繊三号脱出
■title:繊三号にて
■from:死にたがりのラート
朝の栄養補給後、ヴィオラとアルを物陰に誘う。
そして、昨日のカトー特佐との話を報告した。
カトー特佐がネウロン人やネウロンの現状を変えるため、玉帝に直談判してくれる。2人は喜ぶ以前に驚きつつ、俺の話を聞いてくれた。
「ヤドリギとか、アルの家族の件とかはとりあえず伏せておいたんだが……ちょっと調べればわかる事は話した。カトー特佐はマジで動いてくれるみたいだ」
「ほ、ホントですか……? 本当にホントなんですか?」
「ラートさん、スゴいっ。特佐さんを説得したんですか……?」
「いやいや、特佐の方から話を持ちかけてきただけで、俺は何もしてねえよ」
スゴいのは特佐だ。
元テロリストって聞いた時は警戒したが、想像以上に善人だったらしい。
テロリストだった人が正義のために動いて、人類の盾であるはずの交国が正義らしからぬ事をしているのは複雑だが……。
「上手くいけば、こっちはノーリスクで目的を達成できる。特佐が玉帝を動かしてくれたら安全にアル達を守る事ができる」
特佐の助力を得れば、アル達の両親に関する真相も明らかになるだろう。
<神器使い>である特佐は邪険にされないはずだ。
カトー特佐が逆に説得なり懐柔されたら有耶無耶になって終わるかもだが……それは無いだろう。あの人は利益目的で動いている人じゃない。
「ちょっと……都合良く行き過ぎなのでは……?」
「心配になる気持ちもわかる。けど、羊飼い関係で苦労しまくったんだ。これぐらいのご褒美はあってもいいだろっ?」
「そ、それはそうですけど……」
朗報を伝えたつもりだったが、ヴィオラは不安そうだ。
カトー特佐とじっくり話をしたら、ヴィオラもわかってくれると思うが……特佐も多忙な人だ。繊一号から増援も来たし、入れ替わりで繊三号を去って行くらしいし……もう話をする時間は取れないかもな。
一応、連絡先は伝えられたから、動きがあれば教えてくれるはずだ。
「カトー特佐は本気で動いてくれるよ。今は信じよう」
もし、こっちを騙すつもりだとしても、ヴィオラ達は責任を問われない。
カトー特佐にベラベラと喋ったのは俺だからな。
その辺は伏せつつ、「とにかく特佐を信じよう」と言ったが、ヴィオラは相変わらず慎重な姿勢を崩さなかった。
特佐任せにせず、こちらでも調べましょう――と言ってきた。
「まあ確かに、俺達の方でも情報収集した方がいいな」
「はい。藪を突きすぎないよう、気をつけて動きましょう」
「情報を集めつつ、こっちの動きも考えよう。……特佐の動き次第では、もっと情報を引き渡すべきだと思う」
アルが抱えていた秘密も含め、打ち明けるか否か考えるべきだ。
ヤドリギに関しては隊長にも相談しなきゃだが――。
「っと……すまん、通信だ」
携帯端末をチェックすると、星屑隊全員に連絡が入っていた。
隊長からの招集だ。
星屑隊だけではなく、第8にも集まるよう指示が出ている。
何だろうな……と思いつつ、皆で隊長のところに行く。
すると、寝耳に水の話を聞く事になった。
いや、俺には心当たりのある朗報だった。
カトー特佐が『期待して待ってろ』と言ってたのは、この件だったのか!
■title:繊三号にて
■from:肉嫌いのチェーン
手早く荷造りを終え、他の隊員の様子を見て回る。
「コラッ。テメーら、はしゃぐ暇あるなら荷造り終わらせろ」
「いやいや、こんなのはしゃぎますって!」
「あと3分で終わらせねえと、繊三号に置いていくからな」
隊長から「朗報」を聞き、はしゃぐあまり荷造りが捗っていないバカ共の尻を叩いてやる。どいつもこいつも浮つきやがって。
まあ、浮つく理由もわかるが――。
「まさか、オレ達が長期休暇を貰えるとはなぁ……。何でだろ」
「理由は説明しただろう」
「おっ、隊長」
オレより早く荷造りを済ましていた隊長が、どっしり構えて待っていた。
軽く敬礼しつつ近づき、話しかける。
「確かに聞きましたけど……。何でカトー特佐がオレ達の長期休暇を上に進言してくれたんですか? フェルグスが気に入られてたから?」
「理由は知らん。わかるのは、特佐の働きかけがあった事実だけだ」
「ふむ……」
「表向きの理由は、星屑隊と第8巫術師実験部隊が『繊三号奪還に大きく貢献した』という事らしいがな」
長期休暇。読んで字の通り、長期間休める事になった。
元々、怪我人もいるため繊三号で療養予定だったが……正式に休暇を貰えるとは思えなかった。交国軍は人使い荒いからな。
隊長から聞いた話によると、カトー特佐がオレ達の休暇を上にかけあってくれたそうだが……何で特佐がそんな事してくれたのか、まったくわからん。
しいて理由を挙げるなら、フェルグスがカトー特佐に気に入られていたぐらいだが……。あの特佐、どういう意図で動いてくれたのかね?
普段の休暇なら歓迎だが、長期休暇か……個人的には少し、都合が悪いな。
何かあった時、直ぐに動けない可能性あるしなぁ……。とはいえ、「休暇なんていらね~!」って言いだしたら目立つからなぁ……。ハァ……。
「隊長隊長~! そういえば、どこで休暇取れるんですか?」
「繊一号ですよね? ネウロンで一番、羽を伸ばせるといったらあそこ――」
「いや、交国本土だ」
荷造りを終え、ニコニコでやってきた隊員達が、隊長の言葉にギョッとする。
オレも皆と同じ顔をしているんだろうな。……交国本土に行くのか。
「ほ、本土に帰っていいって、ガチの長期休暇じゃないですか!? 移動時間が大半になるかもですが……!」
「繊三号から海門を通って、いきなり本土向かうんですか!?」
「いま海門を開くと、先の戦闘で起こった時化の真っ只中に突っ込む事になる」
隊長は基地の一角を指さした。
ちょうど、そこに輸送機が降り立つところだった。
「カトー特佐が手配してくださった輸送機を使い、繊一号に移動する。界外に出て、交国本土を目指すのはそれからだ」
「うひょー! 俺らのために、そこまで用意してくれるんですか!?」
「いやぁ、死ぬ気で戦った甲斐があったなぁ!?」
「皆も本土に実家あるんだよな!? 隊長、実家に帰っていいんですか!?」
一層、浮き足立ち始めた隊員達に対し、隊長が「構わん」と言った。
「交国本土に実家があるものは、全員戻っても構わん」
「「「「ひゃっほーーーーっ!!」」」」
「戻る気が無いものは、早めに言え。繊一号に残って我々の帰りを待ってもいいし、交国本土の黒水に滞在してもらっても構わん。宿泊先は軍が用意する」
「<黒水>って、どこでしたっけ?」
首を傾げ質問した隊員に対し、他の隊員が肘で突きながら「アレだよ、首都からそんな遠くない場所にある黒水」と言った。
「黒水って確か……界外との境界が薄くて、ちょくちょく混沌が湧き出している危険地帯でしょ? クソ田舎でしょ? エネルギー生産施設しか無いような」
「うげっ。そんなとこ滞在する物好きいるかぁ~?」
「情報が少し古いな。黒水はいま、立派な港が作られている途中だ」
数年前まで、黒水は混沌が湧き出す危険地帯だった。
だが、隊長の話によると開発が行われ、世界の内外を繋ぐ港湾区として成長しつつあるらしい。既に「クソ田舎」とは言えない街になりつつあるんだとか。
「黒水の混沌は、既に沈静化されている。だが界外との境界が薄いことで、大型の海門も開きやすい場所でな。それを活かして巨大な港を作っている途中なのだ」
「「「「へぇ~~~~!」」」」
「観光地と言えるほどの場所ではないが、人口が一気に増えた事で様々な施設が作られている。それなりに楽しめる場所だ。ネットで調べてみろ」
流暢に説明してくれた隊長の声に従い、隊員達がワイワイと騒ぎながら携帯端末で情報を漁り始めた。
隊長の話を聞きつつ、オレも軽くネットを漁ってみたが……確かに黒水は開発が進んでいるようだ。
遠からず交国本土最大の港に成長しそうだ。そこまで大きな港が整備されると、とんでもない大都市が出来そうだな。
いずれ大都市になる可能性が高い街を、今のうちに見学するのはそれなりに楽しそうだ。オレの個人的な事情を加味しなければ楽しそうだ。……行きたくねー。
ウチの隊員共がワイワイ騒いでいると、第8も荷造りを終えてやってきた。
それを見た隊員達が、何故か気まずそうに黙っていく。
「あれっ? 皆、どしたのん? キャイキャイしてたのに」
グローニャが皆に問いかけると、より一層気まずそうにし始めた。
その理由は直ぐわかった。
隊員達が隊長に対し、質問を投げ始めた事で――。
「た、隊長……! 第8の子達も家に――いや、親元に帰れるんですよね!?」
「交国本土より、ネウロンに留まって家族と会う方が簡単だから会えますよね」
どうやら自分達だけ実家に戻れそうなので、気まずくなっていたらしい。
隊長への問いかけを聞いたガキ共が、僅かに期待の視線を向けてきたが――。
「さすがにそれは許可が下りない。彼らは特別行動兵だからな」
隊長が腕組みしながら言うと、ウチの隊員もガキ共もションボリとし始めた。
まあ、ダメだよなぁ。
交国軍としては、それを許可出来ねえよなぁ。
「第8巫術師実験部隊は、黒水で休暇を取ってもらう」
「…………」
「黒水は安全な場所だ。休暇中、任務を与える事もない。指定された区域から出ると脱走兵扱いになるが、その区域は黒水全体だ。しっかりと羽を伸ばせ――」
「グローニャ、おウチ帰りたいっ」
ぬいぐるみをギュッと抱きしめていたグローニャが、前に進み出てそう言った。
「パパとママ、じっじとばっばと会いたいっ!」
納得いっていない様子で隊長を見つめていたが、隊長は首を横に振った。
「駄目だ。貴様らの家族の所在に関しては、軍事機密だからな」
「むぅ……!!」
「……黒水は良いところだ。貴様らもきっと気に入る」
「むぅ~……! じゃあ、レンズちゃんについていくもんっ」
頬を膨らませていたグローニャは、レンズのところに走っていった。
荷造りを終え、こちらに歩いてきていたレンズが、怪訝な顔でグローニャを見ている。グローニャは構わず、レンズの脚に抱きつき始めた。
「グローニャ、レンズちゃんの実家に遊びに行くっ!」
「話が見えん……」
困惑しているレンズに手短に説明すると、さすがに困り顔を浮かべられた。
「長期休暇中も、コイツの面倒を見ろと……?」
「レンズちゃんも、グローニャと遊びたいでしょっ!?」
「いや、別に……?」
「ガーーーーンっ!」
「だってお前、うるせえし……。悪さばっかするし……」
レンズは嫌そうな顔でそう言ったが、グローニャは「やだやだっ!」と言いながらレンズの軍服をグイグイと引っ張っている。
そして、「レンズちゃんの家に行って、一緒にぬい――」と言った途端、レンズが「バッ!」と動いてその口を塞いだ。
どうやら、ぬいぐるみ作りの件を隠したいらしい。
コイツ……オレ達に対して隠せているつもりなのか……。
「パパ達と会うのダメなら、レンズちゃんについていく~~~~っ!」
「えぇー……。勘弁してくれ……」
「なんでグローニャ達、なんでもかんでもダメなの!? やだやだっ!!」
地面に転がってジタバタを暴れ始めたグローニャに対し、ヴァイオレットが駆け寄ってきた。そしてあやしはじめた。
レンズもさすがに気まずそうにしている。
周囲の隊員達に「軍曹、グローニャと遊んであげてくださいよ」などと言われている。レンズがキレて「うるせえ!」と言うと思ったが――。
「くっ……。わかった! わかったよ! 良い子にしてるなら連れてってやる!」
「ホント!?」
「良い子にしてるならな! できるか!?」
そう言ったレンズに対し、グローニャが瞳をキラキラさせながら突撃した。
突撃し、「やったやった!」と大喜びし始めた。
周囲も「良かった良かった」「グローニャと一緒なの、いいなぁ」と言い、和気藹々としたムードになっているが――。
「…………」
隊長をチラリと見た後、代わりに言う。
「それはさすがに上の許可が出ないと思うぞ。レンズ、グローニャ」
「えっ? マジですか? ガキ1人連れて行くだけですよ?」
「そいつも一応、特別行動兵だからなぁ」
許可は絶対に出ないだろう。
特に、「オークの実家に連れて行く」なんて許可は絶対に下りない。
絶対に。
レンズは不服そうな表情しつつ、口を開いた。
以前なら、絶対に言わなかったことを言いだした。
「コイツ、家族と会えないんでしょ? それなら、1個ぐらいワガママ聞いてやらなきゃ……。あ、それと、ウチの妹達も女の子来たら喜ぶだろうし……」
「…………」
前のレンズなら、絶対にグローニャを突き放していた。
いや、それ以前にグローニャがレンズに甘えなかったか。
変わったねぇ……。けど、交国はそう簡単には認めてくれねえよ、絶対。
「わかった。上に掛け合ってみる」
「隊長……」
黙っていた隊長が口を開き、レンズ達にそう約束した。
「ただ、あまり期待するな。ほぼ100%無理だと思え」
「ダイジョブ! グローニャ、隊長ちゃん信じてるからっ!」
「信じられてもどうにもならん。期待はするな。頼むから」
「…………」
隊長は多分、上が認めてくれないのを察している。
理由まではわからないだろうけど、交国が融通効かないのはわかっている。
それでもグローニャをなだめるために、とりあえず「上に掛け合う」と言ったんだろう。……グローニャが後で泣き出しそうなのが怖いが……まあ、仕方ない。
グローニャがキャッキャと騒ぎ、レンズが仕方なさそうな笑みを浮かべつつ、話を聞いている様子から目をそらす。……さすがのオレも心苦しい。
ため息が出そうなのを堪えつつ、隊長に話しかける。
「隊長。オレは黒水で休暇取らせてもらいます」
「実家に戻らないのか? しばらく帰っていないだろう」
「いいんですよ、家族仲微妙っスから」
テキトーに言い、言葉を続ける。
「黒水で休暇を過ごすガキ共に、保護者がついておくべきでしょう。その役目、オレが勤めるんで、隊長達は安心して家に帰ってください」
「そうか……。すまんな」
ガキ共がいようがいまいが、最初から実家に戻る気なんて起きねえ。
誰かがガキ共を見ていないと、大変な事が起きかねない。交国本土は平和な世界だが……特別行動兵だけで出歩いて、難癖つけられたらマズいしな。
オレの話を聞きつけたヴァイオレットが申し訳なさそうな顔で話しかけてきたので、「気にすんな」と言っておく。
今後のためにも、コイツらを守って、構っておいてやらないと。
そう思っていたんだが――。
「副長。副長も実家に戻ってください」
ラートが話しかけてきた。
「第8には俺がついているので」
「お前、実家帰らねえのか?」
問いかけると、ラートは笑顔で頷いた。
家族大好き人間なのに、実家に帰らねえらしい。
界外派遣されているオレ達が、本土に戻るチャンスなんてそう無いのに――。




