夢:かさぶた
□title:府月・遺都<サングリア>王城跡地
□from:夢葬の魔神・■■■
「さて……」
城の広間に降り立ち、術式を展開した手のひらに息を吹きかける。
広間に風が吹き、その風が通り過ぎた後に長机と椅子が構築されていく。
忘れちゃいけないのは、お茶菓子!
指を鳴らし、参加者1人1人の好みにあった様々なお菓子を呼び出す。
定番のお菓子だけではなく、新規開拓もして欲しいから、いつもは食べなさそうなものも呼び出す。
たっぷり食べてくれる子の席には、ホールケーキを呼び出しちゃう! 同じ味だと飽きるだろうから、術式によって8種のケーキを分子まで結合させちゃう!
いつも全然、お茶菓子に手をつけてくれない子もいるけど……そういう子の席にはクッキーとチョコレートを少々。
ここは府月。
甘い甘い夢の世界で、夢葬の魔神の胃袋の中。
皆のことは食べちゃわないけど、女主人として、しっかりともてなさないとね! おっと、美味しいお茶も忘れないようにしなきゃ。
「ふ~んふふん♪ ふんふんふんふん~……♪」
鼻歌を歌いつつ、準備を完全に整える。
手中に呼び出した呼び鈴を鳴らし、皆を召喚。
会場にやってきた皆が私に対し、礼を示してきた。「堅苦しいのは無しで」と言い、さっさと席についてもらう。
夜会が始まる。
人類連盟に「犯罪組織」と疎まれる<カヴン>の幹部会議が始まる。
「久しぶりの夜会ねぇ。皆、最近はどう?」
人数分のティーポットを呼び出し、皆のカップにお茶を注いでいく。
紅茶が好きな子には紅茶。
珈琲が好きな子には珈琲を。
血が好きな子には、血をブレンドしたワインを!
「何もかも順調ですよ。<ロレンス>に関しては、大変なようですが」
大首領の直参幹部の1人が、机の上で手を組みつつ、そんな事を言った。彼の発言に追従するように、いくつかの嘲笑が聞こえる。
言われた<ロレンス>の現首領は無言で軽くカップを掲げてみせた。
その顔は見えない。認識できない。
<カヴン>は「流民の互助組織」のような存在だけど、犯罪に手を染めている子も少ない。だから、夜会の場でも顔を晒さない子も少なくない。
構成員の裏切り対策。暗殺対策。表社会での立場がある――って理由で、私以外に正体を晒していない子も少なくない。
府月は私の世界だから、正体を晒したくない子達には認識阻害の魔術をかけてあげている。ロレンスの現首領以外にも、多くの子の正体を隠してあげている。
「新参者。大首領の庇護に甘え、顔を晒さないつもりか?」
「ロレンスの前首領殺害事件は、ロレンスだけの問題ではない。下手人の加藤睦月の抹殺も出来ていない以上、その不始末の説明も兼ね、『顔を晒す』という誠意を見せるべきではないのか?」
「貴様ら。大首領の御前だ。くだらん責任追及は控えろ」
血気盛ん、あるいは陰湿な子達の口撃に対し、古株の直参幹部がピシャリと言ってくれた。良かった良かった。
この子達はカヴンの仲間。
でも、カヴンも一枚岩じゃない。
組織内に沢山の派閥があって、各組織の首領や構成員にも色々な思惑がある。
だから全然仲良しじゃない。
いつもギスギスしてるのよね。悲しいっ!
私個人としては「もっと仲良くしたら?」と思わずにはいられないけど、口出しもあんまりしたくないのよね~……。
ひとまず、新人いびりも一段落したようだし――。
「さて、夜会を始めましょうか」
手を「パチン」と合わせ、さっくりと開会を宣言する。
「今回の夜会は7人の直参幹部の申し立てによる開催です。その代表者は<ダゴン>首領だから、キミが今回の夜会を仕切って頂戴ね」
そうお願いすると、カヴン傘下組織<ダゴン>の首領が立ち上がり、触手をくねらせながら恭しく礼をした。
「毎度のことだけど、大首領は今回の議決も棄権します」
外で子供達と遊んでいるから、お茶やお茶菓子の追加が欲しかったら机を「トトン♪」と指で優しく叩いてね――と告げ、出て行こうとする。
出て行こうとしたけど、一部の夜会参加者達が「待ってください」「カヴンの大首領は貴女様です」と言って止めてきた。
「夜会の取り仕切りも、大首領に……」
「私は夜会の場を提供するだけ。カヴンの舵取りは皆に任せてるから。ね?」
そう言い、夜会会場から「ドロン♪」と転移。
多くの直参幹部にとって「大首領不在の夜会」なんて慣れっこだろうけど、私のこういう振る舞いにガッカリしている子は多くいる。
だから陰で「大首領としての威厳がない~」とか「新しい大首領を擁立すべきだ~」なんて言われちゃうんでしょうね。
「私としては、どっちでもいいんだけど――」
眠れば辿り着ける府月をカヴン構成員に貸しつつ、夜会の場を整えるだけの完全な裏方に回ってもいいんだけど……どうやらそうもいかないらしい。
仕事をせず、特に何も欲しがらない大首領の存在は、それはそれで便利らしい。神輿は軽ければ軽いほど良くて、特定派閥の直参幹部が大首領になろうとすると各派閥の足の引っ張り合いが始まる。
それが内部抗争に発展する事もある。
その手の争いは何度もあった。その争いで当事者だけが死ぬならいいんだけど……何の罪もない子供達も巻き込まれたりするから……。
「どの多次元世界も、皆仲良しは難しいものね……」
ボヤきつつ、城外を歩き、府月内の庭園の1つに辿り着いた。
そこにいた女の子に近づいていき、手を振る。
私が声をかけるより早く、私に向き直った女の子は深々と頭を下げた後、「御無沙汰しております。大首領」と言ってきた。
「はぁ~い♪ ジュリエッタちゃん♪」
顔を上げるよう促し、可愛いお顔を両手でこねつつ、「笑顔笑顔」と言う。
そう言ったものの、ジュリエッタちゃんの表情は暗いままだった。
お父様が……<ロレンス>の先代首領が死ぬ前からずっと、こういう顔をしている。皆の前では取り繕っていたりするけどね。
「貴女のところの現首領が、夜会でちょっといびられてたわ」
カヴンのギスギス関係はいつもの事だけど――と苦笑しつつ、教えてあげる。
現首領は色々忙しい子だから、首領代行として動く事が多いジュリエッタちゃんは困り顔を浮かべ、「すみません」と小さく呟いた。
「まあまあ、あの子は別に気にしていない様子だから。ジュリエッタちゃんも『直参幹部は陰湿な人多いな~』程度に思ってなさいな」
「はっ……」
「ちゃんとご飯食べてる? あと、ちゃんと寝なさいね。いま寝てるけど」
そう言うと、ジュリエッタちゃんは表情を強ばらせながら「そうもいきません」と返してきた。
「ロレンスは未だ、崩壊の危機に瀕しています。我々を庇護下に置いてくださっている大首領や組織のメンツのためにも、ロレンスを何とかしないと……」
「私のメンツなんてどうでもいいのよ。海底まで下がりきっているから」
10年前。
長年に渡って<ロレンス>を率いてきた「ロミオ・ロレンス」が殺された。
ロミオ君は本当によく頑張っていた。流民の置かれた状況について思い悩み、彼らを守るために先頭に立って戦い、ロレンスを大組織に成長させた。
ただ、ロミオ君はちょっと強すぎた。
ロレンスにとって彼は「船の竜骨」に等しい存在だった。
そんな彼の死はロレンスの内外に大きな影響を与えた。ロミオ君の存在でまとまっていたロレンスは無茶苦茶になってしまった。
ロミオ君の死から10年経った今でも、ロレンスは荒れている。
偉大な首領が死んだ事で、組織がまとまらなくなっている。
ロレンス傘下から脱退する組織も少なくない。多次元世界の海で大暴れしていた海賊組織が、幽霊船のようにボロボロになりつつある。
何とか沈まずに済んでいるのは、首領代行として実質的にロレンスを取り仕切っているジュリエッタちゃんの手腕のおかげだろう。
あと、ロミオ君への忠義に厚いロレンス構成員達が、ジュリエッタちゃんを支えてくれている事も大きい。彼らの奮闘でロレンスは何とか存続している。
ただ、ロレンスにはもう、かつての力はない。
ロミオ君が首領を務めていた時代は、カヴン内でも特に力を持つ大組織だった。ロミオ君以外の主要構成員も肩で風を切って歩けるほどの力を持っていた。
今のロレンスは、完全に舐められている。
人類連盟も「ロレンスは大きく弱体化した」と判断しており、カヴン内でもロレンスの傘下組織や構成員の引き抜きが横行している。
まあ、それはそれで人連も困っているだろうけど――。
「大丈夫。貴女達はきっと、この荒波を越えていける」
皆の前では見せない表情を浮かべているジュリエッタちゃんを励ましつつ、呼び出した椅子に座らせる。
お茶とお茶菓子も出し、勧める。夢の中の食事に過ぎないから、現の身体には影響しない。現でもいっぱい食べてほしいんだけどな~……。
ジュリエッタちゃんはちょっと、気に病みすぎよ。
まあ、気持ちはわかるけど。
「構成員の暴走さえ止められていない首領代行ですよ。私は」
「しっかり止めている方だと思うけどね~……」
ロミオ君の統率力は凄かった。
神器使いとしての実力だけではなく、首領としても立派に仕事を果たしていた。ちょっと責任感強すぎて、自分を追い詰めすぎていたけどね。
そのロミオ君を慕っていた構成員も多くいたから、仇討ちを望む子も多い。
首領を殺した加藤睦月を殺すべきだ。
加藤睦月を匿っている交国とやりあうべきだ。
そう主張する子も少なくない。強すぎる忠誠心で暴走している子もいる。
ジュリエッタちゃんは彼らをよく止めている方だけど、それでも全員を止めているわけではない。そんなの不可能だから仕方ない。
彼らの怒りはムツキ君だけではなく、交国にも向けられている。
昔のロレンスは交国と蜜月関係にあったんだけどね。ロミオ君と交国の石守回路君が密約結んで、よろしくやっていたから。
けど、その関係も終わった。
カイジ君が死んだ事で交国とロレンスの関係にヒビが入っていき、喧嘩別れする事になった。蜜月と破局、両方の事実は殆どのロレンス構成員が知らない。
ロミオ君は当然知っている。当事者だからね。
だからこそ、彼も思い詰めちゃったんでしょうね~……。
頼みの綱の守要の魔神が倒され、交国とも関係を切らざるを得なくなった。
カイジ君が生きているか、彼の後継者がキチンと育っていれば……おそらく、ロレンスは今もロミオ君が取り仕切っていたと思う。
石守回路とロミオ・ロレンス。
2人の死は、ロレンス内外に大きな影響を及ぼし続けている。
雪の眼なんかはロミオ君を「魔王」の1人として数えていた。
その魔王が倒れた後も、物語は続いていく。
魔王が倒れた後も、「めでたしめでたし」とはならない。魔王なんてちょっとした役割に過ぎないし、また新しい魔王が生まれるもの。
「あまり気に病まないよう、頑張ってね」
ジュリエッタちゃんにそう告げる。
無責任にそう告げる。
「けど、逃げたくなったら逃げていいのよ。それも貴女の自由。貴女の選択」
「ロレンスは今、嵐の只中にいます。ロレンスという船に大穴が開いている以上……船員である皆を捨てて逃げる事なんて……出来ません」
ジュリエッタちゃんは責任感が強い。
ロレンスを見限る子が大勢いるのに、ずっと頑張っている。
「…………私は、間違っていたのでしょうか」
「私はそれを判断する立場じゃないわ。ただ、ロミオ君はきっと貴女を責めない」
「…………」
俯いたジュリエッタちゃんの肩をそっと撫でる。
喋る気力も無いようなので、そっとしておこう。
□title:府月・遺都<サングリア>88丁目
□from:夢葬の魔神・■■■
城から離れ、88丁目にある焼け焦げた商館跡に足を運ぶ。
そこに、うずくまって泣いているスアルタウ君の姿があった。
「…………」
黙って歩み寄り、背中をさすっていると、口を開いてくれた。
「……にいちゃんと、ケンカしちゃった……」
「でも仲直りしたでしょう? フェルグス君から謝りにきたじゃない」
そう言って慰めたものの、スアルタウ君は首を横に振って、「でも、にいちゃん、怒ってる……」と漏らした。
つらいのね。兄弟喧嘩慣れしてないものね。フェルグス君は今も昔もスアルタウ君のこと大好きで、スアルタウ君もお兄ちゃん大好きっ子だものね。
でも、そんなに気に病まなくていいのよ。
「転んで怪我をすると、手当してもしばらくピリピリ痛むでしょう? それと同じ。一度ケンカしちゃったら、しばらく痛むだろうけど……いつか治る」
キミ達はまだ生きている。
生きているなら、いくらでも取り返しがつくものよ。
「むしろ、2人とも今までよく耐えてきた方よ~。交国の特別行動兵として無理矢理戦わされている環境って、すごくストレスを感じているだろうし……」
「…………」
「今回ケンカしちゃったのは、キミ達だけの問題じゃない。今まで溜まっていたストレスが偶然、弾けちゃっただけ」
「……でも、ぼく、にいちゃんにきらわれ……」
「そんなことない」
フェルグス君は、変わらずスアルタウ君の事が大好きよ。
ただ……大好きだからこそ、自分に隠し事されたり……ラート君ばかり頼っている状況に嫉妬しちゃったんでしょうね~。
そんな可愛い嫉妬の下に、交国がネウロンにやってきて以降、積み重なっていたストレスがあった。それが連鎖的に爆発しちゃった。それだけの話よ。
「さあ、そろそろおはようの時間よ」
いつまでもここにいちゃダメ。
そろそろ起きなきゃ――と促したけど、スアルタウ君は「やだ」と漏らした。
大好きなお兄ちゃんと向き合うのが怖いみたい。
「もうちょっと……もう何日か、いちゃダメ……?」
「う……う~ん……」
そんな涙目で見られると、ちょっと困る。
私は現には不干渉。
実験動物共の首という対価を支払ってもらえば力を貸す事もあるけど――。
「府月は怖いところなのよ~? ここは異界であり、胃界なの。私の胃袋の中なんだから、長居してたら魂まで溶かしちゃうんだから~」
短期の滞在か、私が保護するとか、何らかの対策があるなら長期滞在も可能。
でも、ここの住人ではないスアルタウ君達は、保護してあげてもいつか溶ける。
そんな終わりはよくないから、キチンと現に帰さなきゃ。
現の悲劇を傍観している私だけど、悲劇を望んでいるわけじゃない。出来る事なら……皆に幸せになってほしいと思っている。
軽く脅して帰るように促したものの、スアルタウ君はメソメソしながら「やだぁ……」「にいちゃんと会うの、こわい」とこぼした。
「きらわれるの、こわい……。ずっと、寝てたい……」
「うぅ……」
助けてあげたい。
子供が泣いているのを見ると、干からびた心でもチクチク痛む。
「でも、このまま府月に留まっていたら、現の貴方は眠ったままになるの。ずっと起きないままだと皆が心配する。そんなのダメよ」
「…………」
「夢の中に閉じこもっていても、何も解決しない。フェルグス君と気まずいままでもいいの? ちゃんと仲直り出来なくていいの?」
そう告げると、「やだぁ」と泣き声が返ってきた。
立ち上がるよう促す。
身体についた煤をはらってあげる。
「じゃあ頑張って現に帰りましょう。現実はつらいかもしれないけど、それでも前に進みたいなら勇気を出して。大丈夫。キミなら出来る」
スアルタウ君と手を繋ぎ、府月の出口に連れて行く。
喧嘩慣れしていない2人の兄弟喧嘩だから、しばらく尾を引くでしょう。
でも、きっと大丈夫。それは不治の病じゃない。
もうしばらく大波は来ないでしょうから、仲直りの機会もきっとある。
2人共が、勇気を胸に前に進み続けていれば大丈夫。
2人の傍には彼もいるし、大丈夫でしょう。仲直りに関しては――。
「じゃあ、またね」
「ん……」
スアルタウ君を送り出す。
トボトボと歩いて行く小さな背中を見守る。
彼の行く先には地獄が待っている。
大きな絶望が待っている。
それでも――。
「貴方達なら、きっと大丈夫」
そんな無責任な言葉を吐きつつ、彼を再び現に送り出した。




