グローニャたちにできること
■title:港湾都市<黒水>の交国軍保養所にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
黒水での休暇が始まって、1日が経った。
黒水の外れにある交国軍の保養所での生活。ここはとても平和で、ネウロンで戦っていた毎日とは全然違う。……張り詰めた空気が流れていない。
交国本土はネウロンと似ているけど、空気とか匂いとか……ちょっと違って戸惑うことが色々ある。けど、怖いってほどじゃない。
交国軍のお仕事がなくて……本当に平和だ。
魔物事件が起こる前は、当たり前にあった平和がこんな良いものだったなんて……前は思わなかった。
平和でノンビリしているけど……だからこそ、居心地の悪さを感じる。ボクらは地獄に行く「悪い子」なのに……休暇を楽しんでいいのかな。
お父さんとお母さんの事も、まだよくわかってない。
電子手紙のお返事もまだ来てない。ここがネウロンじゃないから届かないのかもだけど……とにかく、お父さん達の事はわかってない。
それなのに、ここでノンビリしてていいのかなぁ……。
ラートさんが実家に帰っちゃって、ラートさんの元気な声が聞けなくなったから……余計にそんな事を考えてしまう。不安になる。
ウジウジ悩んでいても、多分、何も解決しないのに――。
「…………」
保養所外にある長椅子に座って、そんな事を考えていた。
平和なのに嫌な考えばかりがわいてきて、怖くなって、そそくさと部屋に戻る。
1人で考えていれば考えがまとまるかと思ったけど、全然ダメだった。……1人でいると怖い。皆と一緒にいたい。
「ただいまー……」
部屋に戻ると、ロッカ君とグローニャちゃんしかいなかった。
……にいちゃんはいない。ヴィオラ姉ちゃんも外に出てるみたいだ。
「…………」
ロッカ君は、少し退屈そうな顔してトイドローンをいじっている。
バレットさん相手には強がっていたけど、やっぱりバレットさんの実家についていけなかったのが寂しいみたい。
「――――」
グローニャちゃんは、ロッカ君以上に沈んでる。
レンズ軍曹さんを送り出した時は笑顔を浮かべていた。その後も笑っていた。でも、夜中にすすり泣いている声は聞こえてきた。
今もベッドに寝転がって、シャチのぬいぐるみを抱きしめている。
「……皆いないと、すげー静かだよな」
「うん……」
ロッカ君が小さく笑いながら言った言葉に頷く。
星屑隊の人達は元気な人が多かった。ラートさんとか特に元気だった。
皆が一気にいなくなったから、皆がいない空白をとても大きく感じる。
「実家について行っちゃダメな件、納得できねえよなぁ」
「うーん……。でも、仕方ないよ。前よりマシになったと思う」
特別行動兵になったばかりの頃や、明星隊の時は本当に酷かった。
あの時に比べると、今はすごく平和だ。毎日ビクビク怯えずに済むようになった。……ラートさんと一緒だと、笑うことが増えた。
ロッカ君も昔を思い出したのか、「確かに」と同意してくれた。
「でも、窮屈だよな。今も……特行兵のままだし」
ロッカ君が首元のチョーカーをイジりつつ、そう言った。
特別行動兵の証。取ることが許されない首輪。
ギュッと締まって苦しいわけではないけど、息苦しさを感じる事はある。チョーカーに対してというより、自分達の立場に対して。
星屑隊の人達がチョーカー隠しのためのスカーフを買ってくれたけど、それを使っても隠せるだけ。ボクらの立場は何も変わらない。
ただ――。
「窮屈なのはボクらだけじゃないのかも。交国人で軍人のラートさん達だって、交国本土を好き勝手に移動できないみたいだし……」
「テロ対策がどーのこーのって言ってたけど……交国って厳しいな」
「そうだね」
「まあ、でも……いつか、この首輪を外せる日が来るはずだ」
ロッカ君はチョーカーから指を離し、スカーフでそれを隠した。
隠した後、グローニャちゃんの方に歩み寄り、その肩を揺すって声をかけた。「グローニャも元気だせ」と声をかけた。
「グローニャ。特行兵じゃなくなったら、オレ達もバレット達と同じ場所に行けるはずだ。レンズ軍曹の家に行くのは、未来の楽しみにとっとけ」
「……おウチに行く前に、地獄行きになったりしない?」
「「…………」」
ぬいぐるみを抱っこしたまま、顔だけチラリと向けてきたグローニャちゃんの質問。それに何て返せばいいかわからず、ロッカ君と一緒に黙っちゃった。
ロッカ君は、「……大丈夫」と言葉を絞り出した。
「地獄行きは、当分先だよ。オレ達は羊飼いに勝ったんだぞ。星屑隊と力を合わせれば、ネウロンにはもう敵無しだ。生きてネウロンを解放できるさ」
「そうかなぁ……」
「そうなんだよ。だから泣くな!」
ロッカ君がそう言うと、グローニャちゃんは身体を起こした。
そして「泣かないもんっ」と言って、ほっぺを「ぷくっ」と膨らませた。
「グローニャは、レンズちゃんも認めてくれた狙撃手見習いだもんっ」
「うん、そうだな」
「それに、家には行けなくても、レンズちゃん黒水で遊んでくれるって約束したもん。だからいいんだも~ん」
グローニャちゃんはそう言った後、ぬいぐるみをギュッと抱きしめながら「この子もいるし、ぜんぜんさびしくないもん」と言った。
「でもレンズちゃん、いつ戻ってきてくれるのかな~? 明日?」
「いや……交国本土での休暇は1ヶ月以上あるし、向こうが戻ってくるのはネウロンに戻る1日か2日前ぐらい……じゃないか?」
「え~……。ん~……まあ、仕方ないかぁ」
グローニャちゃんは不満そうにしつつ、それでもワガママは言わなかった。
明星隊にいる時は……ワガママを言って明星隊の人に泣かされる事もあって……段々と黙り込んでいった。何も言わなくなる事もあった。
でも、星屑隊の人達と出会ってからは、グローニャちゃんは前みたいに笑うことが増えた。また明るくなってくれた。
ワガママを言って甘える事も増えた。星屑隊の人に対しても。
でも、いまワガママを言わないのは……明星隊の時とは全然違う。あの時は「言えなかった」けど、今は「言わない」でいるんだ。
良い意味で変わっているんだと思う。
多分、皆が戻ってきたらまた甘えて、楽しそうにしてくれるはず。
「会えない間、何してよう? 遊んでいいんだよね?」
「副長が遊びに連れていってくれるって。昨日は手続きとかあったし、黒水に来たばっかりだったけど、今日は構ってくれるんじゃね?」
「さっき副長さんに会った時、『今日は楽しみにしとけ』って言ってたよ」
廊下ですれ違いざま、頭をポンポン叩かれながらそう言われた。
3人で「何するんだろう」と話していると、グローニャちゃんが急に「そうだっ!」と言って自分の服をイジり始めた。
服についているものを取り外し、それを見せてきた。
「グローニャ、これのおかえしもしたい! これ以外、色んなのもっ!」
「名誉オーク勲章の?」
「うんっ!」
星屑隊から貰った名誉オーク勲章。
皆から褒めてもらいながら、「仲間」と認めてもらった証。
よくがんばったって、認めてもらえた証。
首のチョーカーと違って、とってもポカポカする優しい証だ。
「ロッカちゃんもアルちゃんも、これもらって嬉しかったでしょっ!」
「それは、まあ~……」
少し恥ずかしそうに頬を掻くロッカ君の隣で、首をコクコクと縦に振る。
トイドローンを貰えた時も嬉しかった。けど、この勲章は「認めてもらえた」って気持ちが大きいから……喜びも一層、大きくなった。
ボクにとって――いや、ボクらにとって大事な勲章だ。
「だからね。あのね――」
グローニャちゃんがボクらに耳打ちしてきた。
勲章のお礼。そして、星屑隊の皆がよくしてくれたお礼。
「それをね、グローニャ達で用意しないっ……!?」
「それ、妙案かもっ」
ラートさん達は実家に帰っている。ここにいない。
副長さんはいるけど、1人ぐらいなら誤魔化してお礼の準備できる……かも? どうせならこっそり用意して、びっくりしてもらいたいかも。
「でも、何を用意しよっか? お礼」
「グローニャも、勲章作りたいっ! レンズちゃんにピカピカでカワイイの作ってあげたいっ!」
「作るなら材料が必要かなぁ……」
自分の名誉オーク勲章を見つつ、考える。
これは金属製。さすがにこれと同じの作るのは難しそう。
けど、ロッカ君が良い案を出してくれた。
「材料なら心当たりがある。オレ達でも用意できそうなものが」
ロッカ君はその材料について教えてくれた後、「ピカピカにはならないかもだけど――」と言った。けど、グローニャちゃんの目はピカピカし始めた。
「それ、いいっ! グローニャ好きっ! それにするっ!」
「決まりだな。黒水に来た時、砂浜が見えたから……そこに探しに行こう」
「でもロッカちゃん、海大丈夫なのん?」
砂浜に行くとなると、海の近くまで行くことになる。
グローニャちゃんはその事を心配し、ロッカ君はちょっと黙った。
「あ、でも、グローニャ達だけで取ってくるから~……」
「いや、オレも行く。大丈夫だ」
ロッカ君は「船に乗るよりずっと大丈夫だ」と言い、笑ってみせた。
自分の名誉オーク勲章を握りしめつつ――。
「お前らだけに任せてられるかよ。バレット達には、貰ってばっかりだしな」
「じゃあやろっ! どうしよっかなぁ~? もう海行く!?」
キャッキャと騒ぎ始めたグローニャちゃんに対し、ロッカ君が「待て待て。砂浜のあるとこまで少し遠いから歩いていくのは難しい」となだめはじめた。
「ヴィオラ姉にも相談してみよう。あと、副長にも相談しなきゃダメかも」
「えーっ! 副長おじちゃんにもヒミツにしたいっ」
「でも、特別行動兵だけじゃ自由に歩き回れないしな~」
「なんだなんだ、遊びの相談か?」
廊下からズンズンとやってきた副長さんが声をかけてきた。
ビックリしたグローニャちゃんが「わっ!」と驚いた声を出したけど、下手くそな口笛を吹いて誤魔化しはじめた。
当然、それじゃ誤魔化しきれず――。
「ぐ、グローニャ、ヴィオラ姉のとこ行ってくるぅ~!」
「おっ、おいっ! 走んなっ! またこけるぞ!」
グローニャちゃんは「ぴゅ~ん」と部屋から出て行き、ロッカ君もそれを追って慌てて出て行った。
部屋にボクと副長さんだけが取り残される。苦笑している副長さんに「さわがせてすみません……」と頭を下げる。
「いいよ。保養所はオレ達で貸し切りみたいだし、大いに騒げ」
「だ、脱走とかの相談ではないので……。で、でも、副長さんにも今は内緒にしておきたいというか……!」
正直に言える範囲で言うと、副長さんは吹き出した。
別に心配してねえよ、と言って笑った。
「今日はこれから街にメシ食いに行って、それから買い物と思ったんだが――」
「買い物?」
「お前ら全員の服を買いに行くんだよ」
副長さんは「せっかくの休暇だ。おしゃれしようや」と言い、言葉を続けた。
「黒水の店はもう調べてきたから、オレが運転手兼荷物持ちしてやる」
「あ、ありがとうございますっ」
「他にやりたい事があるなら明日でもいいんだが……交国本土らしい服装にしないと、周りから浮く。だから出来れば今日買いに行こう」
「はいっ」
これは大事な話だ。
皆にも伝えに行こう!




