表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
177/875

兄弟の絆



■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:死にたがりのラート


 アルを俺の部屋に連れてきて、水を飲ませて落ち着かせる。


 身体中の水分が全部出ちゃうんじゃ――ってぐらい泣いていたアルも、ようやく泣き止んでくれた。ただ、さすがに落ち込んでいる。


「にいちゃんに、きらわれ、ちゃった……!」


「フェルグスがお前を嫌うわけねえって。大丈夫だ」


「で、でも、いらないって……」


「あれは違うって。フェルグスは……俺達、交国人の事でイライラしてて……頭に血が上ってた。それだけだ。あんなの本心じゃない」


 フェルグスは不安定になっていただけ。


 明らかに狙って轢き逃げされかけた事で、心がグラついていただけ。


 アイツは強いから大丈夫だろう、と油断していた俺達が悪いんだ。


「で、でも、ボク、にいちゃんに口答えしちゃったから……」


 ベッドの縁に座ったアルが、また涙目になっていく。


 背中をさすってあやしつつ、「大丈夫だ」と語りかける。


「あれぐらいで嫌いになったりしねえよ。大丈夫」


 フェルグスも頭を冷やせば、落ち着いてくれるはず。


 フェルグスは我が強いけど、弟のことは人一倍大事にしている。


 アルもフェルグスのことをメチャクチャ慕っていて……2人はずっと仲良しだった。仲良しすぎて、今回みたいにケンカした事なんて無かったはずだ。


 だからこそ、お互いに「どうすれば仲直りできるか」がわからなくなるのかも。


「ボクが悪いんです……。にいちゃんに、ウソついてっ……」


「アルは、悪いことしてないよ。なんつーか……ホント……タイミングが悪かったんだよ……。タイミングの悪さが玉突き事故を起こしただけだ」


 アルはずっとショボくれているが、フェルグスに対する怒りは一切吐かない。


 フェルグスの前で、俺達を庇ったぐらいだ。


「アルは……本当にフェルグスが大好きなんだな」


 頭を撫でてやりつつそう言うと、アルはコクンと頷いた。


 そして、涙声で喋り始めてくれた。


「にいちゃん……ずっと、ボクのこと守ってくれてて……やさしくて……」


 フェルグスはいつも、アルの傍にいた。


 両親に「アルの事を守ってあげて」と言われ、鼻息荒くはりきりながら、アルの手を引き、いつも構ってくれていたらしい。


 アルが近所の犬に吠えられただけで、フェルグスは血相を変えて弟の前に飛び出し、庇ってくれた。相手が子犬でも、フェルグスは「わんわんっ!」と吠え、子犬を追い返して弟を守ったらしい。


 アルが誰かにイジメられていると、頭から湯気を出しそうな勢いで怒り、たった1人でイジメっ子達を蹴散らすこともあったらしい。


 イジメ……イジメか。


 アルをイジメる奴がいたって話は、前にフェルグスから教えてもらったが――。


「ネウロン人は1000年も戦争せずにいるぐらい、平和を守ってきたのに……イジメする奴はいるんだなぁ」


「それは……ボクがどんくさくて、イジメやすいのが悪くて……」


「いや、お前は悪くないだろ」


 ともかく、アルがイジメられた時は、フェルグスが直ぐ怒ってくれたらしい。


 可愛い弟を守るために。


 ただ、やりすぎる事もあったそうだ。フェルグスの反撃によってケガするイジメっ子もいたらしく、フェルグスはその事で怒られる事もあったみたいだ。


「でも、にいちゃんはそういう時も……ボクの名前は出さないんです。『気に入らないから殴った。それだけだ』って言うばっかりで……」


「そこまで徹底してアルを守っていたんだな」


 アルが経緯を大人に説明しようとしても、フェルグスが止めていたらしい。


 その影響でフェルグスは「手のかかる乱暴者」と見られていた。


 確かにアイツはちょっと血の気が多いところがあるけど……基本的には「アル達のため」「ネウロンのため」に動いている感じがする。


 アイツは何だかんだで、理屈で怒っている。


 大事な弟をイジメられたから怒る。


 交国人(おれたち)がネウロンに来てから……何もかもメチャクチャになったから怒る。


「ピッピの時も、ボクのために動いてくれて……」


「ピッピ? ええっと……例のマンジュウネコのことか?」


「マーリンのことですか……? マーリンはスベスベマンジュウネコです」


 ピッピは猫じゃなくて、小鳥。


 ケガをした野生の小鳥だったが、アルとフェルグスが見つけて介抱してやると、すっかり懐いて一緒に暮らしていたらしい。


「でも、ボク達が目を離していた隙に……」


 近所のイジメっ子達が悪さをして、殺したらしい。


 イジメっ子達に対するフェルグスの報復の報復として。


「ボクと兄ちゃんは、その時、巫術に目覚めたんです」


 2人は小鳥(ピッピ)が命を散らす瞬間を、痛みと共に知覚した。


 相手は小鳥だから、人間の死と比べれば軽い痛みだったものの、2人はその痛みに突き動かされ――嫌な予感に突き動かされ、ピッピのところに走った。


 イジメっ子達もピッピを殺す気までは無かったのか、動かなくなったピッピの前で狼狽えていたらしい。フェルグスはそいつらを追い払ったものの、もう手遅れになっていた。


 そんな事があった後、アルとフェルグスが「巫術師として覚醒した」という事は、周囲の大人達にも伝わる事となった。


 近くに住んでいたシオン教の神父が急いで教団に報告し、幼い2人は教団の保護院に送られる事になった。


 そうしないと危うい。


 巫術師本人が不意に「人の死」を感じ取ってしまえば、強い頭痛に襲われる。


 覚醒したばかりの幼い巫術師は特に危ういらしく、大人達は急いで動いた。


「ピッピのお葬式、ちゃんと出来てないうちに連れていかれる事になって……。それで、ボク、泣いちゃって……」


「…………」


 親元から離された事もつらかっただろう。


 アルは保護院で、ずっと泣いていたらしい。


 そんなアルに寄り添っていたフェルグスは立ち上がり、「帰るぞ」と言った。


 家に帰る。


 帰ってピッピのお墓を、ちゃんと作る。


 それでちゃんとお別れするんだ――と言いだしたらしい。


 2人は教団の大人達に内緒で保護院を抜け出した。警備の人間の目は魂感知能力でかいくぐり、遠い実家を目指した。


 アルとフェルグスの家は、保護院の近くにあるわけじゃない。蒸気機関車や馬車に乗って、ようやく辿り着ける場所にあった。


 子供だけで辿り着ける場所ではないが、それでもフェルグスはアルを連れ、歩き出した。子供らしい無謀と勇気を胸に、歩き出したんだろう。


 小さな手で、自分よりさらに小さな弟の手を引いて――。


「でも、ボクは歩いているうちに足が痛くなって……」


 歩けなくなったらしい。


 子供の足だ。無茶していたら痛むのは当然のことだろう。


「けど、にいちゃんがおんぶしてくれたんです。……にいちゃんだって、足が痛かったはずなのに……」


 フェルグスはその後、しばらくアルをおんぶしたまま歩き続けたらしい。


 家に向かって。


 結局、2人とも疲れ果て、納屋の傍で引っ付いて眠り休んでいたところ、近くの人間が見つけて保護した。


 その後、保護院に連れ戻されたらしい。


「ピッピとは、ちゃんとしたお別れはできなかったけど……。お墓は……お父さん達がちゃんと作ってくれてて……」


 そこに関してはアル達も一応、納得したらしい。


 ただ、保護院に連れ戻された後が問題だった。


 大人達は叱ってきたが、そこは仕方ない。頭ごなしに叱ったりはせず、諭してくれたらしいが……問題はフェルグスの体調に現れた。


「にいちゃん、無理したから寝込んじゃって……」


 高熱まで出して、しばらく寝たきりになったらしい。


 アルは自分を責めた。


 自分がメソメソと泣いていなければ、兄に無理をさせなかった――と。


 兄に自分を背負わせたりせず、最初から止めるなり、一緒に歩くなりしていれば、こんな事にならなかった。そう思って、また1人、部屋で泣いていたらしい。


「でも……でもっ、にいちゃんが会いに来てくれたんです」


 夜中。フェルグスは病室を勝手に抜け出し、アルに会いに来た。


 兄が心配で泣くアルのところに戻ってきた。


「にいちゃん、『アルは泣き虫だから、泣いてると思った!』って言って……笑ってて……。それで、『にいちゃんは元気だぞっ! 大丈夫だぞっ!』って言って、窓の外で跳びはねたりしてて……」


 弟を元気づけるために、また無理をしたらしい。


 フェルグスの脱走に気づいた大人が怒って追いかけてきて、フェルグスは「やべっ」と言いながら逃げ回り、池に落ち、また体調を崩したらしい。


「にいちゃん、いつもボクのために無理してくれて……。無理させちゃって……」


「フェルグスはお前のこと、ホントに大好きなんだなぁ……」


 単なる仲良し兄弟じゃない。


 フェルグスはアルのことを宝物みたいに大事にしているし、アルもフェルグスのことを想っている。心配している。


 ……アル自身は守られていることを、引け目に感じているみたいだが……。


「ボク、にいちゃんのこと、大好きです」


「うん……」


「でも……でもっ……。きらわれ、ちゃって……」


「大丈夫。フェルグスは絶対、お前のことを嫌ったりしないよ」


 再び目を潤ませ始めたアルを抱っこし、あやす。


 不安だよな。心配だよな。


 もし……もしも、アル達の両親が「無事」じゃなかった場合。


 2人はもう、たった2人だけの家族になっちまう。


 そこから仲違いして、ひとりぼっちになっちまったら……2人共絶対、さびしくてたまらないだろう。苦しくてたまらないだろう。


 絶対、そんな風になっちゃいけねえ。


 何とかしてやりたい。


 俺がフェルグスになに言っても、嫌われるだけかもだが――。


「フェルグスがお前のために頑張ってきたのは、弟であるお前のことが大好きだからだ。だから絶対、お前のことを嫌いになったりしない」


「でもっ……ボク、にいちゃんの足を引っ張ってばっかりで……」


「そんなことねえよ。繊三号でお前がフェルグスを助けた事、忘れたのか?」


 確かにアルは、フェルグスに守られてきたかもしれない。


 けど、アルだって強くなっている。


 羊飼い相手に勝てたのは、アルがフェルグスに力を貸したおかげでもある。


「兄弟の絆は、鋼より固いものだ。何があっても絶対壊れねえよ」


 俺も弟を持つ兄貴だ。兄弟の絆に関してはよくわかっているつもりだ。


 俺は……仕事の影響で弟と殆ど一緒にいられない。1年の殆どを離れた場所で過ごす。まったく会えない年だってあった。


 でも、それでも、俺と弟の絆は繋がり続けている確信がある。


 フェルグスとアルも、きっと大丈夫だ。


「にいちゃんに、お父さん達のこと隠してるの……ちゃんと話した方が……」


「…………。お前が言いたいなら、言うべきかもしれない」


 フェルグスは、俺達がコソコソと調べ物している事を知っている。


 けど、内容までは把握していないようだ。


 アルが隠し事をやめたいなら、言ってもいいと思うけど――。


「両親の件は、かなり難しい問題だ。……今はまだ、無理して言わなくてもいいと思う。もうちょっと……その……情報が集まってからでも……」


「…………」


「俺達が心配しているような状態なんかじゃ、まったく無いかもしれないしな。それならそれで今まで通りで大丈夫なんだ」


 簡単に言える話じゃない。


 フェルグスだって、簡単には受け止められないはずだ。


 両親が既に死んでいるかもしれない。そんな話、簡単に呑み込めるかよ。


 アイツはもう心労(ストレス)で不安定になっている。


 最悪、アルとフェルグスの仲に大きな悪影響を及ぼすかもしれない。


 今は言わない方がいいんだ。…………多分。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ