羊飼いの正体
■title:<繊一号>外縁部の広場にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ヴィンスキー枢機卿に影響を与えた異世界の存在……」
それが<赤の雷光>と<ネウロン連邦>を作るキッカケになった可能性がある。
その存在に関して、心当たりをラプラスさんに問いかけた。
「ひょっとして、『羊飼い』だったのでは?」
「…………? どなたの事ですか?」
「あっ、す、すみません。羊飼いというのは――」
繊三号に現れた謎の巫術師。
巫術が使えるだけじゃなくて、流体を用いた大規模破壊攻撃も可能だった。
オマケにタルタリカを操っている様子もあった。
あの人はもう、完全に巫術師の枠組みを超えている。
明らかに巫術以外の力を持っていた。
羊飼いについて説明し、<ネウロン解放戦線>についても説明しておく。
後者に関しては一連の事件後、交国政府も発表している名前なのでラプラスさんも知っている様子だった。
事件の詳細は一応、知らない様子だったけど――。
「貴方達が相当な強敵と戦っていたのは察していましたが……。それほどの相手がいたのですねぇ。『羊飼い』というネーミングも面白いです」
ラプラスさんはそう言い、「その羊飼いがヴィンスキー枢機卿に影響を与えたという仮説も面白いです」と言ってくれた。
ただ、ラートさんは――。
「さすがに羊飼いは違うんじゃね?」
「そうですか? あの人は……いや、そもそも人じゃないかもですが――」
羊飼いの機兵を思い出しつつ、言葉を紡ぐ。
「非常に強い方でした。少なくとも武力面では強い影響力を持っていました。そのうえ言葉も通じていましたし……」
「でも、アレは一応、巫術師だろ? 巫術師ならネウロンの人間じゃね?」
「ひょっとしたら、昔、界外に出て行った巫術師なのかもですよ? 界外で生活していたから外の事情を知っていて、『ネウロンが危ない』と考えて忠告しにきてくれたのかも――」
「うーん……?」
「……やっぱりダメですか? トンデモ説の自覚はあるのですが~……」
ただ、羊飼いは普通の存在じゃない。
巫術らしき術を使えるという事は、ネウロンに関わりのある方なのは確か。
それに、あの人は凄く戦い慣れていた。
1000年に渡って戦争のなかったネウロンにおいて、実戦経験を積むのは難しい。けど、何らかの方法で界外に渡っていた人なら、あるいは――。
「面白い説ですね」
ラプラスさんが腕組みしつつ、微笑んでいる。
「ですがその場合、何故、羊飼いが動き出したのが今なのですか?」
「と、言いますと……?」
「羊飼いがヴィンスキー枢機卿や赤の雷光に関係していたのであれば、16年ほど前からネウロンにいたという事です。それなのに表舞台に出てきたのは今でした」
ネウロンを守る気があるなら、魔物事件前から出てくるのでは?
交国がネウロンに来た時点で、動き出して抵抗するのでは――とラプラスさんは言った。それは確かに……そうかも。
「羊飼いさんは相当強いですからねぇ。ネウロン旅団どころか、その前身のネウロン駐留軍すら単騎で相手出来てもおかしくないかと」
「なるほど……?」
「本当に強かったでしょう? 羊飼いさん。ネウロン旅団の軍事衛星か方舟を撃墜してますよね? あるいは両方」
確か、ラプラスさんは時雨隊の船にいたはず。
しかも、軟禁されていたっぽいけど――。
「アンタ、その情報をどこで掴んだ」
ラートさんが僅かに構える中、ラプラスさんは片目をつぶりつつ、人差し指を揺らして「雪の眼を舐めないでください」と言った。
「船で軟禁されていようと、調べ事や推測は出来るのですよ」
「「…………」」
「ちなみに、羊飼いさんは何で撤退したんですか?」
ラプラスさんの質問の意図がわからず、少し黙ってしまった。
ラートさんは不敵な笑みを浮かべ、「撤退なんかしてねえよ」と言った。
「羊飼いは、皆で倒したんだ」
「またまた、ご冗談を。貴方達が勝てる相手のわけ……………………え?」
笑みを崩さないラプラスさんが、珍しく表情を変えた。
何故か絶句している。
「あ、そうか、カトー特佐の神器を使って…………。いや、それも無いはず。エデン時代ならともかく、今のカトー特佐が勝てるような相手じゃ……! ほぇ~……! なんで貴女達が勝てたんですかぁ~!?」
「ひ、人のおっぱい揉みながら質問しないでくださいっ……!」
ラプラスさんと軽く取っ組み合いしつつ、何とか距離を取る。
ラートさんがラプラスさんを後ろから抱え上げてくれたおかげで、何とか逃亡成功……。ラプラスさんは手をワキワキさせ続けてますけどぉ……。
「あのですねぇ、相手はプレーローマともバチバチにやり合っていた<真白の魔神>の使徒だったはずですよぉ……!? ブランクなり怪我があったとしても、そこらのネウロン旅団が勝てるわけないでしょ。どんな反則技使ったんですか」
「あの、ラプラスさん、貴女もしかして羊飼いのこと知っていて――」
「質問に質問で返さないでください。私の質問に答えてください。直ぐに」
「は、はいっ……」
羊飼いに勝った方法に関し、説明する。
隊長さんの立てた作戦を基礎に、皆が機兵で戦った。一部奪還した繊三号の防衛設備も使い、羊飼いに挑みかかった。
グローニャちゃんの狙撃により、相手に致命傷を与えたはずだったけど……羊飼いは機兵が壊れてもまったく弱らなかった。
それまで以上に猛威を振るい、機兵部隊を壊滅に追い込んだ。
けど、フェルグス君が敵から奪った混沌機関を利用し、機兵を作り上げた。
そこから…………ええっと…………。
「…………?」
「ん? どうしたんですか? 良いとこなのにお預けなんて酷いですよ」
「ああ、ええっと、すみません」
なんだったっけ?
どうやって勝ったんだっけ?
「ええっと……フェルグス君とアル君が頑張って……巫術で機兵を操って……それで、なんとか、敵に反撃していって……」
「何でそこだけ、微妙に曖昧なんですか?」
「2人が時間を稼いでくれたんです。その隙に、隊長さんと海門の制御室に行って、羊飼いを海門経由で混沌の海に突き落としたんです」
後は混沌の海が仕事をしてくれた。
エネルギーに反応した混沌の海は羊飼いに殺到し、押しつぶしたはず。
荒れた混沌の海を観測するのは難しいから、羊飼いの最期までは観測できていないけど……さすがにアレで倒せたはず。
という説明をしたけど、ラプラスさんは怪訝そうな顔のままだった。
「信じられません。貴女達が勝てる相手じゃないですもん」
「でも実際、私達は生き残ってますし……」
「奪われた都市も、次々奪還していってんだぞ。というか、タルタリカが逃げ出していったって感じらしいが……」
「おかしい。こんなこと、相手が舐めプしてないと起こるはずが……」
納得いかない様子で「ムムム」と言っているラプラスさんの肩を触る。
そして、気になっていた事を問いかけた。
「今度はこっちの質問ですよ。ラプラスさん、羊飼いの正体を知っているんですね? あの方は何者なんですか?」
「<真白の魔神>の使徒ですよ。ちゃんとした情報を貰ってないので推測ですが、特徴を聞いた感じ、ほぼ間違いないと思います」
「真白の魔神……?」
「おやおやおや。ヴァイオレット様はご存知ない?」
「いえ……」
知らない。少なくとも、今の私は知らない。
ラートさんはどうですか、と聞くと、ラートさんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、「すまん。よく知らん」と言った。
「なんか……どっかで、聞いた覚えはあるんだが……」
「功罪のわりにマイナーな魔神ですからね。私が教えて差し上げましょう」
ラプラスさんは何故か得意げに胸を張り、真白の魔神について語り出した。
真白の魔神。
それは魔神の一柱らしい。
「真白の魔神はプレーローマ相手に大戦争を起こした魔神です。それ以外にも色々やってて、人類史に名を残すべき英雄と言っても過言では無いでしょう」
「へー……」
「ちなみに、現在の人類文明で普及している混沌機関の設計は、真白の魔神が設計図を引いたものが雛形なのですよ」
「えっ、そうなんですか?」
混沌機関はプレーローマで生まれたものらしい。
けど、その構造を解析し、人類にも普及させたのは真白の魔神なんだとか。
混沌機関が機兵や方舟に利用され、多次元世界のあちこちで活用されている事を考えると……偉人として名を残していてもおかしくなさそう。
「プレーローマ相手に戦争を起こした。混沌機関普及に貢献した。それだけでもスゴい方ですね。何でマイナーな魔神になっているんですか?」
「プレーローマと人類文明、両方に忌み嫌われている所為ですよ」
ラプラスさんの言葉が、よくわからなかった。
ラートさんも受け止め損ねたのか、「ハァ?」と声を漏らしている。
「忌み嫌われて、両陣営から存在や痕跡を抹消されているのです」
「確かに魔神はヤバイ奴が多いが……さっきの話が事実なら、人類にとっては味方だろ。何で人類にも存在消されてんだよ。おかしいだろ」
「そこが真白の魔神の面白いところなのです」
真白の魔神は『勇者』と『魔王』の両方の側面を持っているらしい。
時に人類を助け、繁栄させる。
特にプレーローマに立ち向かい、人類を守る。
けど、それは真白の魔神が持つ一面に過ぎない。
「真白の魔神は、人類の大虐殺も行っているのですよ。世界規模の人体実験とか行って、複数の世界を滅ぼした大罪人でもあるのです」
「んな、バカな……。人類の味方をしてたんじゃねえのか……?」
「真逆の行動してますね」
けど、それはもしかして――。
「何か理由があったんですか? 例えば……そうしないと人類を守れないとか、逆に一部の人類に裏切られた報復とか……」
「そういう動機もあったようですが、愉快犯的な犯行も多いですね。殺りたいから殺った。そういう事例もあります」
「つまり……狂ってんのか。そりゃあ……ある意味、魔神らしい魔神だな」
ラートさんは吐き捨てるようにそう言った。
人類を守っていたと思えば、人類虐殺も行う。
動機がある時もあれば、「ただ楽しいから」という理由で殺すこともある。
狂っている。端的に言い表すなら、その言葉が最適なんだろう。
私も、そう、思うけど…………。
「…………?」
何だろう。この違和感。
ラートさんの言葉を正しく感じるのに、「絶対に違う」「そんなわけない!」という考えが湧いてくる。考えだけじゃなくて、強い思いも湧き上がっている。
自分の感情が上手くコントロールできない。
これは何。
私、ひょっとして、怒ってるの……? 何に対して……?
「ヴィオラ? どうかしたのか?」
「あっ……。いえ……」
ラートさんに肩を叩かれ、正気に戻る。
居住まいを正し、ラプラスさんに話の続きを促す。
「まあとにかく、真白の魔神は色々やっているんですよ。良いことも悪いことも」
「…………」
「人類史にとって良い発明をいくつもしているのですが、その発明の利権を奪うために『真白の魔神が発明した』という事実を塗りつぶす人もいるほどです」
「真白の魔神はもう死んでるのか? 生きているなら、黙ってねえだろ」
「いえ、生きていても大丈夫なんですよ。すごく忘れっぽい方ですから」
凄惨な大事件をいくつも起こしたことで、存在そのものが忌み嫌われる。
あるいは事件の当事者が世界ごと死んでしまった事で、大事件を起こしたのに、その目撃者が殆どいなくなってしまう。
良いことをしても忘れられる。
真白の魔神の発明品の利権を奪うため、その存在を抹消される。悪事に関してはともかく……そういう事を平気でされるのは……。
「多方から存在を抹消され、その足跡を真っ白な雪に隠されていく魔神……。それどころか自分で足跡を消す事もある。それが<真白の魔神>です」
「で、羊飼いはそいつの使徒。部下って事だな」
「私の推測ですけどね。ただ、『羊飼い』が真白の魔神の使徒だったのは、正確には1000年ほど前の話なのですよ」
真白の魔神。
1000年前。
羊飼いは、巫術のようなものが使える。
頭の中で、それらの点が結ばれていき――。
「真白の魔神って、ネウロンで言うところの『叡智神』なんですか!?」
「正解。素晴らしい。花丸を差し上げましょう」
ラプラスさんがニッコリと微笑み、言葉を続けた。
「そもそも私は、ネウロンに『真白の魔神の痕跡がある』と睨み、調査にやってきたのです。それがシオン教の神、『叡智神』として名を残しているのでビックリしました。来た甲斐がありましたよ~」
叡智神は、知恵の神。
真白の魔神は、大きな利権を生む発明も行っている魔神。
ネウロンにおいて真白の魔神は「善」の存在のようだったけど――。




