敵と味方
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
「あっ! ラートさんっ!」
部屋の扉が開き、ラートさんが「よっ!」と言いながら入ってきた。
それに続いてバレットさんも入ってきて、外でお話してたヴィオラ姉ちゃんも戻ってきた。
近づいてきたラートさんが机の上を見て、「手紙、書いてたのか」と言った。頷き、貰った紙とペンを見せる。
しゃがんでくれたラートさんにこっそり耳打ちもする。
「手紙出す許可が出たから……あの手紙、出そうと思ってて……」
「おぉ、例の……」
お父さんとお母さんに手紙を出して、本物か偽物か確かめる。
そのために、家族だけがわかる事を書く。
その反応でわかるはず――。
「何について書くんだ?」
「んと、ピッピについて――」
「ぴっぴ?」
「ふたりでなにコショコショ話してるのん?」
ボクと一緒に手紙を書いていたグローニャが、キョトンとした顔をしている。
ごまかし、ラートさんには「後で話します」と説明しておく。
「手紙を書き終えたら、皆で一緒に遊ばないか? 方舟の出発時間が延びちまったみたいだからさ。バレットが遊ぶもの、見繕ってきてくれたんだぞ~」
ラートさんがそう言い、荷物を持っているバレットさんの肩に手を回した。
バレットさんは微笑しつつ、荷物を掲げた。それに遊ぶ物が入ってるみたい。
手紙に書く内容は、もう決まってる。大事なことだから、「手紙で確かめる」って話をした時からもう内容は決めていた。
だから、そんなに時間がかからないはず。
けど……ボク、遊んでていいのかな……?
お父さんとお母さんのことあるのに……。休暇まで……。
そう思っていると、ラートさんが笑顔でボクの肩を叩いてきた。「いっぱい遊ぼう!」と言ってくれたので、とりあえず頷く。
「グローニャはいいや~」
「え~。何か用事あるのか?」
「むふん♪ レンズちゃんに、ぬいぐるみ作り教えてもらうのだ♪」
グローニャちゃんはプクリと頬と鼻を膨らませつつ、嬉しそうにそう言った。
レンズ軍曹さんもさっきまでここにいたけど、グローニャちゃんと約束をして、材料と道具を取りに行っちゃった。そのうち戻ってくるはず。
グローニャちゃんの答えを聞いたラートさんも、嬉しそうに微笑んでいる。「それなら仕方ないな」と言い、今度はロッカ君とにいちゃんの方に向いた。
「ロッカとフェルグスも一緒に遊ぼうぜ!」
「あー……オレはちょっと、用事あるから」
手紙用の紙を見て、ボンヤリしていたロッカ君が片手を上げ、そう言ってきた。
用事……というか考えたい事があるらしく、「それ終わったら仲間に入れてくれ」と言った。
にいちゃんの方は……返事をしなかった。
毛布を被ったまま、ベッドに寝転んでる。たまにモゾモゾしているから起きていると思うけど……昨日からずっとこういう状態。
先生に診てもらったけど、模擬戦の時みたいに体調を崩したわけじゃないみたい。……大丈夫かな?
「フェルグス? 寝てんのか? 俺らと遊ぼうぜ」
ラートさんが笑顔でにいちゃんに近づいていく。
それで、毛布の上からツンツンと突くと――。
「触んなっ!」
「おわっ……!?」
にいちゃんが「ガバッ」と起きて、ラートさんを蹴った。
「馴れ馴れしくすんな。侵略者め……!」
「ふぇ、フェルグス……?」
にいちゃん、怒ってる……?
眉間にシワを寄せて、ラートさんをキッと睨んでる。
「に、にいちゃん。ダメだよっ……」
椅子から飛び降り、にいちゃんのところに駆け寄る。
ラートさんとケンカしちゃダメ。
ラートさんは良い人なんだから――。
「にいちゃ――」
「黙れ! うそつき」
「えっ……?」
にいちゃんは、ボクのことも睨んできた。
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:狂犬・フェルグス
皆がオレを見てくる。
まるで、オレ様が「おかしい」みたいに驚いた顔して見てくる。
違う。おかしいのはお前らの方だ。
オレ達はネウロン人で、星屑隊の奴らは交国人なのに……馴れ合いやがって。
巫術師が皆に嫌われ、憎まれ……ついには殺されそうになったのって、全部、交国人が悪いのに……!
交国さえ来なきゃ、こんな事には――。
「アル……オレは知ってんだからな!? お前がウソついてること!」
「え…………」
「お前、自分の植毛が抜けたことでウソついただろ! 兄貴のオレにウソついてまで、クソオークに植毛を渡したかったのかよ!?」
「あっ…………!」
アルがビクリと震え、気まずそうに目を伏せる。
コイツはウソをついた。
交国人に媚びるために、家族にウソをついた。
「オレはお前の兄貴なんだぞ!? お前のこと心配して聞いてやったのに、クソオーク庇うためにウソつきやがって!!」
「ご、ごめっ……」
「フェルグス。待った。聞いてくれ」
クソオークが割って入ってきて、「多分、兄貴であるお前を心配しないために、咄嗟に隠しただけなんだ」「悪いのは俺だ」なんて言ってきた。
「これは家族の問題だ! 侵略者で部外者のお前は黙ってろ!!」
「う…………」
「フェルグス君。落ち着いて。そんな大声出さないで――」
「ヴィオラ姉もヴィオラ姉だよっ!!」
「わ、私もっ……?」
割って入ってきて、アルとクソオークを庇ってきたヴィオラ姉にも文句を言う。ヴィオラ姉がビックリした様子で目を見開いている。
「ヴィオラ姉もアルも、交国人と馴れ合いすぎだ! オレ達がヒドい目にあってんのは交国人の所為だって忘れたのか!?」
「それは……。いや、ラートさん達は悪くないよ。ラートさんだけじゃなくて、星屑隊の皆さん、私達の味方だよ……?」
「交国軍人なら全員悪いんだよ!」
そう言うと、ヴィオラ姉は少し表情を強ばらせた。
そんで、オレを怒ろうと口を開こうとしていたが――。
「オレ、知ってんだからな!? ヴィオラ姉達が最近、コソコソしてんの!!」
「「「…………!」」」
「そこのクソオークと! アルと! 3人で何か企んでんだろ!? アルはウソつくし、お前ら全員オレに隠し事してるし……!」
「ち、ちがっ……!」
「オレはわかってんだからな!? バカにしやがって……!」
オレが何にも気づいてないと思ってやがる。
何をコソコソしているのかは知らないが、最近、ヴィオラ姉達の様子がおかしい。3人で物陰に集まって、コソコソ話している事が多い。
オレの方が、クソオークよりヴィオラ姉と付き合い長いのに。
オレはアルの兄貴なのに。
それなのにっ……! オレを除け者にして、クソオークと絡んで……!
オレは! アルとヴィオラ姉を守るためにも戦ってんのに……!!
「か、隠し事なんか――」
「してるだろ!? いま、ギクッしてしてたじゃんか!!」
オレが一番詳しいんだ。
アルとヴィオラ姉のこと。
2人のこと、ずっと見守ってるんだ。守ってるんだ。
オレは巫術が使える。アルほど観測得意じゃねえけど、それでも……第8の仲間の位置ぐらいは、巫術でちゃんと把握してる。
だから、アルとヴィオラ姉がコソコソしていたら、直ぐに気づけるんだよ。2人の魂が、クソオークの魂と集まってるの……遠目でもよくわかるんだよ!
オレが一番、お前らのこと守ってやってんのに。
それなのにウソをついた。
それなのに隠し事をしている。
しかも、よりにもよって、侵略者の交国人に頼っている。
それも、楽しそうに頼っている。
アルは全然オレに頼らなくなった。
いつもオレの後ろを歩いて、「にいちゃん、にいちゃん」と言ってたのに、今は「ラートさん、ラートさん!」と言っている。
ヴィオラ姉はずっと、オレを子供扱いしている。
クソオークばっかり頼って……そんで、クソオーク相手には……オレ相手には見せない顔、見せたりして――。
2人のこと、ずっと守ってきたんだ。
2人のこと、ずっと見守ってきたんだ。
それなのに! それなのにっ……!
「フェルグス。落ち着いてくれ」
クソオークがまた話しかけてきた。
自分は大人ですよ、って感じの顔しながら――。
「お前が俺達、交国人に対して怒るのはわかる。でも、弟であるアルや、姉のように接してくれるヴィオラを責めるのはおかし――」
「うっせえ! お前の上から目線の言葉なんか聞きたくねえんだよっ!」
クソオークに向け、毛布を投げつける。
アルもヴィオラ姉も巻き込んだけど、知ったことか!
「侵略者のくせにエラそうにすんな! クズ! ボケ!!」
「ボケはお前だろ」
「あぁっ!?」
窓際から聞こえた声の主に顔を向ける。
ロッカがこっちを見てる。
軽く睨んできてる。……まるで、オレが「敵」みたいな感じで……。
「ラート達は交国人だけど、エラい奴らに言われて仕方なくネウロンに来てるだけなんだ。ラートもバレットも、星屑隊の奴らは悪くねえよ」
「お前……侵略者共を庇うのか!?」
「実際、よくしてもらってるだろ。メシとか色々。繊三号の時なんて、最初は逃がそうとしてくれたじゃん。……お前だって感謝してたじゃん」
ロッカもオレと同じ立場のはずなのに、ムッとした顔をしている。
本当の仲間はオレなのに、交国人を庇ってきやがる。
「ラート達を責めたって、何にもならねえ。冷静になって――」
「オレはいつも冷静だ! 冷静に考えて、交国人と馴れ合うのはおかしいだろ!」
「…………」
「っ~……! グローニャ、お前もだ!!」
「ふぇ?」
手でペンを弄びつつ、視線を泳がせていたグローニャを指さす。
アルもヴィオラ姉もロッカも、交国人に毒されてる。
でも、グローニャも同じだ!
「お前も交国人相手にデレデレしやがって! 侵略者共に媚びてまでぬいぐるみが欲しいのかよ!? お前ちょっと頭おかしいぞっ!」
「むぷぅ……! おかしいのはフェルグスちゃんだよっ!」
「なっ……!?」
グローニャもロッカみたいな顔しやがる。
オレが正しいのに、オレを否定してくる。
「ラートちゃんもレンズちゃんも、グローニャ達にやさしいじゃんっ! やさしくしてくれるから仲良くするのって、そんないけないことなのん?」
「でも、ネウロンがこうなったのは交国の所為で……!」
「フェルグスちゃんがおかしいっ! おかしいおかしいっ!」
「んだとぉっ……!!」
拳を振り上げる動作だけする。
すると、ヴィオラ姉が血相変えて「なにしてるの!?」と割り込んできた。
殴る気はない。それっぽい動きしただけなのに――。
「っ…………!」
マーリンまでオレを止めにきた。
ふよふよ浮きながら「にゃぁ~ん」と鳴きつつ、オレの顔に体当たりしてきた。
そんで、オレをなだめるみたいにペロペロと舐めてきた。ジャマだから払いのけると、「にゃぁ~ん」と鳴きながら向こうの壁まで飛んで行った。
「おかしいのはお前らだ! 交国軍さえ来なければ、ネウロンはずっと平和だったのに……! タルタリカが生まれて、みんな不幸にならずに済んだのに!」
ネウロンがおかしくなったのは、交国が来てからだ。
皆、そのことを覚えていると思ってた。
それなのに……交国軍人相手に、コイツら……!
「交国人はクズだ! こいつも、そいつも――」
部屋にいる交国軍人2人を指さした後、言葉を続ける。
「人殺しが仕事の軍人だぞ!?」
「ラートさん達を悪く言わないでっ!!」
「っ…………!?」
直ぐ近くで叫ばれた。
オレの投げた毛布に絡まってワタワタしていたアルが――弱っちくてオレの後ろばかり歩いていたアルが、肩を怒らせている。
震えながら、唇をキュッと結びながら、オレを見上げてくる。
「ぼ、ボクがウソついてたのは、ボクが悪いけど……! ラートさん達のことまで悪く言わないでっ! ラートさん達は、ボクらを助けてくれてるでしょ!?」
「お…………オレは、オレは! お前らのこと心配してやってんのに……!」
「ラートさん達も心配してくれてるもんっ! にいちゃんと同じで――」
違う。
こいつらは違う。
こいつらは侵略者で、オレとは違う。
立場が違う。
行き場のないオレ達と違って、交国人は帰る家がある。故郷がある。
オレ達より、ずっと恵まれている。
それなのに――。
「そんなにクソオークのことが好きなら! そいつの弟になっちまえよっ!」
「えっ……!?」
「オレは! お前みたいな弟、いらね――――」
「フェルグス君っ!」
「フェルグス!!!」
ヴィオラ姉が叫ぶ。
けど、それ以上の大声でクソオークが叫んだ。
メチャクチャ大声で叫ばれたから、身体がビリビリと震えた。
……クソオークが、メチャクチャ怒ってる顔をしてる……。
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:死にたがりのラート
「お前ぇッ……! そりゃあ絶対、言っちゃならねえ事だろうがッ!!」
フェルグスの両肩を持ちつつ、よく言い聞かせる。
交国人が気に入らねえのは仕方ねえ。
何やっても許してもらえねえのは仕方ねえ。
それでも、俺はお前らのために動くと決めた。
けど、アルに当たるのは絶対に間違っている!
「俺のことは好きに言えばいい! けど、アルには謝れ!!」
「ぅ…………うっせえ! 何でテメエが指図してくんだよっ!」
「お前と同じ、弟を持つ兄貴として恥ずかしいんだよ!!」
家族は大事なものだ。
フェルグスだって、それはよくわかっていたはずだ。
俺に対していらついたり……昨日の襲撃で心がグラついているのはわかる。
だからといって、今のセリフは絶対に許されねえ。
そう思い、フェルグスの身体を掴み、アルに謝るよう促していると、ヴィオラが硬い表情で俺の手に触ってきた。
「ラートさん。フェルグス君を放してあげてください」
「ヴィオラ。でも……!」
「ちょっと、フェルグス君と2人で話をさせてください」
ヴィオラはそう言い、フェルグスを連れていった。
フェルグスは抵抗したが、ヴィオラは絶対に手を離さなかった。
2人が部屋から出て行く。
フェルグスが出て行っても、部屋の空気は重苦しいままだった。




