのは怖くない」と言う事が出来た。


 けど、いざその時になると足が震えて……怖くてたまらなくなった。


 そして、俺は逃げた。


 破鳩隊の先輩達を見捨てて逃げた。


 世話になった部隊長も……グラフェン中尉も、見捨てた。


「俺は臆病で、ズルい奴なんだ。単に逃げたら敵前逃亡で殺されると考えた」


「…………」


「だ、だからっ……久常中佐を(・・・・・)連れて行くことにしたんだ」


 半笑いになりつつ、そう言った。


 俺は久常中佐を連れて逃げたんだ。


「久常中佐は、当時から(・・・・)<玉帝の子>として有名だった。交国の最高指導者の息子を『守るために逃げた』って言えば……何とか銃殺は免れるって、セコい計算をして……仲間を見捨てて逃げたんだよ」


「…………」


「嫌がる久常中佐を、機兵の操縦席に無理矢理押し込んで……逃げたんだ。生き残る事が出来れば、中佐も事後承諾してくれると期待して……」


「…………」


「俺達は何とか生き残った。けど、俺の浅い目論見は直ぐにバレた」


 俺は軍法会議にかけられる予定だった。


 中佐を盾に逃げた卑怯者として――。


「ま、まあ……久常中佐や……その兄である犬塚特佐が口添えしてくれたおかげで、有耶無耶になって……軍法会議は何とか、免れたんだけどな……」


「…………」


「2人が寛大だったおかげで、ネウロンにトバされるだけで済んだんだ」


「…………」


「俺は、どうしようもなく臆病で、カッコつけの情けない兵士――」


「嘘ですね」


 俺の目をジッと見つめていたヴィオラが、口を開いた。


 鋭く、切り込むような言葉だった。


「何でそんな嘘つくんですか?」


「う……ウソじゃねえっ! 俺は……! ホントに、逃げたんだ……!」




■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「敵前逃亡した人を、交国の英雄と言われる犬塚特佐が勧誘するわけないでしょ」


「っ…………」


 ラートさんの視線が泳ぐ。


 やっぱり。明らかにウソをついている。


 ラートさんは犬塚特佐と知り合い。しかも、凄く評価されている様子だった。


 仲間を見捨てて逃げた。怖くて逃げた。玉帝の子の保護を口実に逃げた。


 本当にそんなことした人が、あんな風に評価されるとは思えない。


 そもそも……ラートさんはそんなことしない!


「私も……少しは調べたんです。ラートさんが『久常中佐を盾にして逃げた』『玉帝の子を口実に逃げた』という話も聞きました」


「そ、その通りなんだよ。俺の言った通りだろっ……!?」


「でもそれって、ネットの噂話に過ぎないんですよ」


 軽く調べただけでもチラホラとそんな話が出てきた。


 まるで、誰かがそんな話を触れ回っているかのように――。


 しかも、書かれているのはネットの匿名掲示板とかSNSだった。一兵士に過ぎないはずのラートさんを貶める発言の大半は、とても胡乱なものだった。


「ネットに書かれている情報、私にはとても怪しいものに見えました。だって、私が実際に接してきたラートさんとあまりにもかけ離れているんですもん!」


「取り繕っているから……虚勢を張っているから、違うんだよ。本当の俺は、そういう書き込みの通りの人物なんだよっ……」


「じゃあ、どうやって軍法会議にかけられずに済んだんですか」


「だからそれは! 久常中佐と犬塚特佐が口添えしてくれて――」


「口添えする必要ないでしょ……! その2人に何の得があるんですか?」


 ラートさんが狼狽え、「け、結果的に久常中佐の命を助けたからだよっ……!」と返してきた。……どうにも信じられない。


 ラートさんの事は信じてる。


 信じているからこそ、信じられない。


「私、久常中佐と会ったことありませんけど……そういう人物じゃないでしょっ……! ラートさんが無理矢理連れて逃げたとしたら、しめしめと思いながらラートさんに責任押しつける方ですよっ……!」


「それはさすがに言い過ぎだろっ……!? ちゅ、中佐は勇敢な御方だっ」


「勇敢な人がネウロン解放戦線との戦いで、あんな指揮するとは思えません」


 というか、そもそも――。


「玉帝の子2人が口添えした程度で軍法会議にならずに済む国ですか? 交国は? 確か……玉帝の子供だろうと、不正を働いたら容赦なく殺されるんですよね? 玉帝が自ら子供を処刑した事もあるんですよね?」


「そ……それは……」


「ラートさん、嘘ついてますよね? 誰かを(・・・)庇っていませんか?」


「そっ…………そんなことは……」


 視線が泳いでいる。


 さっきからずっと。


 エミュオン攻略戦の話をしている時から、ずっと視線が定まってない!


「ラートさんが本当に敵前逃亡していたとしたら、ネウロンに左遷される程度で済むとは思えないんですよ……」


「お、俺は……本当に逃げたんだっ……!」


 ラートさんの表情に、怯えの感情が交ざっているように見える。


 あの子に似ている。


 アル君に似ている。


 アル君が……私達にロイさんとマウさんの話をした時と、似ている。


 ひょっとして――。


「――エミュオン攻略戦の途中、逃げたのは事実」


 ただ、それは裁かれていない。


 敵前逃亡として処理されていない。


「誰かに命令されて(・・・・・)、久常中佐を守って逃げたのでは?」


「――――」


 ラートさんの表情が明らかに動いた。


 息を飲み、身体を一層強ばらせた。


 大体、わかった。


 やっぱり、アル君に似ている。


 アル君は、生き残った事に負い目を感じていた。


 ……ラートさんも同じなんだ。


 生き残ってしまったから……自分を、責め続けているんだ。





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