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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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見えない首輪



■title:<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


「軍学校を出たバレットと再会した時、アイツはボロボロになっていた」


 副長はバレットのいる方向を見つつ、言葉を続けた。


 再会したバレットは瞳を濁らせ、軍人として戦えないほど傷ついていた。


 軍人は戦うが仕事。しかも、バレットの任地はネウロンだった。


 副長がバレットと再会した当時のネウロンは、魔物事件後のネウロン。タルタリカという脅威が暴れ回っているから、バレットも戦う事が求められた。


 けど、戦えなくなっていた。


「最初は精神的な問題だけだったんだ」


「…………」


「銃を手に取れば手が震える。機兵の操作もおぼつかない。機兵乗りとしては……まともに戦場に立てる状態じゃなくなった」


 だから、バレットは周囲の軍人に「能無し」「交国軍人の恥」と言われ、相当痛めつけられていたらしい。心も体もボロボロにされていたらしい。


 同じ交国軍人の手で、ボコボコにされたらしい。


「交国軍人の私闘は禁止。教育的制裁も過剰なものは、一応禁止。だが、バレットに対しては『戦わない兵士』っていう痛めつける理由があった」


「だから痛めつけられていた……? でも、戦えない原因はトラウマなんでしょ? だったら治療対象でしょう。軍事委員会とか止めなかったんですか?」


「バレットに対する『制裁』を主導していたのは、ネウロンに派遣されていた軍事委員会の人間だったんだよ」


「…………」


 反吐が出そうな気分になり、思わず閉口する。


 トラウマから戦えなくなっちまう兵士なんて、大勢いる。だからこそ交国軍はそういう兵士へのケアプログラムもキチンと整備しているのに……。


 よりにもよって軍事委員会の人間が治療を勧めず、バレットを嬲っていたなんて……。酷い職務放棄だ。


 ネウロンに派遣された交国人は、軍事委員会まで腐っているのか。


「そんな状態のバレットをオレが偶然見つけて、隊長に頼んで星屑隊で保護してもらう事になったんだ。ケアプログラムも頼りにならないし――」


 幸い、バレットの引き抜きは簡単だった。


 バレットを痛めつけていた軍事委員会の人間は、明らかに本来の職務に反した行いをしていた。隊長と副長はその事実を材料に、そいつと交渉したらしい。


 怪我が回復した後のバレットは、星屑隊で整備士としてやっていく事になった。


 機兵乗りとして働く事が出来ないから……せめて、機兵乗りとして培った知識を活かし、整備士として働いていく事になった。


 でも、それって正直……どうなんだ?


「軍を辞めさせてやった方が……良かったんじゃないんですか? 整備士といっても、戦場の近くで働かざるを得ないんですし……」


 軍から離れた方が、バレットのためにもなったはずだ。


 再就職は苦労するだろうが、不可能ではないと聞く。


 戦えない精神状態で軍にいるよりマシなんじゃないかと思ったんだが――。


「……軍を辞めるなり、再教育施設行きになる方がヤバイんだよ」


「はあ……」


 よくわからんが、副長の真面目な顔つきを見て、口を閉じる。


 そうしていると、副長は「何故、バレットが戦えなくなったか」について語り始めてくれた。


 バレットが「機兵乗りを続けられなくなった理由」を語り出した。


「お前も知っての通り……バレットはネウロン魔物事件発生前から、ネウロンに派遣されていた。もちろん、軍人として」


「…………」


「だから、ネウロンにおける交国軍の作戦行動で……色々疲弊したのさ」


「<赤の雷光>との戦いによって、ですか?」


 繊三号奪還作戦前、バレットは赤の雷光との繋がりを教えてくれた。


 バレットは交国軍人として、赤の雷光への対処を任された部隊に参加していたらしい。魔物事件を起こしたテロリストへの対処は、相当大変だっただろう。


「それもあるが、それが全てじゃない」


「タルタリカの所為ですか? 魔物事件が始まった当時は……相当ヤバい状況だったみたいですし……」


 平和だったネウロンに、いきなり化け物が現れた。


 それもたった一夜でネウロン中に現れ、暴れ始めた。


 タルタリカより強い敵と戦ってきた交国軍でも、タルタリカによる奇襲には対処しきれなかった。結果、軍にも多くの犠牲者が出た。


「いや、タルタリカ以上に、ネウロン人の対処がな……」


「…………? 赤の雷光以外にテロリストがいたとか?」


「交国は『テロリスト』と判定しただろうが、実質、『一般人』の対処だよ」


「えっ……?」


 副長の顔に、いつもの笑みはない。


 冗談を言っている様子はない。


 交国政府は、ネウロンへの交国軍派遣を『プレーローマ等の脅威から後進世界(ネウロン)を保護するため』『ネウロンの文明化のため』と言っている。


「けど、そりゃ単なる言い訳だ。交国軍がネウロンに派遣されたのは、明らかな侵略行為だった。ネウロン人に大砲向けつつ『国交を開け』と脅したんだからな」


 交国がネウロンに来た当時。


 ネウロンで強い影響力を持つのは「シオン教団」と「ネウロン連邦」だった。


 交国は軍と外交官を同時に派遣し、ネウロンにある国家の多くが参加しているネウロン連邦に迫った。


 連邦は抵抗せずに交国を受け入れ、交国軍がネウロン内を自由に移動し、基地を建設することも認めたが――。


「ネウロンは認めざるを得なかったんだ。自分達が持たない空飛ぶ船……方舟を多数持つ交国相手に逆らうのは、明らかに無謀だった」


 だから、多くのネウロン国家が、交国を認めざるを得なかった。


 交国が好き勝手やるのを、泣く泣く認めざるを得なかった。


 副長はそう言い切った。……軍事委員会には言えない考えだ。いや、こんなこと、隊長にだって言えないかもしれない。


 それなのに、副長は俺に向けて語り続けた。


「ネウロンの諸国家は、交国に従わざるを得なかった。だが、全てのネウロン人が交国を認めたわけじゃない。フェルグスが交国に対して悪感情を持っているように、魔物事件前から交国に逆らう『民衆』は確かに存在した」


 交国軍はそれらに対処した。


 軍の部隊を派遣し、民衆を脅し、デモや集会を解散させた。


「大人しく従わない奴は連行。あるいはその場で射殺する事もあった」


「そ、そんなバカな……。交国軍が、そんなこと……」


 するはずがない。


 そう思った。


 そう思いたかった。


「交国は記録を抹消、あるいは最初から記録しないようにしていたが……ネウロンでも交国に対する抵抗運動は確かに起こっていたんだよ」


「…………」


「バレットは抵抗運動の鎮圧に参加させられたんだ。テロリスト以外の民衆の対処も、上の命令で無理矢理させられたんだ」


「対処って……」


「さっきも言ったように連行。あるいは射殺。ネウロンに限らず、交国軍は支配地域でその手のことは日常的にやってんだよ」


「そんな馬鹿な……! 交国軍は、人類のために戦って……」


「人類のため、って大義名分を振りかざし、自分達の主義主張に逆らう奴らは『人類の敵』というレッテルを貼る。交国の得意技だよ」


 副長の手中で、ペキペキと音が鳴った。


 副長が持っていた合成珈琲入りの紙コップが悲鳴を上げている。


「交国はバレット達に『交国軍は正義の味方』と教育した。バレットはそれを信じていたのに……交国に裏切られたんだ」


「…………」


「民衆の鎮圧作戦に投入され……上官の命令で、何の武器も持たない民間人に対し、発砲させられる事もあったはずだ……」


 そんなこと、行われていないと信じたい。


 けど、似たような話は聞いた。


 アルが言っていた。交国軍が民間人を撃った、と。


 それは魔物事件後の混乱も影響していたのかもしれないが、それより前から横暴を働いていたとすると……事件前からハードルが下がっていた可能性もあるのか?


 元々、交国軍は民間人を撃っていた。当たり前に。


 だからハードルが下がって、魔物事件後も――。


 そんな話、信じたくない。


 信じたくないが――。


「…………」


 副長は、交国が民間人に対し、暴力を振るったと信じている様子だった。


「クソみたいな話だ。交国はバレット達に対し、『キミ達は正義だ』と洗脳(きょういく)してきた。理想を説いてきた」


「…………」


「それなのに、現場じゃ虐殺行為を平気で命ずる。バレットみたいな真面目な奴は……理想と現実の壁に挟まれて、ブッ壊れちまったんだよ」


「それが……バレットの『戦えなくなった理由』ですか」


「そうだ」


 副長がチラリと俺を見てきた。


「お前も、昔のバレットに似ている。交国の正義を本気で信じているんだろ?」


「俺は……」


「けど、交国が間違っている例も見てきたはずだ。第8と接しているうちに、あれこれと現実の壁にブチ当たっただろ?」


「…………」


 多分、俺が直面した「現実の壁」は大したものじゃない。


 フェルグス達や、バレットがぶつかったものに比べると……伝聞程度に過ぎない。だからなのか、俺はまだ交国を……疑いきれない。


「……副長、今の話、何で俺に」


 副長の顔を見つめつつ、言葉を続ける。


「俺が軍事委員会にチクったら、副長の立場が危うくなる話ですよ……!?」


「お前は言わない。そう判断したから言ったんだよ」


 副長は合成珈琲が入っていた紙コップをゴミ箱にねじ込んだ。


「ともかく、バレットが病んだ原因は『交国』にある」


「…………」


「バレットは……おそらく、何人かネウロン人を殺している。それも民間人を」


 副長の言葉を聞き、嫌な想像が頭を過った。


 アルの話だと、アルの両親は交国軍と戦い、撃たれた。


 アルが見た部隊は<赤の雷光>を探していた。


 バレットは軍人として<赤の雷光>への対処も行っていた。


 ひょっとしたら、バレットはアル達がいた町への攻撃に参加――――いや、無い。単なる偶然の一致だ。それはさすがに無い!


 あってたまるか。


「けど、それは上に命令されて仕方なくやった事だ。誰もバレットを責めるべきじゃない……とオレは思う。そう思いたい」


 当事者はどう思うんだろうか。


 そんな考えが浮かんできた。


 交国軍人に家族を殺された奴も、「仕方ない」と思ってくれるんだろうか……。


「お前だって、バレットと同じ立場なら断れないだろ? 武器を持たない民間人に対し、機兵の機銃で攻撃しろって言われたら――」


「そんなの断るに決まって――」


「いいや。断れないね」


 副長は厳しい目つきで俺を睨みつつ、そう言った。


「お前もバレットと同じなんだ。人質(・・)を取られている」


「人質?」


家族(・・)だよ。……オレ達が上の命令に背けば、交国本土にいる家族も無事じゃ済まない。オレ達はそう思うよう、教育されているんだ」


「――――」


 確かに、そう言えないことも無いのかもしれない。


 俺にとって家族は大事な存在だ。多くの軍人が俺と同じはずだ。


 交国軍のオークが集まると、よく家族の話題になる。


 皆、家族が大好きで、家族の自慢話をよくやっている。


 似たような話が多くて、「お前のところもそうなのかよ」と言い、笑い合う定番の話題だ。楽しい話題だ。……大事なものだからこそ楽しく話せるんだ。


 けど、家族の存在は……視点を変えれば「枷」と言えるのかもしれない。


 優しい枷だが――。


「お前だって、何度も脅されただろ。命令に従わないと家族に迷惑がかかるぞって。命令違反者の家族として、親戚どころか町中――いや、交国中の人間から後ろ指を指される。それは家族の仕事や私生活にも及ぶぞ、って」


「そ……それは、確かに……あります、けど……。でも……」


 だからといって、民間人を殺すなんて……。


 でも、俺がバレットと同じ立場なら、本当に逆らえるのか?


 俺だって……弟や母ちゃんの方を、優先してしまうんじゃないのか……?


「交国のオークは優秀な兵士だ。兵士として運用するのに便利な身体をしている」


「…………」


「だが、強い奴を制御するためには首輪が必要だ。……交国のオーク達にとって、『大事な家族』は見えない首輪なんだよ」


 家族は、軍上層部がオーク達を操る首輪。


 副長はそう言った。


 どこか含みのある様子で――。


「……た、確かに、俺達にとって家族は大事な存在です」


「…………」


「けど、家族は部外者が意図して作れるものじゃないですよ。結果的に首輪みたいになるかもですが……家族は拘束具なんかじゃない」


「だが、交国は実際に家族を首輪にしているんだよ。お前の傍にも実例がある」


「えっ?」


特別行動兵(ガキ)共は、そうだろうが」


 家族と引き離され、会うことも出来ない。


 会えるのはタルタリカを殲滅し、ネウロンが平和になった後と言われている。


「家族を人質に取る。これは交国軍の戦闘教義(ドクトリン)なんだよ。使い慣れているから、特別行動兵相手にも使っているんだ」


 本質的には、特別行動兵もオークも大差ない。


 副長はそう主張した。


 俺は何も言い返せなかった。


「交国は正義なんかじゃない。バレットは交国の所為で病んで、壊れたんだ」


「…………」


「……ただ、最近はかなりマシになってきたと……思っていたんだがな」


 バレットは最初、第8を避けていた。


 ネウロン人を避けていた。


 けど、今では親しく接している。


 特にロッカに慕われ、よく一緒にいる。


「だが、アイツの傷は変わらず存在している。治りきっていない。だから、アイツの過去に関して、アイツに直接聞くのはやめてくれ」


「……はい」


「あと、忠告なんだがな」


 副長が詰め寄ってきて、小声で語りかけてきた。


「ヴィオラとコソコソ嗅ぎ回るのは、やめろ。上に消されるぞ」


「…………」


「お前の行動の所為で、隊長や他の部隊員の迷惑になる可能性もある。勝手な行動は控えろ。わかったな?」


「…………はい」


 副長から微かに視線を逸らしつつ、そう返事した。


 副長はしばし俺の横顔をジッと見ていたが、小さく笑って「じゃじゃ馬め」と言い、宿泊所に戻り始めた。


「話は以上だ。解散」


「はい……」


「ああ、それともうひとつ忠告だ」


 振り返った副長は、不敵な笑みを浮かべていた。




■title:<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「今は何もするな。……今は、な」


 ラートにそう告げ、会話を打ち切る。


 交国は腐っている。


 始まりからずっと腐っている歩く死体(リビングデッド)だ。


 だが強い。腐っているが、それでも人類文明指折りの強国だ。


 ただ、大きな火種を抱えている。


 オレ達という火種を――。





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