中佐と特佐
■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて
■from:ネウロン旅団長・久常竹
<ネウロン解放戦線>という馬鹿集団の所為で、一時はどうなる事かと思った。
だが、ボクの名采配のおかげでネウロンの保護都市は次々と奪還されている! 解放戦線はもうろくに抵抗できないと見ていいだろう。
ボクは解放戦線の蛮行を速やかに鎮圧した功労者だ。お母様も軍事委員会もボクの活躍を認めてくれるはずだ。……今のところ特に連絡はないけど。
解放戦線はもう、大した敵じゃない。
ただ……まだタルタリカがいる。
タルタリカはタルタリカで生体兵器として利用価値があるけど……ネウロンに蔓延っているタルタリカ共は速やかに殲滅しなければならない。
当初の任務はまだ終わっていない。
ネウロン旅団は質の悪い軍人ばかりだから、ボクのような優秀な指揮官がいてもタルタリカ殲滅までまだまだ時間がかかるだろう。
でも、悲観する必要はない。
天からの助けが――いや、玉帝からの助けが来た!
ネウロンに神器使いがやってきた! お母様は何も連絡してくれないけど、神器使いを派遣してきたってことは「有効活用しろ」ってことだろう。
特佐を上手く言いくるめ、ボクの指揮下に置けば……大きな戦力になる。
タルタリカ共も直ぐに殲滅できるだろう。
「おい! カトー特佐はまだ来ないのか!?」
「あっ、いま司令部に入ったそうです。お通ししても――」
「当たり前のことを聞くな! さっさとここに案内しろっ!」
バカな部下を一喝し、特佐を待つ。
待っていると、部下を1人連れて特佐がやってきた。
「やあ! 悪いねカトー特佐! わざわざ司令部まで来てもらって!」
駆け寄り、温かく迎える。
やってきたのは品のない男だった。
流民でテロリスト上がりと聞いていたけど……イメージ通りだな。軍服と「特佐」という地位がなければそこらの犯罪者と見分けがつかないかも。
けど、こんなでも神器使いだ。
上手くおだててあげないとね。
手を差し出し、握手を求めたが特佐は笑みを浮かべたまま動かなかった。
玉帝の子の1人であるボクと会って、緊張しているんだろう。そうに違いない。
ネウロンに来てからずっと、ボクからの通信に答えなかったのも緊張が原因だろう。あるいは真面目にタルタリカ殲滅に勤しんでくれていたんだろう。
「さあ、ソファに座ってくれ。直ぐに最高級の酒も持ってこさせよう!」
「飲み物は結構。それより本題に移ろう、久常中佐」
特佐はソファに座り、部下を隣に立たせ、ボクに視線を送ってきた。
「しかし……いいんですか、久常中佐。オレと話してる場合じゃないでしょ?」
「ん? どういうことかな?」
「アンタはいま、ネウロン解放戦線の残党……というか、タルタリカの対処に追われているはずだ。保護都市の防衛体制の見直しとか、色々と仕事が溜まっているだろう? それなのにオレと話す暇があるのかな、って思ってさ」
「解放戦線残党は大した相手じゃないよ! タルタリカもね!」
「…………」
「奴らの相手より、キミとの会談の方が重要だ!」
ネウロン旅団の兵士は、本当に無能揃いだ。
だからこそ、使える戦力を増やす必要がある。
今回の話し合いはネウロンのためにもなる話だ。第一に考えるべきは不遇な立場に置かれたボクを救うことだけど……それはとりあえず隠しておこう。
流民上がりのクズに足下見られたくないしね!
「カトー特佐。キミが繊三号を奪還してくれた事で、反乱者共は牙を抜かれた獣同然になった! あとは簡単な掃討戦だ! キミの助力に感謝する」
「いや、オレは大したことしていないよ。繊三号奪還は、現場の兵士達が奮闘したおかげだ。……アンタに無茶振りされた兵士達の功績だよ」
「ハハッ! 謙遜しなくてもいい!」
奴らだけで繊三号を奪還できるわけがない。
神器使いであるカトー特佐の力あっての事だろう。
カトー特佐の活躍により、ネウロン解放戦線の中心人物は死んだ。奴に与した反乱者達も続々と捕まっている。
どいつもこいつも無実を主張しているが、ボクに逆らった証拠は揃っている。後は軍事委員会が正しく判断してくれるだろう。
「カトー特佐。わたしはキミの実力を高く評価している。キミには今後も力を貸してほしいんだ。ネウロン旅団のためにも、ネウロンのためにも」
「今後も『ネウロンのために』動くつもりだが、アンタの麾下に入るつもりは無いよ。オレは特佐だ。中佐如きに従う必要はない」
「ハハッ……。まあ、同じ佐官同士だ。フランクに接してくれたまえ」
「…………」
カトー特佐が座ったまま、前のめりになってきた。
その表情は何故か冷たいものだった。
「久常中佐。オレはあくまで特佐長官の命でネウロンに来ただけだ」
「ふぅん?」
「ネウロン旅団だけでは今回の事件を鎮圧に導けない。だから敵の主力を片付けてこい、と言われただけだ。で……その任務も終了した、と上は判断している」
「いやいやいや……まだだよ。まだ帰るべきじゃないよ、カトー特佐」
特佐長官……灰兄さんは苦手だ。
だが、カトー特佐なら丸め込めるはず。
コイツは所詮、学のない元テロリストだ。
「ネウロンの脅威はまだ去っていない! キミがネウロンでやるべき仕事はまだ残っている。ここに残って、共に解放戦線の残党を狩っていこう!」
「…………」
「キミが神器を振るい、敵主力に大打撃を与える。だが、キミだけじゃ敵を……タルタリカを殲滅する事は出来ない。ゆえにわたしも力を貸そう」
神器使いを主軸に据えた作戦行動なら、タルタリカなど敵ではない。
無能揃いのネウロン旅団でも、神器使いの助力があればマシな戦力に化けるはずだ。ボクの指揮も加われば、半年でタルタリカ殲滅も夢じゃない。
「これは取引だ、カトー特佐。一緒にネウロンを救おう。世界を1つ救った功績は、それなりのものになる。その手柄を……山分けしたくないか?」
「あのなぁ、久常中佐」
特佐の表情が、さらに冷たいものになった……気がする。
「アンタ、一貫性のある発言しろよ。『ネウロンの脅威は去ってない』だと? アンタ、ついさっきは『解放戦線の残党もタルタリカも大した相手じゃない』って言っただろ」
「えっ? あっ……!」
「なら、わざわざオレが残る必要ないだろ? というかオレの任地はアンタが決める話じゃない。特佐長官達が決める話で、その特佐長官が『ネウロンでの任務は終了』って言ってきたんだよ」
「た、確かにタルタリカ達は大した脅威じゃない――」
けど、ネウロン旅団の無能達にとっては脅威なんだ。
今回は何とかなった。
でも、無能な部下達だけじゃ、また同じ事が起きるかも……。
「特佐長官は上手く説得してくれ! ネウロンにはまだ大きな脅威があった! それを倒すため、ネウロン旅団長と協働で戦うって!」
「…………」
「あっ、功績の配分を決めておくべきか? 6対4――あ、いや、対等に5対5にしようか!? わたしの負担の方が大きいと思うけど、特佐であるキミの顔を立ててあげてもいい! だから――」
「テメエは神器使いを利用して、さっさとネウロンから出て行きたいだけだろ。ネウロンへの左遷を早く解いてほしいだけだろ?」
「――――」
「何が対等だ。自分のケツも拭けねえお坊ちゃんが……」
落ち着け。
キレるな。
元テロリストのクズの戯れ言なんて、寛大な心で許してあげよう。
「へ……兵士達が可哀想だと思わないのかい!?」
「…………」
「ネウロンでは多数の兵士達が苦しんでいる! タルタリカなんていう化け物と戦わされて! キミは彼らを救える力があるのに、見捨てるのかい!?」
■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて
■from:交国軍特佐・カトー
「兵士が苦しんでいるのは、無能指揮官の責任もあるだろ」
タルタリカが気持ち悪い化け物なのはわかる。
だが、落ち着いて対処したら倒せる相手だ。
プレーローマの天使や軍団と比べたら、蝿の群れみたいなもんだ。
「上の読みだと、ネウロンの戦力は十分足りていたはずだろ」
「そ、そんなことは……」
「繁殖する個体が増えた事や、ネウロン解放戦線というイレギュラーに対処しづらかったのはわかる。けど、多少のイレギュラーならどっしり構えて1つずつ対処していけば十分何とかなったはずだ」
それなのに、コイツは無駄に戦力を消費した。
左遷先であるネウロンからさっさと出て行きたいから、兵士達に無茶な命令を繰り返していた。慎重に動くべき時も、彼らを実質的に特攻させていた。
「――――」
副官に目配せし、合図を送る。
副官はオレの合図に対して頷き、口を挟んできた。
現場の兵士の話。ネウロン旅団の記録。軍事委員会の記録。それらを集め、まとめて作った「久常中佐の失態」を副官に読み上げさせた。
この中佐はバカだが、失態にある程度は心当たりがあるはずだ。
ウチの副官の――小うるさいが優秀な副官の――言葉を聞いた中佐が顔真っ赤にして遮ろうとしてきたが、オレの方で睨んで黙らせる。
「――以上が、こちらで把握している久常中佐の失策です」
「おう、ありがとな。申し開きはあるか? 久常中佐殿」
「き、貴様ら……! 何様のつもりだッ!」
「交国軍特佐と、その優秀な副官様だよ。オレは交国に来て間もないから、交国軍のいろはを知らん。だからこの副官がウチの部隊を実質取り仕切っていると思ってくれていい」
軍規やマナーにうるさい副官だが、目の前の中佐の1億倍優秀だ。
久常中佐について調べてくれ――と頼んだだけで、オレが聞いた話の100倍ほど詳細に調べ上げてくれてきた。
「まあ、オレ達は軍事委員会じゃない。宗像特佐長官麾下の特佐部隊だ。だからアンタの無能っぷりを正すつもりはないよ」
「なっ、なっ……!!」
「けど、アンタは自分の立場を理解した方がいい」
コイツの所為で、死ななくていい命が散っていく。
コイツの所為で……フェルグス達も危険な目にあっている。
ネウロン人が直面している苦難は、大部分が交国政府の責任と言っていい。
だが、この無能指揮官にも責任の一端がある。ろくでもない人災だ。
「アンタは交国軍人の命だけではなく、ネウロン住民の命も危険にさらしている」
「何を根拠に!」
「さっきウチの副官が語ってくれただろ。アンタは遊撃部隊増強のために、保護都市の防備を削っている」
保護都市の住民を徴用し、守備隊の人員を補充している。
ろくな訓練を積んでいない奴らが守備隊として役立つもんか。役に立たないのが普通だ。「普通」を考慮して采配を振るうのは指揮官の仕事だ。
コイツが現場に無茶振りしている所為で、皆が迷惑している。
先進国でここまでの無能、初めて見たぞ。
「アンタは功を焦り過ぎだ。イレギュラー発生前のネウロンは、もっと腰を据えてじっくりタルタリカを狩っていけば、犠牲ゼロだったはずだ」
「そっ、そんなことをしていたらタルタリカ殲滅まで時間がかかる! 時間がかかれば、ネウロン如きに大量の軍事費を費やしてしまうだろうが……!」
「上はそれでも『問題ない』と考えていたぞ」
それなのに、コイツは自分の事情を優先した。
現場の兵士を無駄に死なせた。
「アンタは指揮官失格だ。アンタのような無能に、対プレーローマ戦線を任すことは出来ない。いや、ネウロンすら任せられない」
「なっ、なっ……!」
「アンタ……民間人の虐殺も企てたそうだな?」




