幸運で不幸な2人
■title:<繊一号>ネウロン旅団基地にて
■from:狂犬・フェルグス
「なぁ、フェルグス。やっぱ特佐に会うのは難しいって……」
「…………」
「そろそろ宿に戻ろうぜ? なっ?」
オレの回りでウロウロするラートを無視しつつ、基地を見つめる。
基地にはいくつもの魂が見えるけど、さすがに見分けはつかない。
ラートに「基地で一番エラい奴の部屋」を聞いて、その辺りを見てみたけど……なんか変な動きをしている魂が見えたぐらい。あれ、部屋の中で暴れてたのかな?
師匠が基地の中で意味もなく暴れたりしないだろうし……。
やっぱ、巫術だけじゃわからねえなぁ……。
「おい、エレイン。お前ちょっと見て来いよ」
『む?』
「偵察に行けってことだ。テーサツ!」
その辺を歩いているネーチャンのケツを見ていた色ボケ幽霊オークに命令したけど、「無茶を言うな」と言ってきた。
『私は兄弟達の意識に寄生しているのだ。お前達から離れて行動できん』
「えー……」
『偵察といっても、お前達から数メートル程度の範囲しか見て回れんぞ?』
頼りにならねー!
でも、基地の中に入れば……部屋の中とか見て回る事は出来るか?
「ラート。基地の中に入れないのか?」
「ちゃんとした用事が無いと無理だよ」
ラートは基地の警備している奴らの視線が怖いのか、「宿に戻ろう」と言い続けてくる。宿に戻るのは論外だけど、ここにいてもわかる事はないかな……。
「よし、じゃあオレ様は町に行く」
「えっ!?」
「お前は帰っとけ。一応、怪我人だろ?」
羊飼いとの戦闘の後より、ずっと元気になったように見えるけど……ヴィオラ姉に「無理しちゃ駄目ですよ」と言われ続けているから、ラートは帰そう。
町ぐらい、オレ1人で見て回れるし――。
そう思いながら歩き出すと、ラートがバタバタと慌ただしく追ってきた。
「お前1人は心配だ。俺もついていくよ」
「ガキ扱いすんなっ! 町ぐらい、オレ1人で歩けるよ」
「お前は一応、特別行動兵なんだ。1人で好き勝手に歩いてトラブルに巻き込まれたらどうする? 人さらいに連れていかれるかもしれない」
「めんどくせえ……」
「つーか、町に行ってどうする。カトー特佐探してんだろ?」
「師匠はもう基地を出てるかもしれない。だから町を探すんだ」
ちょっとだけウソをつく。
師匠を探したいのはホントだけど、本当の目的は「明智先生を探す」って事だ。
魔物事件が起こる前。ウチの保護院にやってきた明智先生。
明智先生はスゴい術師みたいだったし、交国でも結構エラい立場みたいだった。先生を見つけることが出来たら、きっと力を貸してくれるはず……。
今までもずっと探してきたけど、未だに見つかっていない。……ひょっとしたらもう、魔物事件に巻き込まれて――。
「…………」
腕をさすりつつ、「そんなはずない」と思う。
明智先生はスゴい人なんだ。タルタリカぐらい、自力で何とかするはずだ。
とっくの昔に交国本土に帰っているかもしれないけど……それはそれで、今回の旅で見つければいい。オレ達も交国本土に行けるわけだし。
出来るだけ早く会いたいから、ここで会えるのが一番だけど――。
「…………」
「おい、フェルグス。道の真ん中で止まるな。危ないだろ」
「ムッ……。わかってる!」
オレ様の手を引き、歩き出そうとするラートの手を振り払う。
つーか、コイツがいると明智先生のこと探しづらい。
「…………!」
「あっ! コラ! どこ行くんだ!」
ラートが振り返った隙を見て、走り出す。
ひとまず、ラートを撒こう。
『おい、兄弟。ラート軍曹から離れるな。危ないぞ』
「うっせえ! オレに指図すんな!」
1人で探し回った方が楽だ。
脱走するわけじゃないんだ。
あとで宿に行けば、別に問題な――――。
「わっ……!?」
何も無いところで転んだ。
いや、いま、誰かに足を引っかけられたような――。
「いでっ!?」
道に倒れ込む。
くそっ、誰だよ~……?
『――――! 兄弟ッ!』
「フェルグスっ!!」
エレインとラートの叫び声が聞こえる。
なぜか焦りを感じる叫び声。
その声のおかげで気づいた。
「――――」
車が突っ込んでくる。
スゴい速度で、転んでいるオレに向かって――。
■title:<繊一号>市街地にて
■from:繊一号の住民
「――――!!」
車のアクセルをベタ踏みし、転んでいる巫術師を狙う。
見事に転んでいる。仲間が上手くやってくれたらしい。
これで殺せる。
そう思いながら全速力で車を走らせる。
けど、失敗した。
車による攻撃は空を切った。
道に飛び出してきた灰色の肌の男――オークが巫術師を助けた。
首根っこを掴みながら道の端に連れていき、こちらの攻撃を回避させた。
失敗した……! しくじった! あとちょっとだったのに!
ネウロンで惨禍を引き起こし、私の家族を殺す原因を作った憎き巫術師を殺し損ねた。どうしよう。失敗した場合、どうすればいいんだ!?
「おいコラァッ!! 待ちやがれっ!!」
「ひッ……!!」
オークの罵声を浴びつつ、車を走らせる。
と、とにかくっ……逃げないと……!!
ああっ、どうしよう。
せっかく、あの人から巫術師の情報を貰ったのに、活かせなかった……!!
■title:<繊一号>市街地にて
■from:死にたがりのラート
「おいコラァッ!! 待ちやがれっ!!」
フェルグスを助けた拍子に道ばたに転びつつ、去って行く車に叫ぶ。
あの車、明らかにおかしかった。
俺が飛び込まなかったら、絶対にフェルグスを轢き殺していた。
町中であんなスピード出すのはおかしい。
いや、それより今は――。
「フェルグス! け、ケガしてないか!? 大丈夫か!?」
「ぉ、お前の体重が重いっ……!!」
「おおっ、す、スマン……!!」
車から助けるのに必死で、道ばたに避難させたフェルグスを押しつぶしていた。
慌てて退いてやり、立たせ、土埃を払いながら身体を見る。
少しすりむいたぐらいか? ケガらしいケガをしている様子はない。
周囲で騒いでいる野次馬が鬱陶しい。こっちに「大丈夫ですか?」と言うでもなく、少し遠巻きに見てくるだけ。鬱陶しいから手を振って追い払う。
「本当に大丈夫か?」
骨の調子とか聞くと、バツの悪そうな顔をしたフェルグスは「大丈夫だよ。なんでもねえよ」と返してきた。
「心配させやがって。急に走り出して、転んで、どうしたんだよ」
「え、ええっと……。別に……」
フェルグスは車が去っていった方向を見て、「なんだ、いまの」と言った。
「今の車。なんか、おかしくなかったか?」
フェルグスは自分でも土埃を払いのけつつ、そう呟いた。
何て答えるか、少し困る。
フェルグスの言う通りだが……今のが殺す気で突っ込んできた車なら、「何でそんなことを?」って話になる。
一般的な輸送車のようだったから、乗っていたのはそれを与えられたネウロン人かもしれない。……同胞に命を狙われたとしたら、こいつは傷つくはずだ。
フェルグスが特別行動兵で、巫術師だから「魔物事件を引き起こした元凶!」とか短絡的に考えて襲ってきたのかもしれない。
特別行動兵のチョーカー、マフラーとか巻いて隠しておくべきだったか……?
「ええっと……酔っ払いの運転だったのかもな」
「……いや、明らかにオレ殺そうとしてたって」
「…………」
「多分、オレが巫――――」
何か言おうとしたフェルグスが、オレを見て目を見開いている。
どうかしたのか? と聞くと、オレの胸元を指さしてきた。
「お前、それ……。なんでお前がそれつけてんだ?」
「ん? あ、ああっ……。コイツか!」
軍の認識票と一緒に首に下げていたネックレス。
アルから貰った四つ葉型植毛のお守り。
さっきフェルグスを助けた拍子に、服の下から出てきたみたいだ。
「アルから貰ったんだ。植毛をお守りとしてくれたんだ」
「…………」
■title:<繊一号>市街地にて
■from:狂犬・フェルグス
「幸運のお守りってやつだな! この間の作戦で生き残れたのも、このお守りの加護かもしれねえ。さすがはアルの植毛だぜ」
嬉しそうに語るラートの言葉が、右から左へと抜けていく。
見覚えがあると思った。
やっぱり、アルの植毛だったのか。
オレも貰った事がある。けど……色々あって、オレは無くしちゃって……。
「……それ、いつもらったんだ?」
「ん? 繊三号に着く前だよ」
それって、アルの植毛が無いのにオレが気づいた時じゃん。
あいつ、引っかけてちぎれちゃった、って言ってたよな?
オレに……にいちゃんに、ウソついたのか?
ウソまでついて、コイツに……お守りを……?
■title:<繊一号>市街地にて
■from:死にたがりのラート
「まあ、このお守りだけじゃなくて、お前達が強かったおかげでもあるけどな! 生き残れたのは。さっき助けたので、あの時の借りを少しは――」
「…………」
「って、おい! フェルグス! どこ行くんだ?」
「……帰る」
歩き出したフェルグスがポツリと呟いた。
宿に向かおうとしているようだが、そっちは宿の道じゃない。
手を引いて案内しようとしたが、思い切り振りはらわれた。
さっき助けた時に押しつぶしたから、怒ってんのかな……?
「わ、悪かったって。助けた時、痛かったよな? 俺、重いから……」
「…………」
「き、機嫌なおしてくれよ~……。それと、繊一号の守備隊に報告を……」
さっきの轢き逃げ未遂犯、捕まえておかないと。
守備隊に相談しようと思ったんだが、フェルグスはツカツカと宿に歩いていった。そんで、無言で部屋に入っていった。
完全に怒らせちまったらしい。トホホ……。
「……とりあえず、俺だけで報告に行くか……」
宿を出て、守備隊の詰め所に行く。
轢かれかけたのが特別行動兵と聞くと、対応がぞんざいになったので軽くシメ、「ちゃんと探してくれよ!」と頼んでおいた。
まったく……フェルグスは何も悪いことしてないのに!
あの車、今度見つけたらタダじゃおかねえ。
……明日の出発まで、よく警戒しておかないとな。
殺人未遂事件だ。犯人が捕まるまで安心できねえ。
「隊長達にも相談しておかないと――」




