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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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脱走兵と「脱走兵」



■title:<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「すみません副長! ホントすみませんっ! 直ぐ戻りますんでっ!!」


「はいはい、行ってこい……」


 軍用車の運転席からドタバタと下りていったラートを見送った後、いそいそとオレが運転席に移る。クソ焦ってるアイツに運転任せたくない……。


 ラートは珍しく寝坊し、皆に置いて行かれた。仕方なくオレが付き添ってやり、「さあ、港に行くかー」と出発したら「忘れ物しました!!」と言いだした。


 仕方なく宿泊所の前まで戻り、忘れ物を取りに行かせた。


「まったく……」


 車のハンドルに身体を預けつつ、ため息をつく。


 表向きは「繊三号で負った怪我による体調不良」って事にしておいたが、寝坊の原因は別にあるはずだ。


 ヴァイオレット達とコソコソと調べている事に関し、アレコレと考えているうちに寝付けなかったとか……そういう感じだろう。


「すみません副長お待たせしましたぁ~! 運転代わりますぅ~!!」


「いい。さっさと助手席乗れ」


「スミマセンッ!!」


 指図し、助手席に座らせる。


 ラートが扉を閉めた瞬間発進し、港に向かう。


 仮にオレ達が置いて行かれそうになったら、隊長が数分は足止めしてくれるはずだが……長くは持たないだろう。


 乗り込むのは交国軍の方舟だし、オマケに特佐も乗り込んでくる。末端の兵士の都合で出発を延ばしてもらうのは難しいだろう。


「よしよしよし……何とか間に合いそうだな」


 港までやってきたが、まだ方舟は飛び立っていない。


 方舟に向け、星屑隊や第8巫術師実験部隊や、特佐の部下達がゾロゾロと歩いて行くのが見えた。走ればギリギリ間に合いそうだ。


 港の入り口で待っていたキャスター先生に車のことを頼む。鍵を預けながら謝ると、先生は気にせず早く行くよう促してくれた。


 先生と同じく別便でネウロンを出る予定の整備長に手を振られつつ、方舟に向かって急いでいると――。


「おっ。寝坊でもしたのかぁ~? お前らぁ」


 トイレから出てきたカトー特佐が、濡れた手を軍服のズボンで拭きつつ出てきた。慌てて立ち止まり、ラートと一緒に敬礼をする。


 特佐は笑って、「かしこまらなくていい」と言いつつ、トイレの外で待機していた副官が差し出したハンカチを手で押しのけた。


 そして、「オレが乗るまで出発しないから、ゆるりと行こう」と言ってくれた。


「ありがとうございます。助かります。ラートの傷が開くと困るとこでした」


「ははっ、可愛い部下を持つと副長(アンタ)も大変だろう」


「手がかかります……。15のガキですから、まだまだケツが青いので」


「ラートってそんな若いのか!」


 カトー特佐は目をぱちくりさせ、「オークの年齢ってよくわからん……」と呟いた。他種族から言われる言葉1位かもしれん。


 もしくは、「オークなのに紳士ですね」かな?


 いや、これは交国人はあまり言わないか。差別発言だしな。


「フェルグス達みたいな子供を特別行動兵として使ったり、他国ならまだまだ未成年のラートみたいな子を兵士に仕立てるなんて……交国はやっぱ闇が深いな」


 同感だが、さすがに愛想笑いだけに留めておく。


 曹長に過ぎないオレが同意していい言葉じゃない。


 ともかく、カトー特佐が大らかなおかげで、ゆっくり搭乗できそうだ。


 ラートの禿頭を掴みつつ、改めて「ほら、礼を言え」と促す。ラートも「ありがとうございますっ! カトー特佐!」と暑苦しいセリフを吐いた。


「いいって。実はオレも寝坊を…………ふぁ…………。したんだよ……」


 笑っていた特佐が大口を開けながら欠伸した後、ウインクをしてきた。


 オレも「特佐」とはろくに会った事が無いが……今まで遠目に見てきた人達とは、カトー特佐は全然違うな。親しみやすいというか、粗野というか……。


 元流民で元テロリストだから、やっぱ特殊なのかね。


「遅くまで軍務だったんですか?」


「いや……コイツのしごきに耐えてた……。マナー覚えるまで寝るなって、横暴なことを言うからよぅ……。まああと、調べ物を少々……」


 特佐が苦々しい表情をしつつ、斜め後ろを歩く副官を親指で指さした。


 指さされた副官はすました顔で歩き続けている。


 そんな話をしながら本土行きの方舟に向かっていると――。


「カトー特佐! カトー特佐!!」


「おっ……?」


 交国軍人達が数人、駆け寄ってきた。


 オレより階級上の人もいるから、さすがに姿勢を正して立ち止まる。


 ……誰が来たのかと思えば、無能で有名な久常中佐じゃねえか。


「…………」


 さりげなく立ち位置を変え、久常中佐からラートを隠す。


「カトー特佐、本気でネウロンを見捨てるおつもりか!?」


「人聞きが悪い。単に本土に向かおうとしているだけだろ……」


 必死な形相の久常中佐がカトー特佐に詰め寄っていく。


 カトー特佐はウンザリとした表情で立ち止まり、中佐の話を聞き始めた。


 察するに、久常中佐はカトー特佐を利用したいんだろう。


 前から「タルタリカ殲滅のために神器使いを派遣してくれ」と言っていたし、この機会にカトー特佐に仕事を手伝って欲しいんだろう。


 確かにカトー特佐は神器使いだが、「特佐」でもある。中佐如きがアゴで使える存在じゃない。将官でも特佐への命令権が無いのが普通なのに――。


「上から防衛専念を命じられたんだろ。タルタリカの変化もおかしいんだから、防衛しつつ調査も行うべきだよ。そのうち上が優秀な指揮官を送ってくれるさ」


「防衛するにも戦力が足りない! ネウロン旅団の兵士は無能揃いだから……!」


「軍隊はかけ算だと思うがねぇ……。下の兵士が優秀でも、それにかけられる指揮官の数字がショボかったり、ゼロだったら弱くなるさ」


 特佐は久常中佐を押しのけ、下がらせた。


 副官が「特佐は玉帝からの招集を受けています。その遂行を邪魔するのであれば、その事実を上に報告しなければなりません」と言った。


 久常中佐は顔を赤くして憤慨している様子だったが、副官をにらみ返す事しか出来なかった。


「話は終わりだ。お前ら、行くぞー」


 ポケットに手を突っ込み、歩き始めた特佐についていく。


 顔真っ赤にしている中佐に敬礼し、方舟に向かう。


 この場に中佐が来たのはヒヤリとしたが、何とか切り抜け――。


「…………おい、貴様」


 後ろから中佐の声がした。


 振り返ると、ラートが中佐に手を引かれ、止められていた。


 中佐は怪訝な表情で「貴様、どこかで……」と呟いている。何とか割って入ってラートを先に行かせようと思ったんだが――。


「…………! 貴様、エミュオン攻略戦に参加していたオークか!?」


「――――」


 久常中佐の大声に打たれ、ラートの表情がみるみる青ざめていった。


 まずい。気づかれた。


 だからラートと中佐を会わせたくなかったんだよ。


「貴様! 貴様の所為で! エミュオン攻略は失敗し、沢山の兵士が死んだんだぞ!? 私も貴様の所為でネウロンくんだりに左遷され、屈辱の日々を……!」


 中佐に胸ぐらを掴まれたラートが「すみません、すみませんっ……!」と呟く。


 冷や汗まで流し、震えている。


「貴様のような脱走兵(・・・)がいたから!! 貴様の所為で皆死んだのだ!」


「――――」


 目を見開き、固まっているラートを放っておけない。


 目配せしてあの人に頼もうと思っていたが、その必要はなかった。


「おい、アンタ。何の話をしてるんだ?」


 オレが頼むまでもなく、カトー特佐が怪訝な顔で戻ってきてくれた。


 ラートの胸ぐらを掴んでいる中佐の手を解いてくれた。


「こいつは……! この軍曹は、プレーローマとの戦いから逃げた臆病者だ! 自分の命欲しさに戦友を見捨てた情けない奴なんだ!」


「ふーん。ラートがねぇ……」


 カトー特佐はアゴをさすりつつ、どうでも良さそうな顔をしている。


 そんな中、中佐は伴ってきた部下達に「おい、この軍曹を拘束しろ! 脱走兵だぞ!!」などと言い始めた。


 カトー特佐がいる事もあって、中佐の部下達の動きは鈍い。中佐と特佐両方の顔色をうかがいつつ、ラートを拘束するか迷っている。


「あの、久常中佐。こいつが本物の脱走兵ならこんな場所にいな――」


「そこの曹長も拘束しろ! 黙らせろ!!」


 マジかよっ……!


 ラートを後ろに下がらせ、迫ってくる中佐の部下の前に立つ。


 冷静になってくれ――と思いながら、両手を上げて無抵抗の意志を示す。


「おい、待てよ。そいつらはオレの客だぞ」


 幸い、カトー特佐が中佐の部下達を止めてくれた。


 無能な中佐と、玉帝のエージェントとして動いている特佐。どちらに従うべきかは、中佐の部下でも判断できるらしい。


「曹長の言う通り、脱走兵ならこんなとこいないだろ。軍法会議にかけられて厳しく処分されているはずだ。違うか、中佐」


「そっ、そいつはズルをしたんだ! だがまったく無傷ではいられなかった! ネウロンに左遷されている事が脱走の証拠だ!」


「話にならんな。おい、ラート、お前ホントに脱走したのか?」


「――しました。俺は、エミュオン攻略戦で、仲間を置いて逃げました」


 馬鹿なことを言うラートを肘でつつく。


 カトー特佐は「余計に意味がわからなくなった」と言いたげな微妙な顔を浮かべていたが、頭を掻きながら口を開いた。


「とりあえず方舟に行くぞ。じゃあな、中佐」


「ま、待て……!! 逃げる気か!? ネウロンからも、逃げる気かぁ!!」


 叫ぶ中佐から離れるために、ラートの肩を抱いて歩かせ、特佐に続く。


 せっかくの長期休暇なのに……フェルグスは襲撃されるわ、ガキのケンカで空気が悪いわ、中佐の馬鹿発言を聞くことになるわで……散々だよまったく。


 ラートも言い返せよ。いや、階級的に難しいだろうけど。


 中佐の発言がおかしい事なんざ、オレだって知ってるぞ……。




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