エデンの遺志
■title:繊三号にて
■from:交国軍特佐・カトー
「…………」
どう言っても、ラートは全ての情報を開示する気はなさそうだ。
だが、それでいい。
ベラベラと喋らない方が信用できる。
多分、コイツはフェルグス達の事を想って、情報の出し惜しみをしているんだろう。出会って間もないオレ相手に慎重になるのは良いことだ。
逆に信用できる。
コイツは本気で、子供達のことを考えているんだな。
ラートとの会話で手応えを得つつ、開示してもらえる範囲で情報を貰う。いま聞けるのはちょっと調べれば直ぐわかる程度のことだが――。
「……本当に酷いな。ネウロン人が置かれている現状は」
ネウロンに来て、ネウロン人を見た時に感じた空気感の時点で、虐げられているのは察していた。
彼らが纏っている空気……それはオレがエデンで戦っている時、何度も見てきたものだ。不当な支配を受ける弱者が纏う空気だった。
ラートは「交国が横暴を働いているなんて信じたくない」と思っているようだが、それでも公平な立場で情報を教えてくれた。
「ネウロンにいる交国軍も、相当酷いな。ラート、お前の所属ってどこだっけ?」
「ネウロン旅団所属の星屑隊です」
「ネウロン旅団ね……。旅団長って誰だ?」
ウチの副官がチラッと名前を出していた気がしたが、どうでもいいから忘れてた。旅団長からも通信は入っていたが、忙しいから無視していたんだが――。
「ネウロン旅団は、久常竹中佐が旅団長を務めています」
「久常……。確か、<玉帝の子>の1人だな」
交国の最高指導者として君臨し続けてきた玉帝。
奴は何人もの子供を持っている。表舞台に出てきている子供だけでも数十人存在していたはずで、誰も彼も優秀な人材だったはずだ。
ただ、久常竹は良い噂を聞かない。
玉帝一家の面汚し。そう言われるほどの無能だったはずだ。
非常に残念なことに、「無能な働き者」の部類だったはずだ。
「なるほど……。奴がネウロンの旅団長をやっているなら、お前達を繊三号に特攻させたのも頷ける。噂通りの無能のようだ」
「いや、俺達は特攻しろと言われたわけじゃ――」
「実質、そう言われたようなもんだろう」
久常竹は神器使いを戦力として見込んでいなかった。
オレがネウロンに来たのは急な話だったからな。
特佐長官は弟の久常竹にすら「神器使いを派遣した」と言っていなかったようだ。知ってたら、もうちょっと慎重に動いただろう。
だから、久常竹は繊三号を一部の部隊だけで奪還しようとしていた。いや、奪還を考えず、とりあえず戦力を突撃させたような状態だった。
まともな指揮官の行動じゃない。
話を聞く限り、平時から無茶を言っていたようだ。無能中佐の命令により、交国軍人だけではなくネウロン人も苦しんでいたようだ。
巫術師に限らず、非巫術師すら相当苦労しているようだ。
「何でそんな無能が中佐やってんだろうな……」
交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家だ。
交国軍はハリボテの組織じゃない。国力に見合うだけの実力を持っている。
だから出世するのは結構難しいんだが……久常ほど無能な軍人が「中佐」まで上り詰めたのには違和感を感じる。
玉帝の子ってだけで贔屓された……とは思えない。
玉帝はそういう事を嫌うはずだ。久常本人が「私は玉帝の子だぞ」と密かに触れ回り、丁重に扱うよう求めていたならともかく――。
「玉帝にはネウロン人の現状だけじゃなくて、久常中佐についても進言した方が良さそうだな……」
まあ、オレが言うまでもなく、久常中佐は処分されるだろう。
今回の一連の戦闘、久常の判断は明らかに誤っていた。それ以前も問題を起こしていたようだし……さすがに軍事委員会が動くだろう。
玉帝が働きかけない限りは――。
「……ラート。お前、玉帝に会った事はあるか?」
そう聞くと、ラートは手を振って、「俺なんかが会える御方じゃないですよ!」と言った。写真や映像で見た事がある程度らしい。
まあ、実際、大半の交国人がそうだろう。
「交国人のお前には、玉帝がどんな人物に見える?」
「人類の救世主です。プレーローマという人類の敵を前に臆さず、冷静かつ豪胆に立ち回って交国を一大国家に成長させた英雄ですっ!」
ラートは少し熱っぽく語り、「玉帝が交国を率いて立ち上がっていなければ、多次元世界はもっとメチャクチャになっていましたよ」とまで言った。
まあ、言わんとする事はわかる。
交国は対プレーローマ戦線を担う重要な国家だ。
交国はプレーローマ側の甘言に乗らず、「反プレーローマ」の姿勢を貫いている。その立ち振る舞いに関しては、オレも信頼している。
だからこそ、オレは交国に来たんだ。
壊滅的な被害を受けた組織が……エデンが立ちゆかなくなって、それでも「プレーローマへの復讐」を果たすには交国に下るのが一番だと思った。
アイツと袂を分かつ事になっても、最善の選択だったと思っている。
あれ以外、道はなかったはずだが……玉帝に関しては、少し思うところがある。
「お前は玉帝を信頼しているんだな」
「はい。ネウロン絡みの事に関しては……少し、不信感を抱きますが……」
「玉帝はずっと仮面を被っているんだぞ? それなのに信用できるのか?」
玉帝は冷たい奴だ。人間らしい温かみをまるで感じない冷酷な為政者だ。
優秀なのは確かかもしれないが、常に仮面を被っている事には……正直、眉をひそめずにはいられない。
聞こえの良い大義名分を喋っていても、自分は仮面を被って素顔を晒さない。国民と一線を引いているように見えてならない。
オレはそう思うんだが、ラートにとって「仮面を被っている」というのは重要な事ではないらしい。
キョトンとしながら「そういうもんですか?」と疑問している。交国人にとっては当たり前の事だから、感覚が麻痺しているようだ。
「玉帝は交国で最も貴い御方です。交国人達にとっては、神みたいな存在です。貴い御方が素顔を隠すのは当たり前の作法では?」
「作法ねぇ……」
「玉帝は特にエラい御方ですし、顔を隠すのは大事ですよ」
ラートは「暗殺対策も含めて、当たり前の対応では?」と言った。
本気でそう思っているらしい。
ラートは信用できる人間だと思うが……根っこは交国人だな。まあ、玉帝に関する感情はオレがとやかく言うものでもないか……。
「まあ、とにかく……オレの方から玉帝に話してみる」
「ありがとうございますっ!」
「ちょうど、謁見の予定があるからな」
元々、オレは交国本土に帰還する予定だった。
帰還後、特佐長官と一緒に玉帝と会う予定だった。
そんなどうでもいい行事はサボって、大事な人達のところに――交国に引き取ってもらったエデンの残党のところに行きたかった。
謁見の機会を私用で放棄するなら、交国への叛意有りと見做しますよ――なんてクソ副官に言われたから、嫌々行くつもりだけど……。
ネウロンでの仕事を与えられていなければ、今も交国本土に向かって移動中だったはずだ。ただ、これは有意義な寄り道になった。
ネウロンで、流民のように苦しんでいるネウロン人と出会えたからな。
苦しんでいる人達がいるのは悪い事だ。
だが、その存在を知らないでいるよりはマシだろう。
エデンの志を継ぐ者として、ネウロン人も救ってやらねえと……!
「玉帝がすんなり耳を貸してくれれば、直ぐにでもフェルグス達の待遇が改善できるはずだ。単に特別行動兵の任を解くだけじゃなくて――」
「家族とも再会できますよね!?」
「ああ、その通りだ」
頷き、肯定する。
フェルグス達は交国の都合により、家族から引き離されている。
そこはちょっと、仲間意識を感じてしまう。
オレも交国の都合で、大事な人達と引き離されている。特佐の仕事が忙しくて、皆と会う機会がろくに無いからなぁ……。もうしばらく会ってない。
けど、今回の謁見を済ませれば……<ゲットー>にいる皆と会えるはず。
「ただ、話し合いがすんなり進まない可能性も高い」
「……カトー特佐は大丈夫なんですか?」
「睨まれると思うが、まあ大丈夫さ。オレは神器使いだからな」
神器使いは替えの効かない人材だ。
玉帝だって、気分で「処刑!」なんて言えないはずだ。
んなことやったら、オレの神器が粗大ゴミになっちまう。
神器使いの神器は、誰でも使えるものじゃない。
「オレは大丈夫。だが、フェルグス達の待遇に関しては長丁場になる事も覚悟してくれ。話し合いが終わるまで、アイツらを守ってやってくれ!」
「は、はいっ!」
オレはフェルグス達と一緒にいられない。
特佐としての役目があって忙しい。
けど、ラートがいれば大丈夫だろう。
コイツなら、フェルグス達を守ってくれるはずだが――。
「出来るだけ、早く片をつけようと思っているが……」
ネウロンは戦場だ。タルタリカという化け物がうろついている。
ラート達曰く、<羊飼い>という妙な存在もいたらしい。そいつはオレが到着する前にラート達が倒してくれたようだが……他にも驚異はいるかもしれない。
フェルグス達を戦場に置いていくのは、正直、気が引ける。
信頼できるラートがいるとはいえ、こいつはあくまで軍曹。立場や持っている力の関係上、「絶対に子供達を守り切れる」とは言い切れないはずだ。
「お前達をネウロンに置いていくのは心配だな……。いっそのこと、特佐の部下として引き抜けないかなぁ……?」
「…………! それが出来るなら、是非! 第8巫術師実験部隊だけでも連れていってやってください! 特佐と一緒なら子供達も安心です」
「いやぁ……オレはそこまで権限与えられてないから、さすがに無理だと思う」
特佐の中には、特別な捜査権限を持っている奴らもいる。
色々と動きやすいよう、現地の軍人を引き抜く権利を与えられる事もある。
けど、オレにはそういうのが無い。
交国にとっては「元テロリスト」って立場だから、結構警戒されている。命令は殆ど副官に通達されて、オレは指示通りに戦うだけ。
神器使って暴れた後は、次の戦地に直行する。
そういう窮屈な立場だ。どっちが副官なのか、わかったもんじゃねえ……。
「……いや、待てよ……?」
フェルグス達を戦場から遠ざける。
それは可能かもしれない。
良い案を思いついたのでニヤニヤしていると、不思議そうな表情を浮かべたラートに問われた。「何か妙案があるんですか?」と。
「オレは特佐としては大した権限はないが……多少は軍部に働きかける事が出来る。働きかけるだけの口実もある!」
「口実?」
「お前達は繊三号奪還の功労者だ。褒美を受け取るべき人間だ」
その権利を上手く使えば、フェルグス達を助ける事が出来る。
未だよくわかっていない様子のラートには、「まあ期待して待っておいてくれ」と説明しておく。多分、朗報を渡せるはずだ。
見ててくれよ、姉貴。
エデンは滅びたけど、エデンの遺志は弟が継いでやるからな。
それだけじゃなくて、フェルグス達も……あの子も、守ってみせる。
あの男以上に交国で活躍して……ファイアスターター達も呼び戻してやるよ。
【TIPS:ファイアスターター】
■概要
エデンに所属していた神器使いのコードネーム。
流民等の弱者救済のため、プレーローマどころか人類連盟とも敵対していたエデンの『第2実働部隊』の隊長を務めつつ、最前線で戦っていた。
当時、『エデン最強の神器使い』と言われていたカトーに次ぐ実力者として、様々な勢力から危険視されていた。
大軍相手の戦いを得意としており、たった1人で人類連盟加盟国の異世界侵略軍を滅ぼした事もある。また、プレーローマですらファイアスターターには複数の艦隊を壊滅させられている。
負傷や神器を振るい過ぎた影響で神器と生身の身体が融合しており、人間離れした姿になっている。
その実力もあって他勢力には「人外の化け物」と恐れられている。
実際は心まで神器に侵されているわけではなく、むしろ情に厚い人物。弱者を虐げる強者に憤慨し、人々を救うためには後先考えず戦う事もあった。
特に子供達を大事に守っていた。エデンが保護した流民の子供達の中にはファイアスターターを慕う者も多かった。ファイアスターターは度重なる戦闘で疲弊していようと、子供達の前では元気いっぱいに振る舞い、遊び相手も務めてきた。
■エデンからの離脱
カトーの姉である<ニュクス総長>が率いるエデンがプレーローマの策略によって壊滅的な被害を受けた中でも、ファイアスターターはカトーと共に生き残った。
生き残り、残された非戦闘員らと、カトーを含む負傷した戦闘員らを連れ、戦場を離脱。何とか彼らを逃がす事に成功した。
ただ、その時にはもう、エデンは存続不可能な被害を受けてしまっていた。
交国に誘われたカトーは「生き残った非戦闘員の保護」を条件に交国に身を寄せたが、ファイアスターターは交国の軍門に下らなかった。
ファイアスターターは交国に苦しめられた弱者も多くいることをよく覚えており、交国からの勧誘を固辞。
戦う意志のある一部の戦闘員を連れ、カトーと袂を分かち、エデンから離脱していった。その後も人類連盟から「テロリスト」として指名手配され続けている。
全盛期より弱体化してしまっているカトーと違い、ファイアスターターは未だに強力な戦闘能力を維持し続けている。
■エデン所属前の経歴
プレーローマに捕まり、他の神器使い達と一緒に実験体にされていた。だが、エデン構成員らに助けられ、リハビリの後に人間らしい形を取り戻した。
一緒に助けられたカトー達と共にエデン所属の戦闘員として戦い始め、「ファイアスターター」のコードネームを名乗り始める。
ファイアスターターやカトー達と一緒に助けられた神器使いの中には、1名、エデンに所属せず、エデンから逃げた者もいる。逃げた後にエデンとは別の流民組織に身を寄せていたが、現在はそこから追われる身となっている。




