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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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お節介な奴ら



■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:贋作英雄


 兄弟(フェルグス)が、ヴィオラ嬢に優しく諭されている。


 それを密かに見守る。


 私には魂がない。過去の人物から作成された幻影に過ぎない。


 姿を消せば兄弟でも私の存在に気づけない。そもそもヴィオラ嬢達には私の姿が見えない。それを利用し、ヴィオラ嬢による「説教」を静かに見守る。


 兄弟が……フェルグスが怒る理由はわかる。


 私はどちらかというと、フェルグスの味方だ。どうしても肩入れしたくなる。


 ただ、フェルグス自身も「マズいことを言った」という自覚があるようだ。ずっと表情を強ばらせたまま黙っている。


『…………』


「フェルグス君が交国に対して怒る気持ちはわかるよ? けど……それで苛立って、アル君にあんなことを言うのは絶対にダメ」


「…………」


「…………。少し休もう。後でアル君に謝りにいこう?」


 フェルグスが何も答えないため、ヴィオラ嬢も説教を一度打ち切った。


 ここはヴィオラ嬢とグローニャ嬢の部屋なのだが、ヴィオラ嬢の方が部屋を出て行った。出て行ったといっても、廊下に待機しているようだが……。


 さて、どうしたものか。


 繊三号から脱出した時まではともかく、このような状況は知らん。


 フェルグスは、根は良い子だ。


 しかし、気難しいところもある。まだまだ子供だからな。


 いま話しかけるのは得策ではないか?


 私がアレコレ考えながら悩んでいると、空気を読まず――あるいは空気を読んで――マーリンがどこからともなくやってきた。


 やってきて、「にゃぁん」と鳴きながらフェルグスに絡み出した。


 フェルグスは椅子の上で三角座りしたまま黙っていたが、マーリンがあまりにもしつこく絡んでくるので、観念して抱っこし始めた。


 しばし抱っこした後、脳天気そうなフワフワマンジュウネコの顔を見て、「ハァ……」とため息をついた。


『…………。兄弟』


「わっ!?」


『私で良ければ、話を聞くぞ?』


 姿を現すと、驚いた兄弟は体勢を崩した。


 椅子から転び落ちそうになっていたので、咄嗟に手を伸ばしたが――無駄だった。私は幻影ゆえ、気軽に触ることも出来ない。


 幸い、兄弟は体勢を立て直し、転ばずに済んだ。


 マーリンを抱っこしたまま、「急に姿を現すな」と怒ってきた。さすがに私が悪いので謝っておこう。


『スマン。……それで、話を聞こうか?』


「なんでお前と話をしないといけないんだよ……。力だけ寄越せよ」


『話せば少しは気が晴れるかもしれんぞ?』


「やだよ。うぜえ」


『単に話すだけではなく……。そうだな、例えば、私をスアルタウだと思って話をするのはどうだ? ん?』


 そう提案すると、兄弟は「ハァ~!?」と言った後、「アルはお前みたいにむさ苦しい姿してねえだろ」と続けた。


『私は兄弟達の傍にいたから、スアルタウの真似も上手い自信がある。……後で謝ろうと思っているのだろう? その予行練習をしておかないか?』


「う、うっせえ。余計なお世話だ……」


 兄弟は私に背を向ける体勢で椅子に座り直し、そっぽを向いた。


「そういや、お前、オレらの傍にいるんだったな……。姿隠して……」


『うむ。お前達の意識に寄生しているからな』


 ゆえに「どこか遠くへ行け」と言われても無理だぞ? と言うと、不機嫌そうな沈黙が返ってきた。


 不機嫌そうだが、それもまた愛らしい。


 不機嫌そうな兄弟を見ると、生前の私(オリジナル)の子や孫や曾孫や玄孫(やしゃご)が拗ねている光景を思い出し、懐かしくなってしまう。


 頬ずりしてやりたくなるが……さすがに兄弟相手にそれをやると怒られそうだ。ここは真面目に接するとしよう。


『まあ、兄弟が怒る気持ちはわかる。家族から嘘をつかれたり、除け者にされたり、敵視している相手ばかり頼られるのは面白くないだろう』


「っ…………」


『だが、彼らにも悪気はないのだ』


「んなわけ……」


『兄弟も本当はわかっているのだろう?』


 わかっているが、色々な事情でこじれてしまっているだけだ。


 心が不安定になっているからこそ、怒りっぽくなっているのだ。


『スアルタウが嘘をついたのは、お前を心配させないためだ』


「…………」


『下手な嘘だったのは確かだ。ただ、彼は植毛が抜けたことでお前を心配させまいと、咄嗟にああ言ってしまっただけだ』


 あと、フェルグスがラート軍曹を嫌っているから、2人の仲をこじらせないためにも秘密にしたのだ。結果的にこじれたが――。


 本当に、悪気があったわけではない。


「テメーに何がわかるんだよ。知ったようなこと、言いやがって」


『スアルタウに聞いたのだ』


「ホントかよ……」


 兄弟が振り返り、疑わしそうな目つきで睨んでくる。


「あ、でも、お前ってアルの傍にもいるんだよな?」


『今はお前の意識に寄生しているが、あちらに移る事も出来る』


「という事は、アル達が何をコソコソやってたのか知っているんだよな!?」


 兄弟が椅子ごと体勢を変え、こちらを向いてきた。


 椅子にまたがったまま、こちらに詰め寄ってくる。


「教えろ。アルやヴィオラ姉達は、何コソコソやってんだ?」


『それはさすがに言えん』


「アルに口止めされてんのかよっ」


『そうではない。私の意志だ』


 あの件に関しては、私にとやかく言う権利はない。


 必要なら手を貸すが、幻影に過ぎない私には大したことは出来ん。


『ただ……スアルタウにもヴィオラ嬢にも、ラート軍曹にも一切悪気が無いという事だ。彼らがコソコソしているのは、お前に対する気遣いもあるのだ』


「ハァ? オレに?」


 兄弟は面白くなさそうな顔を浮かべ、「オレは除け者にされているのに?」と呟いた。真実を知らないと、そう思ってしまうかもしれないが……少し悲しいな。


 皆、悪気はないのだ。


 逆に気遣いあっているからこそ、衝突してしまう。


『今は待ってやって欲しい。そのうち、彼らはお前にも真実を話すだろう。真実を聞いた時は、寛大な心で受け止めてあげてほしい』


「ゼッタイ嫌だ。『ほら、やっぱ隠し事してたじゃねえか!』ってキレてやる」


『本気で彼らに「除け者」にされていると思っているのか?』


「だって、実際、そうだろ」


 兄弟はマーリンを宙に放りつつ、怒った様子で立ち上がった。


 完全に拗ねてしまっているようだ。


「アイツら、オレのことが嫌いになったんだ」


 そう言った兄弟は、手をギュッと握りしめていた。


 うつむき、不安そうにしている。


「…………さっきので、もう完全に嫌われた」


『確かに、先程のやりとりはよくなかったな』


「う…………」


『だが、お前達の関係は破綻していない。まだ修復可能だ』


「…………」


『ちなみに先程スアルタウの様子を見てきたが、ボロボロと泣いていたぞ』


「えっ!?」


 泣く原因はさすがにわかるだろう。


 弟想いの兄だからな。私はよく知っているとも。


 ラート軍曹とヴィオラ嬢が止めてくれたとはいえ、フェルグスが何を口走りかけたのか、スアルタウも察している。


 フェルグスはそこまで大事になるとは思っていなかったのか――あるいは自分のことで手一杯だったのか――明らかに狼狽え始めた。


『大好きな兄に、あんなことを言われて傷ついたのだろうな』


「おっ…………おれ、別に、アルを泣かせるつもりは……」


『大好きだから泣くのだ。あの子は、お前を嫌ってなどいない』


 嫌いな相手に拒まれても、あそこまで傷付きはしない。


 好きだからこそ辛いのだ。


 好きな相手に突き放されるのは、とてもつらいものだ。


『お前だって嫌だろう。このままでは』


「で、でも……。もう……」


『まだ間に合う。……後でちゃんと、謝ってあげなさい』


 この子達はまだ幼い。まだ子供だ。


 カッとなって、本心では思っていない事を口走る事もある。


 この子達が置かれているのは、普通の環境じゃない。


 いきなりやってきた交国軍の指図で戦場に投入され、同胞にすら差別され、それでも戦わざるを得ない。そんな過酷な場所に立たされ、心が不安定になっている。


 昨日、明らかに殺されかけた事で、さらに不安定になっている。


 スアルタウの「嘘」や、フェルグスを除いてアレコレと行動している事で不満も溜まっていた。その不満が弾けてしまったが……きっとまだやり直せる。


 まだ大丈夫。


 私はそう確信している。


『お前はいま、自分の言動を後悔している。そうだろう?』


「ぅ…………」


『その後悔を信じなさい。自分がやるべき事を、今一度よく考えなさい』


「…………」


『とりあえず謝るだけでも、少しは楽になるぞ』


「う……うっせえっ……!」


 フェルグスは手を振り、怒声を上げた。


 だが、まったく力の無い怒声だった。


「と、父ちゃんみたいなこと、言うなっ……! お前はオレの親じゃないっ」


『…………。そうだな』


 偉そうなことを言ってすまない、と謝る。


『だがよく考えてほしい。……言うべきことを言えず、抱え続けるのは……苦しいものだぞ。完全に割れてしまった器は、もう二度と元に戻らん』


「…………」


『それにお前は、星屑隊での生活をそれなりに楽しんでいたはずだ。彼らに対し、確かに感謝していたはずだ』


「うっ、うるさいっ! 消えろ! エレインっ!」


『わかった。だが、何かあれば呼んでくれ』


 姿を消し、兄弟が思考に集中できるよう黙る。


 マーリンは……どこかに行ってくれる気配はない。


 兄弟の傍に着地し、私の方を見て「みぃ」と鳴いた。


 しばらくすると、部屋の中にすすり泣く声が響き始めた。


 静かに。確かに。




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