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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第2.0章:ハッピーエンドにさよなら
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訪問者



■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


「ふぅ……。やれやれ」


 今日は何とか何事もなく1日が終わった。


 機兵を取り上げた甲斐もあり、フェルグスは特に目立った行動はせず。カトー特佐に楽しく遊んでもらっていたようだ。


 他の子達はバレットの整備仕事を手伝ってくれた。巫術で機兵の残骸を診断し、無事なパーツを見繕うのは、余所の整備士達にも「便利だな」と認めてもらえた。


 やっぱ、巫術はスゴいんだ。


 絶対に戦闘以外にも役立つ。……俺はアルとフェルグスの両親に関する謎を解き明かさなきゃダメだが、当初の目的である「巫術師を戦場から遠ざける」って事もしっかりやらなきゃだ。


 巫術師は常人じゃできない事が出来る。


 可能性に満ちあふれている。


 光明は見えている……はずだ。


 それ以上の闇が背後で蠢いている感じもするけど……。


「おっ……! 繊一号から増援派遣されてきたのかな……?」


 繊三号に方舟が下りてくるのが見えた。


 いま、繊三号はカトー特佐が防衛の要になってくれているが……多忙な特佐をここに拘束し続けるのはマズい。


 繊一号が増援を送ってくれると言っていたから、それが来たんだろう。


 ネウロン旅団の方舟は一隻やられちまったが、方舟自体はまだ一応ある。増援が下りてくるのを少し見守った後、部屋に戻る。


 今日はもう休もう。


 そう思い、ベッドに入ろうとしていると――。


「あん?」


 扉がノックされた。


 ひょっとして、アルが来てくれたのかな! と思いつつ、出てみると――。


「よう、軍曹」


「かっ、カトー特佐!? 何で俺の部屋に――」


「後で説明する。とりあえず、中に入るぞ」


 何故か特佐がやってきた。


 スルリと室内に入り込み、持っていた酒瓶を掲げ、「お前も飲むか」と言ってきたけど……さすがに遠慮する。


 でもなんで特佐が俺の部屋に? やばい、フェルグスの相手をしてもらっていた事に関してクレームでも言われるのかな――。


「す、すみません特佐……。子供のお守りさせちまって……」


「ん? ああ、フェルグスの事か? アイツはオレの弟子だからいいんだよ」


 特佐は笑顔でそう言った後、ここに来た目的を教えてくれた。


「周囲の目がない状態で、お前とサシで話し合いたかったんだ」


「はあ……? 俺と……?」


「本当はヴァイオレットとも話したかったが、さすがに女の子のところに夜訪問するのはな……」


 特佐は頭を掻きつつ、「昼間に話をしようとしても、ウチの副官が見張っているからさ……」と言った。


「オレは元テロリストだ。今でこそ交国の特佐(イヌ)になっているが……それでも過去の経歴を消せるわけじゃない。オレが無茶をしないよう、副官が色々と見張ってんだよ。今は追跡撒いたから安心してくれ」


「は、はあ……」


 カトー特佐が「複雑な経歴の持ち主」なのは、隊長から聞いた。


 特佐と言えば交国では超エリート。交国軍の通常の指揮系統の「外」にいる人達で、将官相手でも物怖じせず発言していく人達のはずだ。


 けど、カトー特佐の場合は意外と窮屈な想いをしているのかな……?


 不思議に思いながら特佐を見ていると、特佐は苦笑して「オレにとって『特佐』という地位は、一種の首輪なのさ」と言った。


 俺の知ってる特佐とは、ちょっと違うな。


 いや……あの人はかなり特殊な部類だろうけど……。


「けど、今はそういう立場を忘れさせてくれ。お互いにな」


「は、はい……。ええっと……俺に答えられることなら……」


「フェルグス達の待遇について、どう思っている?」


 問われ、どう答えたものかと迷う。


 相手は特佐だ。下手なことを言うと軍法会議に連れていかれるかも――。


「…………。くだらん駆け引きは無しにしよう。ラート」


「え??


「オレはフェルグス達の待遇はクソだと思っている。『巫術師だから』って理由だけで、あの子達を特別行動兵にしている交国はド外道国家だよ」


「はっ? えっ? えっ!?」


「オレは本気でそう思っている。だから、お前も正直に話してくれ」


 カトー特佐は腕組みをしつつ、真っ直ぐ俺を見つめてくる。


 その視線に、誘導尋問する意図は無いように見えるが――。


「……ど、どうして、俺にそんなことを……?」


「お前は交国軍人だが、あの子達に寄り添っている。守ろうとしている」


「なんで、特佐がそんなことを――」


「子供達の態度を見ればわかる。それに、ちょくちょく話も聞いた」


 特佐は不敵な笑みを浮かべつつ、「オレがフェルグスと遊んでいるだけだと思ったのか?」と言ってきた。


 フェルグスに稽古つけつつ、子供達の置かれている現状について探りをいれていたらしい。……周囲の人間関係も含めて……。


「スアルタウは特にお前を信頼しているようだった。ヴァイオレットも、お前に対しては心を開いているようだった」


「…………」


「お前は信用できる。お前と、あの子達の境遇について話をしたい」


「お、俺は単なる軍曹ですよ?」


 両手を突き出し、首を横に振りながら言う。


「俺なんかより、もっと適任者がいますよ……」


「例えば?」


星屑隊(ウチ)のネジ隊長とか――」


「論外」


 カトー特佐はピシャリと否定しつつ、否定の理由を教えてくれた。


「奴は交国の都合でしか話せない軍人だ。量産型交国軍人、って感じの人材だ」


「いえ、そんなことは――」


「子供達をぞんざいに扱っていないにしても、軍人として線引きしようとしていないか? 例えば『所詮は特別行動兵だ』とか言われてないか?」


「…………」


 キツく言われた事はない。けど、釘を刺された事はある。


 昨日だって、ヴィオラ達と動いている件を咎められた。


 隊長は……良い人だ。


 子供達のためにジャムを仕入れてくれたり、キャスター先生の要請を聞いて第8の食料事情も改善させた。子供達を笑わせるために芸も披露してくれた。


 ただ、子供達と交国、どっちを優先するか問うと……そこは「交国に決まっている」と言うかもしれない。隊長は「真面目」な軍人だから……。


「お前の隊長とは、既に話をした。その結果、この件に関しては信用できないと判断した。……軍人としては良い奴かもしれないが、人間としては信用できんよ」


「…………」


「でも、お前は違う。お前は子供達をしっかり守っている」


 特佐が僅かに身を乗り出し、「お前の意見を聞かせてくれ」と再び言った。


「あの子達は特別行動兵として、強制的に戦わされている。あの子達自身が罪を犯したわけではないのに、<巫術師(ドルイド)>ってだけで罪人扱いだ」


「…………」


「交国政府は明らかにおかしな判断をしている。オレはそう思っている」


「…………俺も、同意見です」


 正直に話す。


 カトー特佐が信用にたる人物か、わからない。


 けど、『特佐』を味方に引き込めたら大きな力になる。


 これが愛国心を試す誘導尋問だとしても……その時は俺が馬鹿を見るだけで済む。ヴィオラ達は無傷で済むだろう。


 ここは……多少無茶でも、特佐を信じてみるべきだ。


「交国政府は、何か誤解をしているんだと思います……。巫術師は恐れるんじゃなくて、丁重に扱い、交国の正式な仲間として扱うべきです」


「ああ、オレも同意見だ。あの子達の力は役に立つ」


 特佐はゆっくり頷き、「オレは表面的なことしかわかっていないが……彼らの術式は強力なものだ」と言ってくれた。


「交国政府はバカだ。あれほどの術式の使い手達を特別行動兵として酷使している。あんなことされたら巫術師の反感を買うだけだ」


「いや、ただ……政府の話によると、『巫術師はネウロン魔物事件発生に関与している』らしいですから……」


 政府だけが知る「重大な秘密」があるのかもしれない。


 結局、俺達は魔物事件が「どういう仕掛けで起きたか?」を知らない。


 そこを掴んでいる政府は、仕方なく巫術師を動員しているのかもしれない。


 そう言うと、カトー特佐は苦々しい表情を浮かべた。


「仮にそうだとしても、子供を戦場に出すのはまともじゃねえよ。倫理的な問題がある。アイツらの扱いは少年兵であり、囚人兵だ」


「…………」


「俺は『交国の外』から来た流民(にんげん)だ。100以上の世界を見て回ってきた。その中には子供達を少年兵として戦わせる国や組織もいた」


 交国がやっている事は、それに近い。


 特佐は「クズの所業だよ」と、吐き捨てるように言った。


「……この多次元世界(せかい)で、流民が虐げられているのは知っているか?」


「ええっと……」


「お前は交国人だから馴染みがないかもしれないが、実際そうなんだ。故郷がなく行き場のない流民ってだけで犯罪者扱いされたり、人権を与えられず奴隷扱いされる事もある。流民は犯罪者予備軍だから何してもいい、と言う奴らもいる」


「…………」


「オレは<エデン>の構成員として、そういう流民を何人を見てきた。時に救ってきた。けど……救えない事も多かった」


 カトー特佐が元々所属していた組織(エデン)は、流民達を守ってきた。


 流民の置かれた惨状は、頭が痛くなるほど見てきたんだろう。


 微かに俯いた特佐の瞳には、憤りの炎が灯っているように見えた。


「犯罪組織の鉄砲玉にされる流民もいる。常人の1日分の食事のために1週間も働かされ、死んでいく流民もいる。死んでも弔われず、混沌の海に遺体を投げ捨てられるのも珍しくない」


「…………」


「流民は弱者だ。フェルグス達のようなネウロン人も流民みたいなものだ」


 ネウロンは魔物事件により、滅びの危機に瀕している。


 もう実質滅びている、という者もいるほどだ。


 交国の支援無しでは、ネウロン人は生きていけない。


 ネウロン人は弱い立場に置かれている。


「交国はそんなネウロン人の足下を見て、無茶な要求ばかりしている。オレはフェルグス達の事に限らず、交国がネウロンで蛮行を働いていると思っている」


「…………」


「オレはエデンに所属している時、流民やネウロン人のような弱者を救うため、全力で戦ってきた。クソみてえな為政者をブッ殺す事もあった」


 そう言った特佐は、悔しそうに表情をゆがめた。


 ネウロンの問題は、誰かを殺せば解決する安易な問題じゃない――と言った。


「ネウロンを苦しめているのは、魔物(タルタリカ)だけじゃねえ。交国は魔物以上にネウロンを苦しめている」


「…………」


「巨大軍事国家としての驕りで、弱者を虐げている」


「……そう、なんでしょうか」


 ヴィオラに似たようなことは何度も言われてきた。


 フェルグスが俺達を「侵略者」と呼ぶ怒りの理由も、そういう話に繋がる。


 ただ……本心では信じたくない。


 そんな国なんて、正義じゃない。そんなのは悪の――。


「交国はクズだ。交国こそが野蛮なんだよ」


「…………」


「だからこそ、オレはそれを正すよ」


「正す……?」


「上にネウロンの惨状を訴える。具体的には玉帝に直談判する」


「なっ……!?」


 玉帝は交国の最高指導者。雲の上の人だ。


 ただ、特佐にとっては上官である<特佐長官>の上司が玉帝だ。俺とは違って、玉帝と直接話をする機会があってもおかしくない。


 そうだとしても、この件を直に訴えるなんて……出来るのか?


「全ての巫術師を特別行動兵にしているのは、明らかにやり過ぎだ。子供達を戦場に駆り出しているのは論外だ。それ以外にも……ネウロン人が置かれている現状は、明らかに異常だよ」


「玉帝は、ネウロンの現状を知らないんでしょうか……?」


 知らないなら、訴えを聞いてくれるかもしれない。


 ネウロン旅団あるいは一部の官僚が暴走し、ネウロンをこんな惨状に置いているとしたら……不正を嫌う玉帝の事だ。正してくれるかもしれない。


 そう思ったんだが――。


「いや、ある程度は知っているだろ」


「でも……玉帝は不正を嫌う方ですから……」


「玉帝でも交国の全てを把握しているとは、さすがに思わん。けど……フェルグス達、第8巫術師実験部隊は<交国術式研究所>の所属だろ?」


 術式研究所は、玉帝が直接視察に入る事も珍しくない。


 実質、玉帝直轄の組織。


 そこに所属している特別行動兵の事を、玉帝が把握していないとは思えない――とカトー特佐は言った。


「事細かには知らないだろうが、巫術師が特別行動兵になっているのは玉帝も納得しているんだろう。オレは納得できねえけど」


「じゃあ、訴えても無駄なんじゃ……」


「だとしたら、交国は本格的にクズ国家だ」


 だからこそ正す。


 特佐はそう言い切った。玉帝相手だろうと、何も躊躇わないようだ。


 特佐は特佐自身の正義のために動いてくれている。そう思わせてくれる言動だ。


「玉帝は正直、氷で出来たような人間だ。冷酷な為政者だよ。けど、道理がわからねえ奴じゃない。オレは短い付き合いだが……話は通じると確信がある」


「どう話を持っていくつもりなんですか……?」


「まあ、まずは倫理的な問題を突くよ」


 巫術師というだけで特別行動兵扱いなのはおかしい。


 子供達が親元から引き離され、戦場に駆り出されているのはおかしい。


 それ以外にもネウロン人は不遇な目に遭っている。


 その手の話を聞いたことあるだろ――と聞かれ、頷く。主に交国軍の兵士がネウロン人に対し、横暴な振る舞いをしていると聞いたことはある。


 特佐はネウロンについて詳しいわけではないが、少し調べれただけでもネウロンは「ろくでもない状態」だと判断はついたらしい。


「ただ、倫理的な問題なんて無視されるだろうな」


「そうなんですか……?」


「言ったろ。玉帝は冷酷なんだ。けど、損得勘定(・・・・)は出来る」


「損得……?」


「巫術は、上手く使えば強力な術式だ。そんな術式を使える巫術師達を虐げていると、巫術師達の協力を得られないぞ――と脅すつもりだ」


 損得勘定が出来るからこそ、巫術を引き合いにする。


 巫術を交渉材料にし、巫術師とネウロン人が置かれた現状は改善すべきだよ――と言ってくれるつもりらしい。


 それは……ヴィオラが目指していた目標(ゴール)に近い。


 そう見えた。


「――――」


 カトー特佐に、俺達が集めた情報を全て渡すのはどうだろう?


 俺達は巫術師が「いかに役に立つか」のデータを集めてきた。


 ヤドリギを使う事で、巫術師が実戦でも大活躍できる事を証明した。


 そのデータを特佐に渡せば、ちょうどいい説得材料に――。


「…………」


 ……いや、さすがにそこまでやるのは思い切りすぎか。


 俺の一存でどうにかなる問題じゃない。ヴィオラや隊長に相談すべきだよな。


 特佐なら……俺達の掴んだデータ無しでも、やってくれる気がする。


 もし仮に最初の訴えを退けられたところで、処刑されるわけじゃない。カトー特佐は「特佐」であり「神器使い」でもある。


 神器使いは替えの効かない存在だ。


 多少、耳が痛いことを言ったところで処分されたりしないだろう。


 最初の訴えが退けられたら、その時は……俺達の集めたデータも出せばいい。ヤドリギという切り札を渡せば、特佐は上手く扱ってくれるかもしれない。


 その時までに、ヴィオラや隊長と話をして、「集めたデータをどう扱うか」について決めておけばいいだろう。データを取りつつ――。




■title:繊三号にて

■from:交国軍特佐・カトー


「…………」


 ラートは、やっぱ何か隠してるな。


 腹を割って話そうと促しても、そう簡単にボロは出してくれんか。



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