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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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剣呑な既視感



■title:港湾都市<黒水>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


 フェルグス君の手を引きつつ、港の検疫所に向かう。


 カトー特佐がいたおかげで、界外から界内に入るのはすんなりだったけど……ここから先、カトー特佐はいない。ちょっと時間がかかるかも。


 検疫所の外まで人があふれ出すほど、大勢の人がいる。


「凄く混んでますね。さすがは大きな港……」


「それもあるかもしれないが、少し様子がおかしいな」


 率直な感想を漏らしたところ、隊長さんが答えてくれた。


「あそこにいるのは単なる渡航者では無いらしい。軍人が大勢見張っている」


「ホントですね」


 あちこちに銃を持った軍人さんが――オークさん達が立っている。


 ピリピリした空気が漂っている。


 軍人さん達は銃を持ったまま周辺を警戒しているけど、検疫所で待っている人達に対し、特に厳しい視線を向けている。


 その視線を向けられた検疫待ちの人々が、怯えた様子で縮こまっている。銃を持った厳つい軍人さんに見られたら、萎縮するのも無理がない。


 けど、何でここまでピリピリしているんだろ……?


 繊一号ではこんな空気は漂っていなかった。


「…………」


 でも、近いものは見た事がある。


 感じたことがある。当事者として。


 魔物事件後のネウロン。収容所に入れられた私達に対して、交国の軍人さんが向けていた視線に似ている。そんな感想を抱く剣呑さだ。


 あの軍人さん達、黒水の守備隊か何かと思ったけど……どうも違うらしい。


 星屑隊の皆さんが、「アレって特佐の部隊じゃね?」と呟いている。


「カトー特佐の部下の方々に、あんな人達いましたっけ……?」


「いやいや、別の特佐だよ。どこの特佐かは知らないが」


「特佐って、そんなにいるんですか。1日に2人も会えそうなぐらいに……」


 辺境のネウロンならともかく、交国本土ならそんなものなのかな――と思っていたら、「さすがにそんないねえよ」と言われた。


「特佐は数十以上いるはずだが、そんなホイホイ会えるものじゃない。1日に2人も会えたらレアだぞ、レア。良いことだ」


「へ~……」


 星屑隊の皆さんも特佐の部隊に興味津々な様子。


 相手を刺激しない程度に見つつも、キャッキャとはしゃいでいる。「どこの特佐が来てんだろうな」と言葉を交わしている。


 特佐は交国でも超エリートっぽいから、皆さんにとっても憧れの存在なのかな。


 そう思っていると、検疫所の裏口から誰かが出てきた。


 スキンヘッドで眼光鋭い男の軍人さんだ。


 只人(ヒューマン)種に見える。身長はラートさんと同じ180センチぐらいに見えるけど、ラートさん以上に鍛え上げられた身体で堂々と歩いている。


 その姿に気づいた星屑隊の皆さんがざわめく。


「特佐だ」


「え、おい、あの人ってまさか……!」


 そうざわめく中、検疫所の裏口から、さらに人が出てきた。


 検疫所の職員さんらしく、「特佐! イヌヅカ特佐!」と言いながら慌てた様子で特佐に駆け寄っていった。


 そしてペコペコと頭を下げながら、「サイン漏れがあったので……おっ、お願いしますっ……!」と声をかけている。


 イヌヅカ特佐と呼ばれた方は、呼ばれるまで少し不機嫌そうな顔をしていたけど――駆け寄ってきた職員さんに対しては笑みを浮かべ、丁寧に対応していた。


 サインを書き終わったイヌヅカ特佐は、職員さんに頭を下げられながら再び歩き出す。そして近づいてきた部下らしき人と話し込み始めた。


 検疫所にいる渡航者さん達を、厳しい目つきで睨みつつ話している。


 その視線には、さっきまでの優しさは欠片み感じ取れない。


 ……殺意すら感じるものに変わっている。


 まるで、犯罪者でも見ているような――。


「あれ、やっぱ犬塚特佐じゃんっ……!」


「ば、バカっ! 失礼だろ。指さすな指さすな……!」


「うおおおお……! 本物? 本物じゃねえかっ!」


「僕もサイン欲しいっ……!!」


「映画の犬塚特佐より厳ついな。あれが、交国の英雄……」


「皆さん、ご存じの方なんですか?」


 私が思わずそう聞くと、星屑隊の皆さんは口々に説明してくれた。


 犬塚特佐。


 それは交国軍の特佐の中でも、特に有名な方らしい。


 交国の英雄の1人であり、長年に渡って各地で活躍してきた実力者。常に最前線に立って戦う憧れの軍人らしい。


「犬塚特佐はガチでスゴい人なんだよっ!」


「小説、漫画、アニメ、映画、ドラマ。様々な媒体で犬塚特佐をモデルとした作品が出ているって言えば、犬塚特佐の偉大さをわかってもらえるかな? 犬塚伝って作品があってね? 特に凄いのは各作品は完全なフィクションじゃなくて実際に犬塚特佐が出会った事件・作戦を下敷きにしていることで――」


「は、はあ……」


 特にパイプ軍曹さんがアツく語ってくれた。


 凄く前のめり。いつも穏やかで冷静な方だったのに、犬塚特佐について語り始めるとこんな早口になるんだ……。犬塚特佐オタクなのかな……?


 そういえば子供達が「犬塚伝」って作品を見せてもらっていたような……? 交国嫌いのフェルグス君ですら、「これは結構面白い」と唸っていた覚えがある。


 星屑隊の皆さんが――憧れのヒーローでも目の前にしたように――キャイキャイとはしゃいでいる様子から察するに、本当に凄い人なんだろう。


 私には……いまいち、ヒーローには見えない。


 恐ろしく感じる。


 検疫所で待っている人達に対し、犬塚特佐が向けている視線は殺意がこもっているように見える。ネウロンの収容所で私達が感じた視線に近い。


 ただ、収容所の時とは違うところもあった。


 収容所の軍人さん達の視線には「恐怖」があった。いつネウロン人が魔物と化すかわからない。そういう思いのこもった恐怖を感じた。


 犬塚特佐には恐怖(それ)がない。


 純粋な殺意しかないように見えた。


 英雄(ヒーロー)を見つけて盛り上がっている星屑隊の皆さんとは真逆に、「ちょっと怖いな……」と思いながら子供達の肩を抱き寄せる。


 そうしていると、隊長さんが私の肩に触れてきた。




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:影兵


「――ヴァイオレット特別行動兵。子供達を連れて私達の後ろへ」


「へ?」


「隠れていろ」


 特佐の視界に入らないよう、促す。


 ヴァイオレット特別行動兵は戸惑っている。


 肩を押して無理矢理、我々の後ろに隠しておく。


 犬塚特佐はマズい。


「た、隊長さん? どうかしたんですか……?」


「犬塚特佐は異世界人を嫌っている」


 ヴァイオレット特別行動兵だけに耳打ちする。


 だから隠れていろ。


 特佐権限で何をされるかわからん――と告げた。




■title:港湾都市<黒水>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「――――」


 隊長さんの言葉に息をのみ、子供達を連れて皆さんの後ろで縮こまる。


 いまの言葉で少し理解できた。


 犬塚特佐が、検疫待ちの渡航者を見ていた視線の意味が。


 多分、交国臣民じゃない渡航者(ひとたち)をよく思っていないんだ。


 渡航者さん達は誰も彼も痩せ細り、服装も粗末なものだった。


 異世界人であり、流民なのかもしれない。


 そういう「自国民以外」を嫌っているんだ。隊長さんの言葉から察するに。


 交国の英雄と呼ばれる人が、そんな差別的な思想を持っているとは信じがたいけど……でも、渡航者さん達を見る特佐の視線は本当に厳しいものだった。


 私達は特別行動兵として従軍しているとはいえ、特佐は特別な権限を持っているみたいだし……難癖なんかつけられたら、子供達がどんな目にあうかわからない。


 だから隊長さんの助言通りに隠れていようと思っていたけど――。


「特佐が近づいてくる……!」


「うわっ! ま、マジで……!?」


「…………!?」


 星屑隊の皆さんが、より一層ざわめきだした。


 皆さんの陰から覗くと、怪訝そうな顔をした特佐がアゴを触りながらノシノシと近づいてきている。うそ。ホントに難癖つけにきたの!?


 子供達を抱きしめ、何とか隠そうとする。


 この子達だけでも、なんとか守――――。


「ラート? あれっ!? お前、ラートじゃねえかッ!!」


 大声が響く。犬塚特佐の声みたい。


 けど、その大声は怒声じゃなかった。


 どことなく、喜びの感情が感じ取れるものだった。


 ネウロンから来た特別行動兵(わたしたち)を咎めに来たわけじゃない……?


「…………」


 改めてコソコソと隙間から覗くと、犬塚特佐はラートさんの前にいた。


 相好を崩し、ラートさんの肩をバシバシと叩きつつ、「久しぶりだな!! いるなら声かけろよ!!」なんて言っている。親しげに。


 言われているラートさんは敬礼のために上げていた手を下ろしつつ、「お久しぶりです……」と返していた。緊張した様子で。




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