玉帝暗殺未遂事件
■title:<黒水>行きの方舟にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
玉帝の子供。
しかし、玉帝暗殺未遂犯でもある。
そんな人が領主の妻になっている。
副長さんはそう教えてくれた。
どよめきが、別の意味でのどよめきに変わった。
私も思わず、「それは異色すぎませんか……」と呟かずにはいられなかった。
ただ、隊長はいつもの無表情を崩さず、冷静に補足を入れた。
「副長。暗殺未遂がさも真実のように話すな。そのような事実は無い」
「あれぇっ? そうでしたっけ?」
「黒水守の妻は、一時期表に出ていなかっただけだ。その時期が悪かった事で、ありもしない風評を流されただけだ」
隊長はピシャリとそう言い、「相手が相手だけに、単なる侮辱罪で終わる話ではないぞ」と副長さんを叱った。
「それと……もう1つ訂正しておく。黒水守は既婚者だが、嫁を貰ったという言葉は少し誤りがある。正確には逆だ」
「逆、というと……?」
「黒水守が『婿に迎えられた』のだ。姓もその時に変わっている」
奥さんという意味では「嫁」がいるけど、婿入りしているのか……。
でもそれって、単にお嫁さんもらうより凄い事かも。
「婿入りって事は……玉帝一家の一員として迎え入れられたって事ですか……? もしかして黒水守って、玉帝の後継者候補になってたり……?」
「いや、そこまでの立場ではない。玉帝の子そのものが、必ず玉帝の後継者になれるわけでもない……はずだ。おそらく」
やや歯切れが悪い隊長さんの言葉を聞いていると、方舟が黒水の海に着水した。
隊長さんが「下船だ。行くぞ」と行って展望室から出て行くと、星屑隊の隊員さん達もゾロゾロと並んでそれに付き従っていった。
隊員さん達に先に行ってもらいつつ、子供達に話しかける。
「よし、じゃあ皆も下りようね。ヴィオラお姉ちゃんから離れないでね」
「グローニャ、レンズちゃんと一緒にいる~~~~!」
レンズ軍曹さんに抱っこされているグローニャちゃんの言葉に、ガクッと落ち込んでしまう。わ、私の方が軍曹さんより付き合い長いのに~……。
軍曹さんは「仕方ねえから面倒見ておいてやる」と言い、グローニャちゃんを抱っこしながら荷物を取りに行ってくれた。
すっかり仲良しになったのはいいけど……いいんだけどっ! ちょっと……ちょ~っと、嫉妬しちゃうかもっ……!
わ、私はグローニャちゃんの終身名誉姉でもあるはずなのにぃ~……!
内心メソメソしつつ、それを隠してニコニコ笑顔を浮かべ、アル君とロッカ君に「ほら、お姉ちゃんと手を繋ぎましょ」と声をかける。
「やだよ、恥ずかしい」
「恥ずかしいぃ!? ろ、ロッカ君、お姉ちゃんと手を繋ぐことは別に何も恥ずかしいことじゃないでしょ!?」
「いや、だってガキ扱いじゃん。オレは1人で平気だし」
微妙に嫌そうな顔したロッカ君が、アル君を肘でつつき、「お前、手を繋いでやれよ」と促し始めた。
アル君は困り顔で「ボクも大丈夫だよぅ……」と言い、2人してそそくさと行ってしまった。わ……私は、終身名誉姉……終身名誉姉のはずなのにっ……。
■title:<黒水>の港にて
■from:交国軍特佐・カトー
部下を方舟内で待たせ、星屑隊と子供達の見送りのために方舟を下りる。
皆、長期休暇でウキウキしているが、フェルグスは浮かない顔をしている。
隅っこの方でぽつんと立っている。傍にはヴァイオレットが付き添っているが、フェルグスは居心地悪そうにしている。
「おう、フェルグス。オレはこっから方舟で首都に行くから、ひとまずここでお別れだ。まあまた会えるだろうから――」
「オレも師匠と一緒に行きたい。師匠の部下にしてくれよ~……」
フェルグスは唇を尖らせ、そんなことを言ってきた。
フェルグスが大人だったらな~……部下としてスカウトするのも真面目に考えるところだが……。フェルグスは子供だ。子供を戦わせるのはクズのやる事だ。
大人になったら戦友として戦うのを期待したい気持ちもある。巫術に対するオレの理解はまだまだ浅いが、なかなか面白い術式だからな。
ただ、訓練積ませる程度ならともかく……子供を積極的に戦いに引きずり出したくない。それをやったらオレもクズの仲間入りだ。
それにそもそも――。
「悪いな。オレはそこまでの人事権を持ってないんだ」
「むぅ……」
フェルグスが俯き、少し頬を膨らませる。
そんな顔するなよ~、と言いつつ、ふてくされてるフェルグスの頭を撫でてやる。視界の端でウチの副官が時計を気にしている素振りを見せ、「早く首都に行かないと」って言いたげにしているが無視だ。無視。
「お前にはヴァイオレットやスアルタウ達がいるだろ。寂しくないはずだ。な?」
「…………」
「まだ、スアルタウとケンカ中か?」
「……別に」
フェルグスの手を取りつつ問いを投げると、フェルグスは気まずげに顔を逸らしつつ、「ケンカじゃねーし……」とこぼした。
ヴァイオレットが傍にいると話しづらいかもな――と思い、目配せして、ちょっとフェルグスと2人きりにしてもらう。
ヴァイオレットはオレの目配せに気づいてくれたらしく、軽く頭を下げ、少し距離を取ってくれた。オレ達の会話が聞こえない程度の距離に移動してくれた。
「一応仲直りしたかもだが、まだ気まずいままなんだな?」
「ん……」
時間が解決してくれると思ったんだがな~……。
ネウロンから交国本土までの船旅の間に、仲直りできるだろ――と呑気に思っていたんだが、どうやら意外とこじれているようだ。
「……気まずいから、助けてくれよ。師匠の部下にしてくれりゃ……この気まずさを感じずに済むじゃん……」
「フェルグス。そいつは逃げだ。問題から目を背けているだけだよ」
「でも……アルはもう、オレいらないだろうし……。いいじゃん……」
「スアルタウがどう思っているか知らんが、お前はいいのか? 今のままで」
答えはわかりきっている。
その気まずそうな顔が全てを物語っている。
「お前も身に染みてわかってると思うが……家族と仲良くできないのは、寂しいもんだぞ。けど、お前はまだやり直せる。アルが傍にいるだろ?」
「…………」
「オレは、傍に誰もいない。離れた場所に姪がいるだけだ」
親はいない。神器使いに殺された。
姉貴もプレーローマに殺された。もう話すことも出来ない。
「姪がいるとはいえ、親と姉貴と会えないのはつらいんだ。寂しいもんなんだ」
「……師匠は強いから、大丈夫じゃないの?」
「いやいや、そんなことはない。神器使いだって孤独は感じるさ」
お前には、オレのようになってほしくない。
親と離ればなれとはいえ、まだ生きているんだろ?
弟に関しては、直ぐ傍にいる。ちょっとケンカしているだけだ。
「ぎくしゃくしているだろうけど、それを耐えながら近づいていきな。しばらく居心地悪いだろうが、同じ空間にいて、ポツポツ喋っていれば……そのうち、前のような関係に戻れるさ」
「…………」
「必要なのは勇気だ。お前の中には、それがある」
フェルグスの胸を拳で小突く。
フェルグスはまだ暗い顔をしていたが、おずおずと頷いてくれた。
まあ、大丈夫だろう。スアルタウもフェルグスと仲直りしたがっている。
その証拠に、遠くからチラチラとフェルグスを見ているしな。
「じゃあ、オレは行く。今度会う時は、また仲良し兄弟を見せてくれよ?」
「…………」
最後にもう一度、フェルグスの頭を撫でてやる。
他の皆にも「じゃあな」と言って別れ、敬礼されながら方舟に戻る。
待っていた副官に「じゃあ行くか」と言いつつ、言葉を続ける。
「首都の港じゃなくて、玉帝のところに直接行くぞ。方舟で」
「は?」
「オレ達は玉帝に直談判しに行くんだ。いきなり押しかけて主導権握るべきだ」
ケンカも戦闘も先手必勝! 奇襲作戦はエデン時代からオレの得意技だ!
そう言ったが、副官は表情を引きつらせながら「反逆者として裁かれますよ……!」なんてつまらんことを言ってきた。
「そんな事をしたら、謁見どころではなくなります……! 正規の手続きを踏んで行きましょう。お願いですから馬鹿な事を言わないでください」
「ハァ~。これだから交国軍人は……つまらん形式を気にする」
「……ここはもう、<エデン>では無いのです。貴方もその『交国軍人』の一員なのですから……相応の立ち振る舞いをお願いします。いい加減に……」
「はいはい。チッ……。諸々の手続き、頼むわ」
面倒くせえな、と思いつつ、頼んでおく。
やっぱり交国軍は窮屈だ。
エデン時代が懐かしい。
まあ……エデンの時はエデンの時で、色んな意味で窮屈だったけどな。
けど、あれは仕方ない。仕方のない事だったんだ。
「ああ、けど、ちょっと寄り道していいか?」
「特佐……」
「直ぐに済む。ここ飛び立ったら……ちょっと、黒水の景色を見せてくれ」
気になることがある。
■title:<黒水>の港にて
■from:狂犬・フェルグス
「…………」
「さ、フェルグス君。検疫所に行きましょ」
師匠の方舟を見送っていると、ヴィオラ姉が手を伸ばしてきた。
咄嗟に手を握っちまった。
オレはもうガキじゃないのに……ガキみたいなことさせられてる。
恥ずかしいけど……ヴィオラ姉のひんやりした手は、心地よかった。
誰かに手を握ってもらってないと不安だったから……正直、ちょっと助かる。
頼りになる師匠はもう行っちまった。……いつ再会できるかわからない。
「もうちょっと……。もうちょっとだけ、ここにいる」
「フェルグス君……」
「次、師匠といつ会えるかわからないんだ。師匠の見送りしたい」
飛んで行く方舟を見つめる。
師匠はオレを連れて行ってくれなかった。
次、いつ会えるかの約束もしてくれなかった。
……もう会えないかもしれない。
師匠はえらい人だし……特別行動兵のオレなんかとは……もう……。
「……大丈夫。カトー特佐さんとも、そのうち会えるよ……」
「……そうだといいけど」




