報復誘拐
■title:港湾都市<黒水>の警備隊事務所にて
■from:肉嫌いのチェーン
「確かに、特別行動兵は特殊な存在だが――」
色々とおかしい。
所詮は「警備隊長の与太話」だ。
「オレ達は黒水に来てから、まだ1週間も経ってない。その『特別行動兵に恨みを持つ軍人』が黒幕なら、段取りが良すぎる」
「どういう事だ?」
「実行犯は『深人』だ。交国軍にも深人の軍人の1人や2人はいるかもだが……軍人だったら直ぐに照会出来てるだろ?」
警備隊長が頷く。
実行犯は少なくとも交国軍人じゃない。
「じゃあ、実行犯は『雇われ』なのか? って話だが……単なる雇われじゃないだろ。交国本土で深人を雇うのは難しいはずだ。直ぐに足がつく」
深人は、交国本土だと黒水ぐらいしかいない。
そして、黒水住民ではないと確定している。警備隊長の言葉を信じるならな。
「でも、実際に深人が襲ってきた。そこらの『恨みを持った軍人』が個人で雇える相手じゃない。メシの宅配じゃねえんだから」
流民が多く暮らすアイランドなら別だ。
チンピラをはした金で雇い、けしかけるのも不可能じゃないだろう。
けど、ここは交国本土だ。気軽に雇える深人なんていないはずだ。
ラート曰く、相手は素人じゃなかった。スアルタウのファインプレーが無ければ、ヴァイオレットは車でサッとさらわれ、闇に消えていたかもしれない。
相手が素人じゃねえって事は……逃走経路も確保してたはずだ。それは交国本土の警備を突破できる代物だったかもしれない。
「逆に考えれば、組織的な犯行って事か?」
「そこらの個人が感情的に起こせる事件じゃないだろ。オレの目には、組織力に支えられた計画的な犯行にしか見えなかった」
オレ達の休暇はずっと前から決まってた話じゃない。カトー特佐の口添えで急に決まった話だ。……ずっと前から準備できる話じゃない。
個人的な恨みを持つ奴が、ここまで出来るかよ。
辺境の世界ならともかく、ここは交国本土だ。
まあ、玉帝なら思いつきでやれるだろうが……玉帝ならもっと悪辣にやるよ。交国本土だから玉帝の庭みたいなもんだし。
警備隊長は笑みを浮かべ、「確かにご指摘の通りだ」と言い、ヴァイオレットに向けて軽く手をあげながらウインクを飛ばした。
「悪いね、お嬢ちゃん。オジサンの与太話で怖がらせちまって」
「い、いえ……。でも、私が黒水に来るのを知っていた人なら……出来るかも?」
「そりゃ確かにそうだが、そこまでして狙う必要ないだろ」
ネウロン旅団なら、オレ達の休暇予定を知っていたはずだ。
例えば……久常中佐とか。
けど、知っていたとしてわざわざ交国本土で狙うのはリスクが高すぎる。ヴァイオレットに対して余程の恨みを持っているならともかく――。
「…………」
ただ、奴らが狙ったのはヴァイオレットだけだったんだよな。
フェルグスが軽い怪我を負ったが、被害はそれぐらい。
奴らはヴァイオレットだけ狙い撃ちにしていた。
まあ、下衆な目的ならヴァイオレット狙いに絞る理由もわかるが――。
「特別行動兵に対する怨恨の線は、可能性低いと思う。それよりも『黒水に対する嫌がらせ』の可能性が高いだろ」
「確かになー……。ハァ、余所の領主とかの仕業だとしたら頭が痛いな」
それは確かに面倒だろうな。
尻尾を掴むのが難しそうだ。
新参者の黒水の治安を乱すという嫌がらせ。バレた時に交国の司法でボコボコにされるリスクさえ踏み倒せるなら、「くだらん気晴らし」になるかもな。
「……警備隊長、今回の犯人、本当に黒水住民じゃないのか?」
「絶対に違う。アンタらがアイツらの顔面を多少ボコっていたが、判別不能ってほどじゃない。住民の顔も含めてデータベース作ってるから見分けがつく」
これは本当だろう。
ここは交国本土。交国の中心部である首都も遠くない。
杜撰な管理体制が首都でのテロ――例えば玉帝暗殺事件なんかに繋がりでもしたら、大変な事になる。交国政府も目を光らせているはずだ。
それでもなお、結構な数の流民を受け入れているのは大したもんだ。政府を黙らせるだけの手腕の領主なんだろう。ここの領主……黒水守は。
流民達は「安くこき使える人材」だが、治安上の問題があるからホイホイと受け入れられるものじゃない。交国本土は特にそうだ。
「今のとこ、可能性が一番高いのは『余所の交国人の嫌がらせ説』だなー。あっ、これ警備隊長がボヤいてたのは内緒な? 怒られるから」
「はいはい……。これはもう犯人にゲロって貰うしかないな」
尋問して、吐かせるしかない。
奴らが使っていた車に関しては盗難車らしいし、奴らの正体は奴らに吐かせるしかない。いるかわからない黒幕も、実行犯から探っていくしかない。
ただ……そうだなぁ……。
「オレも1つ与太話を思いついた。言ってみていいか?」
「ドーゾドーゾ! どんな珍説も大歓迎だ!」
「<ロレンス>の仕業って可能性は……どうだ?」
オレがそう言うと、警備隊長は「ハァ!? ロレンスだぁ?」と言った。
まあ、これこそ与太話だと思うが――。
「<ロレンス>って……主に流民で構成された海賊組織だろ? 何で今回の件にそんな奴らが絡んでくるんだよ? ここは交国領。しかも本土なんだぞ?」
「いや、だからこそかもしれない」
とはいえ、証拠は何もない。
マジで与太話だから、真面目に聞かないでくれ――と予防線を張る。
「ロレンスといえば海賊行為で有名な組織だ。それ以外にも、奴らは人身売買もやっている。ろくでもない奴らだ」
「そうそう。でも、確かロレンスって全盛期より大幅に弱体化してんだろ?」
警備隊長が両手を広げつつ、「首領が殺されたんだよな?」と言った。
その言葉に頷く。
ロレンス首領。伯鯨ロロと言えば、人類連盟と積極的に敵対していた神器使いで有名だ。相当な強さで長年に渡り、混沌の海を荒らしていた海賊だ。
伯鯨ロロは神器による圧倒的な力を振るいつつ、さらには大量の部下達を率い、人連加盟国相手に海賊行為を働いていた。
単なる武力一辺倒の男ではなく、多数の傘下組織を抱えていた。その全てを結集させれば「人類連盟常任理事国並みの力」を持っている、とも言われたほどだ。
だが、そんな伯鯨ロロも死んだ。
あまりにも強すぎる男だったから、組織も伯鯨ロロに依存していた。奴の暴力と統率力無しでは組織が立ちゆかないレベルだった。
「ロレンス首領・伯鯨ロロは何年か前に殺された。その死によって、ロレンスは弱体化していった。……だが、一応まだ存続しているらしい」
「まあ……元々がクソデカい組織だったらしいからなぁ」
「で、その伯鯨ロロを殺した下手人は交国にいる」
伯鯨ロロをブッ殺したうえに、その死体と神器を奪ったらしい。
それを手土産に交国に庇護を求めたらしい。
交国はそれを受け入れた。<エデン>所属のテロリストだったカトー元特佐を受け入れたように、「伯鯨ロロ殺しの犯人」を交国で引き取った。
「伯鯨ロロはクズの大罪人だが、それでも構成員には慕われていたらしい」
「へぇ~……。いや、まあ、長年組織を率いていれば、そうもなるか」
「慕われていたからこそ、ロレンス構成員はブチ切れた。愛する首領を殺した犯人と、それを匿った交国に対してブチ切れた」
いや、ブチ切れているというべきか。
今もなお、下手人は恨まれているはずだ。
「交国が『下手人』を匿って以降、一部のロレンス構成員は交国を狙った海賊行為を仕掛けている。弱体化する一方だから大した成果は上げてないらしいが……」
「首領殺しの報復か。動機はわかる」
警備隊長は面白そうに笑いつつ、「で? それが?」と言ってきた。
「その件が今回の誘拐未遂事件と、何の関係がある?」
「今回の事件も『報復』だったんじゃないのか? って与太話さ」
ロレンスはやられっぱなしだ。
首領を殺され、その仇討ちが出来ていない。
交国所属船舶に対する海賊行為も、そこまで上手くいってない。
組織は弱体化する一方。
報復のための悪事は、どんどんショボくなっている。
「交国本土でロレンス構成員が誘拐事件を起こす。その事を喧伝して、交国に恥をかかせようとしたんじゃないか……って説だ」
「思い切った与太話だ。だが……筋は通っているように聞こえる」
「マジで与太話だ。ネットに書かれているようなもんだ」
オレも本気でそう思っているわけじゃない。
警備隊長がボヤいていた「余所の交国人の嫌がらせ」の可能性の方が高い。
「適当に流してくれ」
「いや、その線からも洗ってみるよ。参考になる話が聞けた」
警備隊長はニヤリと笑い、握手を求めてきた。
断る理由もないので、その手を握る。
■title:港湾都市<黒水>の警備隊事務所にて
■from:黒水警備隊・隊長
やや突拍子もない説だが、面白い説だ。
<ロレンス>と因縁あるのは交国だけじゃない。
交国の一部に過ぎない黒水も、メチャクチャ大きな因縁がある。
突拍子がない説でも、いいとこ突いてるぜ~!
関心しながら耳を傾けた後、星屑隊の副長と握手をする。
「実行犯の背後に黒幕がいた場合、星屑隊は黒水にとっても英雄だな」
コイツの珍説通りなら、報復対象が交国だ。
そうだったとしても、黒水の顔に泥が塗られるところだった。
黒水での事件だったからな。顔に泥を塗られた交国政府は黒水警備隊に「ちゃんと仕事しろよ!」とプンスカ怒ってくるかもしれない。
普通に考えれば、黒水は損しかしない。
英雄達に改めて「ありがとう」と言い、頭を下げる。よくもやってくれたなぁ。
「詫びと礼も兼ねて、メシでも食いにいかねえか!? オレが奢るよ!」
「ホントにアンタの奢りかぁ~?」
「ホントは経費だ! 警備隊の!」
それぐらいやってもバチは当たらねえだろ!
そう思いつつゲラゲラ笑う。星屑隊の副長も小さく笑ってくれた。
他の奴らは「このオッサン……」と言いたげなジト目してるけど!
「けど、まあ遠慮しとくわ。オークは食事にこだわりないし――」
「良い酒を出す店を知ってんだよ!」
「よし行こう! 直ぐ行こう!」
副長と再びガッシリと握手を交わす。話がわかる奴かも!
副長の部下達は「ちょっと副長……!」と言っているが、どうせコイツらは休暇中らしいし……怒られるのは俺だけで済むぜ!
昼間から酒だ酒だ~♪ でもこれは冤罪かけた相手への手打ち兼ねての事だから、ガンガン経費で落とすぞ~♪ と思いながら事務所を出て行こうとした。
そんな時に携帯端末が鳴ったので、上機嫌で手に取る。
「は~い! おかけになった端末は、現在応答することが出来ませーん! ピーっという発信音が鳴ったら、用件だけ言ってくれ! 俺はこれから――」
『巽』
「げぇッ!!?」
穏やかだが、いまあんまり聞きたくない野郎の声。
着信先確認せずに応答した事を後悔しつつ、手中で端末をお手玉する。
深呼吸した後、縮こまりながら「はいぃぃ……もしもしぃ……」と言う。
『ご機嫌だね。大変な事件があったそうじゃないか』
「あっ、アァ~……その件はいま調査中でしてぇ……。その調査のためにも被害者の皆さんの手を借りて、街に調査へ繰り出そうと思ってましてぇ……」
『警備隊の経費を飲み代に使わないでくれ』
「ヒョッ?! はい……。き、気をつけま~す」
通信先の人物は苦笑しつつ、「彼女が怒るからね」「ツケるなら私宛てにしてくれ」と言いつつ、言葉を続けた。
『キミの飲み会はキャンセルして欲しい』
「えー」
『えー、じゃないよ……もうっ……。私のお願いを聞いてくれ、警備隊長』
「はーい……」
んだよぉ、もぅ……と思いながら命令内容を聞く。
飲み会無し。仕事続行。は~、つまんな!
「おーい、アンタら。ウチの上司もアンタらに会って詫びたいそうだ」
だからついてきてくれ、と頼む。
アイツが出てくる必要、無いと思うんだけどな。
「アンタの上司って……」
「黒水を預かる黒水守。石守家の人間だ」
黒水守は多忙な男だ。神器使いとして酷使されているからな。
けど、今は黒水にいる。
久しぶりの休暇なんだから、屋敷で鯉の餌やりでもやってろよ……。




