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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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惨めなやつ



■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて

■from:死にたがりのラート


「どうだ? 似合うか!?」


 アル達に貰った星屑勲章をつけた姿を、アルに再び見てもらう。


 アルは笑顔で「カッコいい」と言ったが、自分の持っている勲章を――名誉オーク勲章を指でイジリつつ、ちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「ラートさん達がくれた勲章と比べたら、ちゃちな作りかもだけど……」


「んなことねえよ! 貝を使って勲章作るって、俺らにはないアイデアだ!」


 アルに貰った四つ葉型植毛のお守りも嬉しかったけど、星屑隊全員お揃いの勲章ってのもいいもんだ! 材料が貝だから、全部同じ形ではないが――。


「皆で考えて、皆で作ってくれたんだよな。ありがとな……」


「う、うんっ。あのね? にいちゃんもね、貝探し頑張ってくれたんだぁ」


 アルは保養所の建物をチラリと見た。


 フェルグスはこの場にいない。


 今日も朝からずっと、部屋に閉じこもっている。


 アル達が買い物や準備に誘ったものの、出てこなかったらしい。


「フェルグスにも礼を言うよ。メチャクチャ嬉しいし!」


「えへへ……。ぼ、ボクもね? 名誉オーク勲章、すごく嬉しかったから……」


「ケーキ缶よりも?」


「もちろんっ」


 名誉オーク勲章授与式の後、食べていたケーキ缶はすごく旨そうにしていたが……あれよりも喜んでくれていたのか。勲章用意した甲斐があったな。


 あの時は甲斐があって、今は貝の勲章だな! と言ったものの、そのギャグには微妙な顔をされた。さ……さすがに雑すぎたか。


「カレーもいっぱい食べてね」


「おうっ! こういうの、普段は全然食べないんだが――」


 ゼリーパンは腹持ちいいし、用意が楽だからなぁ。


 カレー。独特な匂いがするけど、なかなか旨い。味がわからないとはいえ、この匂いはなかなかクセになってくる。


「身体がポカポカしてくるし、汗がじんわり出てくるのがいいな……。優しいサウナの中にいる感じがする……」


「食べ物の感想……?」


「でも、マジでそんな感じなんだよ~! もっと食べたいなぁ」


「ヴィオラ姉ちゃんが結構作ってくれたから、まだあるよ!」


 おかわりしに行くと、カレーの入った鍋周りは渋滞していた。


 他の隊員達もこぞっておかわりしているようだ。これは俺の分があるか怪しいな……? まあ、また今度食べる機会もあるだろう。


 一応、カレーの列に並んでいたんだが、列の先頭からヴィオラが離れていくのが見えた。手にはお盆。カレーとパン、そして水を乗せ、どこかに運んで行ってる。


 保養所の建物内に向かうみたいだが――。


「ヴィオラ、どこ行くんだ?」


 アルと一緒に列から離れ、問いかけると、ヴィオラはお盆を軽く掲げ、「フェルグス君とパイプ軍曹さんのところです」と言った。


 フェルグスは今日も部屋から出てきていない。念のため、パイプが護衛についてくれているが、2人にもカレーを持っていくつもりらしい。


 それを聞いたアルは――。


「ぼ、ボクも行くっ」


 そう言った。パイプに星屑勲章を渡し、フェルグスとも話をしたいらしい。


 未だ微妙にギクシャクしているみたいだし――。


「俺も行くよ」


 ヴィオラの持っていたお盆を受け取る。


 時間は一向に問題を解決してくれない。


 何事も、行動を起こさなきゃダメなんだ。きっと。


 俺とフェルグスの関係はともかく、フェルグスがアルともギクシャクしっぱなしなのはダメだ。フェルグスが何で引きこもってるのかわからないし、話を聞こう。




■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて

■from:肉嫌いのチェーン


「副長? どこ行くんスか?」


「アイツらにメシ持っていくんだよ」


 カレーとかを持って、自分の部屋に向かう。


 フェルグスとパイプに差し入れしてやらねえと。


 そう思って、部屋まで戻ってきたんだが――。


「出てけっ! 出てけっ!!」


「ふぇ、フェルグスっ!? ちょっ……! 待っ……!!」


「にいちゃ……」


「出てけぇーーーーッ!!」


 先客がいた。しかも、騒ぎになっている。


 部屋からラート、スアルタウ、ヴァイオレットが追い出されてきた。


 ラートとヴァイオレットは困惑した様子で、スアルタウに至ってはちょっと怖がっている。……フェルグスに追い出され、困っているようだ。


 あちゃあ……と思いつつ、少し離れたところで困っているパイプに事情を聞く。どうも、ラート達がメシを持ってきた後、直ぐにああなったらしい。


 ラート達にも話を聞いたものの、ラート達も困惑中。


 カレー持ってきただけで、急に怒りだして困っているらしい。


 まあ……フェルグスにとっては「カレー持ってきただけ」では無いんだろうな。……しくった。ラート達にも目を向けておくべきだった。


「あ~……とりあえず、お前ら外に戻っとけ」


「いや、副長――」


「話がややこしくなる。フェルグスとはオレ1人で話すよ」


「でも――」


 テキトーに言い聞かせて全員に離れてもらった後、部屋への侵入を試みる。


 内側から鍵が閉められていたが、鍵ならこっちもある。フツーに開けて入ろうとしたが、今度はドアノブを掴まれちまった。


「おーい……フェルグス。オレだ。開けてくれ」


「…………!!」


 全力で扉を押さえられていたが、所詮はガキの全力。


 片手で突破し、無理矢理侵入する。


 フェルグスは叫びながら枕やクッションを投げてきたが、それをテキトーに払いのけつつ、カレーを机に置いて近寄っていく。


 無理矢理落ち着かせる。


 何で急にキレ出したかは……大体察することができた。


「アイツら3人が一緒にいたからって、泣くほどキレんなよ……」


「ウーッ……! ウゥゥゥゥ~…………ッ!!」


 涙目で歯を食いしばっていたフェルグスが、オレの手を払いのけ、毛布を手に持った。それはさすがに投げつけてこず、毛布を被って引きこもり始めた。


「…………」


 めんどくせえ。


 やっぱガキはめんどくせえ……と思いつつ、フェルグスの傍に座る。


 フェルグスが今抱いている感情は、ちと言語化が難しいものだ。


 嫉妬と言えばいいんだろうか? いや、それも雑なくくりの気がする。


 フェルグス自身も、自分の抱えている感情を持て余している。


「とりあえず、メシを食え。腹減ってるからイライラすんだよ」


「減ってない!!」


「かぁ~…………」


 ガキめ。あぁ、ホント……ガキはめんどくせー……。


 軍人相手なら鉄拳制裁で無理矢理従わせるのも手だが、そりゃさすがに――。


「…………」


 少し、間を置く。


 いま何言っても右から左に抜けていくだけだろう。


 針を立てたハリネズミのような気配が薄まるのを待つ。


 少し落ち着くまで、室内にカレーの匂いが充満するほど時間がかかった。


「……ラート見ててイラついてんのか?」


「…………」


「あのな……。アイツらは純粋にお前を心配しているだけだ。悪気は一切ない。お前が何でキレてんのかも、全然わかってな――」


「うるさいっ!!」


 フェルグスが毛布の中から細い足を出し、蹴ってきた。


「オレだってそれぐらいわかってる!! わかってるけど……!」


「…………」


「アイツを……ラートを見ていると、ムカムカしてきて……頭、カーッとなってきて……!! ダメになるんだっ!!」


「ふぅん……」


 何でダメになるんだ。何で怒るんだよ、と聞く。


 答えは大体察しているが――。


「ラートは、オレが欲しいもの、ぜんぶ……全部取っていく!」


「…………」


「ヴィオラ姉はオレの方が付き合い長いのにっ! アルだって、オレの弟だ! アイツの弟じゃないっ!!」


「…………」


「オレだって……! ヴィオラ姉を、カッコよく……助けたかった」


 毛布を見る。


 微かに震えている。


「結局……ヴィオラ姉を悪いやつから助けたのはアイツで……ぜんぶ、アイツの手柄だ。オレだって……オレだって! 機兵に乗ったら強いのにっ!」


「全部が全部、アイツのおかげじゃ――」


「オレは巫術を使える! アイツは使えないっ!」


「…………」


「オレは混沌機関だけでも機兵を作れる! アイツには出来ないっ!」


「…………」


「オレの方が強いのにっ! オレの方が……オレっ…………」


「そうだな。強いな」


 毛布からまた足が伸びてきた。


 また蹴ってきたが、今度は手のひらで受けつつ、少し距離を取る


 蹴りが届かない距離に避難する。


「まあ……色々、巡り合わせがあるんだろうよ。お前は確かに強いが――」


「説教すればいいじゃんっ!!」


「あぁ……?」


「いつもみたいに、怒鳴ったり、脅せばいいじゃんっ……」


 フェルグスが毛布の中から顔を出した。


 あーあ……さっきよりブサイク顔になってらぁ……。


「なんでちょっと、優しくすんだよっ……」


「そりゃあ、お前……。オレだって空気は読むさ。いま正論パンチで殴ったら、お前泣くだろ。ピーピー泣くだろ」


「泣かねえっ!」


 いや、いまどう見ても泣いてるだろ。


「あのな。オレはお前を教え導くつもりは一切ない。軍規を守ってアホなことしなきゃ、どうでもいいんだよ。所詮、オレ達は他人だからな」


「っ…………」


「ヴァイオレットやラートみたいに、お前に親身にできねえよ」


 正直、マジでどうでもいい。


 多少のご機嫌取りはやるが、それまでだ。コイツがクソガキのままでも別にいい。オレに迷惑がかからないなら、「好きにやってくれ」と思っている。


 ただ、ヴァイオレット達は違う。……オレみたいに薄情じゃない。


「お前だって、アイツらに親身になってもらってる自覚はあるだろ」


「…………」


「だからこそ、そこまで荒れるんだ。ラートとか純粋に恨みたいのに、世話になっているのも理解しているから心がグチャグチャになるんだ」


「…………」


「まあ、好きに荒れな。オレは親身になってやれないし、やる気もない」


「…………」


「でも、愚痴ぐらいは聞いてやるよ。星屑隊の副長としてな」


 それで何か解決するとは思えん。


 かといって、他にどうすればいいかもわからん。


 だから今日は好きに荒れな――と言っておく。


「ただ、せっかく持ってきたカレーが冷えるから、それ食べた後にしねえか? さすがにまた取りに行くのイヤだぞ……。めんどくせえ」


 そう言うと、フェルグスはわんわんと泣き出した。


 あ~あ、やっちまった。


 はいはい、ごめんね、オレが悪うございました――と適当に謝る。


 適当に謝ってカレーを持ってきてやると、フェルグスは泣きながら食べた。


 鼻水をすすりつつ、カレーとパンを口に運び続けた。




■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて

■from:肉嫌いのチェーン


「…………自分が、クソみたいなガキって自覚……ちゃんとある……」


「え? マジで?」


 フェルグスがひとしきり泣いた後、殊勝なこと言うから少しビビった。


 ビビって聞き返すと、肩を殴られた。よわよわパンチで。


「良いことじゃねえか。その調子でクソガキ脱却してくれ」


「副長はクソみたいな大人っ……!!」


「そうだよぉ? オレは自分さえ良ければいい大人ですよぉ?」


 戦う理由が何も無ければ、全て放り出して脱走しているいい加減な大人だ。


 ただ、今は戦い続ける必要がある。だから仕方なくここにいる。


 まあ……星屑隊はメチャクチャ居心地いいし、気に入ってるけどな。


「オレは……副長みたいな大人には、ならない」


「そいつも良いことだ。がんばれ、少年」


 泣き止んだとはいえ、まだボロボロの顔してるガキの肩を叩く。


 手加減間違えて「いってえ!」と言わせたが、特別怒ってきたりしなかった。


「どうしたら、副長みたいな大人にならずに済むの?」


「オレに聞くかね。それを……」


「…………どうしたら、オレ、変われるんだ?」


「…………」


「……自分が、クソカッコ悪いのは、わかってんだよぉ…………」


 ベッドの上で三角座りしたフェルグスが、膝に顔を埋める。


 くぐもった声で喋り続ける。


「ラートに『ずるい』って思うのも……カッコ悪い自覚、あるんだよっ……」


「…………。まあ、でも、理屈でそうだとわかっていても、イラつくだろ」


 オレだってラートにいらつくことはある。沢山ある。


 アイツが言っているのは時に正論だと思うが、自分の立場考えて言えよ――とイラつく事もある。眩しくてイラつきまくる。


 まあ、そりゃフェルグスとはまったく違う理由だろうけどな。


 オレはラートに嫉妬したりはしないし――。


「ラートを……嫌いになればなるほど、自分が……みじめになる」


「…………」


「こういうのイヤなのに……どんどん、ダサくなっていく……」


「…………」


「ネウロンに帰りたい。機兵乗りたい。戦場なら、オレも活躍できるのに……」


「でも、それじゃ根本的な解決にはならないんじゃないか?」


「わかってるよぉ~っ……!!」


 涙声で叫んだ後、黙りこくったフェルグスの背を軽く撫でてやる。


 こういうのはガラじゃないんだが――。


「まあ、とにかく愚痴れや。吐いて楽になれ」


「……ホントに楽になれんの?」


「そこまでは保証しねえ」


 そう言ったらまた泣かれたが、フェルグスは泣きつつも愚痴ってくれた。


 あーあ……。マジで人間関係ってメンドくせえ。


 メンドくせえけど、向き合っていくべき問題だよな。


 ……現実は、ふわふわした洗脳(ユメ)より、ずっと複雑だ。


 現実は、あんな都合の良いものじゃない。




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