成り上がった犯罪者
■title:<黒水>行きの方舟にて
■from:肉嫌いのチェーン
発展していると噂の黒水。
その景色をよく見てやろうと思い、スアルタウと待つ。
待っていると、他のガキ共も来た。……フェルグスはいないが、バレットを伴ってロッカがやってきて、レンズにおんぶされたグローニャもやってきた。
はしゃぐガキに対し、少し遅れてやってきたヴァイオレットが注意し始める。そのヴァイオレットに続き、他の隊員達もゾロゾロとやってきた。
皆、目的はオレと一緒みたいだが――。
「おっ、隊長! どうぞどうぞ、オレの席へ」
隊長がやってきた。こういう場に来るのは珍しい。
展望室の端っこに立っていたが、招き寄せてオレが確保していた席に座ってもらう。隊長は遠慮したが無理矢理座らせ、オレは隊長の背後に立つ。
少し待っていると、方舟が海門を潜った。
一拍置き、太陽の光と共に、青く輝く海が見えてきた。
その海に面した場所に港と街が見える。まだまだ発展途上の街だが……街の外縁部では工事が行われ、街はさらに大きくなりつつあった。
港は既に結構立派なものが作られており、青い海に数十隻の方舟が停泊しているのが見える。街と港、その周りに広がる自然を見て、皆が歓声を上げている。
<黒水>の姿を見て、歓声を上げている。
「マジで立派な街が出来てる!」
「もっとおどろおどろしい場所だと思っていたんだが……」
「おい、見ろ! 天角型の方舟も停泊してる! クソでけえ!」
「黒水の海はかなり懐が深いみたいだな。そりゃ良港になるわ」
星屑隊の隊員がワイワイと騒ぐ中、ガキ共を息を飲んで黒水を見つめていた。
そして、ロッカがモニターを指さしながら「繊一号よりデカくないか!?」と叫んだ。その声にバレットが笑顔で頷き、言葉を返した。
「デカいな。これからもっとデカくなるらしい。ああ、あそこ。工事現場で流体装甲を使ってるぞ」
「マジ!? どれどれ!?」
ロッカがはしゃぐ中、グローニャも瞳をキラキラさせながら「キレーな町! ピカピカしてる!」と言った。
そのグローニャを抱っこしてやってるレンズは、グローニャに頬を引っ張られながら「ひゃいひゃい。そうひゃな。ぴふぁぴふぁしてるな」と言った。
「ネウロンから遠く離れた世界なのに……ネウロンとも似てますね」
驚いた様子で目をパチクリさせているスアルタウに、「交国本土もネウロンも、元々はプレーローマが作ったものだろうからな」と言う。
多次元世界にある世界の多くは、プレーローマが作った。
千を軽く超える世界があるが、大半の世界が似た構造をしている。宇宙には太陽と月があって、新鮮な空気があって生身で生活できる。
プレーローマが「世界の雛形」のモデルを使い回した結果、似た世界が量産されたわけだが……そのおかげで異世界渡航のハードルが下がっている。
環境が似ているから、特別な装置無しでも異世界で暮らせる。それが異世界渡航のハードルを下げている。まあ、何もかも同じではないけどな。
交国本土とネウロンは、よくあるタイプの世界だが――。
「確か……海の面積は交国本土の方が広いはずだ」
「へぇ~……」
「あと、地域によるんだが……ネウロンの繊一号近辺より湿気が酷いな」
夏は温度のわりに蒸し暑くてウンザリしそうになる。
ネウロンの方がカラッとした天候で過ごしやすかった。ただ、交国本土の方が圧倒的に発展しているから、遊ぶなら交国本土の方がいいけどな。
「しかしまあ、本当に発展してるなぁ。混沌の影響でまともに人が住めない環境だって聞いていたんだが……」
「1人の元流民が、黒水の混沌を鎮めてみせたのだ」
その影響で、交国すら持て余していた黒水が有効活用されるようになった。
隊長はそう言いつつ、説明を続けてくれた。
黒水は混沌に悩まされ、持て余していた土地だった。だが、ポテンシャル自体は高かったから、交国でも何とか活用方法を模索していた。
そんな中、交国に1人の流民がやってきた。
その流民は追われる身だったが、神器使いでもあった。交国は「実力さえあれば来る者拒まず」だから、その神器使いも受け入れた。
それこそ、カトー特佐のように――。
「その神器使いというのが、現在、黒水の領主を務める<黒水守>だ」
隊長が領主としての名を言った後、<黒水守>の本名を言った。
すると、隊員達も「あの人か!」と気づく者が大勢いた。直接会った者はさすがにいないが、軍内部にも知れ渡っている名前だからな――。
黒水守の活躍は、オレも知っている。
神器使いは一騎当千の力を持っているが、黒水守ほど強力な神器使いはそうそういない。多分、カトー特佐よりも強い。
神器使いとして交国軍の作戦にも従軍し、多大な功績を上げ続けている。表沙汰になっていない作戦でも大活躍しているともっぱらの噂だ。
ただ、「領主までやってたんだ」と驚く者もいたが――。
「てっきり、カトー特佐みたいに特佐になるものとばかり……」
「カトー特佐より前から交国にいるわりに、特佐として活動してなかったからなぁ……。特佐長官じゃなくて、統合軍本部がツバつけてるものとばかり――」
「黒水守は現在も交国軍の作戦に参加しているが、現在の本職は黒水の領主だ。多忙らしく、領地にいない事が多いが――」
ただ、黒水開発が始まる最初期は常駐していたらしい。
黒水守は神器を使って混沌に干渉し、黒水を悩ませていた混沌を制御下においた。そして交国の技術者達と協力し、黒水の混沌を沈静化させたらしい。
「その活躍により、黒水は現在のように港湾都市として成長しつつある」
「その時の功績プラス、それまでの功績の合算で領主まで任されたって事ですか……。元流民のくせにバチクソ出世してますねぇ……」
ちょっと失礼なことを言ってる隊員の頭を軽く小突いておく。
黒水守に聞かれる事はないが、カトー特佐に聞かれるとマズい。特佐だって元は流民だ。「元流民のくせに」は気分の良い言葉じゃないだろう。
でも、元流民で領主になったのは……かなりレアな出世コースだな。
交国は実力さえあれば、流民も成り上がる可能性はあるが――。
「元流民だけど神器使いだから特佐になりました――って話はたまに聞きますが、領主になったって話は……聞いた覚えないですね」
「黒水守の場合、軍の仕事以外の活躍もしているからな。混沌の海の早期沈静化や、黒水のような土地に干渉できる事で」
戦功以外にも、経済的な影響力も強いから、そこを鑑みた出世って事か。
そうだとしても本当に珍しい存在だ。
「いいなぁ~。俺も黒水守みたいに成り上がりてぇ~」
「だったらまずは、神器使いになってみせるんだな」
なりたくてなれるものではないが、そう言って笑いながら部下を小突く。
一応、気持ちはわかるけどな。オレだって神器が欲しいよ。
力があれば、復讐のために活用してやるのに――。
■title:<黒水>行きの方舟にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
黒水を治めている人も流民出身なんだ……と思いつつ、隊長さんの話を聞く。
追われていたという経歴が少し引っかかる。元テロリストのカトー特佐といい、交国は本当に「実力が正義」な国なんだ。
実力さえあれば、経歴は大して気にしないんだろう。
まあ、カトー特佐の場合は「交国を含む人類連盟」と敵対していた事で「テロリスト」と呼ばれていただけで、悪い人ではない気もする。
人類連盟が世界のルールを決めていただけで、弱者救済のために戦っていたカトー特佐達はそのルールに牴触したって話だろうし……。
「交国って……国外出身者も重用しているんですか? 経歴不問で。神器使いぐらい強かったら例外として認められるって感じなんでしょうか?」
「いや、神器使い以外も受け入れている。学者等も亡命を受け入れている」
神器使いに限った話ではない。
ただ、やっぱり実力が重視されるらしい。
行き場のない流民もそれなりに受け入れるけど、本人の能力が高くなければ低賃金でこき使われるだけ――などと仄めかされた。
「特別行動兵のままでは交国への帰化申請は行えないが……貴様らの任もいずれ解かれる。その後であれば帰化申請は可能だろう」
隊長さんが言ってくれた言葉を、愛想笑いしつつ受け止める。
交国への帰化かぁ……。あまり気乗りしない。そもそも私はネウロン人なのかすら、かなり怪しいところだし~……実質、流民の一員なのかも。
「お、オレも交国の人間になったり、交国の学校に通えるのっ……?」
ロッカ君にとっては魅力的な話らしく、隊長さんに上目遣いで問いかけた。
隊長さんは頷き、「いずれ可能になるだろう」と言ってくれた。
「貴様らは単なる特別行動兵ではない。繊三号で正規軍以上に活躍した者達だ。今の立場が特別行動兵だろうと、今後も任務に励んでいれば……その経歴は帰化申請時に役立つのは間違いない」
「ま、マジで!?」
「貴様が望むなら、少なくとも交国軍人になる道は確かに存在する。前例も多く存在しているからな」
ロッカ君は隊長の言葉を聞き、嬉しそうに微笑みながらバレットさんを見上げた。バレットさんの手を引き、飛び跳ねている。
私としては正直、反対したい。ロッカ君もグローニャちゃんもアル君も、そして当然フェルグス君も、交国軍なんかに長く関わってほしくない。
けど、そう思うのは……私のエゴなのかなぁ……。
無邪気に喜ぶロッカ君に対し、隊長以外の星屑隊の人達も「お前達なら帰化も余裕だろ」「実際、マジで大活躍だったしな」と言って笑っている。
「お前なら黒水守みたいな領主になれるかもな」
「領主とかつまんなそう。オレ、整備士になりたいっ! バレットみたいな!」
そう言ったロッカ君の手を、ニヤニヤ笑っている副長さんが引いた。
手を引きつつ、「黒水守ぐらいになると、良い嫁さんもらえるぞ」と言った。
「確か黒水守の嫁は、玉帝の子供の1人だ」
「えっ? マジぃ? メチャクチャおエライさんの娘じゃん」
「そう、偉いさんの娘なんだ。広い世界の一角に過ぎないとはいえ、交国本土の一角を任されたうえに、玉帝の娘を嫁にもらうなんて……破格の待遇だ」
副長さんは笑顔でそう言った後、「まあ、問題児を押しつけられたって噂もあるけどな」と言葉を続けた。
他の隊員さん達は「玉帝の娘と結婚した」という話は知らなかったらしく、どよめき、口々に副長さんに問いを投げている。
「副長、いまの話、マジですか?」
「どんな子を嫁に……!?」
「オレも顔は知らんが、経歴は異色だぞ」
「そりゃあ、玉帝の子供は異色中の異色でしょ」
「そんなレベルじゃない。その女は、玉帝暗殺未遂犯らしい」




