カンパ
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:死にたがりのラート
フェルグス轢き逃げ未遂事件から一夜明けた。
隊長やヴィオラ達には伝えたが、子供達には……さすがに伝えるのは控えた。
誰かがフェルグスを狙う動機なんて、魔物事件絡みだろう。繊一号にも巫術師を危険視、あるいは恨んでいる奴がいるみたいだ。
フェルグスが魔物事件に直接絡んだわけではないし、全ての巫術師を恨むのはさすがに間違っていると思うが……襲撃犯にはそういう理屈が通じないだろう。
「副長。おかえりなさい!」
朝になってから、改めて守備隊に話を聞きに行った副長が戻ってきた。
捜査の進展は……特に無かったらしい。逃げた車の特徴は伝えたんだが、繊一号に運び込まれた車は殆ど同じ型式で、特徴では判別できないらしい。
「とはいえ、事件が起きた時間の行動を洗っていけば、ある程度は絞り込めるはずなんだが……守備隊の奴ら、捜査を怠ってるな」
「クソッ。ナメやがって……」
昨日の態度もそうだった。
轢き逃げされかけた子供が特別行動兵と知ると、途端にしらけた様子になっていた。子供相手に……なんて奴らだ!
とはいえ、星屑隊に捜査をする権限もない。子供達の近辺を固めておき、襲撃犯に動きがあれば対応する――という事になった。
特別行動兵の証であるチョーカーを、それとなく隠す格好もさせる事になった。
「まあ、さすがに二度目は無いと思いたいけど……。フェルグスが巫術師だと気づいて、カッとなって動いた奴だからな」
「また来る可能性もありますね」
「第8のガキ共も町に出かけていいが、必ず1人以上護衛をつけろよ」
そう言った副長に対し、ヴィオラが「気をつけます」と言って頷いた。
護衛には困らない。星屑隊の隊員は第8に対して好意的だからな。
技術少尉は例外だが。
「といっても副長、もうすぐ出発でしょう? 町に遊びに行く時間ないですよ」
「あっ! 悪い、お前らには言ってなかったな。混沌の海の状況を鑑みて出発を遅らせる事になったんだ」
「ありゃ。そうなんですか」
「早くても夕方出発だ。どうなるかは端末に一斉送信しておくわ」
副長はそう言い、「ちょっとクソしてくる」と行ってトイレに行っちまった。
残された俺とヴィオラで顔を見合わせつつ、言葉を交わす。
「フェルグスの様子は――」
「その……まだ寝てますね。昨日は殆ど毛布被ってて……」
「そうか……」
身体に異常があるわけじゃない。ヴィオラとキャスター先生に診てもらった。
ただ、「命を狙われた」ってことはフェルグスも察しているらしく、落ち込んでいるみたいだ。ここまでハッキリと敵意向けられたのは初めてだったのかも……。
普通に生きていたら殺意を向けられる事なんて、そうそう無いもんな。
ましてや実際に殺されかけたわけだから……。
一瞬の出来事だったが、悪い意味で濃い出来事だった。
俺、ちょっと繊一号にある車を見て回ってくるわ――と言ったが、ヴィオラに引き留められた。「怪我人は大人しくしててください」と。
「ちょっと傷が開いてたじゃないですか。フェルグス君を庇った影響で……」
「あれはもう治った」
「先生に言いつけますよ。ラートさんも、今日は大人しくしててください」
「は~い……」
休んでいる気分じゃないんだけどなぁ……。
出発はまだだし、一度部屋に戻って休む。
けど、子供達の様子が気になる。会いに行くか。
そう思って再び部屋を出ると――。
「あ、ラート軍曹」
「おう、おはよう。バレット」
部屋を出たところでバレットと出くわした。
荷物を持っているから、「そりゃ何だ」と問うと――。
「子供達用の遊び道具を見繕ってきました。今はあまり、外を出歩かない方がいいんでしょう? 方舟出発まで宿で時間潰せるものがあった方がいいと思って」
「おおっ、悪いな」
「部隊の皆さんも用意してくれたんですよ」
「皆が?」
それだけじゃなくて、星屑隊隊員が宿や町を見て回ってくれているらしい。
守備隊が真面目に働く気配がないから、妙なことをやっている奴がいないか見回ってくれているらしい。
そういう大事なことは俺にも教えてくれよ。手伝うのに――と言ったが、バレットは呆れ顔で「軍曹達は怪我人でしょ……」と言ってきた。
「怪我人に手伝わせるほど、星屑隊は弱くありませんよ。……まあ、怪我人の軍曹達はフツーに出歩いてますけど……」
「だって、怪我なんて治ったし」
「昨日、傷がちょっと開いたと聞きましたよ」
「でももう治った!」
「もう……。子供達のためにも無理しないでください。お願いですから」
バレットが子供を叱るような表情で、そう言ってきた。
悪い悪い、と答えつつ、2人で子供達のいる部屋に向かう。
バレットは本当に変わった。子供達を全然避けなくなった。
レンズの事も含め、一時はどうなる事かと思ったけど……星屑隊の皆が子供達を受け入れてくれて本当に良かった。
しみじみと思いつつ、階段を上っていると、ヴィオラの「やめてください!」と言う声が聞こえた。
バレットと顔を見合わせ、急いで向かう。
まさか交国軍宿泊所に襲撃かけるバカが現れたのか――と思ったが、ヴィオラの前にいるのは副長だった。2人で話をしていたらしい。
「何か揉めてる……?」
「ラートさん! いや、ちょっと、副長さんが大金を渡してくるから……!」
「大金? あぁ……アレか」
副長はヴィオラに向け、カードを差し出していた。
副長の横に立ちつつ、「例のカンパですよね?」と聞くと、副長は頷いて「ヴァイオレットが受け取ってくれねえんだ」とボヤいた。
「ヴィオラ。これは星屑隊全員からの気持ちだ。受け取ってくれ」
「いや、でも、本当にそんな大金……!」
長期休暇に入ることが決まった時、副長が皆に声をかけた。
『第8巫術師実験部隊のガキ共は無給で戦っている。休暇を楽しもうにも金がねえから、カンパ募集中だ』
そう言い、皆にヴィオラ達のための金を募ってくれた。
皆がせっせと金をくれたおかげで、それなりの財産になった。ヴィオラ達全員が2、3ヶ月は贅沢に遊べるだけの金が集まった。
副長はそのカンパを使うための決済用のカードまで用意してくれた。それをヴィオラに渡そうとしていたが、断られていたらしい。
「さすがに受け取れません……!」
「ヴァイオレット。第8は繊三号での勝利に大きく貢献した。ラート達が死ななかったのはお前達のおかげだ。その報奨金と思え」
「いやっ、でもっ……!」
「金無しで長期休暇中、どうやってガキ共を遊ばせるんだよ」
「うっ……! そ……それはぁ~……」
「とにかく受け取れ。なっ!? ほら、確かに渡したぞ!」
「あっ、副長さん……!」
副長はカードをヴィオラに握らせ、「オレは遊びに行ってくる~」と言い、窓から飛び出していった。
ここ3階だぞ――と思いながら外を見ると、副長は建物の突起とかを使い、パルクールでもするように下りている最中だった。
下まで下りると、ポケットに手を突っ込みつつ、「ギャンブルギャンブル~♪」と歌いながらどこか行っちまった。
休暇中の軍資金を増やすために、マジで賭場でも探しに行ったんだろうか? もしくは……他の隊員と同じく、周囲を見回りに行ってくれたのかもな。
カードを手のひらに乗せ、途方に暮れているヴィオラに「それで豪遊してくれ」と言いつつ肩を叩く。足りないようなら俺の貯金を崩そう。
給料の大半は実家に渡しているが、俺だって少しは貯金がある。
「ところで、子供達は? バレットが皆から預かった遊び道具を持ってきてくれたから、それで時間潰そうと思ってたんだが――」
「あっ、ありがとうございます。いま部屋の中で、ちょっと書き物中です」
「書き物?」
何を書いているんだ? 不思議に思いつつ、部屋の中に入れてもらった。
すると、どういう意味か直ぐにわかった。




