呼ばれてないのにやってくる
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:死にたがりのラート
副長と別れた後、改めてバレットと交国の件を考えてみた。
どっちも信じたくない話だ。
あのバレットがネウロンの一般人を殺した可能性。
交国がそれを命じ、ネウロンで横暴を働いていた可能性。
ネウロンに来る前の俺だったら「馬鹿馬鹿しい」と一蹴していた。
当時の俺は交国の正義を信じていたはずだ。
けど、アルやフェルグス達と出会って――。
「…………」
「ラート。どうかしたのか?」
顔を覗き込んできたロッカに対し、「ちょっと考え事してただけだ」と誤魔化す。アルも心配そうに俺を見ているが、声をかけて安心させる。
2人には適当に時間を潰して貰いつつ、俺は俺で色々考えてみたが……俺のショボい頭じゃ、いくら考えても答えは出なかった。
そもそも結論を出すだけの情報が不足している気がする。
何かが起きている。
それを断片的に見聞きしている。
けど、問題がでかすぎて、まだ全体像も見えていない気がする……。
「ラート、なんか端末鳴ってね?」
「おっ……。ホントだな」
ロッカに指摘され、携帯端末に手を伸ばす。
見ると、部隊員全員への連絡だった。
この内容は、ロッカ達にも知らせておかないと。
「交国本土行きの方舟、今日は出せないらしい。明日の朝予定みたいだ」
「まーた延期するんじゃねえの?」
その可能性もあるけどな、と言って笑う。
悩みやら心配が多すぎて、作り笑いにしかなってない気がするが――。
「よしっ……! とりあえず、3人で遊ぶか」
バレットが集めてきてくれた暇つぶしの道具を漁り、遊ぶ。
いま下手に考えても、嫌な考えしか思い浮かんでこない。
そのうえキチンとした答えも出ないから、今は2人と時間を潰そう。
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:死にたがりのラート
「あれ? ラート軍曹、夜遊びですか?」
「ちょっと散歩してくるだけだよ」
夜。アル達のことを他の隊員に頼み、宿泊所を抜け出す。
少し待っていると、ヴィオラも「お待たせしました~……!」と言いながら追いかけてきてくれた。
俺だけで考えても答えは出ない。ヴィオラと情報を共有したい。それと、フェルグスとアルの件についても話をしたかった。
先にフェルグス達のことを話しつつ、町を歩く。
「……誰かついてきてますか?」
「わからねえ」
視線は感じない。誰も俺達を追ってきてないのか?
隊長と副長は……俺達がコソコソと動いている事を知っている。
2人が追ってくるか、一部の隊員を使って尾行してくる可能性も考えてたんだが……俺にはわからねえ。ただ、一応、手は打っている。
打ったところで、あまり意味のない手だが――。
「俺達が外で話をしてくることは、アルには説明している。アルが星屑隊の隊員の魂を見て、俺達を追ってきてた奴がいないか調べてくれる予定だ」
「あっ……なるほど」
「まあ、わかったところで……って話だし、隊長達も俺がこういう手を使うことなんてお見通しだろうけどな~……」
聞かれても問題ない程度の話をしつつ、夜の町を歩いていく。
しばらく歩いた後、人気の無い高台の広場に辿り着いた。この辺りなら俺達の話を盗み聞きするのも難しいだろう。
フェルグスを襲撃した奴が、ヴィオラを狙う可能性もある。ヴィオラは巫術師じゃないが、敵が間違う可能性も十分ある。
襲われた時の逃走経路は確保しつつ、周辺もよく警戒しておく。これでようやく安心して密談できる。……いや、全然安心できる状況じゃねえけど。
「バレットの過去について、副長に気になることを聞いたんだ」
「え? バレットさんですか?」
「ああ。けど、この件は他言無用な。……本来は言うべきじゃないけど、アル達に関係ある話かもしれないから、ある程度はヴィオラにも話しておきたい」
心の中でバレットに「すまん」と謝りつつ、ヴィオラに話す。
副長に聞いた話を――。
「バレットさんが、そんなことするわけ……! …………いや、交国軍の上官さんに命令されたら、逆らえない可能性は……あります……よね?」
「バレット自身が進んでやるとは思えない。けど、俺達は軍人だ。実家に残した家族のこともあるから……上の命令には基本、逆らえねえ」
「…………」
「俺だって、バレットと同じ立場だったら……何やるかわからん。幸い、ウチの隊長達はしっかりした人達だけど……。ヴィオラも色々と思うところはあると思うが、とりあえず、バレットのことは責めないでくれ」
ヴィオラは頷き、「問題は交国そのものですよね」と言った。
ヴィオラは魔物事件前のことは知らない。
事件後、フェルグス達と出会って以降の記憶しか持っていない。
だから事件前の状況はよく知らないそうだが……交国が横暴を働いていた話はちょくちょく聞いているらしい。
「さすがに罪のない一般人を殺したって話は聞いてないですけど……魔物事件前から交国軍が大きな顔をしてたって話は、収容所でも聞きました」
「す、すまん……」
「ラートさんが謝る話じゃないですよ」
交国は「ネウロンを守るため」と言いながら、交国軍を派遣してきた。
そして、交国軍をネウロン内で活動させ始めた。
「交国軍が……他国の軍隊が好き勝手に出歩いているのは、かなり異常な状況です。ネウロン連邦が認めていたとしても、認めざるを得ない状況がおかしいです」
「当時はまだ、タルタリカいなかったはずだもんなぁ……」
魔物狩りのために必要だったわけじゃない。
それでも「他国の軍隊」である交国軍が、どこの領地だろうが構わず、方舟を飛ばしたり、機兵を走らせるのは確かに異常な状況だ。
ネウロンは交国に物申すだけの力が無かったみたいだが、余所の世界だったら国際問題に発展してもおかしくない。
「ネウロンは交国と比べたら、確かに技術水準の低い世界です」
「電子機器もほぼ無いからな。いや、存在しないか。ネウロン製のものは」
「交国のような携帯端末はありませんし、ネットもありません。交国軍が問題を起こしたところで……SNSで拡散したりも出来ませんね」
何か問題が起きても、情報統制が比較的容易な場所だ。
当時の事を知る人の多くは、魔物事件でもう亡くなっているし……。
交国が「問題」を起こしていたとは、思いたくねえけど……。
「そもそも、例のテロ組織……<赤の雷光>が魔物事件を起こしたって話も疑わしいです。その事は交国政府しか言ってませんからね」
「けど、そういう名前のテロ組織がいたのは事実だろ?」
「バレットさんも対応してたみたいですけどね……」
ヴィオラは悩ましげに息を吐き、俺の顔を見て言葉を続けてきた。
俺も周りを警戒しつつ、ヴィオラの言葉にも集中する。
「カトー特佐がネウロンのために動いてくれるとはいえ……私達も、もっと情報を集めるべきだと思います」
「だな……。未だに色々と謎があるからな」
しかも、掘り進めば掘り進むほど、新しい謎が出てきやがる。
掘り進めた先にゴールが待っているのかすら、わからない。
それどころか……俺達が墓穴を掘っているだけの可能性もある。
気づいたら穴ごと埋められる可能性もあるかもしれない。それは「交国政府に消される」ってことかもだから……そうはならないと祈りたいが。
「問題は、情報が簡単に手に入らないってことですね」
「交国はネウロンで焚書まで行っている。……俺も、それに協力しちまった」
ネウロンは後進世界。
文献等があっても、間違った知識を羅列しているだけ。そのようなものは不要だから焼却処分しても良い――と言われている。
俺も隊長に命じられ、いくつかの本を処分している。その場で処分せず、持ち帰って隊長に渡し、隊長が責任を持って処分してくれたはずだ。
「魔物事件が、どういう仕組みで発生したかも未だ不明ですからねー……」
「まあ、それは明かせないだろうよ。模倣犯が出たら大変だ」
「それは……そうかもですけど……」
「新しい情報を仕入れるとしたら、カトー特佐に聞く……とかかな?」
繊三号奪還作戦に参加したことで出来た縁。
特佐はフェルグス達の身を案じ、ネウロンを想って動いてくれている。
元テロリストとはいえ、カトー特佐が所属していたエデンは単なるテロ組織じゃない。弱者のために動いていた組織だったらしい。
特佐を信じ、こっちも色々と情報を明かしていいと思う。そうすることで特佐からも色々と情報を貰えるかもしれない。
そう提案したが――。
「特佐に全てを明かすのは……まだやめておきましょう」
「やっぱ駄目か。……特佐が俺達を騙していると思うのか?」
「私はラートさんと違って、疑り深いイヤな女なので~……」
ヴィオラは苦笑し、「慎重に行動したいです」と言った。
ヴィオラの言いたい事もわかる。話が上手く運び過ぎている。
カトー特佐に情報を明かすのは、特佐が玉帝との謁見を終えた後でもいいだろう。謁見がどういう結果に結びつくかを見た後でもいいはずだ。
となると、カトー特佐には直ぐ頼れない。
「特佐以外に、情報を得るルートか~……。思いつかんぞ」
「いえ、あるじゃないですか。あの人に聞けば――」
「おいおい……まさか雪の眼の史書官に聞くつもりかぁ?」
「素晴らしい案だと思いますよ」
「「…………!?」」
ヴィオラの声じゃない。
別の女の声が、かなり近くから聞こえてきた。
声の方向を見ると、微笑した金髪碧眼の幼女がいた。
雪の眼の史書官。自称天才美少女のラプラスが、こっちに近づいてきた。




