海に潜む賊達
■title:繊三号にて
■from:兄が大好きなスアルタウ
長く休めるなんて、特別行動兵に入って初めて。
どんな感じになるんだろう……とボンヤリ考えていた、その時。
ラートさんが「実家には戻りません」と言ってるのが聞こえた。
ラートさんの目の前にいた副長さんは、「いや、お前は戻れよ」と呆れ顔で言ったけど、ラートさんは「俺はいいんです」なんて言ってる。
「ら、ラートさん、おウチに帰らないんですか!?」
ビックリしたから、思わず口を挟んじゃった。
ラートさんは弟さんとスゴく仲良し。
いつも弟さんの事を誇らしそうに話していて……家族全員と仲良いみたいだから、喜んでおウチに帰ると思ってた。
けど、帰らないってことは――。
「ひょっとして、ボクらの所為ですか? ボクらが心配で帰れないの……?」
「あっ! いや、そういうわけじゃないんだっ!」
ラートさんがあたふたと動き、しゃがみ、ボクの手を取ってきた。
「今回は急な休暇だし、急に帰ったら母ちゃんを困らせちまうからさ!」
「……なんかウソっぽい」
「いや、明らかに嘘だろ」
ボクが疑っていると、副長さんも同意してくれた。
「仮に本当でも問題ない。急な休暇といっても、交国本土につくまで結構時間かかるんだ。今から連絡しておけば……別に、大して困りゃしねえよ」
「いやぁ~……でも~……ウチ、弟もいますんで! 無駄にデカい俺が急に戻ったらね? 邪魔ですよ、邪魔」
「ラート。お前、急な休暇じゃなくても実家に戻るつもりないだろ」
副長さんはラートさんのツルツル頭を乱暴に撫でつつ、「まだあの事を気にしてんのか?」と言った。
その言葉を聞いたラートさんが、明らかに「ギクリ」と固まった。
「……あの事って?」
「それはラートの個人的な事情だから言えん。言えんが……どうせあの件だろ」
「ちっ、違いますよっ……」
「ガキ共にはオレがついてるから、お前は家に帰れ。交国軍人が実家に帰れるのは、マジで限られた機会なんだからな」
交国は異世界にある。
それも、ネウロンよりそこそこ遠いみたい。
具体的にどれぐらい遠いか知らないけど……混沌の海を渡るのは大変だって聞くし、家に戻ることは本当に少ないはず。
だから帰らなきゃダメですよ、とラートさんを揺すりながら言ったけど……ラートさんは照れ笑いを浮かべて「いいんだよぉ」と漏らすだけだった。
「その……アレだ! 繊三号の戦いで負った傷を治すためには、ゆっくり出来る場所が必要なんだ。実家戻ってもゆっくり出来ねえんだよ~」
「ラートさん、今も怪我人なのにウロウロしてるのに……?」
「うっ」
「先生は『激しい運動しなければ大丈夫』だと言っていたし……。傷は船旅しているうちに治るだろ。こんな時だけ怪我人ぶるな」
「いいんですよ、俺は。メールでやりとり出来るだけで十分ですから」
「……ダメ」
ごまかすような笑みばっかり浮かべるラートさん。
その手をギュッと握りつつ、話しかける。
「ちゃんとおウチに帰ってください」
「いや~……でも~……」
「家族とは、会える時に会っておかなきゃダメなんですっ!」
ボクもラートさんも、いつも家族と一緒にいられるわけじゃない。
だから、会える機会は絶対に逃しちゃダメ。
……会えなくなった時、ゼッタイ、後悔する。
■title:繊三号にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「どういう事情があるのかわからないけど、家には帰ってくださいっ!」
「う…………」
珍しく怒った様子のアル君に、ラートさんが気圧されている。
アル君は……家族と会えないつらさがよくわかってる。
そもそも、今はその家族の安否すら怪しい状況だし――。
「アル君の言う通りです。会える時に会っておかなきゃダメですよ」
2人に近づき、ラートさんの肩に触りながら言う。
「ラートさんはせっかくの機会を捨てようとしてますけど……ご家族の気持ちも考えてください。ご家族はラートさんに会いに行くのも難しいんでしょう?」
「ま、まあ……俺は軍人だからなぁ」
ラートさんは長期休暇さえ取れれば、実家に戻れる。
けど、ご家族の方は「会いたい」と思っても、戦場にいるラートさんに会いに行くのは難しい。危険以前に軍事機密で任地は簡単に明かせないはず。
だからこそアル君が言うように、この機会を逃すべきじゃない。そう思って説得したけど……ラートさんは曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。
……そっちがその気なら、こっちも考えがあります。
「アル君。アル君はラートさんのご実家、行ってみたくない?」
「…………! 行きたいっ!」
アル君は私の意図を汲んでくれた様子。
満面の笑みを浮かべつつ、乗ってくれた。
副長さんもニヤニヤ笑いつつ、後押ししてくれた。
「そいつはいい。グローニャがレンズのとこについていくように、ラートのところでスアルタウを預かってくれよ。オレの手間が省ける」
「いや、でも、隊長がそういうの難しいって……」
「テメー、スアルタウがお前の家に行きたがっているのに、それ断ってションボリさせるつもりか~~~~?」
「ちょっ……! 子供利用して脅すのはズルいっスよ!」
「渋るお前が悪い」
副長さんはラートさんの背をペシペシ叩きつつ、さらに言葉を投げた。
「ついでだから、ヴァイオレットもラートの実家に挨拶してこいよ」
「「実家に挨拶!?」」
ラートさんを実家に帰らせる作戦のはずが、とんでもないことを……!
副長さんのヘラヘラした笑みには含みを感じる気もする。け、けど……いや、これは私が意識しすぎなだけだよね……!?
赤面しちゃって、ラートさんの顔色を確認する余力がない……。
「さ、さすがに私が行くのはビックリされますよ。それに心の準備が~……」
「んなもん、交国本土への船旅中に済ませろ」
「いやいやいや……! さ、さすがに遠慮しておきますっ」
「ふ~ん。つまんねーの」
副長さんが子供のように唇を尖らせた。
私は! 貴方に娯楽を提供しているわけではなく! ラートさんを実家に帰して、英気を養ってもらおうと思っているだけですからね……!?
喋るとボロが出そうなので唇を結びつつ、手をぶんぶん振って副長さんへの抗議を示す。示してみたけど無視されてる。むぅ~~~~!!!
「まあとにかく、スアルタウはラートを実家に連行しろ。首に縄をつけてもいい。オレが許可する」
「わかりましたっ!」
「と、いうわけで……隊長、もう1名の許可もお願いしま~す」
副長さんが揉み手しつつ、隊長さんに声をかける。
隊長さんは眉間を揉みつつ、「貴様ら、私の話は聞いていたか?」と言った。
「グローニャ特別行動兵の件にしても、期待するなと言っただろう」
「そのぅ……やっぱり私達が特別行動兵だからですか……?」
そう問いかけたものの、隊長さんは首を横に振った。
要因の1つとして身分もあるけど、一番大きな要因は別にあるらしい。
「交国軍人の多くは、実家の所在が軍事機密になっている」
「え? そうなんですか?」
「ああ、テロや他国の工作対策としてな。実家の家族を人質に取られ、交国への工作活動に加担させられた事件が過去に何度も起きている」
そのため、実家の所在すら軍事機密。
実家に招くという事は、その機密を明かす事に他ならない。
厳しいけど……軍人さん達を守るためなら仕方ない事なのかな。
「だから本当に期待するな」
「よし、今回は帰るの諦めて、俺は黒水でアル達と遊びますね」
「貴様は実家に帰れ。ラート軍曹」
「えぇ~……!」
「本当に帰るべきですよ、ラートさん」
ラートさんの腕に触る……のは、いまちょっと恥ずかしいので、指で軽く突く。
「軍人さんって忙しいから、そんな頻繁に帰れないんでしょう? ……これからの人生で実家に帰れるチャンスがどれだけあるか、数えてみてください」
「あ~……」
「貴重な機会。ちゃんと活かしてくださいねっ!」
ラートさんは困った様子だけど、この機会を活かしてもらわないと。
ネウロンと交国本土は――ラートさんの実家は遠く離れている。
気軽に帰れる場所じゃないし、ラートさん達は軍人としての仕事もある。今回の長期休暇を逃すと、家族と会う機会も相当先になるはず。
ラートさんに帰ってもらうのは絶対として、あとちょっと心配なのが――。
「黒水って、治安はどうなんでしょうか……?」
「それに関しては問題がない。ネウロンよりずっと安全な場所だ」
隊長さんは私の懸念を察してくれたらしく、色々と説明してくれた。
黒水はいま開発中の都市だけど、開発優先で治安維持がおざなりになっているわけじゃない。黒水を治める領主さんがキッチリしているらしく、開発工事での死者も出ていないらしい。
私が一番心配なのは死者。
不意に死人が出たら、子供達は酷い頭痛に襲われる。鎮痛剤を打つ暇もなく頭痛に襲われたら、絶対に苦しむ。
皆も巫術の感知に慣れてきたから、巫術に目覚めたての頃ほど過敏に傷つかない。1人ぐらいの死者が出ても、即死することはまずなくなった。
でも、頻繁に人が死ぬようなところに長期滞在するのは絶対に危ない。
「交国本土には魔物もいない。そのため不意の戦闘も発生しない。ネウロンの都市に滞在していると、守備隊が予告なくタルタリカの迎撃戦を始める可能性もある。交国本土の方が格段に安全だ」
「た、確かに……」
町から離れた海上にいる方が安全かもだけど、子供達のためだけに船を出してもらうのは難しい。
それにそもそも、タルタリカは何故か海を克服したみたいだから……いまはネウロンの海も安全とは言い切れない。ネウロンはあくまで「戦場」だ。
「念のため、軍から鎮痛剤の支給も行う。使わずに済むのが一番だがな」
「あのぅ……図々しいかもですが、頭痛薬とかも~……」
「それも支給する。当然、副作用など無いものをな。効果は薄くなるが」
「助かります……!」
巫術師である以上、100%人死にを感知しないよう生活するのは難しい。魔物事件前のネウロンみたいに、しっかりした保護院はもう無いし……。
でも、そこまでしてもらえるなら、それなりに安全に過ごせそう……。
どうも隊長さんだけではなく、キャスター先生も子供達に配慮した環境作りを考えてくれたらしく、お礼を言う。本当に助かります。
「それでも心配だから、やっぱ俺も残りますよ!」
「ラートさん~……?」
隙あらば黒水に残ろうとするラートさんを牽制する。
私の言葉を聞き、縮こまるラートさんを見て、皆さんが笑う。
楽しい休暇になりそう。
■title:繊三号にて
■from:狂犬・フェルグス
「…………」
クソラートとアルと、ヴィオラ姉が楽しそうに話をしている。
ラートは交国軍人なのに……。
あんな友達みたいに……。いや、友達以上の関係みたいに……。
……ちょっと、気に入らない。
■title:繊三号・地下にて
■from:とある犯罪組織の構成員
「星屑隊が繊三号を離れるらしい」
合成珈琲を飲んでいる最中。急な知らせを聞き、咽せ、咳き込む。
混乱しながら咳き込み続けていると、仲間が布を渡してきた。有り難くそれで自分を拭こうとしたが、汚い雑巾だったので地面に叩き付ける。
「おいおいおい……! 話が違うぞ……!?」
「気持ちはわかるが声を潜めろ。誰に聞かれているかわからん」
「ぐっ……。……俺達が何のために交国軍の増援のフリして潜り込んだと……」
正確には臨時雇いの運び屋だが、表向きの雇い主は交国軍になっている。
繊三号への救援物資を運び込みつつ、目的を達成して逃げるつもりだったんだが……まだ動く準備出来てねえぞ。決行は今日の夜だったのに……!
どういう事か、詳細を聞く。
「星屑隊及び第8は繊三号奪還の功労者として、長期休暇が与えられたらしい。カトー特佐が本土に向かうのに便乗し、今日、繊三号を出発するそうだ」
「急すぎる。ウチの計画がバレたのか?」
「いや、それはない」
長期休暇は、本当に偶然の話らしい。
カトー特佐がこちらの動きに気づいた可能性は、無い。
奴は戦闘馬鹿の戦闘屋であって、鼻の利く捜査官では無い。
長期休暇のための口添えは奴がしたらしいが――。
「本当に気づいているなら、我々の身柄はもう押さえられている」
「それならまだ奪えるか? 連携すれば――」
「繊三号での標的奪取は断念する。これはアダムの決定だ」
ここまで苦労して潜り込んだのに、空振りか。
そう思うと頭が痛くなってきたが……アダムの判断は正しい。
戦闘馬鹿のテロ屋だろうと、特佐は特佐だ。特佐が去っていないのに標的に手を出すのは無謀だ。
「……じゃあどうする? このままだとアレが露見しかねない」
「次のプランを立てる。いま、首領にも報告中だ」
部屋の隅っこに置かれた椅子を見る。
そこに別の仲間が座り、眠っている。
眠れているなら、とりあえず問題ない。
けど……どうするよ? 標的を奪って繊三号から逃亡。その後、界外に逃げるためのルートも用意していた。混沌の海で別の仲間も待機してんのに……。
「奴らは交国本土に向かうんだな?」
「ああ」
「じゃあ、混沌の海で襲うか。そっちがウチの本領だろ」
そう提案したが、「リスクが高すぎる」と反対された。
「おそらく、交国本土への海路にも特佐がついている。奴は護衛をしているつもりなど無いだろうが……結果的には護衛として機能する」
「カァ~……!! とことん邪魔しやがるなぁ……!!」
「混沌の海で事故死に見せかけて特佐を処分するのも不可能ではない。だが、特佐が死んだとなると、単なる事故死に見せかけるのは難しい」
「木っ端の軍人じゃねえからな。他の特佐が捜査に乗り出すだろうなぁ……」
星屑隊と第8が長期休暇に入ったのは、カトー特佐の所為。
襲おうにも邪魔なのも、カトー特佐。
事故死に見せかけて消そうにも、カトー特佐の存在が邪魔すぎる!
「あの人間のクズ。恥ずかしげもなく『カトー』を名乗り、首領を虚仮にするどころか……こうして計画の邪魔をしてくるなんて……」
「さすがに今回は偶然だ。冷静になれ」
「わかってるよ……!」
「……特佐が戦闘態勢に入る前に殺す案もあるが、リスクが高すぎる。奴はそこまで丈夫な神器使いではないが……」
「俺達がしくじった時、交国に怪しまれるな」
実行犯の俺達が自害したところで、「襲撃があった」という事実は残る。
そうなると、「なぜ襲撃された?」という疑念を抱かせちまう。
「我々、<ロレンス>がわざわざネウロンにやってきて襲撃事件を起こしたとバレるのは良くない」
「まあな……」
事件が疑問に繋がり、その糸が俺達の「急所」に届く可能性がある。
そこまで辿り着かれたら詰みだ。全ての計画が破綻する。
今回仕掛けるなら標的奪取は成功させないと。
それも「特佐襲撃事件」なんて大事件ではなく、単なる「行方不明事件」で終わらせる必要がある。些細な事件として処理してもらえば、まだ誤魔化せる。
問題は特佐がメチャクチャ邪魔ってこと。
これからどうする――と思っていると、眠っていた仲間が目を開いた。
「おっ。戻ってきたか」
「首領の御言葉を伝えるね。『後はこちらで引き継ぐ。皆は適当に交国軍の仕事をこなした後、あくまで運び屋として撤収してくれ』だってさ」
「くっ……! せっかく首領の役に立つチャンスだったのに……!」
唇を噛んでいると、仲間に肩を叩かれ、「立つ鳥、跡を濁さず。このまま目立たず仕事を終えるのも我らの役目だ」と言われた。
「いっそのこと、襲撃しかけて標的を消せ、って言ってくれれば……」
「馬鹿な事を考えるな」
「そもそも無理。消すなら事故死に見せかけないと。今回、誘拐狙いだったし」
「わかってる。わかってるよ~……」
「それに、収穫ゼロではない。アダムが確保した術式拡張アンテナを密かに運び出し、首領に届けるのが我々の仕事だ。こちらが本命と言ってもいい」
「くそ~……」
まだチャンスは残っている……はずだ。
交国が気づかなければ、まだチャンスは残っている。
「……特佐の護衛は、遅くても交国本土到着後には外れるか」
「おそらくな。となると、本土で仕掛けるしかあるまい」
「やりにくいな」
交国本土は交国軍の本拠地。
辺境のネウロンと違い、警備を欺き、逃走経路を用意する手間は段違いだ。
モタモタしていると、カトー特佐以外の特佐が駆けつけてくる可能性すらある。
「首領に考えがあるみたい。こっちは大人しくアンテナ盗んで撤収しよう」
「仕方ねえ……」
今は待つ。
暗い海に潜り、チャンスを待とう。




