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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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穢れた連絡先



■title:港湾都市<黒水>の黒水守の屋敷にて

■from:死にたがりのラート


「ひぇー……。さすが領主様の家だな」


「金持ちは違うな」


 警備隊の車に運ばれ、やってきた黒水守の屋敷。


 立派な壁と門に囲まれた和風建築だ。


 庭には鯉が泳ぐ池があり、なんか高そうな石や植木も生えている。庶民の俺らに一生縁がなさそうな家だ。今、縁が出来たけど――。


「これでも領主としては質素な方だよ。ウチの領主、自分の家の見栄えは気にしねえから……最初は『皆と同じアパートでいいよ』なんて言うぐらいだったし」


「は~……」


「ちなみにオジサンは、石守家(ここ)の家令もやってるから」


「ああっ! 警備隊長が副業って、そういう……」


 そりゃ副業も認められるわ。


 というか、黒水を治める領主の家で働いているんだから、黒水警備隊は領主の私兵部隊みたいなものか。そう思い、納得する。


 先導中の警備隊長がニヤニヤと自慢げに笑いつつ、「こんな家で働いているオジサンってスゴくな~い?」と言っているので、皆で無視する。


「キレイな庭だなー。観光客呼べそう」


「手入れに金かかってそ~」


「キミら、オジサンに対して失礼じゃな~~~~い?」


「あのオジサンに無駄な金かかってそ~」


「コラコラコラ~っ!!」


 なんてどうでもいいやりとりをしつつ、屋敷の庭を歩く。


 警備隊長がアホっぽい空気出しているおかげで、緊張が和らぐが……ここって領主様の家なんだよなぁ……。で、今から領主様と会うと。


「……さすがに緊張するな」


「ですねっ……」


 俺と同じく緊張しているヴィオラと、少し言葉を交わす。


 子供達は――ロッカは緊張している様子だ。フェルグスとグローニャはいつもと変わらない雰囲気のまま、テクテクと歩いている。


 アルも……緊張しているのか?


「アル? どうかしたのか?」


「あっ……。だ、だいじょぶですっ……!」


 アルは屋敷をジッと見て固まっていたが、声をかけるとワタワタと走って追いついてきた。相当緊張してるのかね?


 もしくは、ネウロンだとあまり見ない種類の建物だから見入っていたのか――。


「おっ……」


 アルと手を繋いで進んでいると、着物姿の初老の男がいた。


 使用人――いや、護衛らしき人物を侍らせて立っている。


 ……あれが黒水守なのかな? 一代で成り上がったと聞いていたから、もっと若くて覇気のある人物と思っていたが、縁側でくつろいでそうな穏やかな人だ。


 笑顔を浮かべつつ立っている着物姿の人物に対し、警備隊長が「旦那様~」などと気安い様子で話しかけた。


「星屑隊と第8巫術師実験部隊の皆さんを連れてきましたよ、っと」


 気安く声をかけられた「旦那様」は警備隊長の言葉に気を害した様子もなく、ニコニコと微笑んだまま、「ありがとう。巽」と礼を言った。


 その後、改めて俺達に視線を向けつつ、一歩前に出てきた。


「初めまして。黒水守の石守(いしもり)と申します」


 黒水守は胸に手を当てつつそう言った後、俺達に頭を下げてきた。


「このたびは私共の不手際で、とんだご迷惑を……。犯人逮捕にご協力いただいた皆様に対し、失礼な扱いをしてしまい……領主として謝罪させてください」


 単に下げるだけではなく、「すみません。本当にすみません……」と言いつつ、ちょっと縮こまりながらペコペコと頭を下げてきた。


 ちょっと……かなり、思ってた人と違うな。


 領主って、もっとえらそうなイメージあったけど……。


「ちょっとちょっと旦那様~。領主がペコペコと頭下げるのやめるペコよ~? アンタの頭はそんな安くないんだからさぁ……」


 さすがの警備隊長も慌てて距離を詰め、黒水守に頭を上げるよう促した。


 促された黒水守は非常に申し訳なさそうな顔を浮かべつつ、「でもねえ……」なんて漏らした。弱々しい声だった。


「今回のしくじりは警備隊の失態だ。オレの給与査定に責任追及しないでね?」


「警備隊の責任は、領主である私の責任だよ。もちろん家令兼警備隊長の巽の責任でもあるけど、私も頭ぐらい下げないと……」


「長が弱腰だと、部下としては困るぜぇ。なっ! お前ら!」


「いや、こっちに同意求められても反応に困りますんで……」


 服装交換したら、どっちがエラいのかわからなくなりそうだ。


 黒水守は胃を痛めてそうな中間管理職。警備隊長は好き勝手やってそうなワンマン社長っぽい雰囲気だ。地位の高さは逆なのに……。


 それでも黒水守は「領主」には違いないらしく、ニコニコ笑顔を浮かべながら「給与査定を楽しみにしておいてね」と警備隊長に告げた。


 警備隊長は抗議の悲鳴を上げたが、黒水守はそれを押しのけ、「本当に申し訳ありませんでした」と言って、再び頭を下げてきた。


 警備隊長に対しては「いや、もっと謝れよ!」と思ったが……領主様にここまで腰を低くされると、ちょっとアタフタしちゃうな……。


 副長が俺らを代表して「頭を上げてください!」と言ってくれたおかげで、黒水守もやっと頭を上げてくれた。


 相変わらず、弱々しい笑顔を浮かべているけど――。


「わざわざご足労いただいて、頭を下げるだけというのも失礼な話です。色々とお詫びをさせてください……」


「お、お詫び……?」


「皆さんが黒水に滞在している間、こちらで宿を用意させてください」


 そう言い、黒水守は黒水の市街中心部にあるホテルの名前を言ってきた。


 交国領の色んなところに出店している高級ホテルだ。名前や建物ぐらいは見たことあるが、そこに泊まれるなんて話はさすがにギョッとする。


 軍の保養所とは比べものにならないほど快適そうだが――。


「黒水守。すみません、さすがにそれは……。オレ達は軍人なので……」


 副長が慌てた様子で断ってくれた。


 正直ちょっぴり期待したんだが……まあ、ダメだよな。誤認の詫びだとしても、行きすぎた接待を受けると軍事委員会に怒られるだろうし――。


「いや、これは黒水の領主として必要な措置でもあるのです」


 黒水守は困った様子で眉を下げつつ、説得してきた。


「皆さんの活躍で犯人が捕まったとはいえ、犯人一味が別にいる場合……またお嬢さんや子供達が狙われるかもしれません。皆さんが泊まるのは軍の保養所とはいえ、こちらの用意するホテルの方が警備体制はしっかりしてますから……」


「いやぁ、でも……」


「滞在中の飲食代は全てこちらで持ちます。ホテル内にはバーも――」


「っ……!!」


「ふっ……副長! 酒に釣られないでくださいっ! 副長!?」


 副長は動揺を隠せない様子で「わわわわ、わかってる。オレにはアル注がある!」なんて返してきた。手が震えてる……。


 黒水守はニコニコと笑いつつ、「安心安全なアルコール注射も取りそろえておりますよ」なんて事を言ってきた。いかん! 副長がグラついてる!


「皆さんが黒水に滞在している間、捜査のためにちょくちょくお話を聞かせていただくかもしれないので……。捜査協力のお礼も兼ねて、黒水にいる間ぐらいはもてなさせてください。軍部への話なら、私が通しておきますから……」


「ほならええかぁ……」


「「「副長ーッ!?」」」


 相手はおエライさんだから、副長だけが頼りなのに……!


 サクッと懐柔されたから、レンズとバレットと一緒に叫んじまった。


 アルコールの魅力にクラックラの副長に頭を抱えていると、ヴィオラが慌てた様子で進み出てきて、黒水守に話しかけ始めた。


「す、すみません! 大変有り難いお話だと思うのですが、街の中心部はちょっと……! 事情があって……町外れの保養所の方が安全なので……」


「あっ! そうそう、この子達は巫術師なんスよ!」


 多分、巫術のことなんて知らない黒水守に説明する。


 巫術師が死を感じ取ると危ないって話を説明する。


 鎮痛剤は多用できないし、頭痛薬は常用出来ても大きな効果は無い。だから黒水全体を感知できる市街地中心は避けた方がいいんです――と説明する。


 黒水守は相づちを打ちつつ説明を聞いてくれた後、「そういう事情があるなら……保養所の方が良さそうですね」と言ってくれた。


 副長が口惜しそうにしているが、さすがにガマンしてもらう。黒水守に悪意がなかろうと軍人が過剰な接待されるのはマズい。


「本当にすみません……! ご厚意は有り難いのですが……!」


「いえいえいえ、こちらの配慮が足りなかっただけで……本当にすみません」


 ヴィオラと黒水守が謝罪合戦を始めたので、程々のところでやめてもらう。


 黒水守、えらそうではないけど……ここまで謝られると恐縮しちまう。その真面目さを隣で庭石蹴って遊んでる警備隊長に分けてやってほしい。


「ではせめて、黒水滞在中に困った事があったら何でもお申し付けください。防犯関係に限らず、施設の利用、車両の手配等……私共が出来る事は何でも手伝わせてください」


 黒水守は笑顔でそう言った後、しゃがんで子供達と視線を合わせつつ、「黒水には学校もあるんだ。良かったら見学に来てね」なんて言ってくれた。


 それに対し、フェルグスが――。


「ハァ? ふざけんな、イヤに決まってんだろ」


「おおおいっ!? フェルグス!?」


 このガキ……! 黒水守を軽く睨みつつ、クソ失礼なことを言いやがった!


 叱りつけようとしたが、黒水守が慌てて割って入ってきて、「まあまあ……! 私は気にしてませんから……!」と言ってくれた。


 そして苦笑しつつ、警備隊長を手で示してきた。


「是非、私達を頼ってください。警備隊長が24時間連絡をお待ちしております」


「えッ!? 俺が対応すんの!? 24時間!?」


「悪い人は24時間フル稼働なんだから、巽もよろしくね」


「女とベッドでプロレスしてる時は、さすがに対応できね――」


 黒水守の拳が、警備隊長のテンプルを打ち抜いた。


 警備隊長が手足を投げ出して倒れる中、黒水守は笑顔を浮かべたまま「品性に問題がありますが、頼りになる男ですよ。巽は」と言った。


 結構、良い一撃だったはずだが……警備隊長も警備隊長で直ぐに立ち上がってきた。黒水守に足蹴にされ、「巽。連絡先交換」と促されて――。


 とりあえず、副長が連絡先を交換する事になった。


「ううっ! オレの連絡先が穢れた! 女の子以外登録したくねえのに!」


「巽、巽。私は男だから、キミの連絡先は既に穢れているよ」


「うっせーな! ボケ! カス! パワハラ領主!」


「給与査定を楽しみにしておいてね」


「クソッ! 何で軍事委員会は領主のパワハラ注意しねえんだよ!?」


「管轄が違うんだよ。領主問題は交国中央評議会ね」


「良いこと聞いちゃった!」


 主従関係のわりに距離感近いな、この人達……。


 オッサン達のコント――もとい、黒水守とオッサンのコントを見せられた後、「やっと解放される」と思ったんだが……そうはならなかった。


「昼食を用意したので、良かったら食べていってください」


 ニコニコ笑顔の黒水守にそう言われたら、さすがに断れなかった。


 領主と軍人は確かに管轄違う。けど、相手はおエラいさんだからなぁ……。

 



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