軍事委員会の評価
■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて
■from:交国軍特佐・カトー
「アンタ……民間人の虐殺も企てたそうだな?」
久常中佐の顔色が変わる。
一応、少しは心当たりがあるらしい。
「民間人が多数いる繊三号に向けて、<星の涙>を撃とうとしたらしいな」
「そっ…………そんな事実はないっ!」
「オレはアンタの『演説』の映像データを押さえている」
「…………!?」
中佐は目に見えて狼狽え始めたが、首元をいじりつつ、不敵な笑みを浮かべた。
かなり、無理をしているようだが――。
「あっ、アレは解放戦線に対する脅しだよ! 本当は<涙>を撃つつもりは無かった! 実際、運動弾爆撃は行われていないだろっ!?」
「嘘つけ。撃つ気満々だっただろうが」
「ネウロン旅団に配備されている方舟……<舞鶴>が攻撃態勢に入っていた記録が残っています。今のところはあくまで軍内部の記録ですが……」
幸いと言うべきか、確かに攻撃は行われていない。
攻撃を行う前に、<舞鶴>がブッ壊れたからな……。
今ならまだ「単なる脅しだった」と言い張るのも不可能じゃない。交国の力ならもみ消すのも不可能ではないだろう。残念ながら……。
「認めろよ。お前は無辜の民を殺そうとしたんだ」
「ぅ…………」
「オレはそんなこと、絶対に許さねえ。……絶対に報いを受けさせてやる」
オレは交国の特佐であり、同時に「エデンの戦士」だ。
民間人虐殺なんてクズ行為……絶対に許してやらねえ。
オレが交国軍に入ったのはやむを得ない事情だ。でも、軍に入って特佐になった以上、交国の不正を内部から正し、変えていく努力もやる。
オレはオレなりに足掻き、エデンの遺志を守ってやる。
相手が玉帝の子の1人だろうが、知った事か!
コイツは玉帝の子とは思えないほど無能だが――。
「オレからの話は以上だ」
「ま、待てっ!」
「アンタは遠からず裁かれる。覚悟しておけ」
部屋を出る間際、首を掻ききる仕草を飛ばしてやった。
部屋の中から「ボクは玉帝の息子だぞ!?」と吠える声が聞こえたが、無視する。まったく……玉帝は何でさっさとコイツを処分していないんだ。
オレ達の「会談」が良い具合に終わらなかったことに困っているらしい中佐の部下がオロオロしていたが、無視して出て行く。
「……すまねえな、くだらん話に付き合わせて」
「いえ。私は特佐の部下ですから」
いつもはケンカしてばっかりだが、今回はウチの副官もよく働いてくれた。
いや、いつもよくやってくれてるけどな。口うるさいだけで。
「……実は余計なことしやがった、とか思ってないか? 無能指揮官の尻を蹴飛ばすのは特佐の仕事じゃない、って……」
「確かに、久常中佐の功罪を判断するのは私達の仕事ではありません」
副官はツカツカと歩きつつ、言葉を続けた。
「しかし、他の任務の合間に調べたことを上に報告しておくぐらいなら……別に構わないでしょう。あとは軍事委員会等が対処してくれるのを祈るばかりです」
「玉帝に会った時も言っておくよ。アンタのガキ、ろくでもねえぞ、って」
「言葉は選んでくださいね? 報告は助かりますが……」
「へいへい」
少し可笑しくなりつつ、アゴを掻く。
そうしていると副官は浮かない顔で、「ただ――」と言葉を続けてきた。
「正直……今回の件、どうにもならないかもしれません」
「あん? どういう事だ」
「明らかにおかしいんですよ。久常中佐がネウロン旅団長をしている事が」
副官は声を潜めつつ、そう思う理由を教えてくれた。
久常中佐はお世辞にも「有能」とは言えない。
ネウロンに来る前も、ネウロン旅団長に就任した後も失態を重ねている。
指揮官として最低限の仕事すら出来ない。
上の指示に従わず、勝手に自分で判断する。
「とっくの昔に旅団長から外されていても、おかしくないんです」
「確かに……。お前の調べを見ると、そう見えるな」
端末で副官の調べてくれた情報を改めて見る。
久常中佐は失態を繰り返している。だからこそネウロンに左遷されたはずだが……ネウロン旅団長を続けている事がそもそもおかしい状況だ。
「それと、これはまだ未確定の情報ですが……軍事委員会内部では『ネウロン解放戦線に絡んだ一連の事件』は、久常中佐を評価する動きがあるようです」
「は?」
「<舞鶴>はともかく、その後の鎮圧は順調に進んでいます。一気に奪われた保護都市も、一気に奪い返していますからね」
都市の奪還状況だけ見たら、「速やかに奪還した」と言えなくもない。
奪われた原因を作ったのは、各都市の守備隊人員をケチった久常中佐にも責任ある話だが――。
「<星の涙>に関しても実際に撃たれていません。久常中佐の言うところの『脅し』という言い訳が通る可能性があります」
「ハァ~? そりゃさすがにおかしいだろ」
「……決行しようとしたのは久常中佐とはいえ、民間人の虐殺は交国軍にも責を問われる話です。久常中佐のクビを切って済む問題ではありませんから――」
「中佐の失態ごと、もみ消そうって事か……!」
「未確定ですが、そういう流れがあるかもしれません」
思わず舌打ちする。
つまり、久常中佐の処分は不問で終わりかねないって事か?
……それにしてはアイツ、やけに狼狽えていたが……。
「玉帝の息子だから、大目に見られているのか?」
「それは有り得ません。玉帝は我が子相手だろうと公正に裁く御方のはず……」
「わからんぞ。特に可愛い子相手なら、判断を誤るかもしれん」
玉帝だって人の子だ。
……多分、人の子だ。
人というか人型の機械に見える事があるが、一応、人間のはずだ。
親という立場に縛られ、判断を間違える事もあるだろう。
「まあ……そこも含めて玉帝を問いただしてみるよ」
「お願いします。カトー特佐には捜査権が付与されていませんから、現状、交国本土に戻った際に玉帝に問うしかありません」
「くっそ~……」
捜査権なんて別にいらねー、って思っていたが、こういう時に不便だな!?
まあ、宗像特佐長官に報告して、他の特佐を動かしてもらうのも手だ。
軍事委員会の動きは明らかにおかしい。
あるいは、別の圧力が働いているのか――。
「とりあえず、今日の仕事は以上。オレはフェルグスと遊んでくるわ」
「は? 約束と違いますよね?」
「はっ? 約束?」
「久常中佐の件を急いで調べたら、今日はテーブルマナーを覚えていただく約束ですっ……! 遊んでいる暇なんてありませんからね!?」
副官が「ぐいっ」と詰め寄ってきて、オレの胸板を人差し指で押してきた。
ヤバイ。そんな約束…………した覚えがあるぞ!?
「私は徹夜で調査していたんですよっ? カトー特佐の権限では短期間でここまで調べるのは苦労したんですからねっ……!?」
「お、おおっ、スマン……。甲斐性無しの特佐でスミマセンでしたね! つーか、テーブルマナーって事は――」
「私が教えます! ネウロンで講師なんて呼べませんからねっ!」
マジかよ。徹夜してるなら休めよ――と言ったが、聞き入れてくれなかった。
「カトー特佐には、特佐に相応しい品位を身につけていただく必要がありますっ! このままだとまた会食で笑われますよ!? 品がないって!」
「スミマセンねぇ! 学のねえ流民のガキだったもんで……!!」
「学ぶべきはテーブルマナーだけではありません。交国本土への船旅の間も、ミッチリ学んでいただきますからね……!」
「か、勘弁してくれ……!」
これだから副官、苦手なんだ!
宗像長官に頼むか。他の奴に変えてくれって……。
■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて
■from:ネウロン旅団長の部下
「があああああああああああああああッ!!!」
久常中佐の部屋から、叫び声と物をひっくり返す音が聞こえる。
中佐が病気なり怪我で、のたうち回っている音じゃない。
そうであったら、どれだけ良かったか!
「…………」
他の軍人達から「お前、なだめて来いよ」という視線を受け、仕方なく……久常中佐のところに向かう。司令部だと新入りだから、こういう時、断れない。
この間、椅子を投げられてアザが出来た腕がまた痛いのに……。今まで真面目に頑張ってきて、たまに横領してただけなのに……なんでこんな目に……。
「く、久常中佐……」
「クソッ! クソッ!! クソッ!!!」
いつも通り、癇癪を起こしている。
多分、特佐に虚仮にされたんだろう。
やめてくれよ……くだらない正義感で久常中佐を突いてキレさせて……困るのはこっちなんだからなぁ~……! 骨とか折られたらどーしよ……!
「おいッ! 商人が持ってきたアレはどうなっている!!」
「しょ、商人? 例の遭難者が持ってきたアレですか……?」
「そうだ!」
昨日、ネウロン旅団は混沌の海で『遭難者』を救助した。
混沌の海で遭難し、ネウロンくんだりまで流されたうえに、ネウロン近海がいま荒れているからそれに巻き込まれて大変な目にあったらしい。
それを偶然見つけて救助してやったところ、久常中佐曰く「興味深いもの」を持っていた。持っていたというか、奴らもネウロン近海で拾ったらしいが――。
「研究室に運び込んでいますが、まだ運び込んだばかりなので特に変化は無いですね……。生きているのかもまだ――」
ペンがダーツのように飛んできた。
思わず、「うひっ!」と叫びつつ、情けない姿勢で回避する。
たるんでいる。今すぐ調べてこい、と怒鳴られ、中佐の部屋から走って出る。
研究室に向かわなければ。
「アレは確かに妙なものだけど……」
あんなもの拾ったこと、上に報告しないで本当にいいのかなぁ……?
■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて
■from:ネウロン旅団長・久常竹
成果を上げないと。
現状を何とかしないと、ボクの評価は下がる一方だ!
ボクは何も悪くないっ!
悪いのは周りだ! ボクの書いたシナリオ通りに動かない無能な部下達が悪いのに……! 優秀な部下を派遣してくれない軍上層部が悪いのに……!
こ、このままだと、お母様に失望されてしまうっ……!
研究室の様子を見に行き、どこにでもいる普通の商人が拾った漂流物についてよく調べさせる。
だが、特に成果は得られなかった。ボクの好きになる研究者程度では、これについて解き明かすことは出来ないのか? クソッ!
「動きがあり次第伝えろ!!」
こいつの研究を進めれば、成果が得られるかもしれない。
そんな予感がする。繊三号から送られてきたデータによると……これを上手く制御できたら、交国軍にとって大きな戦力となるはずだ。
タルタリカの生体兵器利用計画も、一気に進められるはず……!
「あ、あのぅ……。中佐、この件、上には――」
「まだ報告しなくていい! こちらでデータをまとめるんだ!」
上に報告? 出来るわけないだろバカ!
今の段階で報告したら、成果をかっさらわれる可能性がある。
十分にデータを集めた後で報告して、この件の第一人者は「久常竹」って事にしないと何をされるかわからない!
愚鈍な研究者を締め上げ、「外部に漏らしたら銃殺してやるからな!?」と脅しつつ、部下に問いかける。
「おい、例の商人達はどこにいる」
「シロボシ商社ですか……? 中佐の命令で基地内に軟禁中ですが……」
「案内しろ。奴らの証言も聞く必要がある」
「はっ……。そのシロボシ商社ですが、本社に連絡させてほしいと――」
「バカ! そんなことしたら、この件が外部に漏れるだろ!?」
何でそんな簡単なこともわからないんだ!
商人共は混沌の海を漂流していた。行方不明となり、既に死人として処理されていてもおかしくない状態だ。……だからこそ軟禁しやすい。
「シロボシ商社は、チンケな企業だろ? そんなの、どうとでも黙らせられる」
ボクらは交国軍なんだぞ。
吹けば飛ぶような企業の口なんて、いくらでも塞げる。
最悪、救助した商人達なんて生身で混沌の海に放流したらいい。
行方不明として処理できる。元の状態に戻るだけだから、文句は無いだろう。
軟禁場所に行くと、シロボシ商社の社員が揉み手しながら近づいてきた。
本社に連絡させてほしい。ここから出してください、と頼んできたので、適当に誤魔化す。コイツらが拾ったものを外部に漏らさないためにも軟禁を続けないと。
「今はここで待機していてくれ。大人しく言う事を聞いてくれるなら、交国軍に掛け合ってやる! 軍の取引先としてキミ達を追加するようにな!」
「は、はあ……?」
「わたしは近々、昇進予定なんだっ! キミ達程度の存在を軍に紹介するのなんて簡単だ! 大もうけしたいなら、わたしに従え!」
研究が進めば、きっと昇進できる。
一夜で世界に大打撃を与えるほどの兵器。
アレはその要になったものかもしれない。
それを実用化させたら、お母様もきっとボクを認めてくれるはず……!
ネウロン以外で使えば、交国軍の重要な戦力になるからな!
ネウロンに来てからの失態を――部下達の所為で発生した失態を帳消しにして、昇進できるほどの成果を得られるはずだ! 間違いないっ!
■title:<繊一号>ネウロン旅団基地にて
■from:シロボシ商社のフリをした犯罪者
「お前達の本社にも掛け合ってやる! お前達がわたしの昇進に大きく貢献したから、社内で手厚く遇するように口添えしてやる!」
皮算用をしているのか上機嫌な様子の中佐が、部屋から出て行った。
部屋の監視カメラを意識しつつ、適当な動作をしながら仲間と言葉を交わす。
「……どうやら我々の正体はバレていないようだ」
「死ぬ思いをしながら苦労して来た甲斐があった……かな?」
「わからん。そもそも……今回の仕事の意味がわからない」
我々は「シロボシ商社」という会社の社員のフリをしつつ、遭難してネウロンに流れ着いた――という事になっている。
荒れているネウロン近海で苦労して「アレ」を拾い上げ、その後は何食わぬ顔を浮かべながらネウロン旅団に保護を求める。
すると、ネウロン旅団が予定通りに軟禁してきた。アレを我々から取り上げ、何やら悪巧みをしているようだ。
まあ、取り上げられたところで我々が困るモノではないが――。
「ここまでは、泥縄商事のイカレ社長の指示通りだ」
「このまま大人しく軟禁されておけ、と?」
「そうだ。我々の正体が露見してしまったら、生きて帰れるかわからん」
「正体バレなくても口封じで殺されそうな空気あるけど……」
そうならないよう、祈るしかない。
賭けるなら、より生存率の高い方だ。
ネウロン旅団……というか、久常中佐にアレを引き渡す事に、どんな意味があるのかわからない。だが、社長は何か知っているのだろう。
あの社長は何を考えているのか。
理解できないし、理解したくもないが――。
「生きて帰って、社長を殺そう。キツい仕事を任せやがって……」
「うんうん、殺そう殺そう。いや、前も殺したけど」
あの社長の顔を思い浮かべると、胸がムカムカしてきた。
サンドバッグでも殴りたいが、そんなものはない。
今は大人しくしておこう。
社長の考えが正しければ、我々の行動が事件に繋がるはず。
その事件の隙に逃げ出して、本社に戻ればいい。




