海の人間、陸の人間
■title:砂浜近くの道路にて
■from:死にたがりのラート
「フェルグス!?」
覆面野郎にフェルグスが蹴飛ばされ、砂浜に倒れる。
死んだわけじゃねえ。倒れたが、身じろぎしている。
無事を祈りつつ、誘拐されたヴィオラを優先して追う。
■title:砂浜にて
■from:機械に興味津々のロッカ
「グローニャ、大丈夫か!? 撃たれてねえな!?」
「うっ、うんっ」
砂浜に押し倒したグローニャの無事を確かめた後、フェルグスに声をかける。
ちゃんとした返事はないが、何とか無事に見える。
けど、ヴィオラ姉がさらわれた……! 覆面の奴らに――。
「待ちやがれ!! 誘拐犯ッ!!」
「ラート……!?」
実家に戻っているはずのラートが、覆面の奴らを追っている。
そのラートに少し遅れる形で、レンズ軍曹が走ってくるのも見えた。
けど、覆面の奴らは銃を持っている。
それでラート達を撃ちつつ、逃げ続けている。
今のところ弾は当たってないけど、このままじゃ――。
「ろ、ロッカちゃん! どうしよっ……!?」
「グローニャはフェルグスを頼む!」
覆面の奴ら、オレ達から遠ざかっていく。
けど、このままじゃラート達もヴィオラ姉も危ない。
援護してやらねえと……!
■title:砂浜近くの道路にて
■from:死にたがりのラート
「大苦追跡! 牽制銃撃! 早!!」
「解! 女連行急! 車使!」
「和語で喋れ! 和語で!!」
覆面野郎共も俺の存在に気づいたのか、逃げつつこっちに銃を向けてきた。
姿勢を低くし、防波堤で銃撃を凌ぎつつ走る。撃ち返したいが、銃がねえ!
ネウロンならともかく、交国本土で休暇中に拳銃携帯許可が下りるわけもない。だが、弾丸如きにビビっていたらヴィオラが連れて行かれるし――。
「おうおうおうッ!! 待ちやがれ!! 逃がさねえぞッ!?」
大声で叫びつつ、腕で頭部を守りながら全力疾走する。
俺に注意を引きつけないと。フェルグス達を撃たれるわけにはいかない。
周囲の一般人が悲鳴を上げ、騒動の中心にいる覆面野郎共から逃げていく。野郎共はそれに構わず、砂浜から車道の方に逃げてくる。
「――――」
ヴィオラを抱えて連れて行く野郎共を睨みつつ、考える。
アルはどこに行った?
砂浜にいたのはヴィオラとフェルグスとグローニャ、そしてロッカの4人だけ。
アルの姿はなかった。副長の傍にもいなかった。
まさか、もう奴らに連れて行かれた後――。
「っ――――!」
弾丸が直ぐ傍を通り過ぎていく感覚。
多少、撃たれたところで問題はない。俺はオークだ。痛みはない。
けど、足の骨や関節を撃たれたら転ぶ可能性はある。
「あぁっ、クソッ! 奴ら、やっぱ車で逃げる気か……!?」
砂浜から脱出したら覆面野郎共が、車道に停められた車に走って行く。
ヴィオラを抱え、先行していた奴が車の扉を開けた。そして、ヴィオラを無理矢理車内へと押し込んでいく。
ヴィオラも抵抗しているが、さすがにはね除けるのは無理――。
「うおっ!?」
近くにあった道路標識に火花が散る。
弾丸が次々飛んできている。当たったところで痛くはないが――。
「もう遮蔽物が……!」
車道まで来た奴らと、俺の間にまともな遮蔽物がない。
とはいえ、このままじゃヴィオラを連れて行かれる。
「…………!」
銃撃の圧が消える。
車まで辿り着いている奴らが、周囲を飛び回るものに気を取られ、僅かに浮き足立っている。アレはまさか――。
「ドローンか……!」
見覚えのあるトイドローンが、奴らを牽制し始めた。
■title:砂浜にて
■from:機械に興味津々のロッカ
「さすがにムズいなっ……!」
コントローラーでトイドローンを操作し、覆面の奴らを襲う。
ヤドリギが無いから遠くの物体に憑依できないけど、コントローラーを使えばドローンの操作はできる。プロペラが当たれば、少しは武器になるだろ!
「ラート! 頼む! ヴィオラ姉を助けてくれ!」
「おう、任せとけ!」
ラートはもう走り出していた。
車に辿り着いた誘拐犯に向け、全力疾走していた。
けど、あれ? 何かおかしい。
あの誘拐犯達、何でまだ車のところでモタモタしているんだ……?
もう車が動き出してもおかしくないのに――。
■title:砂浜近くの道路にて
■from:死にたがりのラート
「車早出! 何遊!?」
「無動! 機関無動!?」
ロッカが飛ばしたドローンが牽制してくれるおかげで、銃撃の圧力が緩んだ。
そのうえ、あの馬鹿共もたついてやがる!
1人運転席に乗り込んでいるのに、一向に発進しない。エンジントラブルか!?
「大苦! 対早――」
「退けボケェッ!!」
強引に距離を詰め、誘拐犯の1人を殴り飛ばす。
車内にいるヴィオラを何とか連れ出そうとしたが、銀色の何かが飛んできた。
「…………!」
上体を反らして回避。誘拐犯の1人が肉厚のナイフを抜き放っている。
それで俺の目を狙ってきた。随分と慣れた動きをしてやがる。
「テメエら、やっぱ交国軍じゃねえな!?」
最初からわかりきっていたが、一応聞いておく。鼻で笑う音は聞こえた。
誘拐犯のうち2人がナイフを抜き、俺に斬りかかってきた。軍学校で習い、軍でさらに鍛えてきた総合格闘術で応戦するが――さすがにキツい!
まだ銃を持っている誘拐犯の1人が、周囲を飛び回るドローンを殴りつけた。ドローンは大きくバランスを崩し、砕けながら車道に転がっていった。
ドローンによる奇襲の効果は確かにあったが……こいつら、やり慣れてるな。
運転席で1人、大いに焦りながら車を動かそうとしている馬鹿がいる。だが、車の始動で手間取っている以外はやり慣れている感じだ。
「交国本土でこんな事やっておいて、無事に逃げられると――」
「殺大苦」
「「解」」
「だから和語で喋れよっ……!」
2人が斬りかかってくる。防御に専念しても、凌ぐのが精一杯。
「っ――――」
そのうえ、リーダー格っぽいのが、俺に向けて銃を――。
「――――」
銃声が響く。
だが、弾丸は空に飛んで行った。
「ぬおっ……!?」
覆面野郎共を牽制しつつ、横っ飛びに逃げる。
ヴィオラを乗せていた車が、急発進してきた。
俺は何とか回避したが、覆面野郎3人が跳ね飛ばされた。
奴らにとっても不意の一撃だったらしい。車はそのまま思い切り進み、道路標識に向けて突っ込んでいった。
運転ミス? いや、そうじゃない――。
「アル!?」
「わ、わっ……!?」
車の下にスアルタウがいた!
車がなかなか発進しなかったのは、アルの仕業か!!
こっそり誘拐犯の車の下に忍び込み、接触憑依していたんだろう。
憑依で車の発進を阻止したのか!
そのうえ、車を急発進させて3人まとめてなぎ倒してくれた。
「っと……!!」
足下の銃を蹴る。
車に跳ね飛ばされ、震えながら銃に手を伸ばしていた輩から銃を遠ざける。フェルグスがやられた仕返し……! と思いつつ、その顔面も蹴りつけてやる。
「アル! まだ車押さえておいてくれ!」
「はいっ!」
アルがワタワタと起き上がり、標識に激突していた車に張り付く。
跳ね飛ばされ、道路に倒れていた残りの2人はナイフを手にしていたが――。
また跳ね飛ばされた。
今度は別の車に。
さっきより勢いよく――。
「ラート! スアルタウ! 無事か!?」
「何とか! ありがとうございます副長!」
車を走らせてきた副長が、容赦なく誘拐犯を撥ねた。
殺す勢いで撥ねたから、結構エグい音が聞こえた。副長は「後でオレを弁護しろよ!?」と言いながら車から下り、誘拐犯を取り押さえにかかった。
「おいおいおい……! 何がどうなってんだよ!?」
「レンズ! そこのやつ頼む!」
副長だけではなく、レンズも追いついてきた。
あとは運転席の奴を捕まえれば、ヴィオラを助ける事ができる。
「テメエらはもう終わりだ! 大人しくしろ!!」
アルが憑依で止めてくれている車に走る。
運転席から発砲してきたが、弾はかするだけで済んだ。
好都合だ。弾丸で割れた窓から手を伸ばし、運転席の誘拐犯を殴りつける。
敵も悲鳴を上げながら抵抗してきたが、単純な殴り合いで俺達が負けるもんかよ。銃持った手を掴みつつ、顔面に拳の連打をごちそうしてやる。
誘拐犯は直ぐにノビて動かなくなった。死んでない。多分!
ちょっと顔面潰れたっぽいが、死んでないだろ。多分!
「ヴィオラ!!」
「ら、ラートさん……」
後部座席の扉を開け、押し込められていたヴィオラを助け出す。
押し込まれる時に叩かれたようで、咳き込んでいる。見た感じ、大怪我は負っていないようだ。手を貸してやると、自分の足で歩き出した。
脚がちょっと震えているので、そっと手を添えて杖代わりになってやる。
「こ、この方達は一体……」
「わからん。交国軍人じゃないのは確かだ」
だが、完全な素人じゃねえ。
アルやロッカの助けがないと、俺も負けていたかもしれない。
■title:砂浜近くの道路にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
1人でおしっこに行ってきた帰り、怪しい人達を見つけた。
覆面をして明らかに怪しいから、怖くて物陰に隠れていたら……砂浜の方から悲鳴が聞こえてきた。見ると、ヴィオラ姉ちゃんが連れ去られていた。
助けないと――と思ったけど、怖くて動けなかった。
でも、ラートさんの声が聞こえた。
ラートさんが近くにいると思うと勇気が湧いてきて……足が動いた。
悪い人に体当たりしてでも止めようと思って――。
『待て待て待て兄弟……! そっちじゃない! 死ぬ気か!?』
『えっ? えっ?』
『あっちだ! 急げ!』
急に出てきたエレインさんに導かれ、別の場所に走る事になった。
悪い人達の使っていた車に向け、駆け寄る事になった。
『やるなら敵の脚を潰しなさい。正面から立ち向かわず、頭を使おう』
『う、うんっ!』
エレインさんに導かれながら車の下に転がり込んだ。
そして車に憑依した。
憑依で車を止めておけば、ラートさんを援護できる。そう信じて。
ラートさんもちょっぴり危なかったみたいだけど――。
『よし動かせ!』
『うんっ!』
エレインさんに、ボクの目の代わりになってもらった。
ボクが車に憑依中、ボクの代わりに周囲を見張ってもらった。
そのおかげで、悪い人達に車で体当たりできた。
「ヴィオラ姉ちゃん! だっ、大丈夫だった……!?」
「うん……。ご、ごめんね……」
ヴィオラ姉ちゃんに駆け寄ると、弱々しいけど返事をしてくれた。
生きている。無事みたい。
「アル! お手柄だったぞ!!」
「あ、うぅ…………」
「アル!?」
「アル君!?」
ラートさんの笑顔で完全に気が抜けた。
ケガしたわけじゃないけど、怖くてたまらなかったから……ラートさん達が来てくれて、安心しすぎて……腰が抜けちゃった。
ヘニャヘニャになっていると、ラートさんが抱っこしてくれた。
ラートさんがいてくれて良かった。
おしっこも、しておいて良かった。
してなかったら、多分きっと、怖くて漏らしてたと思う……。
「マジで助かったけど、危ないことしやがって~……!」
「ご、ごめんなさい。でも、エレインさんも手伝ってくれたし――」
ラートさん達の前で、エレインさんのこと言っちゃった!
ラートさん達には見えないのに……。
「エレ……なんだって?」
「な、何でもないですっ」
■title:砂浜近くの道路にて
■from:死にたがりのラート
「エレ……なんだって?」
「な、何でもないですっ」
【認識操作開始:考察妨害】
アルが変なことを……いや、違う、アレか。
例の幻覚かな? 大して気にすることじゃないか。
テキトーに話を合わせるだけでいいだろう。
【認識操作休眠状態移行】
とにかく、ヴィオラを助けられて良かった。
アルも無事で良かったよ、本当に……。
■title:砂浜近くの道路にて
■from:狂犬・フェルグス
「ヴィオラ姉――」
ズキズキ痛む顔を押さえつつ、ヴィオラ姉のところに走る。
走ったけど、もう全部片付いた後だった。
ラートがいる。
ヘロヘロになってるアルを抱っこし、さらにはヴィオラ姉も抱き寄せている。
アルもヴィオラ姉も、交国人相手に……安心して身体を預けてる。
「…………」
なんでだ。
ポッと出の交国人のくせに。
オレよりアルとヴィオラ姉のこと、知らねえくせに。
知らないはず……なのに……。
オレの方が、巫術使えてスゴいのに……。なんで……。
「…………」
「…………? フェルグスちゃんっ、皆のとこ行かないの?」
「…………」
「…………??」
■title:砂浜近くの道路にて
■from:肉嫌いのチェーン
「ラート! コイツら何者だ!?」
「俺が聞きてえですよ……! 急にヴィオラ連れて行ったんだもん!」
ちょっと目を離した隙に大変な事になった。
ラート達がいないと、ヴィオラは連れて行かれてただろう。
「副長、手錠ありますか?」
「さすがに無い。とりあえず武器は全部取り上げておくぞ」
ラートとレンズと手分けして、倒した誘拐犯から武器は奪っておく。
衣服も奪い、それで手足を縛っておく。頑張れば抜け出せないこともない拘束だが、抜け出そうとした時点で頭をサッカーボールキックするぞ。
「みんなだいじょうぶ~?」
「あっ、グローニャこっちに来るな。ロッカ達と砂浜で待ってな?」
「バレット! ガキ共を見ててやってくれ!」
遅れてやってきたバレットにガキを頼んでおく。
さて、コイツらの覆面も剥いで――。
「げっ……!! コイツら、深人かよ……!?」
覆面に隠されていたのは半魚人面だった。
深人。流民に多くいるバケモノ。
一応人間の一種らしいが……生理的に嫌悪感を抱く外見の奴も多い。オレが覆面を剥いだ奴は、特に魚っぽさが強くて吐き気がした。
「つーことはコイツら、流民か……?」
「素人らしくない動きでした。やりなれてたみたいです」
「人さらいかねぇ」
ヴィオラは容姿整っているし、人身売買の商品になるだろう。
でも、わざわざ交国本土で人さらいするかぁ?
かなりリスクあるだろうし、この場を逃げても界外に逃げられるはずが――。
「副長。黒水の警備隊が来たみたいですよ」
「遅い……いや、十分早いか?」
誘拐犯達を取り押さえていると、黒水警備隊の車がいくつもやってきた。
その辺にいた一般人が通報したんだろう。
警備隊の奴らがドタバタと車から下りてきて、銃を構えてきた。
「お前達! 膝をついて両手を上げろ! その場で待機しろ! 我々は黒水警備隊だ! 無駄な抵抗はやめ、大人しくしていろ!」
「いや、もう犯人達はノビて――」
違う。
警備隊の奴らは、倒れた誘拐犯以外に銃を向けている。
オレ達に銃を向けている。
やばい、勘違いされてる。オレ達が騒動を起こしたと思われている。
ラートとレンズが「俺達じゃない!」と抗議の声をあげたが、警備隊の奴らは表情を強ばらせながら銃を向けてきている。
「チッ……。2人共、抵抗するな。言う通りにしろ」
「でも副長――」
「話せばわかるさ」
誤解があるようだ。
両手を上げつつ、努めて冷静に状況を説明する。
だが、警備隊の奴らは「喋るな!」と言いつつ、散弾銃の銃口をオレに押しつけてきた。あーあー……これは面倒な事になったなぁ~……。
まあ、何とかなるだろ。
「…………」
オレの携帯端末は、今も隊長と通信中。
この騒ぎを聞いた隊長が手を打ってくれるはずだ。……多分!
「貴様! なんだこれは!」
「あっ、ちょっ……! 通信切るのは反則――」
■title:港湾都市<黒水>にて
■from:星屑隊隊長
「…………」
端末から聞こえていた音声が途切れる。
誰かが通信を切ったらしい。
おそらく、黒水警備隊の誰かだろう。
「…………しくじったか」




