緊急逮捕
■title:港湾都市<黒水>の駅にて
■from:死にたがりのラート
「戻ってきたぜ黒水~……!」
実家での休暇を終え、列車に乗って黒水に戻ってきた。
ただ、休暇自体はまだ1ヶ月以上残っている。
まだまだ実家にいてもいいんだが……アルとフェルグス、ロッカにグローニャ、そしてヴィオラが心配だったから実家休暇は5日で切り上げてきた。
ウチの可愛い弟に寂しがられるかと思ったが……一切引き留められずに「お国のために頑張ってきてね!」と送り出されたのは寂しかった!!
けど、俺は国を守るために――家族を守るために軍人になったんだ。
弟の言う通り、頑張って戦わないとな!
「気持ち入れ替えて、また頑張っていきますかぁ~……!」
実家に戻る前は不安でたまらなかった。
実家や、周囲に受け入れられるかどうか。
けど、皆は俺がやったことを聞いてもなお、受け入れてくれた。「軍事委員会が認めたんだから大丈夫」と言い、励ましてくれた。
母ちゃんも応援してくれた。
泣いて事情を話した俺に対し、母ちゃんは笑顔で「生き残った負い目があるなら、より一層頑張って戦えばいい」と言い、俺を送り出してくれた。
母ちゃんの言う通りだ!
これからも頑張ろう!
父ちゃんみたいに、立派な最期を迎えられるように――。
「おっ?」
「あん?」
「えっ? ラート軍曹? レンズ軍曹?」
「バレット~! ついでにレンズも~」
駅から出ようとしたところ、バレットとレンズと出くわした。
レンズは「何がついでだ」と言いつつ、軽くどついてきた。
2人共、黒水から実家に旅立った時と似たような装い。ほぼ同じ荷物量だ。
ということは――。
「お前らも休暇切り上げてきたのか?」
「そういうお前もか。日程間違えたのか?」
レンズが鼻で笑いながらそんなこと言ってくるので、「ちげーよ!」と言いながらどつき返す。5日ぶりのじゃれ合いだ。
「考えることは3人共一緒みたいだな!」
「ケッ。お前らと一緒にすんな」
「またまた~! レンズぅ、お前も子供達が心配だったんだろ~~~~!?」
「うざっ! オレは副長を心配したんだっつーの! ヴァイオレットがいるとはいえ、子守りとか大変だろうから……!」
相変わらず素直じゃないレンズをからかっていると、バレットが苦笑しながら「はいはい、こんなとこでじゃれ合うのはやめましょう」と止めてきた。
「駅の利用者さん達の迷惑です。せめてもう少し移動しましょう」
「だな」
3人揃って駅から出て、荷物を持ったまま言葉を交わす。
テキトーに栄養補給してから行くなり、喫茶店で雑談するのもアリだったが、「早めに保養所に行こう」という話になった。
2人も子供達に会いたくてたまらないのかもしれない。
「近場までバスで行くか」
「ですね。そこからは歩きで――レンズ軍曹?」
バス停に向かって歩いていると、レンズが後方で立ち止まっていた。
携帯端末を手に持ったまま固まっている。
置いていくぞー、と声をかけると、レンズは「お前らも端末見て見ろ!」と言いつつ、困惑顔で駆け寄ってきた。
「どこのニュースサイトでもいい! 多分、どこも同じ報道してる!」
「なんだよ、そんな面白いニュースが――」
端末を見て、俺もレンズのように固まる。
目にしたものが信じられない。
トップニュースを見て、絶句せずにはいられなかった。
「か……カトー特佐が、緊急逮捕されたぁ……!?」
「反逆罪だってよ! あの特佐、やらかしやがった!!」
そんなバカな。
カトー特佐が? ほんの5日前に別れたばっかりだぞ!
別れた時は一切、罪を犯しそうな様子はなかった。
玉帝に物申そうとしていたぐらいだ。謁見してネウロンの窮状を訴えただけで、罪に問われるはずがない。多少、口論になったとしても……反逆罪なんて――。
「…………!」
3人でニュースをチェックし、状況をよく確認する。
かなり、とんでもない事になっている。
「玉帝暗殺未遂。しかも、テロ組織と連携していたって……」
「連携していたテロ組織、<エデン>って名前ですけど……それって確か――」
「ああ、カトー特佐が所属していた組織だ! 解体済みのはすだが……」
エデンは人類連盟から「テロ組織」として追われつつ、流民等の弱い立場の人達を助けていた組織だった。そう聞いている。
だが、プレーローマがマーレハイトを使って罠にかけ、エデンは壊滅的打撃を受けた。主立った戦闘員はほぼ死亡したとも聞いた。
エデンは小さな組織だが、複数の神器使いが所属していた。
その神器使いもマーレハイトの戦いで大半が死亡。カトー特佐含め2人の神器使いが生き残ったが、組織は存続不可能となった。
カトー特佐は、エデンが保護していた流民の保護と引き換えに、交国に下った。そして特佐として活動し始めた。
もう1人生き残った神器使いとは別れ、交国にやってきた。
「ゲットーって世界にいた民衆を扇動したらしい。カトー特佐と一緒に交国に来たエデン残党を使って扇動し……反乱を起こしたとか……」
「んなバカな……」
そんな素振り、まったく無かった。
しかもゲットーにおける反乱は、俺達がネウロンを出発する前に行われている。特佐はネウロンでも、方舟の中でも、一切そんな素振りを見せていなかった。
そもそも、ネウロンからずっと俺達と一緒にいた!
「ゲットーは……結構、プレーローマとの前線に近い世界みたいだな」
「けど、ネウロンから遠い。交国本土からも遠い。カトー特佐がゲットーで活動する時間なんてなかったはずだ」
「政府の発表だと、カトー特佐は『ゲットーにおける反乱』において指示や下準備だけ行っていたようです。現地で関与したわけではないみたいです」
間接的なら、関与も不可能じゃない。
不可能じゃないが……どうにも納得できない。
「玉帝の暗殺未遂に関しては……自分達と別れた後に行ったようですね」
俺達を黒水で下ろした後、カトー特佐は首都に向かった。
そして今朝、爆発事件を起こして首都の守備隊を誘導。その隙に玉帝を殺そうとして失敗し、逮捕されたらしい。
「カトー特佐を取り押さえたのは、犬塚特佐か……」
「ゲットーの事件も、解決したのは犬塚特佐みたいだぞ」
「ひょっとして、俺達が黒水の港で見た渡航者達って――」
「ゲットーの生き残りかもな。ニュース見ると、多数の餓死者も出るほど酷い状況が続いたらしいから……あいつらが痩せ細っていた理由もわかる」
ゲットーで起きた「反乱事件」に巻き込まれた人達か。
反乱の影響で世界規模で酷い状態だったから、余所に――今回は交国本土に――避難してきた人達なのかもしれない。
それにしては……犬塚特佐達の目は厳しかった。
ひょっとして「反乱」に関与した疑いがあるものの、「確たる証拠を掴めなかった人達」を護送してきたのか。犬塚特佐達は。
それなら特佐達の目が厳しかったのも頷ける。それはそれで「何でそんな人達が交国本土で受け入れられたんだ」って話にもなるが――。
「……いや、やっぱりおかしい」
報道や政府の発表がある以上、事件は実際に起きたんだろう。
けど、「カトー特佐が事件に関与していた」って話がおかしい。
反乱事件を扇動していた人には見えなかったぞ。
そのうえ、玉帝暗殺未遂までやらかしたなんて……信じられない。
ニュースではカトー特佐の経歴を……テロ組織時代にやらかした事を紹介し、「極悪非道のテロリスト」と報道してるっぽいが……。
「カトー特佐がこんなこと、するはず……」
「お前があの人の何を知ってんだよ」
レンズが俺を見つめつつ、言葉を続けてきた。
「そもそも、あの人は元テロリストだったんだろ? 単純に考えれば、『心はまだテロリストだった』って事だろ……?」
「事件を起こすために、交国に来たって言いたいのか?」
「そういう事だ。実際、交国本土に潜り込むことに成功している。犬塚特佐が間に合っていなきゃ危うかったらしいし……目論見成功しかけてたみたいだぞ」
そう考えれば筋は通るかもしれない。
けど、俺にはどうにも……納得しがたい話だ。
あの人がこんなこと、するか? する必要……あるのか?
「そもそも、何でそこまでして事件を起こす必要があったんだ? カトー特佐に……そこまで危ない橋を渡る動機なんてあったのか?」
「んなことまでは知らねえよ。本人に聞けよ」
「聞けたら聞いてるよ……!」
連絡先は一応教えてもらったが、直ぐ連絡取れるものじゃない。
そもそも……逮捕されて拘束されているなら、連絡は不可能だろう。
レンズは「ヤベー奴と行動を共にしてたんだなぁ」と呟き、バレットも「ですね……」と怯えた様子で言葉を漏らした。
報道と政府発表が全て事実なら、その通りなんだろう。
事実なら、だけど……。
「長期休暇で浮かれてたが、ちと面倒なことになったな」
「…………? 何でだ?」
「バカ! オレ達、ほんの数日前まで反逆罪の容疑者と行動を共にしてたんだぞ。ひょっとしたらオレ達も疑いの目を向けられるかも……」
レンズがそう言うと、バレットは青ざめながら「怖いこと言わないでくださいよ~……!」と言った。けど、確かにレンズの言う可能性はありうる。
事情聴取ぐらいは覚悟しないとな。
それだけで済めばいいんだが――。
「……カトー特佐は近日中に処刑予定か。神器使いなのに……」
「あんな奴、もう特佐じゃねえだろ。疫病神だよ、疫病神。あー怖い」
身体を抱え、怖がるフリをするレンズを注意する。
俺達が長期休暇取れたのは、カトー特佐のおかげだぞ。
それに……カトー特佐はネウロンや子供達の事を訴えてくれるはずだったのに……。俺達の希望だったのに……何でこんなことに……。
「ゲットーで起きた反乱事件、ひょっとしたら玉帝暗殺未遂事件が上手くいくように起こした陽動作戦だったのかもな。犬塚特佐が優秀すぎて反乱鎮圧したどころか、カトーの尻尾掴んで捕まえた……って感じなのかも」
「レンズ、言い過ぎだ。俺達が繊三号で生き残れたのも…………」
「…………」
「…………」
「……んだよ。急に黙って」
唇を尖らせ、不審げな顔つきになったレンズを放置する。
ちょっと待て。
ゲットー……。ゲットーだって?
「カトー特佐が、ゲットーで事件を起こすはずがない」
「あん? なんでそう言えるんだよ」
「カトー特佐に聞いたんだ。ゲットーには特佐の姪がいるって」
繊一号に向かう輸送機の中で、姪の話を聞いた。
大事な姪だと言っていた。あの言葉が、表情が、嘘だったとは思えない。
「ゲットーで反乱事件が起きたのは、姪っ子の話を聞くより前だ。特佐が反乱に関与していたとしたら……あんな穏やかな顔、出来るわけがない……」
「でも、奴は所詮テロリストだろ?」
「元テロリストだよ。それも、弱者救済のために動いていた……」
レンズは首を傾げつつ、「テロリストはテロリストだろ」と漏らした。
バレットは俺達に背を向け、端末をいじってどこかに連絡し始めた。
「大事な姪がいる場所で、反乱なんて起こすはずがない。大事な家族を事件に巻き込むなんて……そんなこと……」
「その姪も、エデンの残党だったんだろ? 単なる共謀者じゃないのか?」
姪も事件にガッツリ関与していた。
レンズが言いたいのはそういう事らしい。
お前はカトー特佐と大して話をしていないから、そんなことを言えるんだ――と怒鳴りそうになった。だが、レンズに怒鳴っても意味は無い。
落ち着け。おかしな状況だが、だからこそ冷静に考えないと……。
「いま、副長と連絡が取れました! 副長達のところには、まだ特に捜査官が来ていないそうです。ロッカ達も無事です!」
バレットは副長と連絡を取っていたらしい。
向こうが無事なら良かったが、事情聴取以上の何かが行われたらマズい。
俺達はともかく、特別行動兵のヴィオラ達は厳しい目で見られるはずだ。
「よし、急いで副長達と合流しよう! タクシーに乗って保養所に向かうぞ!」
「ま、待ってくださいラート軍曹! 副長達はいま、保養所から出ているようなので……保養所に行っても会えませんよ!?」
「マジかよ、いまどこいるんだ!?」
「黒水の砂浜みたいです!」
急ぎ、そっちに向かおう。
反乱事件と玉帝暗殺未遂事件は、一応解決している。
だが、まだ完全に終わってない。
嫌な予感がする。
「止まれ! 止まってくれッ!!」
車道に飛び出し、タクシーを止める。
乗客がいたが、「どうしても優先してほしいんだ!!」と頼み、先に俺達を運んで貰う事になった。少しでも早く、ヴィオラ達と合流しよう。
■title:砂浜近くの駐車場にて
■from:肉嫌いのチェーン
「バレット達が慌ててたのは、ひょっとしてこの件か……?」
やけに焦った様子で連絡してきたうえに、オレ達の居場所を掴むとろくに説明せずに通信切られた。
気になって端末で調べていると、「カトー特佐、緊急逮捕」というニュースが目に飛び込んできた。これは確かに焦るわ。
幸い、今のところオレ達に対して捜査の手は伸びていない。
けど、事情聴取ぐらいはされるかもな……。狼狽えずにどっしり構えて堂々としていればいいだろう。オレ達は何も知らない……はずだからな。
「軍事委員会や政府に難癖つけられた時が怖いな……」
車から離れ、砂浜で何か探しているガキ共のところに行こうとしたが、グローニャに「副長おじちゃんはあんま見ちゃダメ!」と言われた事を思い出す。
星屑隊へのサプライズを用意中らしい。
かわいいことやってんなぁ、と思い、苦笑しちまう。
けど――。
「……状況が状況だけに、あんまり目を離さない方がいいな」
オレが少し離れている間に、軍事委員会がやってきてガキ共を連れていったら大事だ。アイツらだけじゃ、あることないことでっち上げられるかもしれない。
せめていつでも割って入れるよう、視界の中に入れておこう。
そう思い、移動しようとしていると――。
「ん? あっ、隊長! ニュース見ましたか!?」
隊長から通信が来た。
隊長もカトー特佐の件を知ったらしい。
今後の対応どうするか、隊長と話しておかないと――。
■title:砂浜近くの道路にて
■from:死にたがりのラート
「バレット! 俺の端末で払っといてくれ!」
「ちょっ……!? 軍曹っ!?」
バレットに携帯端末を押しつけ、タクシーから下りる。
アル達の姿は見えないが――。
「副長!」
副長がいた。1人で駐車場にいる。
叫ぶと、こっちに向けて軽く手を上げてきた。
誰かと通信中らしく、それに集中している。傍にヴィオラ達はいない。
走って海の方へ向かうと……いた!
子供達が騒ぐ声と共に、遠くの波打ち際ではしゃぐ姿が見えた。
無事だ。良かった。……いや、アルの姿がない。
アルはどこに行った?
「お前ら! おーい!」
叫びつつ、駆け寄って行く。波打ち際ではしゃぐ子供達。
少し離れた場所にヴィオラが立っている。
子供達を優しい顔つきで見守っている。
そのヴィオラが俺に気づいてくれたらしく、手を振ってきてくれたが――。
「――――」
そのヴィオラの後ろに、覆面をした奴らが駆け寄ってきた。
そして、ヴィオラを取り押さえ、担ぎ上げて走り始めた。
「ちょっ……!! おいッ! 待てやッ!!」
軍事委員会の人間じゃない!
軍の人間が人さらいみたいな行動、する必要がない。
事情聴取のための連行とか、そういう類いじゃない。
誘拐犯!? なんでヴィオラが狙われる!?
「えっ!? ヴィオラ姉っ?」
波打ち際で遊んでいたアル以外の子達も、ヴィオラが連れ去られ始めた事に気づいた。だが、今度はその子供達に向け、拳銃が向けられた。
銃口を見たグローニャが、ビックリしたまま固まる。
そのグローニャを引きずり倒したロッカが、庇う形で覆い被さった。
フェルグスは――。
「…………!? なにやってんだ、テメエらっ!!」
連れさらわれるヴィオラを見て、血相を変えて追い始めたが――。
「フェルグス!?」
銃を持った誘拐犯に顔面を蹴飛ばされ、吹っ飛んだ。




