腐ったリンゴ
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:狂犬・フェルグス
「に、にいちゃん……」
アルが1人で部屋にやってきた。
入れてやろうとしたけど――。
『待て』
何故かエレインが止めてきた。
『今からしばらく、私の声の返事をするな』
「はぁ……?」
『だから返事をするな。手振り、もしくは文字を使ってくれ』
変な事を口走り、変なことをさせてから、アルを部屋に入れる許可を出してきた。しかも、アルと喋る場所まで誘導してきた。
よくわからん……と思いつつ、アルに一応謝っておく。
悪いのはエレインだけど、部屋に入れるの遅れて――。
「って……お、お前……どうしたんだよ……」
アルは泣きべそをかいていた。
泣きつつ、1枚の紙を見せてきた。
印刷した手紙。父ちゃんと母ちゃんから送られてきた返事。
アルはそれを見せつつ、オレに語りかけてきた。
「お……おかしいの。全部……」
「…………」
「お父さんとお母さん、ボクを迎えに来た時に……撃たれてたの……」
「…………」
「でも、ボク、2人を見捨てて……逃げて……」
理解が追いつかない。
手紙に書かれたピッピの件。死んだはずのピッピと「再会できる」と呑気に書いている父ちゃんと母ちゃんの事。その父ちゃん達が撃たれたって話。
アルを探しに行って、そこで交国軍に襲われて――。
「2人とも、血……流してて……。ボク、2人の魂が消えるの……観て……」
「…………」
「ごめんなさい。逃げて、ごめんなさい……。ボクの、所為で……」
「…………」
「ずっと、ヒミツにしてて…………。ごっ……ごめんな、さ…………」
アルが泣いている。
ワケわかんねえこと言いながら、泣いている。
その話、ずっとオレには黙ってたんだな。
ヴィオラ姉や交国軍人には話しておいて、オレには黙ってたんだな。
何でだよ。
何で、そんな大事なこと……肝心なこと……ずっと黙ってたんだよ。
兄貴が……頼りないからか?
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:死にたがりのラート
「……話したいことがある」
泣きじゃくるアルの手を引っ張り、フェルグスがやってきた。
アルを待っていた俺とヴィオラのところに、2人がやってきた。
2人に連れられ、フェルグスの部屋に向かった。
フェルグスは先にヴィオラを部屋に入れ、紙を手渡して何か頼んだようだった。
その紙を受け取ったヴィオラはギョッとした様子だったが、硬い表情を浮かべたまま頷き、直ぐに動き出した。
ヴィオラが何かしているうちに、フェルグスが俺に近づいてきた。
「…………」
フェルグスは印刷された手紙を俺に突き出しつつ、「全部聞いた」と言った。
硬い表情でそう言って――。
「ぁ…………ありがと……」
「えっ……?」
フェルグスは、何故か俺に礼を言ってきた。
俺に対してキレず、礼を言ってきた。泣きそうな表情で。
「オレの代わりに……。アルを、助けてくれて……ありがと……」
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:弟が大好きなフェルグス
オレは、バカだ。
大バカだ。
アルは、ずっと1人で苦しんでいた。
すっげーつらいことを……父ちゃんと母ちゃんのこと、1人で抱え込んでいた。
つらいことだから家族のオレにすら言えず、1人で抱え込んでいた。
そんなアルを、助けてくれる奴がいた。
ヴィオラ姉と、ラートがいてくれたから……アルは抱え込まずに済んだ。
今でもつらいままだろうけど、それでも……2人がいてくれたから……。
「アルも、ごめん。……オレのこと考えて、ヒミツにしててくれたんだよな?」
「違っ……。ぼ、ボクっ……に、にいちゃんに、きらわれたく、なくてっ……! 2人のこと、見捨てて……逃げたからっ……!」
「お前は見捨ててないっ。逃げてないっ……! ずっと、戦ってたんだ」
1人で抱え込んで、ずっと戦っていたんだ。
確かに、急に言われたらオレも……戸惑ったりしたかもしれない。というか、今でも信じられない。信じたくない話だ。
いきなり打ち明けられていたら、多分きっと、オレは壊れてた。
どうすればいいのかわからなくなって……絶対に壊れてた。
いまはヴィオラ姉達がいるし……星屑隊みたいな……少しは信用できる奴らもいる。副長みたいに厳しいけど、なんだかんだで優しい大人が傍にいてくれる。
「オレがお前の立場でも……そんな、簡単に言える話じゃねえよっ」
「でも、でもっ……」
「お前は悪くない。悪いのは兄ちゃんだ。オレが……倒れたりせず、父ちゃん達と一緒にいたら……巫術で、2人のこと守れたかもなのにっ……」
「に、にいちゃんは悪くないもんっ……!」
「じゃあ、お前だって悪くねえよ。悪いのは……交国軍人だっ」
母ちゃん達を襲ったのは、交国の奴ら。
悪いのは交国なんだ。
また泣き出したアルを、ギュッと抱きしめる。
今度こそちゃんと、傍にいれるように。
「け、けど……お前まで、悪いって意味じゃないからっ……」
ラートを見上げ、そう言う。
悪いのは交国だ。母ちゃん達を撃った奴らだ。
けど、こいつは違う。
交国の人間だからって、全員が悪いわけじゃない。
ラートは味方なんだ。交国にも優しい奴はいる。
ラートは……ずっと……ずっと、オレ達の味方でいてくれたんだ。
それなのにオレは、ガキっぽい事ばっかりして――。
「もし、アルじゃなくてオレが父ちゃん達の傍にいても……多分、守れなかった。それどころか、多分きっと、無駄死にしてた……」
父ちゃん達が必死に守ってくれた命を、無駄遣いしていたと思う。
オレは……よく考えずに行動すること、結構あるし……。
「つーか、誰でも無理だろ……! アルと同じ立場に置かれて、皆守るって……。そんなの、師匠みたいな神器使いじゃねえと出来ねえよっ……」
オレ達はガキだ。巫術が使えるだけのガキだ。
師匠みたいな勇者には、簡単にはなれねえよ。
ああなりたいと思うけど、そんな簡単には……。
「アル。お前は何にも悪くないんだ」
父ちゃんと母ちゃんも、絶対お前を責めないはずだ。
2人は絶対、どんな時もお前を責めたりしない。
むしろホッとしてるはずだ。
立派な大人で、オレ達の親だもん……。
「お前は悪くないのに、気づいてやれなくてごめん……」
「ぅ…………うぅぅっ……!」
「あの時、一緒にいてやれなくてごめん……」
オレが倒れてなきゃ、父ちゃんと母ちゃんと一緒にお前のとこに行けたはずだ。
それでも何も変わらなかったかもしれない。
オレは……弱っちい。口ばっかりのガキだ……。
でも、それでも――――
「いっしょに、いたら……。お前だけにっ……背負わせずに済んだのに……!」
お前だけ、苦しい目にあわせずに済んだ。
それなのに、オレは……オレはっ……!
アルの兄貴なのに、オレはホント……大バカだ!
「ごめんっ……ごめんなぁっ……! 肝心な時、いっしょにいられなくて……!」
アルの涙声が聞こえる。
にいちゃんはわるくないっ、と言っている。
けど、悪いんだよ。オレは悪いやつなんだ。
大事な弟を、こんな目にあわせて――。
「ホントっ……ごめんなぁっ……!」
傍にいてやれなかった。
気づいてやれなかった。
一緒に背負ってやれなかった。
自分のことばっかり考えていた。
オレが周りからどう思われるかとか、ヴィオラ姉にどう思われるとか……。
そんなこと、アルの苦しみに比べたらどうでも良い話だったのに――。
「っ…………」
謝りたくても、声が上手くでなかった。
代わりにアルを抱きしめる。
こんな……弱っちい兄貴だから、アルも頼れなかったんだ……。
オレが悪い。……せめてウジウジ悩まず、気づいてやるべきだったんだ。
自分じゃなくて、もっとアルを見ておけば……こんな事には……。
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:死にたがりのラート
「……ホントにごめん」
「あ、謝るなよ。お前も悪くないんだよっ……」
泣き疲れて眠っちまったアルをベッドで寝かせる。
寝かせていると、フェルグスが深々と頭を下げてきた。
泣き腫らした顔が痛々しくて、もっと何か言ってやりたくなる。
けど……上手い言葉は出てこなかった。
「ラートは、アルやヴィオラ姉だけじゃなくて……オレも守ってくれてたのに……。オレは、オレのことばっかりで……」
「そんな事ない。お前は周りの皆を守っただろ」
繊三号での戦いで、フェルグスは最初から最後まで全力で戦っていた。
コイツの力がなけりゃ、俺達はきっと――。
「ラートやヴィオラ姉みたいに、ちゃんと守れてない……」
「……俺達だって、そうさ。まだお前らを守れてないんだ」
俺達は未だ、闇の中にいる。
どこに向かえばいいのかすらわからない。
でも、希望は確かにある。
潰えていった希望もあるが、新しい希望もある。
「俺はこれからもお前達を守るために頑張る。協力してくれ、フェルグス」
フェルグスの手を取り、頼む。
フェルグスは頷いて、俺の手をギュッと握ってくれた。
交国の所為で、コイツらの人生はメチャクチャになった。
けど、それでも手を握ってくれた。……まだ希望はある。
「頑張るけど……ごめんな。お前ら家族がこんな事になった原因は、やっぱり交国だ。俺の母国で……俺も軍人として交国の蛮行に加担してる」
「お前は悪くねえよ」
フェルグスはそう言い、唇をキュッと結んで俺を見つめてきた。
そしてヴィオラに同意を求めた。
ヴィオラも、フェルグスと同意見だと言ってくれた。
俺達はちっぽけな存在だ。
けど、手を取り合うことは出来る。
1人1人はちっぽけでも……きっと、この闇に立ち向かえるはずだ。
「ところで……この話、他の奴らは……」
「……一応、伏せてある」
隊長や副長は、俺達が何か調べているのを察している。
そして、「藪をつつくな」と警告している。
「色々と察している人もいるみたいだが、アルの両親の件に関しては……さすがに知られていない。メチャクチャな問題だから……言っていいものか……」
「副長達は信用できる大人だと思うけど――」
フェルグスは困り顔を浮かべ、「これ話したら、お前みたいに巻き込んじまうよな……」とこぼした。
ヴィオラはフェルグスの言葉に同意しつつ、「全員が全員、信用できるとは限らない」と言葉を続けた。
「星屑隊の人達は信じたいけど……他の交国軍人さんは、さすがに危険。特に交国軍事委員会の人には……私達が掴んでいる情報を知られちゃダメ」
「知られたら、殺される?」
フェルグスの問いに関し、ヴィオラは答えなかった。
表情を強ばらせ、黙っていた。
ただ、それでもフェルグスには伝わったらしい。小さく嘆息している。
「……俺は……」
フェルグスとヴィオラに向け、語りかける。
「俺はずっと……交国は『人類のために戦う正義の国家』だと思っていた」
「「…………」」
「けど、お前らと出会って、『純粋な正義ではない』と思うようになった」
コイツらは交国に苦しめられている。
傍にいるうちに、それが理解できた。
俺がバカで、交国を盲信しすぎていたって事も――。
「交国軍にも、隊長や副長……バレットやレンズ、それにパイプや他の星屑隊員みたいな良い奴らもいる。けど……交国は……多分どこかが腐っているんだ」
どこかに『腐ったリンゴ』が混ざっている。
その腐敗は、1カ所に留まらず、伝染している。
ひょっとしたら、交国の中枢はもう……。
「どこまで腐っているか、正確なことは俺もわからん。だから……いま、誰に頼ればいいかもわからないんだ」
「…………。オレは、これからどうすればいい?」
フェルグスが俺とヴィオラの顔を交互に見てきた。
目の奥に強い意志を感じる。
けど、少し不安げな感情も混ざっている。そう見えた。
「こういう場合って、どうすりゃ……いいんだ?」
「それは……」
「交国と戦っても、オレ達だけで勝てるとは思えない。けど、これって交国の誰かに訴えても何とかなる問題じゃねえよな……?」
「実は、カトー特佐にある程度相談してたんだ」
「師匠に……!?」
驚くフェルグスに、情報を共有しておく。
特佐に全てを話したわけではない。
というかそもそも、特佐の方からネウロンの窮状に気づいてくれたんだ。
「特佐は玉帝に謁見し、ネウロンの事を『何とかしてください』と言ってくれるはずだった。それなのに……何故か、捕まっちまった」
「ひょっとして、師匠はオレ達の所為で……?」
「いや、さすがにそうじゃない……はずだ」
そうだとしたら、俺達も今頃無事では済んでいない……と、思う。
交国側からのアプローチは、あれきり無い。黒水守の聴取以降は何もない。
交国軍事委員会だって、俺達の事は気にしていないはずだ。特別行動兵は委員会の監督下にあるが……そこまで注視している様子はない。
カトー特佐は、俺達にとって大きな希望だった。
だが、それが交国という巨人に握りつぶされた以上は……他の手を考えないと。
「交国軍の言う通りに戦い続けて……タルタリカを全て倒しても、オレ達は解放されない可能性高いんだよな? 多分……」
「……そうかもしれない。交国は嘘をついている。嘘を重ねてもおかしくない」
ヴィオラは左手をギュッと握りしめつつ、表情を歪めている。
そして、「信用できないよ。交国という国は」と言った。
悔しいが……今の俺は同意見だ。
悔しいし、恥ずかしいよ……。交国の人間として……。
「でも、それでも……役に立ち続ければ、命だけは……取られないのかな?」
「わからん。だが、下手したらネウロン以外の戦線に投入される可能性がある」
ずっと星屑隊で守れるとは限らない。
ネウロンでの作戦行動が終われば、離ればなれになる可能性が高い。
ヤドリギと巫術による機兵運用が認められても、さらに酷使されるだけかもしれない。……いまの交国は信用できない。
いや、ひょっとしたら……ずっと前からもう、交国は……。
「このままじゃ絶対にダメ。交国の言いなりになって戦い続けても……都合よく使われて、そのうち……もっと酷いことになるだけ」
ヴィオラはフェルグスの肩に触りつつ、諭すように言葉を続けた。
「交国の理不尽に、抗わないと」
「け、けど……ヴィオラ姉、交国はメチャクチャ強いだろ……」
「うん。だから、死んで逃げよう」




