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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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過去:過日の果実 後編



■title:

■from:影兵


『ああ、良かった……。やっと熱も下がってきたみたい』


『姉さま、そこの端末取って』


『ダメよ~……。完治してないんだから、ちゃんと眠りなさい?』


『相場確認しなきゃ。おねがい』


『もう……』


 あの日も、素子様は勲功を挙げるための努力を続けていた。


 明智様は困り顔でそれを眺めていたが、素子様に優しい笑顔を向けつつ、「何か欲しいものはない?」と再び聞いた。


 聞かれた素子様は、何故か私を見つめてきた。


『……□□□のおウチ行きたい』


『は……。私の、ですか……?』


『そう。そうじゃっ。あのな、今日はとてもいい夢を見てな』


 素子様は久方ぶりに笑顔を見せ、熱っぽく語ってくれた。


 母と一緒に遊んだ夢を。「普通」の家族らしく過ごした夢を。


『ま、まあ……あくまで夢の話に過ぎんのじゃが……』


『『…………』』


『でも、その……本当に、そんな時もあったように感じる夢だったのじゃ』


 彼の魔神は――夢葬の魔神は残酷な存在だ。


 全てを救う力を持っていても、何もしない。


 空虚な夢を見せるだけ。


 幼子を愛しながら、幼子を救わない。


 ある意味、魔神らしい残酷な存在だ。


『じゃから、そのぅ……。普通の家族を、一度見てみたくて……』


 その「普通の家族」として、素子様は私の家を求めた。


 上目遣いで私を見つつ、求めてきた。


 まるで自分が、とんでもないワガママを言っているかのように。


 あんなもの、ワガママでも何でもない。


 だが……素子様は立場のある御方だ。公的には主上の娘として認められていないとはいえ、それを察し、傷つけようとする慮外者に襲われた事もあった。


『素子様。申し訳ありません。我が家では貴女への十分な警護体制を築けず――』


『そ、そうか。いや、すまんっ! □□□を困らせたかったわけじゃなくてっ……。そっ、そのぅっ……ちょ、ちょっとした冗談じゃ……』


 彼女は愛想笑いを浮かべ、冗談だと言った。


 言ったが、直ぐに瞳を潤ませ、「じゃから嫌わないでくれ……」と漏らした。


 私は自分を恥じた。


 何が護衛だ。子供のちょっとした願いすら、叶えられないとは。


 だが、それでも、近衛兵(わたし)1人でどうにかできる問題では――。


『□□□。私からもお願いできる?』


『明智様……』


 だが、明智様が力を貸してくださった。


 彼女は追加の護衛を手配してくれた。主上の許可も取り付けてくれた。許可といっても、主上はどちらでも構わない様子ではあったが――。


 明智様や犬塚特佐の働きかけもあり、素子様を我が家に招く事が出来た。


 正直、護衛対象を我が家に連れて行くという、護衛にあるまじき行いに対して思うところはあったが……しかし……。


『ここか! ここが□□□の自宅か!?』


『はっ。狭いところですが……』


 素子様の笑顔と引き換えであれば、何てことはない。そう思う事にした。


 さすがの素子様も、初めて我が家を訪れた時は緊張していた。


 私の妻と息子との初対面では、素子様らしくない緊張も見せていたが――。


『キミが父さんの護衛対象さんなの!?』


『こ、こらっ……! 素子様に対し、何て気安い口の利き方を……!』


『よ、良い。良いのじゃ、□□□』


 素子様は私の息子と対面しつつ――少し背伸びしつつ、口を開いた。


『□□□にはよく世話になっておる。おぬしの事も、□□□にちょくちょく聞いておるぞ。自慢の息子だと……』


『父さん! ホント!? ボクって自慢の息子なの!?』


『む…………』


 素子様の情報漏洩により、天真爛漫な息子の問いをぶつけられ、私は思わず言葉を詰まらせた。


 苦笑した妻が肘で突いてくるので――恥ずかしい思いをしながら――息子の言葉を肯定した。


『……誇りに思っている。お前は私の自慢の息子だ』


『そうなんだ! へへぇ~っ!』


『だっ……だが、あまり驕るなよ。無理をしろとは言わんが、母さんの言う事をよく聞いて……私が留守の間は、母さんのことをよく守るのだ』


『□□□、お前ひょっとして照れておるのか……?』


『ぐっ……!』


『父さん、照れてるの!?』


『だ、黙りなさいっ……』


 素子様はイタズラっぽく笑っていた。


 息子もニコニコと笑っていた。


 2人は直ぐ打ち解けていった。


 素直だが躊躇いというものを知らない息子は、素子様に対してグイグイと詰め寄っていった。友人……いや、それ以上に馴れ馴れしく接していった。


 一兵士の息子に過ぎない者が、素子様に対してそのように接する事に関して、私は何度も咎めた。それでも息子はやめなかった。


 素子様自身が――。


『まあまあ、□□□。そんな他人行儀にさせないでくれ』


『しかし……』


『今の妾は、ただの素子じゃ。今ぐらい、お前も「普通」に接してくれ』


 護衛対象と護衛とはいえ、今はその関係性は無粋。


『……素子様がそう望まれるのであれば』


『うむっ。いっそのこと、呼び捨てにしてくれ!』


『それはさすがに出来ません。恐れ多いです』


『むぅ! □□□は融通が利かんのぅ……』


『父さんはクソ真面目だから~。素子の事、素子って呼んであげればいいのに』


『汚い言葉を使うな。お前はもう少し畏まりなさい……!』


 私の胃は、少々痛んだ。


 だが、素子様が息子と一緒にはしゃぎ、笑っている姿は……良いものだった。


 屋敷では勉学等に励み、あまり笑わない素子様が年相応の振る舞いを見せてくれる。その光景を妻と共に、穏やかな気持ちで見守る事が出来た。


 ただ――――。


『父さんっ! おかえりっ!』


『こら。犬のように飛びつくな。……ただいま』


 素子様は時折、寂しそうな顔をしていた。


 寂しそうにする時は、大抵、私の息子が私や妻に対し、思い切り甘えている時だった。……自分の境遇と照らし合わせ、色々と思う事もあったのだろう。


『あっ! 素子! 素子もおかえりっ!』


『…………! うむっ! ただいま戻った!』


 息子が無邪気に素子様を家族(わたしたち)の輪に招き入れると、素子様はパッと表情を明るくしていた。むずがゆそうにしつつも、微笑んでいた。


 喜んでくれていたのだと……思う。


 ただ、根本的な問題は解決していない。


 何一つ。


『…………』


 素子様は屋敷にいる時は寝食を惜しみ、励んでいた。


 母に認めてもらえるように。相変わらず励み続けていた。


 自分の「成果」を見ながら、それを褒めてもらえるのを心待ちにしていた。


 主上が焼く新たなアップルパイが、自分のものかもしれないと考え、そわそわしていた。期待に胸を膨らませていた。


『…………』


 主上は、素子様に眼差し1つくれなかった。


 仮面をつけたまま、政務が表示された端末に視線を落とすだけ。


 素子様は努力すればするほど、瞳を曇らせていった。


 どれだけ努力しても、本当に欲しいものは何も得られない。


 それでも、我が家に招いた時は年相応の振る舞いをしようとする。私の息子や妻に対しては取り繕っていた。楽しい気持ちもあったとは思うが――。


『素子ちゃんが、ウチの子だったら良かったのに』


 素子様と息子の寝顔を眺めつつ、妻がポツリと呟いた事があった。


 彼女も、素子様が苦しんでいる事を察していた。


 素子様は私の護衛対象。仕事に関する事はあまり言わないようにしていたが、それでも聡い妻は素子様の境遇を察していた。


 だが、我が家の子であってくれたら――などという言葉は、恐れ多い。


『…………』


 馬鹿なことを言うな、という言葉が喉まで上がってきた。


 上がってきたものの、言えなかった。


 私は……妻のように勇敢で優しくなかった。


 黙って妻の手を握ることしか出来なかった。


 妻が握り返してくれても、何も言えなかった。


 私は……何も出来なかった。


 護衛として侍り、素子様が壊れていくのを見守る事しか出来なかった。


『母さまは、妾のことを愛しておらんのじゃ』


 素子様を屋敷への送る車中にて、彼女はそう呟いた。


 疲れた様子だった。……子供らしくない疲れた表情だった。


 彼女の視線の先には、手を繋いで町を歩く家族の姿があった。


『子を愛さない親などいません』


 私はそう言った。


 事実、私は息子の事を深く愛していた。


 あの子と妻は、私の大事な宝物だった。


 ……今はもう、その手の感触すらおぼろげだが……。


『親とは、いついかなる時も……子を第一に考えているものです』


 私はそうだった。


 ……主上はどうなんだ?


 私は自分の言葉がいかに空虚なものか自覚しつつも、そう言うしかなかった。


 私は本心で子供を――家族を第一に考えていた。


 だが、それが世の真理ではない事も理解していた。


 全ての家族が、私達と同じではない。


『…………そうじゃといいなぁ』


 素子様は空虚な笑みを浮かべていた。


 私は、何も出来ないどころか……彼女を追い詰めていた。おそらく、そうだ。


 素子様に「普通の家族」を見せてしまった。


 素子様を救う言葉など、何一つ絞り出せなかった。


 その結果――――。


『□□□。妾は母さまのアップルパイが食べたい』


 素子様はそう言った。


 破り捨てられた論文。破損した端末のうえで、笑顔でそう言った。


『だから妾は世界を買う。それを母さまへの贈り物にする』


 あんな幼い子が浮かべていい種類の笑顔ではなかった。


『そこまですれば、母さまも妾を認知してくれるはずじゃ。そう思わんか!?』


 10にも満たない幼子が、「たかがアップルパイ」のためにそう言った。


 だが、それでも、彼女にとっては大事なことだった。必要な事だった。


 彼女は飢えていた。


 ずっとずっと飢え苦しんでいた。


 素子様は努力した。


 だが、彼女が本当に欲しかったものは手に入らなかった。


 無かったのだ。


 そんなもの、最初から。


 我々は部品。


 交国という「国家の形をした兵器」を構成する部品だったのだ。


 その部品の中には、玉帝も含まれる。


 ゆえに、玉帝は――――。





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