勇者と魔王
■title:交国軍の輸送機にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
ラート様が私達の会話でコロコロと顔色を変えている。
それを傍目に見て楽しみつつ、特佐との会話も楽しむ。
「多次元世界の歴史には、いつの時代も『勇者』と『魔王』がいました。時代の移り変わりと共に、その席に座る者達は変移していきましたが――」
「新暦が始まる前。源の魔神が猛威を振るっていた時は、奴こそが『魔王』だった。新暦1年に奴を討った奴こそが『勇者』……って感じか?」
カトー特佐の言葉に頷き、「仰る通りです」と返す。
源の魔神の死を契機に、人類勢力は息を吹き返していった。
その時代に人類連盟が生まれた。
人連を作った人物もまた、『勇者』だった。
プレーローマという『魔王』に立ち向かった勇者だった。
あの御方の場合は勇者であり、同時に魔王だったとも言えますが――。
「今の時代の勇者と魔王は誰なんだ?」
「難しい質問ですね」
カトー特佐は――いえ、『エデンのカトー』は勇者の器だった。
しかし、今はその資格を失ったように見える。あの敗北によって――。
「今代の勇者と魔王は誰とも言いかねますね。先代は……あの方だったと思うのですが……」
「へぇ? 誰だ?」
「カヴン傘下組織・ロレンスの首領……伯鯨ロロです」
そう言うと、カトー特佐の表情が変わった。
小馬鹿にするような笑みを浮かべ、「そいつはもう死んだだろ」と言った。
「ええ、故人だからこそ『先代の魔王』なのです」
「そんな大した人物かねぇ……。所詮は犯罪組織の長。ただの海賊だ」
「でも、混沌の海を広範囲に渡って支配していた大海賊ですからね」
ロレンスは非常に大きな組織だった。
伯鯨ロロは数多の海賊、犯罪者達を束ね、巨大な組織として<ロレンス>を維持していた。いや、維持するどころからさらに強大な組織に成長させていた。
その力は人類連盟加盟国の中でも「強国」と呼ばれる部類の国家を凌ぐものだった。さすがに交国相手には負けますが、それでも大半の国家相手に大きく勝る組織力を持っていた。
人類連盟もロレンスを危険視し、加盟国同士でスクラムを組んでロレンスに対応していましたが……それでもなお、ロレンスの勢いは削げなかった。
しかし、そのロレンスも瓦解した。
伯鯨ロロの死により、瓦解した。
彼の死が無ければ、多次元世界の歴史は大きく変わっていたかもしれません。
いま以上に大勢の血が流れていそうですけど――。
「ふん……。その理屈で言うと、伯鯨ロロを討った奴こそが『勇者』か?」
「実績的にはそうかもですね?」
カトー様の表情が微かに歪む。
私の視線を受けると、その歪みを作り笑いで覆い隠しましたが……先程の表情、色んな感情が渦巻いていたようですねぇ。
一番大きいのは『嫉妬』でしょうか?
「史書官。アンタは伯鯨ロロとロレンスを過大評価しすぎだ」
「そうでしょうか? ロレンスの組織力は非常に大きなものでした。彼らは人類連盟加盟国にも積極的に牙を剥き、『襲われたくなければ上納金を払え』と各国政府と交渉していたほどでした」
「雑魚狩りしていただけさ。奴らは所詮、小悪党。自分達より弱い奴を襲って、チンケな財を築いていただけの犯罪者さ」
「ふむ――」
この話題を続けるのは良くなさそうですね。
藪から何か出てきそうです。
少しはヨイショしておきますか……。
「そういう意味では、エデンは凄い組織でしたね。貴方達はいつも格上相手に挑みかかっていた。人連の常任理事国どころか、プレーローマ相手にも挑んでいた」
「弱きを助け、強きを挫くのがエデンの基本方針だ」
実際、エデンは常に格上に挑んでいた。
常時、人連とプレーローマと争っていた。
ロレンスが政治的な駆け引き込みで渡り歩いていたのに対し、エデンはその手の駆け引きを拒否していた。いや、上手く出来ていなかった。
「だからこそ、多くの敵対者をやっつけてきたのですね」
カトー特佐の表情に、不敵な笑みが戻ってきた。
噂通り、腹芸が苦手そうですね……。わかりやすく正直というのは美点ですが、組織の長を務めるのは難しそうです。
今は「特佐」なので、問題ないのかもですが――。
「エデンは立派に『正義』を成してきた。それなのに貴方はエデンを解散した」
「――――」
「何故、あのまま戦い続けなかったのですか? 昔と同じように、強者相手に遮二無二に挑みかからなかったのですか?」
「それは……」
特佐が完全に笑みを消した。
怒るかな? 怒りますかね? それはそれで面白いです!
地雷原でタップダンス! 私はわりと好きです。
「チッ……。答えのわかってる質問をするなよ」
「貴方自身の口から聞きたいのです」
答えはわかっている。
ただ、それは情報を統合して作った推測に過ぎない。
当事者から答えを聞いた方が、より正確な真実に辿り着けます。
エデンのカトーについては積極的に調べる予定は無かった。ですが、彼の魔神について調べてばかりではなく、雪の眼の史書官らしい仕事もせねば――。
「…………」
カトー様は押し黙っていましたが、その隣に座っていたフェルグス様が「師匠、大丈夫……?」と心配そうに声をかけると、ようやく微笑んだ。
微笑んで、フェルグス様の頭を撫でつつ、私を真っ直ぐ見つめてきた。
噂とは違う理性的な瞳だった。
「悔しいが、アンタの言う通りだ。オレは理想と現実の狭間で苦しんできた」
「…………」
「そして、現実に負けた。無様にな……」
■title:交国軍の輸送機にて
■from:交国軍特佐・カトー
「エデンはオレが解散させた。オレが終わらせた」
フェルグスの頭を撫でつつ、口を開く。
性格の悪い史書官は、当時の話をよく知っているだろう。
雪の眼の史書官はそういう存在だ。
多次元世界中に出張って、人が知られたくない情報を根掘り葉掘り調べていく。それによって明らかになった不正もあるが……実際に会うと苛々しそうになる。
けど、もう、エデンについては終わった話だ。
エデンの遺志はまだ潰えていない。
オレが生きて戦い続ける以上、エデンの火は消えない。
ただ、組織自体は終わった。解散した。
「……何で解散したの? 師匠は何で交国なんかに来たの?」
「エデンは存続不可能だったんだ」
エデンはずっと弱者のために戦ってきた。
大勢を殺したが、殺してきたのは驕り高ぶった強者ばかりだった。弱者をイジめる奴らを殺してきただけで、オレ達はずっと「正義」のために戦ってきた。
某海賊組織のように、海賊行為や人身売買といった違法行為で稼いでいたわけじゃない。エデンは他と違って清貧な組織だった。
けど、少し清貧すぎたのかもしれない。
「エデンはずっと戦ってきた。戦うたびに、保護する流民が増えていった」
養うべき仲間が増えていった。
エデンは多次元世界を放浪せざるを得ない立場で、どこかに根を張って暮らしていくことができなかった。だからいつも金欠で物資不足の状態が続いていた。
根を張ろうとしても、失敗した。
余所の組織やまともな国家と裏取引をして、行き場の無い流民を引き取ってもらう事もあったが……全員を引き取ってもらうのは難しかった。
「エデンの戦闘員は強かった。とても頼りになる奴らだった」
ファイアスターターの戦い方は豪快で、花火でも打ち上げているみたいに敵艦隊が吹き飛んでいった。
オレはそのファイアスターターを凌ぐ「エデン最強の神器使い」であり、他の神器使いも強かった。頼りになった。
オレ達は最強だったが――。
「守るべき流民が増えると、身動き取るのが難しくなってな……」
常に誰かが非戦闘員を守る必要があった。
好き勝手に暴れられる時代は長続きしなかった。人類連盟やプレーローマの追っ手相手に戦いつつ、非戦闘員を命がけで守る生活は長く続いた。
オレ達は最強だった。
だが、背負うべき重荷は――非戦闘員は雪だるま式に増えていった。
最終的に殆どの神器使いが非戦闘員警護や、食料や物資確保に奔走しないといけなくなった。「驕り高ぶった強者」相手に戦う暇などなくなっていった。
オレ達は最強だった。
そして、オレ達は流民だった。
「オレ達、流民の立場はとても弱くてな。非戦闘員のために安全な場所を用意しようにも、なかなか上手くいかなかった」
誰もいない世界で集落を作り、ひっそり暮らそうとしても人類連盟の加盟国が我が物顔で乗り込んでくる。今日からここは我々の領地だ、とオレ達を追い出す。
侵略者を殺すのは難しくない。
だが、戦い続けるのは難しい。
神器使いだけなら戦えるが、非戦闘員を守りながら何ヶ月も戦い続けるのは……難しい。守らないといけない非戦闘員に死者が出ちまう。
オレ達は誇り高い組織だった。
常に強者と戦い続け、常に強者を敵に回していた。だから……エデンの非戦闘員は受け入れ先は年々減っていった。
強国はもちろん、強国に睨まれたくない小国もオレ達を拒んだ。強国による圧力は年々強まり、取引のあった国や組織もオレ達を拒むようになった。
オレ達を受け入れた協力者達が、「制裁」を受けていったから――。
「そ、それで身動き取れなくなって、組織を解体したの……?」
「いや、解体はしなかった。組織が弱体化していただけだ」
エデンは少し、強すぎた。
強すぎた所為で疎まれ、孤立していった。
それでもオレ達は足掻いたが……乏しくなっていく一方の物資と、多数の非戦闘員を前に途方に暮れるばかりだった。
「そんな時、ある国に誘われた。ウチに来てほしい……ってな」
「国が?」
「ああ、<マーレハイト共和国>がエデンに接触してきたんだ」




