反転する動機
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:不能のバレット
屋敷での会食――の皮を被った聴取から解放され、保養所に戻ってきた。
俺達以上に修羅場を潜ってきた副長も、さすがにお疲れの様子。目元を揉みながら深い深いため息をついている。
「フェルグスがとんでもねえ事を口走るから、余計に疲れた……」
副長の言葉に対し、さすがのフェルグスも「……ごめん」と言い、頭を下げた。
頭を下げたフェルグスに対し、副長が手を伸ばす。下げられた頭を乱暴に撫でた副長は「黒水守が寛大で助かった」と漏らした。
「ガキ相手だから大目に見てもらえたが……言動には気をつけてくれ。マジで」
「……師匠、ホントに捕まったのか?」
「まだ疑ってんのか?」
「だって……信じたくねえもんっ……」
「まあ、気持ちはわかるけど……」
副長はフェルグスから手を離し、皆に対して「ちょっと聞いてくれ」と言った。
「オレ達は事件に関与していないとはいえ、これだけの大事件となると周囲の目も厳しくなると自覚してくれ。つまり、滅多なことはするな」
「…………」
「例えば、『カトー特佐を助けに行く』とか言い出すなよ?」
「助けに行くじゃなくて、師匠の弁護しに行くとかは――」
「もうあの男に関わるな。オレは危ない橋は渡りたくない」
フェルグスの問いに対し、副長は心底嫌そうな顔でそう返した。
「フェルグス。お前がこれ以上何かやったら、オレは絶対に庇わないからな。お前だけじゃなくて第8全員を突き出して、星屑隊だけは守る。そういう保身に走る男だからな、オレは。……マジで頼むぞ!?」
「…………」
「返事!!」
鋭い声を出した副長に対し、不満げな「はい」という言葉が返った。
副長は「ハァ~~~~」と大きなため息をついた後、俺達、大人連中を見回しながら言葉を続けてきた。
「レンズ、ラート。それとヴァイオレットはロビーに来い。今後の話をしよう」
「「「はい」」」
「バレット。悪いがガキ共を見ててくれ」
「わかりました。さ、皆、部屋に戻ろう」
副長の指示通り、子供達を連れていく。
いつもは威勢の良いフェルグスも、今日はとても大人しい。部屋に入ると、直ぐにベッドに寝転がってしまった。さすがに……カトー特佐の件がショックらしい。
スアルタウはそんなフェルグスをチラチラと気にしているが、声をかけられずにいる。兄弟の仲は、まだギクシャクしているみたいだ。
グローニャは相変わらずのようで、「グローニャ、レンズちゃんのとこに行きたぁ~い」と言っている。
「レンズ軍曹達は大事なお話中だから、ここで待っていよう」
「むぅ!」
「な、なぁ……バレット……」
「ん? どうした、ロッカ」
ロッカが何故か、バツの悪そうな顔で近づいてきた。
持っていた鞄の中からトイドローンを取りだし、言葉を続けてきた。
「ごめん。ドローン、壊しちゃった……」
「あぁ、誘拐未遂事件の時に……」
俺は後から駆けつけて、副長達が警備隊に連行されるのをアタフタと見守る事しか出来なかったが……ロッカの活躍は耳にしている。
壊したのは誘拐犯だ。お前は悪くない、と言う。
というか……ロッカはお手柄だった。褒められるべきだ。
「よくあの状況で、咄嗟に『ドローンを使おう』ってなったな。スゴいぞ」
「で、でも……お前が作ってくれたトイドローンなのに……」
「ドローンなんて直せばいいんだ。お前達が無事で良かった」
さっそく、ドローンを見せてもらう。
この程度ならパーツ交換で済みそうだ。その事を伝えると、ロッカはようやくホッとした顔を見せてくれた。
壊れた玩具も、壊れた道具も直せばいい。
けど……壊れた日常は、どうやっても直せない。
カトー特佐の件……どういう決着になるんだろうな。
やった事を考えると、普通は処刑だけど……あの人は神器使いだ。
神器は適正のある人しか使えない。
カトー特佐の神器は、基本的にカトー特佐でなければ使えないはずだ。
あの人の子供でもいれば、その子も適正を持っている可能性はあるが……。
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ハァ……。まあ、とりあえず全員お疲れさん」
いつもは飄々としている副長さんも、今日ばかりは疲れ切っている。
ロビーのソファに深々と腰掛けつつ、私達に向けて手をヒラヒラ振っている。
「けど、今後の話をしておこう」
「はい」
「了解」
「了解っす」
「誘拐犯は捕まった。黒水守による聴取も一段落した」
でも、これで万事解決とはいかないはずだ。
副長さんはそう言い、私とラートさんを見つめてきた。
「けどなぁ……カトー特佐絡みで隠している事があれば、さっさと教えてくれ。ラートとヴァイオレットは何かあるよなぁ?」
「……何のことですか?」
「そそそ、そっスよ! なんのことっスか!?」
しらばっくれようと思ったけど、噛みまくりのラートさんの言葉を聞き、思わず顔を覆う。ごまかすの下手っぴ~……!
観念し、カトー特佐がやろうとしていた事を副長さん達に話す。
レンズ軍曹さんは驚きつつも、「良いことじゃねえか」と言ってくれた。最近はグローニャちゃんと仲良しだし……。
けど、副長さんの表情は渋いものだった。
「すみません、副長さん……。悪いのは私なんです。私が無理を言ってラートさんを巻き込んだだけなんで……」
「巻き込まれてねえよ。俺は俺の意志で動いてるもん」
「あー、ハイハイ。わかったわかった」
副長さんは鬱陶しそうに手を振った後、ラートさんを軽く睨んだ。
睨みつつ、「こういう事があるから『余計なことするな~』って釘を刺したんだよ」と言った。
「さすがに、ここまで大事になるとは思わなかったけどな」
「ですよね!? 副長も、カトー特佐のこと信じてましたよね?」
「いや、そういう話じゃなくて……。お前らがコソコソやってるのはわかっていたが、『元テロリストの特佐』という危険物が混ざるとは思わなかったって事」
「でも、黒水守が上手く言ってくれるんですよね? 政府に対して……」
私達は確かにカトー特佐と関係していた。
特佐が玉帝に謁見した際、ネウロンの窮状を訴えるつもりなのを知っていた。
ただ、それは罰されるような事じゃない……と、思うけど……。
「黒水守は所詮、他人だ。人畜無害な顔しているが、あの人も相当な経歴の持ち主だぞ……。信用しすぎるのは良くない」
副長はそう言った後、前のめりになって問いかけてきた。
本当にカトー特佐に怪しい素振りは無かったのか、と聞いてきた。
私もラートさんも首を横に振った。
謁見の件はラートさん経由で聞いていたけど……事件を起こすなんて想像もしてなかった。ラートさんもそこは同じみたい。
「カトー特佐、マジでネウロンや子供達の事を心配してくれていたんですよ」
「元テロリストのくせに?」
「レンズ。ちくちく言葉やめろ!」
「いや、事実だろ……」
レンズ軍曹さんの言葉にムッとしたラートさんが、大きな身振りを交えつつ、「俺はやっぱ納得できねえよ」と言った。
「だって……カトー特佐に、事件起こす動機なんて無いもん」
「いや、それはどうでしょう……?」
全てにおいてラートさんと同意見ではないらしい。
まあ……これは私の疑り深い性格の所為でしょうけど……。
「ヴァイオレット。何か心当たりがあるのか?」
「ここだけの話にしてほしいんですが……」
これはあくまで私の妄想。
怒らないで聞いてほしい。
「反乱事件が起きた場所は、交国領の<ゲットー>という世界ですよね?」
「そうらしいな」
「そのゲットーには、おそらくカトー特佐の姪がいたはずです」
それ以外にも、交国に流れてきたエデン残党の人達もいた。
その人達はカトー特佐が「交国に身売り」する事で、交国で保護してもらえた。
全てのエデン残党が交国に来たわけではなく、「ファイアスターター」という名の神器使いさんについていった人もいたらしいけど――。
「カトーの姪に関しては、オレもラートから聞いた。で、それが?」
「カトー特佐が事件を起こした動機って、その姪っ子なのでは……?」
レンズ軍曹さんが「あぁん……?」と呟きつつ、首をひねった。
副長さんは察してくれたようだけど、私に説明の続きを求めてきた。
言いづらいけど……仕方ないかぁ……。
「カトー特佐の姪っ子は、ゲットーで起きた反乱事件に巻き込まれた」
「巻き込まれたというか、事件に関与したんだろ? 反乱事件はカトー特佐が扇動していて、エデンの残党が反乱を煽ったんだから――」
「その情報が、そもそも間違っていたとしたら?」
「は?」
エデン残党は無実だった。
姪っ子さんも無実だった。
しかし、反乱事件に巻き込まれた。
そこで誰かに罪を着せられた。
もっと最悪の状況だったかもしれない。
「事件にただ巻き込まれただけのエデンの人達や……特佐の姪っ子さんが、事件鎮圧に動いた交国軍に殺されていたとしたら?」
「……カトー特佐に、交国に弓を引く動機が出来る……」
ラートさんが表情を強ばらせ、そう呟いた。
ラートさんも知っている。
カトー特佐は姪っ子を特に大事にしているようだった。
大事だからこそ、カトー特佐が交国に反抗しない理由になっていたはず。ネウロンの子供達にとっての家族みたいな「人質」になっていたはず。
けど、その人質がもう死んでいたとしたら?
「ブチギレたカトーが、玉帝を殺そうとしたって事か」
「これはあくまで私の妄想です。推測です。証拠なんてないですし――」
「だが、筋が通っている仮説だ」
副長さんはそう言ってくれた。
けど、私を軽く睨みながら言葉を続けてきた。
「だがその仮説は、交国政府が『嘘つき』って仮説だよなぁ?」
「うっ……」
「交国政府は事実を隠すどころか、カトー特佐に反乱の罪まで押しつけようとしていた――って説だ。軍事委員会が聞いたら、お前は独房行きだな」
さすがに不用意すぎた。血の気が引く。
でも副長さんは「オレは軍事委員会じゃねえから、関係ねえけどな」と言った後、レンズ軍曹さんに「レンズ。お前もいま聞いた話は忘れろ」と言ってくれた。
ラートさんが自分を指さしつつ、「副長。俺は?」と聞くと、副長さんはジト目で「お前はどうせヴァイオレットの味方だろ……」と言った。
血の気が引いたり、恥ずかしくなったり、変な感じになっちゃった……。
「その仮説、もう言うなよ」
「すみません……」
「他、何か考えや隠してることある奴。今のうちに言ってくれ」
「はいっ!」
ラートさんが元気に手を上げ、「俺、やっぱおかしいと思います」と言った。
カトー特佐が事件を起こすなんて、どうしても考えられない。
ラートさんの言葉に対し、副長さんは呆れ顔を向けながら「はいはい、そういう事はキチンとした証拠を提出しようね」と言った。
「違和感覚えるのはわかるよ。けど、政府が『カトーは犯罪者』と大々的に発表しているんだ。反乱事件どころか、玉帝暗殺未遂事件だぞ……大事だ」
「私達の中にカトー特佐に加担している人は、誰もいないと思います」
それはもちろんフェルグス君も含めて。
けど、それを周囲が信じてくれるとは限らない。
黒水守は「信じる」って言ってたけど……。
「とりあえず堂々としているしかない。実際、何も心当たりがないんだ」
「ラートが勝手に墓穴掘り始めない限り、大丈夫でしょ」
「レンズさぁ、俺をなんだと思ってんの?」
「ラートさん、ホントにお願いしますね……」
「ヴィオラまで俺を疑うのか……!?」
信じている。けど、ラートさん嘘とか下手だし~……。
今回は嘘をつく必要はない。
けど、交国の今までの横暴さを考えると……あまり安心できない。
カトー特佐やエデン残党の方々の件が、冤罪だったとしたら……私達も冤罪で捕まる可能性はある。小さくても「口実」があれば逮捕される可能性はある。
実際に捕まって、尋問で何も出なかったとしても……交国のメンツを守るために「こいつらも加担していた!」と処分される可能性は高い。
交国は信用できない。
だからといって……交国の手のひらの上から逃げられないのが現状だけど……。
「ただ、フェルグスはしっかり見張っておこう。アイツはラートの100倍危うい。『師匠を助ける~!』って突っ走ったら、連座でオレらも裁かれるぞ」
フェルグス君のことも信じたい。
信じたいけど……しっかり見守っていないと……。
とりあえずこの場での話し合いは「以上」となった。
「休暇はまだまだあるんだ。自然体で堂々と過ごそう」
「「「はい」」」
「あと、第8には常に護衛をつけるぞ」
副長さんは「誘拐に即応できなかったオレが音頭取るのも心配かもだが――」と言いつつ、言葉を続けた。
「誘拐犯一味の正体がわからない以上、まだ何かある可能性もある。星屑隊が狙われる事はないだろうから、オレらでしっかりガードするぞ」
「「了解」」
「ホントに……すみません。主に私の所為で……」
連れて行かれた面目なさから頭をペコペコと下げる。
ラートさんだけではなく、レンズ軍曹も「お前の所為じゃない」と言ってくれたけど……抵抗できなかったのは私の弱さが悪い。
子供達にも怖い思いをさせちゃった。情けない……。
「ヴァイオレット。とりあえず何もせず休め。ガキの世話はオレらがやる」
「ですが……」
「お前は被害者だ。軽傷とはいえ怪我もした。ゆっくり休みな」
副長さんはソファで足を組みつつ、さらに言葉を続けた。
「オレ達はお前らの味方だ。お前らが裏切らない限りは、オレ達も力を貸す」
「……ありがとうございます」




