敵意の理由
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:死にたがりのラート
おエラいさんとの食事会とか、クソ緊張する。
緊張のあまり、味がわからなくなる――なんて事は別にない。
俺達はオークだ。味なんていつもわからん!
けど、マナーわからず粗相するの怖いよー……!!
なんて思いながら屋敷の一室で震えていると――。
「はいはい、皆さん、焼きたてを食べてね」
「――――」
出てきたのは香ばしくて平たいものだった。
ピザだ。
見たことはある。特に「食べたい」と思ったことないから、食べるのは初めてだけど……まさか領主様の屋敷で食べる事になるとは……。
「交国って、エライさんとの食事でこんなもの食べるのが普通なのか?」
眉間にシワを寄せたフェルグスが、ピザを掴みつつ、皆が思っていることを言ってくれた。いやでも、領主に直接言うなよ……!
黒水守は笑顔を浮かべつつ、「さすがに違うかなぁ」と言った。
「けど、領主なんかの屋敷に急に招かれて、格式張った料理を出されたら皆さん困るでしょ? こういう場だと箸を使って食べる和食が定番だけど……ネウロンだと箸はほぼ使わないようだし……。こういう方がいいかな、と」
「ハシってなんだ?」
「木の棒を2本使って、料理をつまむ道具だよ」
「交国人って変なもの使うんだな……」
領主相手だろうが不遜なフェルグスの頬を、副長がつまんで注意している。
けど、黒水守は笑って「気にしないで」と言ってくれた。それを鵜呑みにするのは危険だと思うが……気安く食べられるもの用意してくれるのは助かるな。
実際、子供達は目を輝かせてピザを食べている。ヴィオラも「あっ、これ美味しい……」と口元を押さえながら丁寧に食べている。
第8の反応を見た黒水守は笑みを深め、「石窯で焼いてもらったんだよ。ウチの料理人は何でも作ってくれて、腕もいいんだ」と嬉しそうに語った。
こういう屋敷でアツアツのピザを食べるのは……なんか、妙な感じがするが……第8の皆が喜んでいるのは良かった。
俺達、オークは味にこだわりないんだが……皆の笑顔は嬉しい。それにピザの匂いも悪くないかも? 白い何かが「みょ~ん」と伸びるのは戸惑うが……。
色んな種類のピザが運ばれてきて、子供達はお腹パンパンになるまでそれを堪能していた。ヴィオラと一緒に黒水守に礼を言っておく。
「どういたしまして。少しでも喜んでもらえたなら、私も嬉しいよ」
「…………」
「ん? ラート軍曹、どうかしたのかな?」
「ああ、いや、何でもないっス!」
態度も対応も柔らかい黒水守を見ていると、「おエライさんにも色々いるんだな……」と思っただけだ。……久常中佐とは全然違う。
感慨にふけっていると、黒水守は「食後のデザートも用意したから、それも食べてね」と子供達に話しかけていた。
グローニャが特に元気に応じている。ロッカも緊張が解けてきたのか、落ち着いた様子で「ありがとうございます」と頭を下げた。
アルは……なんかずっと、そわそわしてる。
しきりに視線を動かし、部屋の天井や床を見てそわそわしっぱなしだ。
何か気になることがあるんだろうか――と思い、こっそりアルに話しかけようとしたが、その前に黒水守が口を開いた。
「さて……皆さんに、また謝らないといけない事がありまして……」
「えっ?」
「それについて話す前に……。皆さんはカトー特佐が捕まった件をご存知かな?」
黒水守がそう言うと、室内で「ガタッ!」と椅子を鳴らして立ち上がる音が聞こえた。見ると、フェルグスが目を見開いて立ち上がっていた。
「は? えっ!? た、逮捕っ……!?」
フェルグスは狼狽えている。
そうか、俺達だって知ったばっかりだし……フェルグスも当然知らないか。
黒水守は護衛から受け取った携帯端末を操作し、そこに特佐に関する報道動画を表示させ、フェルグスに渡した。
フェルグスは目を見開いたまま、その報道を見つめている。
「…………。カトー特佐とは我々の任地から交国本土に来るまでの間、お世話になっていました」
副長は黒水守にそう言い、「ただ、カトー特佐と会ったのはネウロンが初めてです」「今回の件は完全に寝耳に水でした……」とこぼした。
黒水守は頷き、カトー特佐に関する話を続けてきた。
「大変申し訳ないのですが……私は交国政府から皆さんに対して聴取するよう命じられておりまして……。黒水を預かる領主として」
「「「…………」」」
「誘拐未遂事件後、警備隊が貴方達と直ぐ接触出来たのは……そもそも聴取の影響なんです。貴方達からお話を聞きたいから、迎えとして警備隊を出したんです」
確かに……警備隊が来るのが速かった。
来たのは1人2人じゃない。最悪、戦闘になる覚悟だったって事か?
「皆さんが問題を起こそうとしていた……とは思っていません。むしろ問題を解決してくださった。会食でお話をした感触も踏まえて、私はそう判断しています」
「会食も聴取の一環だった、って事ですか……」
黒水守は申し訳なさそうに頷いた。
「実は皆さんだけではなく、星屑隊の全員に各区の担当者が聴取に向かっています。それによると特に問題なく、お話を聞けているようで――」
「カトー特佐は爆発事件を起こして首都の守備隊を誘導した。その隙に玉帝の暗殺を行おうとしていた」
副長が表情を強ばらせつつ、「オレ達もそれに加担した疑い、かかっているんですね」と言った。
「カトー特佐の本命はおそらく、玉帝暗殺。その前に爆発事件を起こしておいたように、交国本土各地に散らばった星屑隊も事件を起こすと疑われている……って事ですか……」
「あくまで疑いです。皆さんが本当にカトー特佐に加担してテロを起こそうとした場合、特佐が失敗した後で行動を起こしても手遅れですからね」
星屑隊は何もやっていない。第8巫術師実験部隊も当然同じ。
だからこそ、俺達はもう「白」だと判断されているらしいが――。
「それでもカトー特佐が首都に向かう直前まで一緒にいた貴方達は……その……疑わざるを得なかったわけでして……」
「…………」
「今の聴取も、あくまで形式上のものです。お気を悪くされたと思いますが、どうかご勘弁を――」
「師匠が悪い事するはずがないっ!」
フェルグスが端末を投げだし、そう叫んだ。
黒水守をキッと睨みつつ、そう叫んだ。
「悪い事するとしたら交国だ! 師匠は……師匠はきっとハメられたんだ!」
「…………? 師匠? ひょっとして、キミは――」
「あっ……! あああああ、いやっ、黒水守! 気にしないでやって――」
「オレ様は、カトー特佐の弟子だ!!」
し……しまったっ……!! フェルグスの口止め忘れてた!!
俺達は何もしようとしていない。
けど、カトー特佐が実際に捕まって、俺達も特佐の一味として疑われている状況で「師匠」とか呼ぶ子供がいたらさすがに――。
「意味わかんねえよっ! なんで師匠が捕まってんだよ!? お前の仕業か!?」
フェルグスは黒水守に掴みかかろうとした。
だが、血相を変えた副長に羽交い締めにされた。
黒水守の護衛は臨戦態勢に入り、護衛対象である黒水守に部屋から退出するよう促している。マズい……かなり、マズい……!
「黒水守! おっ、俺達は何も……!」
「ええ、そうですね。皆さん落ち着いて」
黒水守は立ち上がりつつ、手のひらを床に向け、「どうどう」と落ち着かせるような動きをした。
警備隊長ほどではないが、それなりに長身の黒水守が立ち上がると圧がある。けど、黒水守は相変わらず柔和な笑みを浮かべたままだ。
その笑みを浮かべたまま、黒水守は護衛達に退出するよう促した。
護衛達は明らかに困惑していたが――。
「巽」
「はいはい。おい、お前らも外に出とけ」
部屋の外に控えていたらしい警備隊長がやってきて、護衛達に退出を促し始めた。護衛達は黒水守を心配そうに見つつ、それに従って出て行った。
代わって、警備隊長は残ろうとしていたが――。
「巽。キミもだ。悪いが退出してくれ」
「まあいいけど……。お前、また刺されても知らねえぞ。悪い意味で大人気なんだから、ナイフで内臓ぐちゃぐちゃにされたら痛いぞ~?」
「彼らはそんなことしないよ。失礼なこと言わないで出て行って」
「チッ! はいはい……わかりましたよっと」
警備隊長が出て行くと、黒水守は部屋の扉を閉めた。
いきり立っているフェルグスにも「座ってください」と丁寧に促しつつ、自分は席についた。……フェルグスも副長に肩を押され、無理矢理座らされた。
座らされたフェルグスは、眉間にシワを寄せて黒水守を睨んでいる。
黒水守はその視線を受けつつ、「参ったなぁ……」と言って頬を掻いた。
「カトー特佐との師弟関係か……。そういう話は全然聞いてなかった……。特佐も尋問で何も喋ってないんだろうなぁ……」
「黒水守……。コイツは、神器使いであるカトー特佐に憧れて……勝手に『師匠』って言っているだけです」
「師匠も認めてくれたもんっ!」
「頼むから! お前は黙ってろ! なっ!?」
副長が弁解しても、フェルグスは威勢良く叫び続けている。
黒水守はその様子を見て苦笑している。
「ま、まあ……師弟関係といっても、ネウロンで出会ってからのものですよね? カトー特佐の計画について何も聞かされていなかった。そうですよね?」
「お前は悪いやつだ! お前には何も教えてやんねー!」
「フェルグス! お前、状況わかってんのか……!?」
「少し時間を置いてからの方がいいかな……? この戸惑いようは、特に何も聞いていなかったものだろうけど……話は落ち着いてした方が――」
「うるさい! 人殺し!!」
部屋の空気が冷えた。
いや、この部屋の空気じゃない……?
部屋の外の空気が、スッと変わった感じがした。
警備隊長達が、今の言葉に反応したのか……?
「師匠が言ってたぞ! お前は大勢殺した、虐殺犯だって……!」
副長がフェルグスの口を塞いだが、もう遅かった。
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:肉嫌いのチェーン
終わった。ああ、オレら終わったな。
玉帝暗殺未遂事件への関与疑い&領主への失言。
しかも、相手はただの領主じゃねえ。
玉帝の娘に婿入りした領主だ。
ガキが舐めた口を利いて、許されるはずが――。
「そうだね。キミの言う通りだよ。私は人殺しだ」
怒っているフェルグスを前にして、黒水守は笑みを浮かべ続けていた。
さっきより一層柔らかい雰囲気で、子供を諭すような声を出している。
「私は大勢殺している。カトー特佐が言った事は全て正しいはずだよ」
そう言い、黒水守はオレに手を退けるよう促してきた。
フェルグスの口を塞いでいる手を――。
「つ、つまり、お前は悪いやつだ!」
「そうだよ」
「悪いやつだから、師匠が捕まったなんてウソをついているんだっ!」
「いや、カトー特佐が捕まったのは嘘じゃない。逮捕されたのは事実だ」
黒水守は端末を使い、調べてごらんと言ってきた。
どの報道でも玉帝暗殺未遂事件――カトー特佐が緊急逮捕された件で持ちきりだ。黒水守1人が適当を言っている話ではない。
オレもフェルグスもレンズも、そしてバレットも「カトー特佐が捕まったのは事実」と認めている。そのことを話しても――。
「う、うそだ……。師匠が、悪い事するわけっ……」
フェルグスは認めてくれなかった。
ただ、その声は涙声になりかけていた。
黒水守は微笑したまま、「まあ……親しい人が捕まったなんて、なかなか信じられないよね……」と漏らした。
「けど、交国政府は主張している。『カトー特佐は反乱事件を扇動し、玉帝暗殺未遂事件を起こした』と主張している」
「…………」
「カトー特佐が捕まったのは事実だから、キミも彼のことを『師匠』と呼ぶのは、出来るだけ控えなさい」
「なんでだよっ!」
「交国政府はカトー特佐の件で、かなりピリピリしている」
それはそうだろう。
反乱扇動どころか、玉帝の暗殺未遂だからな……。
いま、オレ達も捕まってもおかしくないぐらい大事だ。関与の疑いがあるってだけで拘束され、そのまま無茶な尋問されてもおかしくない。
フェルグスが「師匠」なんて言葉を出すから……。
「カトー特佐の『弟子』なんて話を聞いたら、交国政府は確実にキミを拘束するだろう。共犯者の1人としてね」
「じゃあ捕まえてみろよっ! オレは師匠の味方――」
「冷静になりなさい」
ここで初めて、黒水守は声に圧を込めた。
今までずっと丁寧――悪く言えば弱腰だったが、今の言葉に関しては領主らしい威厳がこもっているように感じた。
「キミ1人の問題じゃない。キミの発言1つで、キミの周りの人達もまとめて捕まる可能性がある。……交国の尋問はかなり厳しいものだよ」
「でっ、でもっ……! 師匠は何も悪い事してないしっ……!」
「交国政府はそう思っていない。一度、カトー特佐を『首謀者』と発表した以上、簡単には前言を撤回しないだろう。メンツもあるからね」
「お前の馬鹿発言1つで、スアルタウ達も捕まるんだよ。最悪、死刑にされるんだぞ!? スアルタウもロッカも、グローニャもヴァイオレットも……!!」
黒水守の言葉に続き、そう言ってやるとさすがにフェルグスも震えた。
混乱しているから、そこまで考えが及ばなかったのか。
けど、マジでこいつの発言1つでどうなるかわからん。
ある程度は、事の重大さを理解したようだが――。
「で……でも、師匠は……アンタのこと、悪い奴だから近寄るなって……。交国に来る方舟の中で、言ってたし……」
「お前なぁ……!!」
いい加減にしろよ、と思いながら手を上げる。
だが、いつの間にか傍に来ていた黒水守がオレの腕を掴んでいた。
叩いてはいけない。
そう言いたげに首を横に振り、フェルグスの前にしゃがんできた。
「カトー特佐の言っている事は正しい。キミは彼の言いつけを守ってもいい。けど……彼に何か『特別なこと』を言われていないか教えてくれないかな……?」
「……アンタ、師匠に何したんだよ」
フェルグスがギュッと拳を握り込み、黒水守を睨んでいる。
カトーめ……。ガキに何を吹き込みやがった……?
■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて
■from:黒水守の石守
この子は――フェルグス君は、ずっと私を睨んでいた。
何故か不思議に思っていたけど……なるほど、彼に色々言われていたんだね。
「私はね。カトー特佐のご両親を殺したんだよ」




