皆それぞれの事情
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:死にたがりのラート
「さっきは、ゴメン……。言い過ぎた」
俺の部屋にやってきたフェルグスは、開口一番、アルに向けて謝った。
フェルグスを見て固まっていたアルも、直ぐに「いや、ボクが悪くて……」と言いつつ、上目遣いでフェルグスを見つめ返した。
「ウソついてゴメン……」
「ん……」
「えと……。えとっ……」
「じゃ……」
フェルグスは謝るだけ謝ると、アルと会話せずに去って行こうとした。
だが、付き添っていたヴィオラが立ちはだかり、フェルグスに「ラートさんにも謝らないとダメでしょ」と言った。
そう言われたフェルグスは立ち止まったものの、黙り込んでいる。
「ヴィオラ、いいんだ。俺に謝る必要はない」
「でも……」
「フェルグスが交国人に対して思っている事は、正しい事が多い。俺達がどう考えていたところで、ネウロンがこんな事になったのは、交国の責任もある」
ヴィオラを手で制しつつ、フェルグスに向けて片膝つきつつ話しかける。
俺からも「ごめんな」と言ったが、フェルグスは背を向けたまま走り去っていった。……少しは仲良くなれたと思ったんだが、振り出しに戻ったか……。
まあ、根本的な問題は解決してないもんな。
それどころか、アルの話だとフェルグス達の両親すら危ういからな……。
「ぼ、ボク、にいちゃんと話を……」
「もうちょっと時間を置こう」
オロオロしつつ、フェルグスを追おうとしていたアルを止める。
俺の部屋で待ってな――と言い、部屋の中に戻し、ヴィオラと2人で話をする。
今回の件、ちょっと……いや、かなり尾を引きそうだ。アルもフェルグスもお互いを嫌いになったわけではないから、関係修復は不可能ではないと思うが――。
「あの件、フェルグス君にも言うべき……なんでしょうか」
「いや、さすがに止めておこう」
ひとまず、フェルグスはヴィオラに見ておいてもらう。
アルは俺の方で引き続き預かり、ヴィオラをフェルグスのところへ送り出す。階段を上っていったから、宿の外には出ていないだろう。
「…………」
どうするのが最善なんだ――考えつつ、廊下にたたずんでいると、不安げな表情のロッカが廊下をウロウロしているのが見えた。
手招きして呼び寄せ、屈んで視線を合わせて問いかける。
「何かあったのか?」
「いや、バレットが具合悪いみたいでさぁ……!」
どうも、俺達が去った後、バレットが身体の調子を崩したらしい。
あるいは、子供達のために動いてくれていた時から調子が悪かったんだろう。
キャスター先生の診断だと、異常らしい異常は無かったらしい。けど、いまは部屋で静かに休んでいるところみたいだ。
「俺もちょっと様子見てくるわ。ロッカ、アルを頼めるか?」
「ああ、うん。任せて」
ロッカも俺の部屋に入ってもらい、2人に留守番を頼む。
そしてロッカのところに向かっていると、廊下でキャスター先生と立ち話をしていた副長を見かけた。
「副長もバレットの見舞いっスか?」
「ああ」
俺がバレットのいる部屋に入ろうとすると、副長は「オレも行く」と言い、一緒に部屋に入ってきた。
バレットは俺達に気づき、ベッドから起き上がろうとしていたが……さすがに寝かせる。階級を気にして体調悪化したらアホらしい。
「す、すみません……。ご迷惑おかけして。もう、大丈夫ですから」
「大丈夫かどうかはキャスター先生が判断する。その先生が『休みなさい』って言ってんだから、今は大人しくしてな?」
試しに額に手を当ててみたが、特に熱っぽくない。
フェルグスが「襲撃」されたから、宿の食べ物に毒を入れられた――って可能性も先生達は検討したそうだが、さすがにそれは無いらしい。
ここは交国軍の宿泊所だ。一般人がホイホイ入ってきて、毒を盛っていくなんて事はできないはずだ。
でも、確かにバレットの顔色は悪いように見える。
「とにかく、ゆっくり休めよ~? あんまり体調崩しすぎると、方舟に乗るのも難しくなる。せっかく実家に帰れるチャンスなんだ。自分を大事にしな?」
「はい……。本当に、すみませんでした……」
ベッドの上で上体を起こしたバレットは、心底申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。もう少し話をしたかったが、副長に促されて部屋を出る。
その後、副長に「ちょっとツラ貸せ」と言われた。
宿泊所の外に行くようだ。
その途上、気になっている事を聞く事にした。
「バレットの奴、急にどうしたんでしょうね。まさかネウロンの風土病とか?」
「有り得ない話じゃないが――」
多次元世界には数え切れないほど多くの世界が存在する。
多くがプレーローマの作った世界で、世界の「ひな形」は似たようなものだから、似た世界がいくつも存在している。
ただ、全てが一緒とは限らない。特定の世界限定の病気もある。
例えばネウロンでは大したことのない「風邪程度の病」が、余所の世界では猛威を振るう事もある。異世界交流には防疫が不可欠だ。
交国軍人の俺達は、余所の世界で活動せざるを得ない。タルタリカみたいな敵以外にも、風土病にも立ち向かっていく必要がある。
交国政府も病やらウイルスを脅威に考えているから、界外派遣される軍人のために色々対策してくれてるんだが――。
「ネウロンでは、これといって特別な病は見つかってない。交国のワクチンで対応できている。今回はそういうのじゃねえよ」
「じゃあ、何なんでしょうか……」
「バレットが体調を崩した時の話を、ロッカに聞いたんだが――」
宿泊所の外に出ると、副長は周囲を警戒しつつ、宿から少しだけ離れた場所に陣取った。宿の窓も見て、誰か聞き耳立てていないか警戒している様子だった。
「バレットのアレは……精神的な問題だ」
「はあ、精神的……?」
「精神的外傷。トラウマ。アイツはそれに苦しめられ続けているんだ」
副長は苦々しい表情を浮かべ、「ネウロン侵攻の初期メンバーとして派遣されちまった所為で……」とこぼした。
「バレットが元機兵乗りって事は、知ってるな?」
「ええ、一応は……。何故か機兵乗りから整備士に転向したんですよね?」
かなり珍しい配置変更だ。
交国軍の戦場で最も活躍しているのは<神器使い>かもしれないが、俺達のような「凡人」でも手が届く花形は「機兵乗り」だ。
機兵乗りは希望したらなれるものじゃない。軍人の適正を鑑みつつ、厳しい訓練をくぐり抜けた先になれる役目だ。
嫌な言い方になるが、整備士より機兵乗りの方がエリートだ。機兵乗りは危険も多いが、それに見合った俸給や恩給が約束されている。
「何でそうなったかは知りません。本人が言いにくそうにしてたので……」
星屑隊の隊員は、訳ありの人間が少なくない。
レンズが銀星連隊からトバされてきたように、俺も過去に問題を起こしている。だからお互い、触れられたくない過去は触れないようにしてきた。
俺達はハリネズミみたいなもんだ。
刺々しい過去を持っているが、お互いにそれに触れないよう気をつけておけば、仲良くできる。お互いに踏み込まないのが暗黙の了解だった。
「副長って、バレットが通っていた軍学校の先輩なんですよね?」
「ああ。だから、アイツの事情はある程度知っている。聞きたいか?」
「まあ、正直、気になりますけど――」
どうも、バレットは「魔物事件前」からネウロンにいた様子だった。
魔物事件後に来た俺達が知らない情報を知っている様子だった。
しかも、魔物事件を引き起こしたとされる<赤の雷光>に関しても、交戦の経験があるようだった。アル達のためにも情報は欲しいんだが――。
「バレットの古傷を抉っちまう話なら……遠慮しておきます」
「そうか。じゃあ話す」
「えっ。副長、俺の話、聞いてます?」
副長は傍にあった自販機に歩み寄りつつ、「聞いてたよ」と言った。
それで、自販機で買い物しつつ、話を続けてきた。
「お前はまあまあ口が硬いし、バレットに対してアレコレ聞かないなら……口止め料代わりに言っておいてもいいと思ってな」
「はあ……」
「お前、ネウロンの過去について、色々と調べているだろ?」
「――――何の話ですか?」
自販機で合成珈琲を2つ買った副長は、片方を俺に渡してきた。
そして、微かに笑みを浮かべつつ、「トボけるなよ」と言ってきた。
「オレは星屑隊の副長。お前達を監督する義務がある。お前がヴィオラと組んで嗅ぎ回っている事なんて、とっくの昔に把握してるっつーの」
「ヴィオラとは仲良くしてますけど、嗅ぎ回るとか、そういうことは……」
俺がさらにトボけると、副長は鼻を鳴らして「まあいい」と言った。
そう言いつつ、話を続けてくれた。
「お前が知りたがっている情報を、少しだけ教えてやる。といってもオレも大したことは知らないが……これはバレットの過去にも絡んだ話だ」
「…………」
「オレから話す代わりに、バレットには何も聞くな。アイツに直接聞いちまうと、アイツが苦しむ事になる。今日みたいにな」
副長曰く、バレットは昔から真面目な奴だったらしい。
ただ、今とは少し違った。
軍学校時代は目をキラキラさせつつ、「お国のために頑張りますっ!」と言うような学生だったらしい。真面目で愛国心が強い奴だったらしい。
「正義感も強かった。交国の『教育』のおかげだな。……だから潰れた」
「…………」




