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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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海峡突破


■title:<繊一号>の陸港にて

■from:不能のバレット


 ようやく交国本土に出発だ。


 混沌の海の状況を鑑みて、出発が延期になっていたけど……今日は大丈夫らしい。ネウロン近海は多少荒れているそうだが、突破困難なほどではない。


 カトー特佐の計らいで、特佐の乗る方舟に乗せてもらえるらしい。おんぼろの輸送船じゃ心配だけど、特佐の方舟なら大丈夫だろう。


 その方舟に乗るため、港まで来たんだけど――。


「ロッカ。大丈夫だって」


「ダメだ。大人しくしてろ」


 自分の荷物をロッカに奪われる。


 ロッカは鼻息荒く、「お前は体調悪いんだから、重い物を持っちゃダメだ」なんて言いながら荷物を運んでくれている。


 ロッカの小さな身体じゃ、しっかり持てていないが……手を伸ばしても「ダメダメダメ」と拒まれる。……心配をかけてしまっている。


「調子悪くなったら、ちゃんと言えよ!」


「うん。わかった。ごめんな……」


 何とか説得して荷物を取り戻したけど、心配させてしまっている。


 申し訳なさでいっぱいになる。謝っていると、整備長が「面倒みられてるねぇ」と言いつつ、笑いながら近づいてきた。


「整備長。……あれ? やけに軽装ですね。荷物はどこに?」


「あたしゃ、キャスターと同じく、別便さ」


 どうやら交国本土には行かないらしい。


 俺達とは別便に乗る予定らしく、それが来るまで繊一号に待機するようだ。


 整備長が交国本土に行かないと聞いたロッカは、「なんか土産見つけてくる!」と元気よく言った。整備長は笑い、「あたしに構わなくていいよ」と返した。


「ガキが余計な気を使わなくていい。土産は高くつくし、自分の休暇に集中しな」


「整備長はどこ行くの? 一緒について来てくれりゃ、一緒に遊べるのに」


「アンタらみたいな若いガキ共と遊んだら、ババアのあたしは腰が砕けちまうよ」


 整備長は愉快そうに笑った後、「あたしゃ実家に戻るのさ」と言った。


 ロッカは得心した様子になった。


「そっか。皆が交国本土に家族いるわけじゃないのか……」


「一口に『交国領』と言っても広いからねぇ。いくつもの世界にまたがって領地を持っている巨大国家だからさ」


 整備長はそう言った後、ロッカの背を叩き、「ほら、せっかくの機会だ。港を見学してきな」と促した。


 ロッカは子供らしい無邪気な顔で頷き、テテッと走っていった。その背を見送った後、整備長に「ご家族とゆっくりしてきてください」と告げる。


「整備長は実家に帰るの、何年ぶりですか?」


「よく覚えてないけど……十数年ぶりかねぇ」


「えっ……!? そんなに戻ってないんですか」


 交国軍人は異世界に派遣される事も珍しくない。一度異世界に派遣されてしまえば、戦場から離れられない事もある。


 リフレッシュのための休暇も取れるけど、取りたい時に取れるわけではない。実家が遠い世界にあると、数年に一度しか戻れない人もいる。


 でも、十数年も実家に戻っていない人は……さすがに初めて見たな。


 驚いていると、整備長は「まあ戻っても誰もいないからね」と言った。


「あっ……。すみません、俺、無神経なことを……」


「気にしなくていいよ。家族が死んだのはもう、一世紀近く前さ」


 整備長は懐かしそうな笑みを浮かべつつ、「それから半世紀以上、ぐだぐだと生きてきたから、とっくに吹っ切れているよ」と言ってくれた。


「当時から……その、交国軍人だったんですか?」


「息子はそうだった。けど、あたしゃ一応一般人だったよ。交国軍に入ったのは20年ほど前だから……アンタ達とそこまで軍歴に差が無いよ」


「いや、さすがに桁が1つ違います」


 それでも思っていた以上に短い。


 整備長は長寿族のエルフ。


 確かいま300歳ぐらいだから、家族を亡くした時に200歳ぐらいか……。


 人生の大半を軍関係に費やしている俺達とは違って、軍に関わっていない期間の方がずっと長いんだなぁ……。


「旦那も息子ももういないが、それでも墓はあるからね」


「では、実家に戻ってお墓参りを……?」


「そのつもりさ。墓石に向き合ってボケ老人のように独り言を唱えてくるよ」


 そう言った整備長は、窓に張り付いて方舟を見ているロッカの背を見つつ、「ガキ共を見ていたら、色々と思うところがあってね」と呟いた。


「とにかく、休暇を楽しんできな」


「はい……」


「ところで、いつもやかましいラートと、副長はどこに行ったんだい?」


 港には、整備長と同じく見送りにきたキャスター先生の姿もある。


 けど、星屑隊はラート軍曹と副長の姿はなかった。


「あいつら結局、本土に行かないのかい?」


「いや……珍しくラート軍曹が寝坊して……」


「ほぅ? そりゃ本当に珍しい」


「軍曹、アレでも一応、怪我人ですからね……」


 そのくせ子供達の世話を見るためにうろついたり、色々と気を揉んでいる。


 俺達(オーク)は身体が丈夫で痛みを感じないけど、それでも調子を崩す事もある。痛みがないからこそ、異常に気づきにくかったりする。


 少し調子を崩しただけで、本土に向かう方舟の中で安静にしていれば大丈夫らしい。ただ、ちょっと身支度が遅れ、後から来る事になっている。


 副長はその軍曹を連れ、後で合流予定。


 その事を話していると、もう1人いない事に気づいた。


 第8巫術師実験部隊も、1人いない。


「そういえば……第8の技術少尉もいませんね」


「あれ? 繊三号で死んだんじゃなかったっけ?」


「いやいや……自分、生きてるの見ましたよ」


 繊一号に向かう輸送機の中で、「なんでアタシが、アンタらと一緒の輸送機なのよ!」とキーキーと喚いていた。悪霊の類いでは無かったはずだ。


 どこ行ったんだろう――と整備長と話していると、隊長が教えてくれた。


「彼女も別便だ。交国本土は我々だけで向かう」


「ああ、そうなんですね……」


「一緒にいたかったのか」


「いやいやいや……さすがに勘弁してください……」


 あんな人、ロッカ達の傍にいない方がいい。


 さすがに「死ね」までは思わないけど、休暇中も子供達を監督していたら、さすがに子供達が可哀想すぎる……。一緒じゃなくて良かった。


 内心、胸をなで下ろしていると、整備長が「お互い、無事に実家へ辿り着けるといいね」なんて言ってきた。


「それを言わないでください整備長。俺、実はちょっと怖いですから」


「海難事故が?」


「ええ……。交国の船でも、たまに事故ってますし……」


 混沌の海は、危険な場所だ。


 ちょっとした刺激で直ぐ荒れるし、大きく荒れた時は最新鋭の方舟でも混沌の圧力でぺしゃんこになる事もある。


 何とか潰されずに済んでも、暗い混沌の海に投げ出されたら……死ぬまで彷徨い続ける事になる。一度遭難したら、救助して貰える可能性はゼロに近い。


 それに、海賊(・・)に襲われる危険もある。


 数年前から活発に活動しているらしいからなぁ……。近頃は軍の対応が進んで、一時期よりは大分マシになったらしいけど。


「ネウロン近海の時化は大分収まったみたいですけど……他の地域がいつ荒れるかわかりませんから。人為的に荒らせるのが本当に怖いです……」


「実際、荒らされていたみたいだねぇ」


「えぇっ……どこがですかぁ……?」


「対プレーローマの最前線方面だ。我々にはあまり関係がない」


 疑問を口にすると、整備長ではなく隊長が答えてくれた。


 交国本土に戻る航路には関係ないものの、交国とプレーローマの最前線近くの海がメチャクチャ荒れていたらしい。


 その時化に直接巻き込まれなくても、余波が怖いな……。


「敵の工作により、数ヶ月に渡って荒れていたそうだ」


「それは……その辺りの渡航に大きな影響が出てそうですね」


「ああ、実際出たらしい。一部の世界は、時化で出入り不可能になっていた」


 混沌の海が長期間に渡って荒れると、異世界への渡航が不可能になる。


 それは人や物の移動に大きな影響を及ぼす。プレーローマとの最前線近くって事は……補給や作戦行動にも大きな支障が出ただろう。


 数ヶ月に渡って荒れたなら、ネウロン近海の比ではない時化だ。


「幸い、神器使いの黒水守が対処した事で被害は最小限で済んだらしい。前線も維持され、補給線も復活している。プレーローマの侵攻も食い止めたようだ」


「それは良かった……」


 けど、被害は出たはずだ。


 最小限って事は、誰かが死んだんだろう。


「交国本土に向かう途中、時化の真っ只中に放り込まれないのを祈ります」


「時化は回避出来ても、安全な航路を通れるとは限らん」


「えっ」


「おそらく、今回の航路は大龍脈航路ではない。海峡突破航路になるはずだ」


「えぇっ……。ほ、ホントですかぁ……?」


「特佐の船だから、正確な航路は知らん。だがその可能性が大きい」


 混沌の海にも色んな航路がある。


 長距離移動する時、大龍脈航路――混沌の海の中心を通る航路が「一番安全」と言われている。目的地によっては遠回りする事になるけど、死ぬよりマシだ。


 正確な表現ではないけど、「陸伝いの航路」みたいなものだ。


 それ以外に「海峡突破航路」というものもある。


 海峡突破の方が航行期間は短く済む可能性が高い……けど、海峡(あそこ)は時化が無くても、海の流れが速くて危険な場所だ。事故の可能性も高まる。


 海峡だと、時化や事故が起きた時、最寄りの世界に逃げ込むのも難しい。


 最前線近くなら敵の工作を警戒し、海峡突破航路はそうそう使わないんだけど……絶海近くの僻地にあるネウロンは、そこまで工作を警戒しなくていい。


 だとしても……怖いなぁ、海峡突破は~……。


「海峡突破航路も、悪いものではない。交国本土に早く辿り着けば、それだけ長く休暇を満喫できるのだから」


「休暇を満喫する前に、海で死んだら……」


「安心しろ。休暇期間が永遠になるだけだ」


 隊長の言葉を聞き、整備長が大笑いし始めた。


 まったく笑えない暗黒冗句だが、上官の冗句だから俺も笑う。多分、引きつった笑みになっているだろうけど……笑っておく。


「なあなあ、何の話してたんだ?」


「な、なんでもない。それより一緒に見学に行こう。ロッカ」


「うん……?」


 混沌の海の旅が初めてのロッカに聞かせていい話じゃない。


 怖がって、方舟に乗れなくなるかもしれない。


 適当に誤魔化しつつ、手を繋いで隊長達の傍を離れる事にした。


 この人達の傍は……教育に悪い!



挿絵(By みてみん)

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