16年前の「何故」
■title:<繊一号>外縁部の広場にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
私達はとてもちっぽけ。小石のようなもの。
交国はとても大きい。巨大な大陸……いや、星のようなもの。
強大な存在と相対している以上、ある程度は手段を選ばず動かないと。
そう思いつつ、ラプラスさんに「交国について教えてください」と聞く。
聞いたけど――。
「それは出来ません」
「えっ……。わ、私達に色々教えてくれるのでは……?」
「交国の支配地域での調査許可をいただく代わりに、交国に関してペチャクチャ喋るのを禁じられているのです。私は法令遵守する真面目な天才美少女なので、その手の契約も守るのですよ」
「監視の方を撒いたり、脅すのはいいんですか?」
「へへっ……。バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ……!」
じゃあバレないように教えてくださいよ、と言ったものの、ラプラスさんは「貴女達経由でバレたら大変なのでダメです」と返してきた。
「だったら、ネウロンについて教えてくれ」
ラートさんがそう言うと、ラプラスさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「交国に関して守秘契約があっても、ネウロンとは結んでないだろ? 交国の保護下にあるネウロンはともかく……昔のネウロンについては喋れるんだろ?」
「その通りです。では、何について語りましょうか?」
ラートさんと顔を見合わせる。
まず何を問いかけるか迷ったけど、ラートさんが私に「先に聞いてくれ」と言いたげに手を見せてきたので、頷く。ラプラスさんに向き直る。
「<赤の雷光>について教えてください」
「ほほう?」
「以前いただいた資料にも、赤の雷光について書かれていましたが――」
ラプラスさんは小さく頷き、「赤の雷光についてはそこまで掘り下げをしていなかった資料ですね」と言った。
「確か、赤の雷光はシオン教団のマクファルド・ダイスキーってエラいさんが支援して生まれた組織なんだよな?」
「ラートさん。マクファルド・ヴィンスキー枢機卿です」
「よく覚えてんな……。テロリストの支援してた悪い奴だよな」
「それは交国の認識ですね」
ラプラスさんはラートさんの言葉に笑みを深めつつ、言葉を続けた。
「赤の雷光は交国視点だと『テロリスト集団』です。ただ、それは勝者である交国の定義に過ぎません。準軍事組織ではあったようですけどね」
「じゃあ、実際は何だったんですか? 治安維持目的の組織とか……?」
「いえ、異世界対策組織です」
赤の雷光は武装していた。
交国軍と比べると「子供の集まり」程度の武装しかしていなかったけど、平和だったネウロン基準だと、それなりの武装をしていた。
その武装は「異世界の脅威からネウロンを守るため」に整えられた。
「――私は、今のところそう考えています。全てを解き明かしたわけではありませんが、マクファルド枢機卿はテロなど考えていなかったはずです」
マクファルド枢機卿は、交国に対し、実質的に恭順を示していた。
抵抗せず、平和的に交渉を進めようとしていた。シオン教団の内外に強い影響力を持つ枢機卿がそういうスタンスだったからこそ、ネウロン連邦も交国に対して抵抗せず、受け入れた。
交国軍相手に抵抗できる戦力なんて、ネウロンには存在しないっていう事情もあっただろうけど……彼らは争いを避けようとしていた。
「赤の雷光も一時、解散命令が出ていたようですね」
「けど、彼らは交国に抵抗した。異世界の脅威に抵抗した……」
「その判断がどういうプロセスで行われたかは、まだわかっていません。枢機卿と赤の雷光代表の意見が食い違っていた可能性もあります」
そして、「ネウロン魔物事件」が発生した。
交国はあの事件を、「赤の雷光及び巫術師の仕業」と言っているけど――。
「まあその辺はともかく、少し話を戻しますね?」
「はい……」
「赤の雷光が作られたのは――」
「新暦1227年。16年前の出来事……ですよね?」
以前貰った資料の内容を思い出しつつ言うと、ラプラスさんが頷いてくれた。
ラートさんには「赤の雷光は最近の組織」と簡潔に伝えていた事もあり、ラートさんは驚いた様子で「本当に歴史の浅い組織だな」と呟いた。
「シオン教団は1000年前からいるんだろ? それに比べたら浅いな」
「ですね。赤の雷光は『異世界から来る脅威への対抗』を目指した組織ですが……武力による抵抗より、『対等な立場で交渉できる力を持とう』と目指した組織だったようです。少なくともヴィンスキー枢機卿はそう考えていたようです」
多少は武装していた。
けど、発足当初は「勉強会」のような組織だったみたい。
長年に渡って平和が続いていたネウロンには、余所の世界と違って軍隊が無い。
技術も遅れている。だから武力による抵抗は困難。
それでもネウロンの平和を守るため、力をつけていこうと考えていたみたい。それが本当なら……ヴィンスキー枢機卿は冷静に世界防衛を考えていたんだろう。
「まあ、それはヴィンスキー枢機卿の考えです。赤の雷光の代表者の考えは違ったのかもしれません」
「代表は誰だったんですか?」
「それは現在調査中です」
ラプラスさんは残念そうに言いつつ、話を続けていった。
「赤の雷光は最終的に、武力によって交国に抵抗し始めた。交国の発表ではそうなっていますし、ネウロン側の記録でもその痕跡が見つかっています」
ネウロンの諸国家は――ネウロン連邦は、交国を受け入れた。
無血で受け入れざるを得なかった。
シオン教団も交国受け入れ側に舵を切った。
その結果、交国軍はネウロン中を好き勝手に移動し、現地の人々と衝突する事もあった。そんな中で赤の雷光は武力衝突まで行った。
「ただまあ、赤の雷光が軽く蹴散らされたようですけどね。彼らは一応、銃器も持っていたようですが……交国軍の装備に比べたら豆鉄砲です」
「負け続けて滅ぼされた弱小組織か。……けど、大きな爪痕は残した」
ネウロン魔物事件。
ネウロンの人口の9割が死んだとされている大事件。
その爪痕は「タルタリカ」という存在により、未だ色濃くネウロンの大地に残っている。交国の支援が無ければ……多分、ネウロンは完全に滅んでいた。
事件を起こしたのが本当に赤の雷光で、事件を起こした目的が「交国への抵抗のため」だったとしたら……原因を作ったのは交国とも言える。
ただ、魔物事件さえ起きなければ、ここまでたくさんのネウロン人が死んでいなかった。……だからこそ、「事件の原因」とされる「巫術師」に対する恨みはネウロン人の中にも渦巻いている。
でも……。
「そもそも、魔物事件は本当に赤の雷光が起こしたんですか?」
前からそこが引っかかっていた。
今日の話で、その疑問がより一層大きくなった。
「赤の雷光は弱い組織だった。それがどうやってネウロンを滅ぼすような事件を起こせるんですか? そもそも彼らはネウロンを守るために戦っていたはず……」
交国軍に比べたら小さな組織。
しかも、ネウロンを守るために作られた組織。
2つの意味で、魔物事件を起こすような組織には思えない。
この疑問に関しては、ラプラスさんも答えを言えないみたい。交国への守秘義務以前に、わからない事が多すぎるみたい。
「私も、魔物事件がどういうメカニズムで発生したか理解できてないんですよね。あんな事件、そんじょそこらの国家でも起こせませんよ」
「……交国なら起こせるのでは?」
当時のネウロンでは、赤の雷光と交国が水面下で戦っていた。
赤の雷光に魔物事件を起こす力がなくても、交国が起こせるなら話は変わる。
交国のマッチポンプなのでは――と思いつつ、問いかける。
「赤の雷光のような弱小組織より、よっぽど可能性がありますね」
「じゃあ……!」
「けど、交国関係で類似事件が起こった例は無いんですよね。交国に『魔物事件とまったく同じ結果』を起こせるだけの技術があるとは確認できていません」
「さすがにやらねえよ。そんなこと」
ラートさんは困り顔でそう言いつつ、「赤の雷光が弱いなら、やる理由がねえだろ」と言葉を続けた。
「交国軍はプレーローマだけじゃなくて、テロリストとの戦いも長年続けてきたんだ。赤の雷光は弱小組織。しかも、実際にもう殲滅まで完了している。そんな相手を倒すために世界を1つ潰すようなこと、やるかぁ?」
「それは……」
「交国軍はタルタリカ殲滅のためにも動いているんだ。チンケな組織を潰すために世界を滅ぼしかけるより、地道に殲滅した方が後々の手間も省けるだろ」
それは確かにそう。
交国軍がネウロンでタルタリカ殲滅を続けているのは事実。
赤の雷光を倒すためだけに、タルタリカを呼び出すのは採算が合わないはず。
「けど……赤の雷光が魔物事件を起こした決定的な証拠は……無いんですよね?」
「交国政府は発表してませんねぇ。『模倣犯が出る可能性がある』と言って」
交国が赤の雷光を「スケープゴート」にした可能性は、まだ残っている。
その場合、罪を着せたのは赤の雷光だけではない。
巫術師も、冤罪によって特別行動兵にされている事になる。
ただ、この議論は「決定的な証拠」が無い以上、水掛け論になってしまう。ラートさんと喧嘩したくないし、今はこれ以上、話さなくていいかな。
そう思いつつ、次は何を聞くか迷う。
迷っていると、ラートさんが「ちょっといいか?」と言って手を上げた。
「そもそも、何で赤の雷光なんて組織が作られたんだ?」
「だからそれは『異世界の脅威対策』ですよね? 交国のような驚異への――」
「けど、作られたのは16年前なんだろ?」
ラートさんは顔の前で手を揺らしつつ、言葉を続けた。
「16年前はまだ、交国はネウロンに来てねえ。『ネウロンが混沌の海のどこにあるか』すら把握してなかった時期だと思うぜ」
「……確かに」
「けど、実際に赤の雷光が作られた。そのキッカケは何だったんだ?」
ラートさんと2人で、ラプラスさんの顔を見る。
ラプラスさんは笑みを浮かべ続けている。そして、「良いところに目をつけましたね」と呟いた。




