ほしくず
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:狙撃手のレンズ
「おーい。副長達とどこ行くんだ?」
「ないしょっ!」
グローニャはそう言い、副長達と朝から出かけちまった。
オレはついて行っちゃダメらしい。
最近はずっとベタベタとオレについてきて、「レンズちゃん! レンズちゃん!」って言ってニコニコしてたくせに……今日はダメらしい。
「まぁ…………別にいいけど。ふんっ」
今日は一緒にぬいぐるみ作るか――とこっそり準備してたが、無駄になった。
パイプは副長達についていったが、ラートとバレットも置いてきぼりで手持ち無沙汰の様子。久しぶりに3人で遊ぶか~……と思ったんだが――。
「…………」
いまいち気乗りせず、1人でぬいぐるみを作ることにした。
いいさいいさ。これがいつも通り。むしろ、あのうるさいチビがいなくて作業が捗る! アイツ、アレコレ聞いてきて、オレの作業を止めてくるもん。
そんで、コロコロと元気に笑うんだ。
「…………。おっ? 帰ってきたか……?」
作りかけのぬいぐるみを手に「ぼー」っとしていると、車が戻ってくる音が聞こえた。グローニャ達が帰ってきたらしい。
出迎えてやりますか~……と出て行ってやると、グローニャは――。
「レンズちゃんはダメっ!」
「は~?」
「お部屋で良い子しててっ! メメメッ!」
「いや、どこ歩いててもオレの自由だろ……」
「メメメッ!!」
グローニャはほっぺを「ぷくぅ!」と膨らませ、オレの手を引いて部屋まで連れてきた。そんで、「大人しくしててねっ!」なんて言って扉を閉めやがった。
犬扱いかよ……と呆れる。
まあいいさ。作業を再開すりゃいいだけだ。
「…………」
「ムッ! レンズちゃん! メメメメッ!」
「くっ……! さすがに巫術師相手に偵察はムズいな……!?」
暇だから冷やかしに行ってやったが、早速グローニャに見つかった。
仕方ないので走って逃げる。逃げても逃げても「メメメメッ!」と怒ってくるグローニャが追いかけてくる。仕方なく諦め、部屋に撤退する。
くそー……。厨房で何かしてるっぽいが、なにしてんだ……?
「メメメメメッ!」
「くそっ! 撤退だ!」
「グローニャちゃんに勝てねえ……!」
「むぅぅぅぅぅ~~~~んっ!!」
グローニャは他の奴らも追い回しているらしい。
厨房に近づかないように。
あいつが怒り、皆を追い回している声を聞いていると、苦笑しちまう。
そのうち、今の「謎の遊び」も終わるだろ――。
「レンズちゃんっ! レンズちゃんっ!」
「んだよ~……。やっと牢屋から出ていいのか……?」
夕方。扉を蹴破る勢いでやってきたグローニャが、ベッドに寝転がって携帯端末を触っていたオレを起こしにきた。
ニッコニコの笑顔を浮かべ、オレの手をぐいぐい引いてくる。
少し前まで「メメメッ!」と怒ってたくせに、今は急に引っ張り出そうとする。まったく……ガキの気分には困ったもんだ。
そう思いつつ、手を引かれて保養所の庭に行くと――。
「おおっ……?」
庭にはテーブルと椅子が並べられ、鍋と皿が置かれていた。
そして、第8の面々が揃っていた。
フェルグスの姿はないが、第8主導でこれを準備していたらしい。
けど……こりゃあ何を準備していたんだ? 栄養補給か? 集まった星屑隊の面々も聞かされていないらしく、不思議そうな顔をしている。
「……副長、あいつらなにやってんすか?」
「まあ見てな」
事情を知っているらしい副長に聞いたが、笑って答えてくれなかった。
そうこうしているうちに、グローニャがマイクを手に「おほんおほんっ!」なんて声を上げた。フェルトで作ったヒゲをつけ、何やらえらそうにしている。
『第8巫術師実験部隊から、星屑隊の皆に大事なお話があるよっ! マジメに聞いてねっ! おほんっ、おほんっ!』
グローニャはマイクを手に、オレ達に席につくよう命じてきた。
言われた通りにすると――。
『星屑隊のみんなは、とってもがんばってるねぇ! と、グローニャたちはおもった! いっぱいグローニャたちのこと守ってくれてるねぇ! まあ、グローニャはカワイイからねっ……!』
「なに言ってんだアイツ?」
妙なスピーチを始めたので、星屑隊の皆も笑っている。
時折、「いいぞー!」「カワイイぞー!」とおだてる声も上がっている。
それを聞いたグローニャは「むふぅぅぅ♪」と上機嫌になり、余計ウキウキしながら謎のスピーチを続けていった。
『みんながんばってて、グローニャたちにやさしくしてくれるから、グローニャたちはかんがえました! みんなに、お礼したいって! おほんっ!』
グローニャは咳払いっぽいことをし、傍らに控えていたヴァイオレットを「ちょいちょい」と手招きした。
苦笑しているヴァイオレットから何かを受け取ると、それを小さな指で持ちながらオレ達に見せつけてきた。
『だから今日は、みんなに勲章を用意したよっ!』
「勲章?」
『クンショーの名前は……星屑勲章だよっ!』
どっかで見たような流れだ。
繊三号でやった名誉オーク勲章授与式のパクリ――もとい、踏襲した勲章授与式の手筈を整えていたらしい。
『なまえ呼んだ人から来てねっ! ええっと……隊長ちゃんの名前って……? ああ、サイラス・ネジちゃんね? サイラス・ネジちゃ――!』
「グローニャちゃんっ……! 階級……!」
『おっと。サイラス・ネジ中尉っ!』
「はっ……!」
子供のお遊びなのに、隊長はド真面目に応じ、本当の勲章授与式であるかのように振る舞った。
言われた通りにグローニャ達の前に歩いて行き、その隊長に近づいたスアルタウが隊長に「勲章」をつけた。
その後も順番に名前が呼ばれていき――。
『ダグラス・レンズ軍曹っ!』
「初めて階級呼びしてくれたな……。はいはい」
苦笑しつつ、希望通りにしてやる。
グローニャのところまで歩いていくと、グローニャは「むふぅ♪」と鼻を膨らませつつ、ちょっとエラそうに「こっちに来なさい」と言ってきた。
グローニャ自身の手で、オレに勲章をつけてくれた。
「おっ……。これ、手作りの勲章か?」
「だよっ♪」
勲章は貝殻で作られていた。
こっちが手製の勲章を贈ったように、コイツらも作ってくれたらしい。
勲章をしげしげ眺めていると、グローニャはオレに屈むよう促してきて――。
「あんねっ? レンズちゃんのクンショー、貝殻の内側にこっしょり書いてあることあるから……後でこっそり見てねっ」
「おう……?」
「他の人には、ナイショだよっ! 軍事機密だからっ」
内緒らしいが、マイクが音声拾っている。
その事に苦笑しつつ席に戻ると、他の隊員が「軍曹、なんて書かれてたんですか?」なんて聞いてきた。ニヤニヤと笑いながら。
「これは軍事機密だ。言えねえな」
「え~?」
「貝殻で作られた勲章なんですか?」
「みたいだな。全員分あるみたいだ」
貝殻の内側は見せないようにしつつ、軽く見せてやる。
材料の正体を知ると、星屑隊の中でも心当たりのある奴がいた。どうやらグローニャ達は前からコソコソと準備を進めていたらしい。
「砂浜で材料集めからやってたみたいっスね」
「可愛いことしてくれるじゃん」
「ウチの弟でも、こんなことしてくれた事ねえぞ」
周囲の隊員が笑みを浮かべ、言葉を交わしている。
そして、自分達の名前が呼ばれるのを今か今かと待ち受けている。
「…………」
皆がそわそわ待っているうちに、自分の勲章をよく見る。
貝殻の内側をよく見ると――。
「……アイツ」
マジで文字が書いてある。
それをチラリとだけ見て、隠す。
これは確かに軍事機密だ。
他の奴には、とてもじゃないが見せられない。
その後、勲章授与式は概ねつつがなく進んだ。
途中、交国本土には来ていない整備長やキャスター先生の名前が間違って読まれ、グローニャが慌て、皆が笑うトラブルもあったが……つつながく進んだ。
整備長達には後で勲章を渡す事になり、授与式はひとまず終了した。
『んじゃ、次は宴会っ! グローニャたちがもてなすよぉ~!』
グローニャ達が各テーブルを回り、鍋の中身をよそってきた。
その中身は――。
「カレーか?」
「そっ! グローニャ達が作ったんだよぉ~!」
オークのオレには馴染みがない――というか、特別食べようとも追わなかった食べ物があった。馴染みのない匂いで、ちょっとだけ戸惑う。
グローニャはエラそうに胸を張っているが、近くを通ったスアルタウが「大体、ヴィオラ姉ちゃんが作ってくれました……」と苦笑しながら教えてくれた。
グローニャはムッとしつつ、「グローニャだって、いっぱいお手伝いしたもんっ!」と言い張っている。
「あっ! このニンジン、グローニャが型抜きしたやつっ! レンズちゃん、食べて食べてっ!」
「おう」
「軍曹いいなぁ~……」
「むふぅ♪ 心配しなくても、皆のもあるからねっ!」
「グローニャちゃ~ん! オレにもくれ~!」
「いいよぉ♪」
スプーンでカレーを突き、グローニャが型抜きしたニンジンを見る。
星型のニンジンだ。
それをそっと皿の端に避け、皆と一緒に食べ始める。
焼いた白パンにカレーをつけ、口に運ぶ。ゼリーパンとはかなり違うが――。
「レンズちゃん! どーお!? グローニャのカレー、どーお!?」
「まあ、悪くないな」
味はわからん。オレ達はバカ舌だからな。
馴染みのない香辛料の匂いにはちょっと戸惑ったものの、慣れてくると悪くない。むしろいい。
「旨いよ」
「…………!? れ、レンズちゃん、味わかるの!? 舌さん治った!?」
「いや、そういうのじゃなくてだな――」
味はわからなくても、わかる事はある。
お前らの頑張りから「味」を計るぐらいなら、オレだって出来るぜ。
「あっ! レンズちゃん! ニンジン残してる!? ニンジン嫌いだった!?」
「ちげーよ。味覚ねえから好き嫌いも特別ねえし――」
これはアレだ。
お前ら風に言うなら、「ケーキのイチゴを最後に食べる」ようなアレだ。
そう言ったが、グローニャには「んぅ?」と首をかしげられた。
わからなくていいんだよ、と言って笑った後、星型のニンジンを口に運ぶ。
旨いって感覚は、正直よくわからない。
けど、コレはいつもの栄養補給より特別な感じがした。
「おかわり。あるのか?」
「あるよぉ! グローニャが取ってきてあげるっ!」
「いいって。自分でやる。ああ、コラ! 走るな~……!」
危なっかしい相棒だぜ。まったく……。




