支配の象徴
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:肉嫌いのチェーン
ロッカ達を追い、スアルタウがトタトタと走って行く。
その背中を見つつ、ゆっくりとついていく。
「とりあえず……問題1つ解決したっぽいか……?」
レンズ達が帰省し、グローニャ達は気落ちしていた様子だったが……どうやら自分達で持ち直したようだ。
黒水の休暇2日目で豪遊して機嫌取りせずに済んで良かった……。隊の皆から集めたカンパもあるとはいえ、金が無限に湧いてくるわけじゃねえからなぁ。
スアルタウの後をついていくと、ガキ共が勢揃いしていた。
スアルタウはさっそく、皆に買い物の件を報告してくれている。グローニャがはしゃぎ、飛び跳ねているのが見える。
だが――。
「あっちはまだ時間かかりそうだな」
フェルグスは皆の輪から離れ、1人で空を見上げている。
チラチラと気にしている弟と視線を合わす事もない。……ただ、フェルグスも現状では「よくない」と思ってる節もある。
さっき、1人で外にいたスアルタウを遠目に見つつ、話しかけにいくかそわそわ考えている様子だった。
タイミング悪くフェルグスを探しに来たヴァイオレットの声を聞き、飛び跳ねてそそくさと逃げていってたが――。
「副長さん。すみません、何から何まで――」
アル達から話を聞いていたヴァイオレットが、ペコペコと頭を下げながらオレのところにやってきた。
気にするな。今は作戦行動中じゃないんだ。おおっぴらにおしゃれしとけ――と言ったが、それでも申し訳なさそうにしている。
「問題を避けるための必要経費だよ。黒水は異世界人や流民を結構受け入れている土地みたいだが、それでも少しは溶け込む努力をしないと」
「すみませ――」
「はいはい、謝るな」
頭を下げようとしたヴァイオレットの額を指で押し、止める。
止めたんだが、ヴァイオレットは「すみません」と改めて言った。
「せっかく交国本土まで戻ってきているのに……。副長さんも、実家が本土にあるんですよね? 本当に……実家に帰らなくていいんですか?」
「いいんだよ、別に」
交国のオークは、家族仲良い奴ばっかりだ
そういう「仕組み」になっている。だが、例外もいる。
「オレは家族仲かなり悪いんだよ。だから実家に帰るのが苦痛なの」
「そう、なんですか……。す、すみませ――」
また謝ろうとしたヴァイオレットの額を押し返す。
こっちにも色々と事情があるんだ。クソみたいな事情が――。
「とりあえず、これから買い物でいいよな」
「はいっ」
「お前らもそれでいいな?」
聞くと、グローニャ、ロッカ、スアルタウは元気よく返事した。
フェルグスは「オレ様は別に――」とか言いだしたので、「多数決で決まりだ。出かけるぞ」と言っておく。嫌がるならおんぶしてでも連れて行こう。
出かける準備しろ――と言うと、グローニャ達は「わっ」と部屋に戻っていった。フェルグスはノタノタ歩いているので、背中を軽く叩いて急かす。
ヴァイオレットにも支度を調えるよう言ったが――。
「でも、本当に特別行動兵がお買い物していいんでしょうか……」
つまらんことを気にしているから、「許可は取っている」と言っておく。
本当は取っていないが、そもそも取る必要がない。特別行動兵は「買い物をしちゃダメ」なわけではなく、そもそも「買い物する金がない」奴らだからな。
金はカンパと……足りなければオレのポケットマネーも足せばいいだろ。
「ただ、ネウロンに戻る時はある程度捨てて帰る事になる。勿体ないが、作戦行動に戻ったらヒラヒラした服を着込むわけにもいかないからな」
休暇中はそれなりに着飾る。
けど、着こなしで「ネウロンでも使える服装」も調達すればいいだろう。
「お前は化粧品とかも買ったらどうだ? 素材いいし、ラートも喜ぶぞ」
「なっ……! なんでいま、ラートさんの名前が出てくるんですかっ!」
ヴァイオレットが顔真っ赤にして怒った。
その反応が答えだと思うがね~……と考えつつ、ニヤニヤ笑っておく。
「市街地まで距離あるから、車で行こう。オレは車借りて玄関に回しておくから、ゆっくり準備してきな」
「あっ、運転なら私がしますよ!」
「お前に『運転させないでください』ってラートに頼まれてるんだが……」
そう言うと、ヴァイオレットとはムッとしながら反論してきた。
「私は無事故無違反者ですよ」
「そもそも免許持ってんのか?」
ヴァイオレットが「スッ……」と何か取り出してきた。
終身名誉姉、と書かれた免許証的な何かを堂々と出してきたので、その手をそっ……と元の場所に戻す。
「買い物前か、買い物を少ししてからメシを食おう。何が食いたい?」
「私、運転したことありますよ」
「無視して進めるぞ。まあ、ガキ共の意見も聞くか~」
ある程度目星はつけてきたので、それを記録した携帯端末を渡しておく。
それを持っておけ、と言う。
軍から借りたものだが、いま星屑隊の人員はオレしかいない。何かあった時の連絡用にも必要だからな。
「黒水はまだ発展途上の街だが、それでも店はそれなりにある。ガキ向けの店もちゃんとある。3食外食でも飽きないはずだ」
「おぉ~……」
ヴァイオレットはオレのピックアップした店のデータを眺めていたが、途中で変なことを言いだした。
「黒水って、林檎が名産品なんですか?」
「は? なんで?」
「いえ、だって、林檎を使った料理のお店がちょくちょくあって……。お店の名前にも『林檎』とか『アップル』の名前を使ってるとこ多いですから……」
通常、林檎は漢字なりひらがなで書く。
カタカナで書く事もあるが、その場合はカナ言葉の『アップル』と書かれたりする。確かにヴァイオレットの言う通りだが――。
「黒水というか、交国にとって林檎が名産品……って言った方がいいかもな」
「と、仰いますと……?」
「林檎を使った料理は、交国の国民食なんだよ。アップルパイとか特に人気だ」
交国の支配が色濃い場所には大抵、アップルパイ屋がある。
複数のチェーン店もあり、ドーナツなんかと一緒に売っていたはずだ。
「林檎絡みの会社名も多い。林檎食品、りんご物産、林檎開発、林檎造船……あと、アップルカンパニーも林檎繋がりか。カナ言葉の方の『アップル』で」
アップルカンパニーは混沌機関の製造と整備を担う国営企業だ。
交国最高級監獄――と呼ばれるほど従業員に対して厳しいが、同時に手厚く扱ってもいる。混沌機関関連技術はどれも交国にとって重要な技術だからな。
「あぁ~……。確かにアップルカンパニーも『アップル』ですね」
ヴァイオレットもアップルカンパニーの名前は知っていたらしい
「私、あそこの社章、てっきり脳みそマークかと……」
「ハァ? 脳みそ?」
妙な感想が出てきたので、端末でアップルカンパニーのロゴを表示してみる。
まあ、確かに簡略化された「脳みそ」の絵に見えないこともないが――。
「これは逆さにした林檎だよ。だから名前に『アップル』がついているんだ」
「なるほど。謎が1つ解けました」
ヴァイオレットは手を「パチン」と合わせ、微笑しながら「交国の人達にとって、林檎ってすごくなじみ深いものなんですね」と言った。
まあ、オレ達には……そこまで馴染みないけどな。
交国のオークは痛覚がない。味覚もない。だから「林檎の味」なんて知らない。腹が膨れて歯ごたえや匂いさえよければ満足する。
交国はオークしかいないわけじゃない。大多数の人種はオーク以外だ。多種族国家だから沢山の種族が入り交じって生活していて、大半が味覚のある奴らだ。
けど…………。
「……まあとにかく準備してきな?」
「あっ、はいっ!」
部屋に戻っていったヴァイオレットと別れ、管理室に車を借りに行く。
その道すがら、気になった事を端末で調べてみる。
「交国、林檎……なぜ……っと」
交国では林檎が馴染み深い食べ物だ。
交国の支配の象徴と言っていいほど、各地で林檎が栽培され、林檎を使った食料品が大量生産されている。だから林檎関係の事柄が交国には多い。
けど、そもそも何で林檎が国民食になったんだ?
ふと気になったので、ネットで検索してみる。
「へー……交国政府が林檎栽培を奨励してんのかよ」
交国政府が推しているらしい。
交国支配地域――もとい、交国領での林檎栽培事例が紹介されているページを見つけたので、それに思わず見入ってしまう。
でも、林檎ってそこまで推すほどのモノかねぇ。味覚がないから林檎の良さがイマイチわからず、首をひねってしまう。
栽培が特別簡単ってわけでもなさそうだし、特別儲かるわけでもない。主食として使えるようなものでもないし、何でこんなに――。
「……そういう事か」
答えを見つけた。
心底くだらん事が書かれていた。
舌打ちしつつ、検索したページをスワイプして閉じる。気分が悪い。
【TIPS:交国と林檎】
■概要
異世界への侵略行為を繰り返し、成り上がってきた交国を揶揄する言葉として、「林檎の木は交国支配の象徴」という言葉がある。
それほど交国の支配地域では林檎栽培が盛んで、交国国外から様々な品種の林檎の輸入も行っている。それらの林檎は主に食用として使われ、交国オークのいない中流以上の家庭では林檎を常備しているところが少なくない。
多くの交国人が林檎を作った食品や香料を好んでいる。交国人にとって林檎は非常に馴染み深いもので、多くの交国企業が企業名に「林檎」に関連する言葉を入れているのは有名な話である。
こうなった背景には、交国政府が林檎栽培を推奨し、補助金まで出しているという事情がある。政府が推しているからこそ林檎農家が増え、林檎供給量の多さが国民の好みにも波及した形である。
■玉帝と林檎
そもそも交国政府が林檎栽培を推し始めたのは、「玉帝の好み」が大きく関係している。経済的に特別な事情があったわけではない。
玉帝は林檎を非常に好んでおり、特にアップルパイを愛している。交国の内外から密かにアップルパイを取り寄せて食べ比べている。
そのうえ交国建国初期から自作アップルパイレシピの改良を続けている。玉帝が国家運営の次に心血を注いでいるのは「アップルパイ作り」と言っても過言ではないほど、アップルパイ作りに入れ込んでいる。
ただ食べ比べ、自作するだけでは飽き足らず、交国政府主導の「アップルパイ大会」まで行われている。この大会には交国の内外から菓子作りのプロが招かれ、最終審査には玉帝が参加している。
玉帝はアップルパイの材料にもこだわっており、職権を乱用しすぎない程度に材料となる林檎等の品種改良にも公的資金を投入させている。
玉帝自身、ここまでアップルパイに入れ込むのは「あまり好ましくない」と理解しているが、それでも政務の息抜きにアップルパイと向き合う事が交国最高指導者の大事な「儀式」になってしまっている。
■玉帝のアップルパイ
玉帝は週に約10台のアップルパイを作っているが、誰でも食べられるものではない。交国上層部でもごく限られた人物しか食べる事が許されていない。
玉帝はアップルパイを「何らかの功績を挙げたもの」に対してのみ用意するようにしており、その功績は基本的に「交国にとって重要なもの」や「交国の未来に大きく貢献するもの」に限られている。
公に「玉帝の子供」として認知されている者達は、大抵はそれだけの功績を挙げているため、一度は食した事がある。
犬塚特佐などは何度も食する機会があったため、「たまには他のもの作れよ……」とボヤき、玉帝は仮面の奥で「ムッ」とする事もあった。だがそれでも頑固にアップルパイを焼き続けている。




