うそと嘘とウソ
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
「返事来るの、遅かったな……」
「ネウロン出る前に出したものだから、返信先がネウロンになっていたみたいで……。到着が遅れていたみたいですね」
ラートさん達の話を聞きつつ印刷してもらった電子手紙を手に、ヴィオラ姉ちゃんとグローニャちゃんの部屋に行く。
ラートさんとヴィオラ姉ちゃんと一緒に、改めて手紙を見始めた。
ボクは手紙にピッピのことを書いた。
ネウロンで魔物事件が起こった時に飛んで逃げちゃったピッピ、元気にしてるかな? もう一度会えるかな? という内容を書いた。
返事の手紙には「ピッピはきっと無事」「鳥なんだからタルタリカに捕まるはずがない」「きっと元気に生きていて、いつか必ず再会できる」と書かれていた。
「再会できるから、交国の言う事を聞いて必死に戦いなさいって……」
「「…………」」
「ピッピが死んでること……お父さんもお母さんも知ってるはずなのに……」
ピッピが死んだ日。ボクとにいちゃんは巫術師になった。
ボク達家族にとって大変な事だったから……お父さんとお母さんが忘れるわけない。2人共忘れちゃうなんて、絶対にない。
「じゃ、じゃあ……誰なんだ? この手紙を書いてるやつは……」
ラートさんもわからないみたいで、戸惑っている。
すると、ヴィオラ姉ちゃんが表情を強ばらせながら口を開いた。
「交国でしょう。電子手紙の送受信は交国軍管理下のシステムを使っています。正確には軍事委員会……だったと思いますけど……とにかく、交国です」
「は、はぁ……? どういう事だよ……?」
「手紙の内容を考える担当者がいるか……もしくは文面を考えるAIを交国が管理しているんだと思います。だから、家族だけが知っている事を把握できていない」
だから鎌かけに引っかかる。
ボク達は最初から、お父さん達と手紙のやりとり……出来てなかった。
ウソの手紙を一生懸命読んでただけ。
ラートさんは「そんな馬鹿な」と言い、うめき、ベッドにドスンと座り込んだ。腰が抜けちゃったみたいに座り込んだ。
「…………」
お父さんとお母さんと会えなくなった日。
弱っちいボクが足手まといになって、2人が撃たれた日。
あの時、観たものを思い出す。
2人の魂が消えていく瞬間。……見間違いじゃなかったんだ。
先に、お母さんの魂が消えていった。
地面に向けて落ちていくように、すーっ……と消えていった。
お父さんの魂も、その傍で消えていった。
お父さんの魂は、ドロドロに溶けるみたいに――。
「ぼ、ボクが……にいちゃんと、はぐれてなかったら……」
「「…………」」
「ボクの、所為で……」
「おっ、お前の所為じゃないっ……!」
「そうだよ。アル君は何も悪くない。悪いのはっ……」
ヴィオラ姉ちゃんがボクの両肩を持って、何か言おうとした。
でも、言葉を詰まらせていた。
……ヴィオラ姉ちゃん達の顔が、よく見えない。
何もかも歪んで、よく……見えない。
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
手紙を書いているのは、ロイさん達じゃない。
交国はそれを知っているのに隠している。騙している。
騙して、子供達を戦わせている。
そこまでするの? 何でそんな事を? 疑問と共にフツフツと怒りがこみ上げてくる。……交国がしている事は、明らかにおかしい。
「アル君……」
泣いているアル君の背を撫でる。
ラートさんも何を言ったらいいかわからない様子で――それでも泣いているアル君を抱き寄せてくれている。
ラートさんに「交国はなぜ、こんなことを?」と聞いても答えはわからないだろう。ラートさんは私以上に戸惑っている様子だった。
「…………」
手紙は嘘だった。
そして、アル君は両親の行く先を観てしまっていた。
巫術の眼で観た両親の魂。それが消えていく瞬間。
多分、それは見間違いじゃなかった。
おそらく……ロイさんとマウさんはもう……。
「……これから、どうすればいいと思う……?」
泣いているアル君をラートさんに抱っこしてもらい、あやしてもらっていると……ラートさんがそんなことを聞いてきた。
「ぐ、軍事委員会に問い合わせるのは……ダメなんだよな?」
「それが一番マズいです。電子手紙は軍事委員会管理ですから……」
少なくとも軍事委員会は真実を知っている。
全ての軍事委員会の人が知っているとは限らないけど、手紙のやりとりに使用されているのが交国のシステムである以上、担当者や上層部は知っているはず。
交国政府も真っ黒だろう。
軍事委員会の独断で動いたところで、委員会には何の利益も無いはず。となると交国政府の指示で……玉帝の指示で動いているはず。
「カトー特佐にも頼れなくなった以上……」
「犬塚特佐は?」
ラートさんが黒水の港で会った特佐さんの名前を出す。
ラートさんは、あの人と親しい様子だった。
だからこそ、「あの人なら力になってくれる」と言ったけど――。
「ゲットーの反乱を鎮圧し、カトー特佐を捕まえたのは犬塚特佐ですよ……」
「あっ……」
「カトー特佐の緊急逮捕そのものが怪しい以上、犬塚特佐もそれに深く関与しているはずです。……あの方は<玉帝の子>なんですよね?」
国のトップと深い繋がりがある以上、信用できるとは思えない。
外部から交国にスカウトされてきたカトー特佐とは、ワケが違う。
そもそも私は犬塚特佐の人格に疑問を持っている。理由があったとしても、子供をあんな扱いする人が……アル君達を助けてくれるとは思えない。
「私達に出来るのは2つだけです」
「…………」
「何も知らないフリをして戦い続けるか……逃げるか……」
「脱走は不可能だ」
ラートさんが硬い表情で首を横に振る。
交国軍は強く、脱走兵にも容赦がない。正規の軍人が逃げただけでも銃殺されるのに、特別行動兵が逃げたとなると――。
「交国領は広い。俺達だけの力で逃げられるはずがない」
「……協力は、してくれるんですか?」
「当たり前だろ……! けど、脱走はさすがにムリだっ」
「じゃあ、どうすればいいんですか? 何も知らないまま――」
泣いているアル君を見て、ひとまず落ち着く。
「……このまま戦い続けたとして、交国は約束を守ってくれるんですか……? タルタリカを殲滅したら、子供達を解放してくれるのは……嘘かもしれません」
「それは……」
「元々、交国のことは信用してません。けど、今回の事で決定的に……」
既に騙されている以上、さらに騙される可能性はある。
タルタリカを殲滅した後も、アレコレと理由をつけて他の戦場に派遣される可能性もある。もしくは、酷い実験に参加させられるとか……。
そもそも、巫術師を特別行動兵にしたことが実験の一環とか――。
「巫術師による機兵運用実験をこのまま続けても、その成果に見合う待遇を約束してくれるとは……思えません。交国は、酷い国です……」
「…………すまん」
ネウロンに戻れば、また戦いの日々が戻ってくる。
ただ、おそらく星屑隊の人達と一緒に戦えるはず。
星屑隊の人達は軍規に縛られているけど、私達が滅多なことをしない限りは「戦友」として戦ってくれるはず。……子供達の事を考えてくれるはず。
マウさん達は……ひょっとしたら、まだ生きているかもしれない。
遺体は見つかっていない。
ネウロンで戦いつつ、ネウロンの街を見て回っていれば、どこかに捕らえられているのを見つけられる……かもしれない。
ただ、アル君が観たものを考えると……もう亡くなっている可能性が高い。
こんな手紙もある以上、無事である可能性はもう……。
「……アル達の巫術なら、方舟を奪うのも可能のはずだ」
ラートさんが口を開く。
アル君が落っこちないよう、ギュッと抱きしめたまま――。
「黒水は大きな港だ。毎日沢山の方舟がやってくる。それを奪うのは不可能じゃないが……奪った後が問題だ」
「……逃げ切れませんか?」
「無理だ。交国本土防衛を行っている艦隊も動くだろうし……ここは交国の中枢だ。交国領の外に逃れるのも、交国領のどこかに潜むのも不可能だろう」
「…………」
「それよりもまだ、ネウロンへの帰りの便を奪うか……。ネウロンで方舟を奪うか。その方がまだ可能性あるけど……」
「帰りの便には、隊長さん達も乗ってます」
「だな。……隊長達を説得できない限りは、隊長達に止められるはずだ」
隊長さんは真面目な軍人さん。脱走を許してくれるとは思えない。
「…………」
携帯端末を開き、一般公開されている交国領の地図を見る。
交国領は広大。その「保護下」に置かれているネウロンは交国領の端っこにある世界だけど……ネウロンの先には何もない。何も無い<絶海>があるだけ。
ネウロンからまともな航路で交国領外に逃げようとしたら……交国領を通るのは避けられない。真っ暗の混沌の海を絶海経由で逃げるのは素人の私達には無理。
「隊長は、俺達の動きを警戒している。巫術で方舟を奪われる可能性も一応警戒しているはずだ。一度奪えたとしても、本体を締め上げられたら……」
現状、脱走という選択肢はあまり現実的じゃない。
そもそも、逃げたところでどこに行くのか。
交国領の外に逃げたところで、救われるとは限らない。
交国は人類連盟の常任理事国。人類国家の中でも特に力を持っているから、他国に働きかけ、脱走兵である私達を捕まえさせるかもしれない。
誰もいない辺境の世界で細々と暮らすのも……現実的じゃない。未開の地で子供達を守り続けるのは……多分、無理だと思う。
飢えや病気から、あの子達を守り続けるなんて……とても……。
暗い考えばかりが浮かんでくる。
身1つで混沌の海を漂っている気分になる。
希望はあった。カトー特佐が玉帝に掛け合うという希望があった。
けど、それは潰された。
カトー特佐は神器使いなのに……替えの効かない人材なのに潰された。
近日中に処刑される事が決まっている。
「…………」
ラートさんという希望は、まだ消えていない。
けど、ラートさんの力だけじゃ……。
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:死にたがりのラート
「アル君は……アル君は、どうしたい?」
泣き止んだアルに対し、ヴィオラが問いかけた。
俺もヴィオラも、どうすればいいかわからない。
子供達を守るべきなのはわかっている。
だが、どうやって守ればいいか――。
「にいちゃんに、言いたい」
「「…………」」
「お父さんとお母さんのこと……にいちゃんに、言わなきゃ……」
瞳を潤ませたアルがそう言った。
「む……無理しなくていいんだぞっ……」
両親のことを伝えるのは、とても勇気がいるはずだ。
それに、まだ、全ての希望が潰えたわけじゃない。
ひょ、ひょっとしたら生きているけど、手紙の代筆されてる可能性も……。
「それに、フェルグスも……なっ? いま不安定だし……」
どんな反応されるかわからない。
余計にこじれるかもしれない。
「とりあえず、様子見でも――」
「もう、イヤなんです」
アルは目頭を拭い、言葉を続けた。
「もう、にいちゃんにウソつきたくないんです」
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:機械に興味津々のロッカ
手紙の返事が来た。
アニキが、オレに返事をくれた。
けど――。
「…………アニキ?」
手紙の内容がおかしい。
誰か別の人の手紙が間違って届いたのかと思ったけど……違う。
オレの名前も書かれている。オレの事も書かれている。
けど、でも……アニキの返事がおかしい。
父さんと母さんのこと――オレの所為で2人が死んだこと、まるで何もなかったかのような手紙だ。
アニキがオレを許してくれるわけがない。
そうだとしても、勇気を振り絞ってまた謝ろうとしたのに――。
「なんで……?」
父さんと母さんのこと、何で他人事みたいにしてるんだ?
……あんなに怒ってたじゃん。




