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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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同じ場所 違う景色



■title:<黒水>行きの方舟にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


 1ヶ月以上続いた混沌の海での航海も、あと少しで終わる。


 ラートさん達の故郷、交国本土には今日中につく予定みたい。


 混沌の海での航海は、ネウロンの海での航海とは全然違った。


 方舟の外は真っ暗で何も見えないけど、外に出ても溺れたりはしない。ただ黒く染まった空気が流れているだけだった。


 でも、それが怖かった。


 命綱をつけて、ちょっとだけ方舟の外を見学させてもらったけど……ほんの少し先の景色も見えないほど、混沌の海は真っ暗だった。


 見えるのは足下にある方舟の装甲だけ。


 何かと衝突した時に備えて、プニプニしている装甲があるだけ。混沌の海では金属同士が衝突した時に起こる火花すら、危ないから……そんな装甲があるだけ。


 命綱も無しに、方舟の外に放り出されでもしたら……上も下もわからない海の中で、ジタバタともがくしかなくなる。そのうちお腹が減って死んじゃう。


 そう思うと、おしっこがチビりそうになったけど……航海しているうちに少しは慣れてきた。混沌の海を「面白い」と思うようになってきた。


「観える魂の数が増えてきた……。ホントに交国本土が近いんだ」


 混沌の海は真っ暗で見通せないけど、巫術は使える。


 目をつむり、巫術の眼に意識を集中すると……暗闇の中にポツポツと光の群れが観えてくる。ボクらみたいに航海している魂が観えてくる。


 ネウロンの近くはあまり人が来ないから、全然、魂が観えなかったけど……でも、たくさんの魂が観える場所もあった。


 たくさんの魂が一列に並んで航行しているのは、軍の艦隊や輸送船団が通っている証拠。魂の群れが綺麗に並んでいた。


 もっとスゴいところもあった。


 町と同じぐらい、たくさんの魂が集まっている場所もあった。


『魂がいっぱいある! ブワッて観えてきた!』


 ボクが興奮してそう言っていると、カトー特佐さんが「おそらく、<アイランド>だな」と教えてくれた。


 混沌の海にも町がある。


 <アイランド>と呼ばれる大きな町が作られている。


 おっきな人工島の<繊三号>みたいに作ったアイランドもあれば、たくさんの方舟が合体して作られたアイランドもあるみたい。


 各世界の外殻部とか、交通の要所とか、長い航路の中継点に作られているみたい。中にはそういうところから外れた場所に、ひっそり存在するアイランドもあるんだとか……。


『オレ達がいま通っている航路は人類連盟が共同管理している公の航路だ。けど、そういうところから外れると……混沌の海でしか生きられない<流民>達が暮らすアイランドがあったりするんだ』


『へぇ~……』


 ボクは「そういう場所にも行ってみたいなぁ」と言った。


 こんな暗い海の中でも、大勢の人が暮らしている場所がある。キラキラと輝く魂が観える。それがとてもスゴい事だと思ったから、そう言った。


 特佐さんは少し黙った後、「治安悪いからオススメできないな~」と言っていた。……本当に言いたいことは飲み込んでいるように見えたけど……。


 殆ど方舟の中で過ごした船旅だったけど、それも終わりが近づいている。


 もう交国本土近海に入っているみたいだし、その証拠に沢山の魂が行き来しているのが見える。交国本土に色んな方舟が出入りしているんだと思う。


 展望室に行ったら、何か見えないかな。


 黒い混沌に阻まれて遠くは見えないだろうけど、巫術師(ぼくら)には魂が観える。その魂の輝きを一緒にみたい人がいた。


「あ、あのっ、にいちゃんっ……!」


「…………」


 にいちゃんを見つけ、方舟(ふね)の廊下で声をかける。


 展望室に行かない? お外に何か見えるかも……とドキドキしながら誘う。


 にいちゃんとは、繊一号からずっとギクシャクしてる。


 この船旅の間、全然喋ってない。このままずっとギクシャクしているのイヤだから、勇気を出して誘ってみたけど――。


「いや……別になにも、見えないだろ……」


 にいちゃんはボソボソ喋りつつ、気まずそうに視線を逸らした。


 オレはいいよ、と言って、さっき出てきたばっかりのトイレに入っていった。……これってやっぱり避けられてるよね……?


「ぅ~…………」


 目がジンワリと滲んできたから、ギュッと閉じて耐える。


 耐えつつ、壁に手をつきながら展望室に向かう。


 船旅も長かったから、目をつむってても歩けるぐらい、方舟の構造は覚えた。立ち入り禁止の区画も多いけど……展望室はもう何度も来ている。


「…………」


 展望室で目を開く。


 外の様子を映している大きなモニターには、インクのように真っ黒な混沌しか見えない。ゆらりゆらりとうねって、流れていくのが見えるだけ。


 巫術の眼を使えば、混沌の向こう側にある魂の群れが見える。


 キラキラした魂がたくさん見えるけど――。


「…………ハァ」


 にいちゃんの気まずそうな顔を思い出すと、あまり楽しめなかった。


 にいちゃんと同じもの、見たかったけど……ボク、もう……。


「…………」


 展望室の隅っこで三角座りしていると、魂が近づいてくるのが観えた。


 同じ方舟に乗っている人の魂。何か話しながらこっちに近づいてくる。


 2人分の魂。片方はラートさんの魂だ。


「――だから、そろそろシャキっとしろ。中佐の言葉は気にするな」


「でも……」


 副長さんの声。それと、ラートの声も聞こえてきた。


 ラートさんは沈んだ声を出している。


 けど、副長さんはそれを励ますような声を出している。


「わわっ……!」


 展望室の前まで魂が近づいてきたのを感知して、慌てて隠れる。


 隠れる必要は無いかもだけど、何となく……隠れちゃった。


 ラートさんは、ずっと落ち込んでいる。


 この船旅が始まった時からずっと、様子がおかしい。


 理由を聞いても答えてくれないし、「大丈夫」と言っているけど、いつもの元気な笑顔は浮かべてくれない。……怪我はもう大分治ったはずだけど……。


「俺は脱走……………。軍法会議……べき………す」


「バカ。軍法会議にかけられなかったのが全てだろうが」


 ボソボソと喋っているラートさんの声は、よく聞こえない。


 副長さんはそんなラートさんを励ましているけど、ラートさんの声の調子はずっと沈んだままだった。


「とにかく……切り替えろ。スアルタウ達も心配しているぞ」


 ボクの名前が呼ばれたからビクッとしていると、話は終わったみたい。


 ラートさんは「すみません」と言い、展望室を去って行った。


 副長さんは息を吐きながら椅子に腰掛け、しばらく黙っていたけど――。


「おい。もう出てきていいぞ」


「…………!?」


 ボクが隠れているの、バレてたみたい。


 怒られる――と思って、ビクビクしながら出て行くと、副長さんは優しい笑顔を浮かべながら「怒らないから安心しろ」と言ってくれた。


 そして、自分の隣の椅子を叩きつつ、「こっちに来い」と促してきた。


「ご、ごめんなさい……。盗み聞きするつもりは……」


「でもちょっと聞こえただろ」


「うぅ……」


「ふん。まあ、いいさ」


「…………ラートさん、何があったんですか?」


 こんなこと、ホントは聞いちゃダメかも。だけど……気になる。


 ラートさんのこと、心配だし……。


「も、もしかして、怪我……命にかかわるぐらい酷いとか……?」


「いや、そういうのじゃねえ。ただ、古傷を抉られただけさ」


「古傷?」


 副長さんは展望室のモニターを見ながら、「繊一号を出発する前に、久常中佐がちょっかいを出してきたんだよ」と言った。


「あの中佐は……ラートがネウロンに来る前にいた作戦行動に関わっていた人でな。当時のことをよく知っているんだよ。……いや、知ってるはずなのに頭がおかしくなっている……って言うべきかねぇ……?」


「…………? 昔のことで、ラートさん、イヤなこと言われたとか……?」


「まあ、そんなとこさ」


「なんか……脱走とか、聞こえたような……?」


 そう言うと、副長さんがチラリとこちらを見てきた。


「ラートは久常中佐に『脱走兵』って言われたんだ。その件だな」


「……うそ。ラートさんは逃げたりしません」


 すごく勇気のある人だもん。


 いや、本人は「勇気のあるフリをしている」って言ってたけど……。


 本当にフリだったとしても、それこそが「勇気を出している行動」だと思う。


 ボクが「ラートさんは逃げたりしない」と言うと、副長さんは可笑しそうに笑ってボクの頭をワシワシと撫でてきた。


 生えてきた植毛が傷つくのが怖くて、慌てて手を添える。


「正解だ。お前の言う通りだ。ラートは脱走兵なんかじゃねえよ」


「じゃあ、久常中佐がウソついてるんですか?」


「そういう事だ」


 ウソついて、ラートさんを傷つけるなんて……ひどい人だ!


 中佐さんについて良い噂は聞かなかったけど……巫術師(ぼくら)も「噂」で傷つけられること多いから、聞き流すようにしていた。


 でも、ラートさんが傷つけられたなら……それは聞き流せない。


「ただ、中佐はもう『ウソ』だと思ってねえのかもな」


「え?」


「世の中には……本当に頭のおかしい奴がいるんだよ。一度ウソをつき始めたら、そのウソが『本当だった』と自分を騙し始めるイカレ野郎もいるのさ」


「はあ……」


 よくわからず、首をひねる。


 副長さんはボクの頭から手を離しつつ、「でも――」と言葉を続けた。


「ラートも、ある意味では久常中佐と同じなんだ。アイツは自分を『脱走兵』だと思い込んでいる。しかも……裁かれなかった脱走兵だ」


「え? えっ……? なんで……?」


「アイツは馬鹿で……良い奴だから、ずっと自分を責めているんだよ」


 副長さんは机に腕を置きながらため息をつき、その後、ボクの肩を叩いて「本当に悪い奴じゃないんだ」と言った。


 お前もそれはわかるだろ、と同意を求められたから、コクコク頷く。ラートさんは良い人。大好き。ラートさんは何も悪くない。


 でも、何で自分を「脱走兵」と思い込んでいるかは……よくわからなかった。


「久常中佐の言葉なんざ、真面目に受け止める必要ないのにクヨクヨしているんだ。だから……今はそっとしておいてやってくれ」


「はい……」


「家族に……まあ、会ってきたら……少しは元気になるはずだ。アレは交国軍人のメンタルケアも兼ねているからな」


 休暇が終わる頃には、元のラートさんに戻っている。


 だから大丈夫だ、と副長さんは言った。


 そう言っているわりに、副長さんの表情は――。


「おっ! もう着いたみたいだな」


 方舟が少し揺れた。


 副長さんによると、交国本土の外郭にある港についたみたい。港の設備に接触したら方舟が揺れたみたいだ。


 普通はここからしばらく時間かかるらしいけど、この方舟にはカトー特佐さんが乗っているから優先的に界内に入れてもらえるらしい。


「特等席確保しとけ。黒水の景色をよ~く見るためにな」


「は、はいっ……!」





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